悪役は、浄化する
一か八か。迷っている暇などない。
なぜ『障り』が視えるようになったのか。そんなことはあとからいくらでも考えられる。
ただ今は、この賭けに頼るしかなかった。
「視えるようになったのなら、浄化もできるはずよ!」
私は教皇の胸に手を当てると、目を閉じて集中する。
すると、手の周りから温かな感触が感じられるようになった。
そのまま手のひらに魔力を収束させ、一身に祈りを捧げる。
ゲームで見た、いつかの聖女が捧げた祈りを、かの悠久の女神へと捧げる。
「――私は懇願する。偉大なる女神アルキュラスよ、神の愛し子が願い奉る。目の前に蔓延る邪を祓い給え。不浄をこの世から消し去り給え。神の愛し子、聖女の名の元に命ず。全ては清らかな御魂となれ!」
祈りの文言と共に目を開いた途端、教皇の胸に巣食うどす黒いモヤが大きく揺れ蠢いた。
私の手の平を経由して清らかな白虹の光が発せられ、モヤを浄化していく。
白虹の光に抵抗するようにモヤは這いずり回るが、やがてそれすらも光の前に浄化され、跡形もなくなった。
「――ッ!!」
途端に身体からごっそりと魔力が失われる感覚。
視界が歪んで、身体がよろめいたところを、踏ん張って耐えた。
昔前世で味わった貧血にも似た感覚。
微かに感じ始めた頭の鈍痛を誤魔化すように首を振って、私はラウスマリー教皇に声をかけた。
「大丈夫ですか!?」
「あ、ああ。驚いたことに、さっきまで肺が苦しくて堪らなかったのに今は全然痛くないんだ。あなたが助けてくれたのか……?」
さっきまでの苦悶の表情が嘘のようにスッキリした表情をうかべた教皇に安堵して、息を着いた。
「『障り』を浄化しました。教皇様の胸に『障り』が巣食っていたのです。病の原因は恐らくこの不浄のせいです。もう浄化しましたから、あとは安静にしていれば数日で回復すると思います」
「おお……そんなことが。私には何も見えなかったが……」
「『障り』は負のエネルギーが凝り固まったモノ。視えるのは悠久の女神アルキュラスの加護がある聖女だけです……」
「なんですと? しかしそれは……おかしいのでは? 貴方は『精霊王の愛し子』であって、聖女ではないのでしょう?」
「そうです。託宣で選ばれたのは私ではなかったと聞きました」
言葉に詰まった教皇様に、私も眉を寄せる。
そのはずだ。そのはずなのだ。
ゲームでも、神の託宣により聖女に選ばれたのはリーンだった。
ではなぜ、私に聖女しか使えないはずの不浄を浄化する力が使え、且つ『障り』が視えたのか。
答えの出ない疑問に困惑ばかりが募っていく。
そんな中――。
『クラリスが聖女なの、とーぜん』
『だってクラリス、聖女だもん』
『そうそう』
『クラリスは精霊王の愛し子でアルキュラスの愛し子でもあるもの』
『トクベツな存在!』
いつの間にか部屋に侵入していた精霊たちが口々にそんなことを言い始めた。
「え?」
――私が、悠久の女神の愛し子?
そんなわけはない。そんなことあるはずはない。
だって私は、悪役令嬢。ヒロインに最愛の人を奪われ、最愛の人から恨まれ、追放されるのが私の役目。
「有り得ないわ」
有り得るはずがない。
だって聖女候補で選ばれるのは託宣で選ばれた一人のみ。
他ならぬレイン殿下が言っていたではないか。聖女としてリーン・アストライアが選ばれたと。
神の託宣は絶対。聖女を選ぶ神聖な儀式だ。
その託宣がリーンを聖女と断定したのなら、私が聖女であるはずがない。
私が信じていないことが伝わったのか、群がってきた精霊たちはさらに口々に言葉を連ねる。
『ちがう。聖女は二人いた』
『託宣に選ばれたのは二人だった』
『リーンとクラリスのふたり!』
『アルキュラスは聖女は二人だと言った!』
「なんですって!?」
私は思わず、声を上げてしまう。
シスターリゼリアが言っていた。精霊は嘘をつけない。そういう概念を持たない種族だと。だから精霊は決して嘘をつかない。それが愛し子に対する言葉なら尚更だとも。
故にこの精霊たちの言葉は真実。
だとしたら。
託宣に決められた聖女が、二人?
私も選ばれていた? 託宣は私の名も告げていた?
聖女が二人存在したという事実。それならば、私が『障り』を認識し、浄化の力を使ったことも納得できる。
けれど、一つだけ納得できないことがある。
ならどうして、レイン殿下は私を追放したというの?
突如明かされた事実に、私は呆然とすることしかできなかった。




