22 呪われた王女は振り返る
元々キネーラ連合王国とは、四つの小国が固まってできたものだった。
一番北にキネーラ。東にはスラーマ。西にはエント。そして南のアクネア。
キネーラを除く三つの国が、一番力を持っていたキネーラに同盟を申し入れる形でできたのが、キネーラ連合王国の成り立ちだ。
キネーラが国名となってはいるが、それぞれの王家の立場は対等であり、国を代表する場合だけ、キネーラの王家であるウィンゼルキネラ王家が担当するのが習わし。
そのような背景から生まれたウィンゼルキネラ王家第一王女メドウィカ・セリス・ウィンゼルキネラは特殊な立場の身の上だった。
王家の第一子として生まれた彼女だが世継ぎとして有力な王子ではなく王女。
また、次に生まれた王女がキネーラの精霊の加護を強くその身に宿した『精霊眼』を持つ白銀の髪をもった先祖返りだった。
臣下の間では第二王女と、第一王女でどちらを後々の世継ぎにするか議論が成されるほど、第一王女メドウィカの立場は微妙なものだった。
「私が王子として生まれればどれだけ良かったことかと、考えない日はありませんでした」
そんな空気の中育ったのだ。
第二王女リジェリカも感じるものがあったのだろう。彼女は突然「シスターになる」と言い出したのである。
『第二王女がいることで私は国に縛られる。お父様はキネーラの精霊に祝福された私を絶対に手放したりはしないわ。いずれは信頼できる臣下か、それに準ずるヒトとの結婚を命じられ、一生縛られることでしょう。それなら私はシスターとして、お姉様を影で支える道を選ぶわ』
そう言って、リジェリカは自ら第二王女としての立場を捨て、お父様に許可をもらい、リダ・テンペラス教会に身を寄せ「シスターリゼリア」と名乗るようになった。
第二王女が自らその立場を捨てたことで、臣下たちの間に動揺が走り、苦言を呈す者も少なからずいた。けれど、それらは国王たる父が全てねじ伏せ、黙らせてしまった。
「それは一種の、父としての親心でもあったのかもしれませんね」
キネーラにおいて、王女が王位を継承した歴史などない。このままメドウィカ王女に王位を継承させていいものか。
臣下は王女の前例がなければ作ればいいという革新派と、伝統は重んじるべきであるという保守派に別れ、いつしか水面下で争いあうようになっていった。
「このままでは国が割れてしまう。王女として国の安寧を願う私はどうすればいいのだろう、と迷っていました」
そんな最中だった。
グレイブル王国第一王子、ルイスと出会ったのは。
外交のためにキネーラを訪れていた彼を、王女であるメドウィカは彼が滞在する間、貴賓客としてもてなすよう父に命じられた。
ルイス王子はとても優しい人柄だった。キネーラの王家が精霊に祝福されたように、グレイブル王家も女神に祝福された家系。
恵まれた容姿に柔和な笑みを浮かべたルイス王子を、メドウィカはとても好ましく思っていた。
歳が近かったこともあり、二人は直ぐに打ち解け、暇があれば語らい合うようになった。
穏やかな性格と、人を安心させる笑みを持つ彼は話を聞くことにも長けていた。メドウィカは彼と様々なことを話し合った。
たわいない世間話から、貴族の間で流行っているもの。互いの国の文化や風習。政治の在り方や、将来の行く末など。それは多岐に渡った。
「話をする中で、彼もまた国の未来を憂いていることが分かりました」
悠久の女神アルキュラスを信仰するグレイブル王国。偉大な神を主神とし、信仰することは何もおかしなことではない。
特に託宣によって『聖女』を授かるグレイブル王国については、それがより顕著になる。
アルキュラスを信仰するアルジュラ教と、その総本山であるアルシェラント教会は、それゆえに王家とはまた違った理由で支持を集め力をつけていた。
『聖女によって国が救われた話はいくつもあるし、信仰は民にも根付いている。それ自体は別に悪いことじゃない。けれど、グレイブル王国はそれがあまりにも強すぎるんだ』
ある日二人だけの茶会の席で、そういったルイス王子の顔は、悩ましげに歪んでいた。
視察で訪れたとある地域では、民は何をするにも教会に教えを乞うという。今日の運勢だけでは飽き足らず、何をしたらいいか。どう過ごせばいいか。自ら考えることを放棄し、果ては夕飯の献立すらも教会に頼る者がいるのだという。
