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今日、私は貴方の元を去ります。  作者: 蓮宮 アラタ
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悪役は面会する

 ゼストがグレイブル王国へと旅立った三日後。

 私は再びバルセネア宮殿へと足を踏み入れていた。

 専属の侍女だという栗毛の大人しそうな侍女に連れられて目的の場所へ訪れると、リジェリカ第二王女殿下がこちらに気づき、微笑んだ。


「こんにちは。待っていたわ!」

「失礼致します。ああ、本当にお元気になられましたね――メドウィカ殿下」


 こちらの姿を認めて上機嫌に手を振るリジェリカ様の隣には、ベッドに横たわるメドウィカ第一王女殿下がいた。


 まだ完全には回復していない。メドウィカ様は医者により絶対安静が言い渡されていて、部屋から出ることもままならない状態だ。回復していない証とも言える痩せこけた頬が痛々しいけれど、碧い眼は生き生きとした光に溢れていて、私はひとまず安堵する。


 リジェリカ殿下に支えてもらいながら起き上がったメドウィカ様はその碧い眼を細め、微笑を称えて私を出迎えてくれた。


「貴女がクラリス様ですね。やっとお会いすることができました。私を救って下さったこと、本当に感謝しています。ありがとう」


 そう言って頭を下げるメドウィカ様。その勿体ないお言葉に、私は慌てて首を振った。


「いえ、滅相もございません! それに私一人の力では貴女をお救いできませんでした。私の従者がいなければ、メドウィカ殿下をお救いできずに、私も『(さわ)り』による浸食で死んでいたことでしょう」


 あの時、私は途中で意識を失ってしまった。

 あともう少しの所まできて、力尽きたのだ。『障り』を自分の身体に引き受け、浄化を行うのは想像以上に身体に負担をかけていた。

 ゼストが助けてくれなければ、私は死んでいたはずだ。


 精霊の愛し子であっても悠久の女神から祝福を受けた聖女と言えども、己の力を過信してはならなかった。今後はもっと考えて力を使おう。

 無力感に苛まれて項垂れる私を見て、メドウィカ様は静かに首を振った。


「いいえ。貴女はそこまで私のために危険を顧みずに私を救おうとしてくださいました。誰もが私の容態を見て諦めていた中、貴女だけは決して諦めなかった。貴女のその思いのおかげで私は今ここにいるのです。そのお気持ちが嬉しいのです。だからここはお礼を言わせてください」


 そう言って笑うメドウィカ様を見て、私は何も言えなくなった。


「そうですわ。貴女が自分の身の危険を恐れずに手を差し伸べて下さったからこそ、お姉様は助かりました。私からもお礼を言わせてください。本当に感謝しておりますわ」


 ウィンゼルキネラ王家の王女二人に頭を下げられたら、さすがに受け入れるしかない。


 悪役令嬢である私が、誰かを救ってこんなに感謝されるなんて。頑張ってよかった。メドウィカ様を救えて、本当に良かった。


「私には身に余る光栄ですが……素直に受け取らせて頂きますね」


 私ははにかみながら、二人の感謝を受け入れた。


 *


「――それで、呪いを受けた時の状況を詳しく教えて頂きたいのです」


 今回改めてメドウィカ様の元を訪れた目的。

 それは三年前、メドウィカ様が呪いを受けた原因となった呪物について、詳しく知るためだった。


 ゲームでは最終章のイベントである『流転の災禍』のトリガーとなるメドウィカ様の死。

 それは結果的に無事に回避することができた。

 となると、当分の脅威は去ったと言えるだろう。


 しかし油断してはならない。

 ここはあくまでヒロインのリーンが表向き唯一の聖女として定められた世界。


 もう一人の聖女であったはずのクラリスは『悪役令嬢』としての役目通りに追放された。

 多少の違いはありつつも、概ねゲームのシナリオ通りに進んでいる。


 であれば何かの拍子に全てが覆されても何もおかしくはない。つまり、私が世界の敵になる可能性はまだ完全に消えた訳ではないのだ。


 乙女ゲームにおいてクラリスに与えられた最後の役割。それは追放された恨みを募らせ『障り』に身体を支配され、祖国グレイブル王国を滅ぼそうとすることだった。


 今のところ私がなにかに恨みを抱いたりすることはないけれど、メドウィカ様を浄化した時、『障り』は私の身体を乗っ取ろうとし、実際にそうされかけた。


 グルイブル王国には確実に裏がある。

 偽りの託宣や、メドウィカ様を呪い殺そうとしていた点からもそれは明らかだ。何が目的かはまだ分からない。

 それはきっと信頼できる従者が突き止めてくれるはず。


 だからその間に私は私にできることをやる。そのためにも、グレイブル王国がメドウィカ様に何をしようとしていたのか知る必要がある。


「勿論、メドウィカ様にとってはあまり思い出されたくない出来事だと理解はしています。まだお身体も回復されていませんし、無理にとは言いません。お話できる範囲で構いません」


 メドウィカ様にとっては三年もの間生死の境をさまようことになる発端の事件だ。

 あまり思い出したくはない出来事のはずだ。

 それは十分に承知している。


 けれど、私は知る必要がある。彼らが何をしようとしていたのかを。


「どうか、教えて頂けないでしょうか」


 ベッドから上半身を起こしたメドウィカ様に視線を合わせ、懇願する。

 私の言葉に目を伏せた彼女は呪いの名残で白くなってしまった髪をゆらして、こくりと頷いた。


「他ならぬ貴女からのお願いです。お話し致しましょう。あの時、何があったのかを――」


 そう言うと碧い眼を伏せて、メドウィカ様は三年前の出来事を語り始めた。


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