『そこに滞在したのは二日ほどだったが、異様としか思えなかった。そこでは夜は広場の真ん中に据えられたアルキュラス像に祈りを捧げるんだが、なにかの儀式と言われた方がしっくり来るくらい、それは不気味なものだったよ』
夜な夜なアルキュラス像の前で村人が集まり、供物を捧げ、祈り、踊るのだという。何よりも不気味だったのは、村人全員が瞬きすらせずじっとアルキュラス象を見上げ、一心に祈る姿。
アルキュラスの末裔と言われる王族であることから、「是非参加して欲しい」と、その真ん中に据えられたルイス王子は怖くて堪らなかったそうだ。
『ここまで来るともう狂気だ。そんな狂信的なことが我が国で起こっているのを知って、私は戦慄したよ』
視察を続ける中でもうひとつ浮き彫りになってきたのは、教会が力を持ちすぎていたこと。
ルイス王子は民の実態を知るために勢力的に視察に行く方だった。その中で、王都から遠く離れた貧しい地域に行くことも多かった。
『貧しい地域ではろくな歓待もできないからとその土地に建つ教会に泊まることが多いんだが、そこの司祭達は羽振りがよすぎるんだ』
教会はいつもルイス王子を快く出迎えてくれた。
豪勢な夕食を用意し、整えられた立派なベッドを用意し、豪華にもてなしてくれた。
やせ細った地では取れないはずの、丸々とした野菜を使ったディナーに、羽毛のベッド。それらは全てこの地域では手に入らないものである。貴族と同等以上のもてなしをする彼らに、ルイス王子はますます訝しんだという。
『王都から遠く離れた地ですらこのような有様だ。教会は信徒から集った寄付金をそれぞれの地域の教会へ分配しているらしいんだが、だとしたらどれほどのお金が動いているのだろう。――そして教会はどれほどの莫大な資産を抱えているのだろう』
――教会が力を持ちすぎている。
そう感じたルイス王子は秘密裏に教会の調査を行った。
そこで教会の実態を知ることになる。
『女神唯一絶対主義。女神を有するグレイブル王国こそ、世界の覇者となるべきだという派閥が存在していたんだ。女神主義派と呼ばれる派閥から派生したより過激な思想を持つ彼らは、何事かを計画しているようだった。その計画の全容までは掴めなかったが……』
女神を信仰し、その最たる『聖女』を有するグレイブル王国こそ至高。全ての国は従属すべき、というのが彼らの掲げる理念。
さらに、彼らはキネーラを「精霊などという訳の分からないものを信仰する野蛮な国」として目の敵にしていた。キネーラこそ自分たちの理念を示す第一の贄として相応しいと標的にしていたくらいだ。
それは女神の信仰を傘にきた度が過ぎる思想。
グレイブル王家の者として、また将来の王になる者としてそんな思想を許す訳にはいかない。
『それを知って、私は教会の勢力を崩す術を模索し始めた。教会は力を持ちすぎた。解体とまでは行かないが、なんとか権力を削ぐことができないか。その一環のひとつとして私はキネーラへの同盟を思いついた』
長年国土を巡って争いあってきたキネーラとグレイブル。休戦を繰り返しながらも争いあってきた両国が手を取り、同盟を結んで対等な立場になってしまえば、教会も手を出すことはできない。
『何よりキネーラは我が国と一番近い位置にある。折角隣合っているのだ。争い合うよりも、手を取り互いに発展していく方が将来を考える上でもいいと思ったんだ』
そう言ってルイス王子は照れくさそうに笑う。グレイブル王国の内情を包み隠さず話す。それは王女とはいえ、同盟を持ちかける国に大して、普通は行うべき行為ではないかもしれない。
しかしいつか来る将来を見据えた上でその選択をしたルイス王子。メドウィカはそんな王子を見て、密かに憧憬した。
「この方こそ、王となる方に相応しい方だと思いました。今思えば、私はあの時からルイス王子に惹かれていたのかもしれません」
――本当に素晴らしい王子だった。あの方は。
将来を考えられる方だった。王となられたのなら、きっと民思いの善き王として、讃えられていただろう。
だからこそ、狙われてしまったのね。と、メドウィカは小さく呟いた。
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