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続かないよ!シリーズ

天使繁殖計画推進中

作者: 海華



サキュバスというものをご存じだろうか。

女性でボインボインで美しい見た目で老若男女問わず至高の快楽を与えて精液を搾り取り、ヤリコロす。

ちなみに男性はインキュバスという。


その昔他者を餌とすると言う共通項をもった吸血鬼とサキュバスたちは徒党を組み、一つの国を食い殺したため吸血鬼をサキュバスは害悪認定を受けその過半数が滅ぼされた。




そして他種族が入り混じるようになった世界情勢でも大多数の国はサキュバス、吸血鬼は存在がばれるとすぐに害悪とされ処分された。されてしまったのだ。



そのことを、世界が後悔をしているのが現在である。



「はい、日が暮れると効き目が出ますのでお二人とも備えて帰宅してくださいね」



一角獣族とケンタウロス族のご夫婦が部屋から出ていくと、兵士さんが次のご夫婦を連れて入ってきた。



「先生、次のご夫婦は遠方からいらっしゃったそうなので明日の夜に効果が出るようにしてほしいとのことです」


「はい、わかりました」


兵士さんに続いて入ってきたご夫婦に、魔力を調整して魔眼で発情、排卵の呪いをかける。

ぱっと見、ただ見ただけだ。


「はい、明日の日が暮れると効き目が出ますのでなるべく早く帰宅して備えてくださいね」


体感など何もないからだろう、施療が初めてのご夫婦は首をかしげて兵士さんに連れていかれた。




ここはレパイトの王城。昔世界がサキュバスを処分する中、数少なくサキュバスの存在を認めた国で、そのおかげでいまでもサキュバスの生き残りがいる国である。


世界は色々な国の交流を経て、その過半数の人が混血種になった。

血が混ざりあうと、子が授かりにくいと発覚したのは私が生まれる前で


純血から遠くなるにつれて子ができにくくなり、世界は困った。

世界は困ったが、レパイトは関係がなかった。


なぜなら混血が進んだサキュバスは食事が精力から普通の食事になり、無害な存在になった上その発情、排卵、精液増力の効果がこの少子化の世界ではすさまじく重宝された。

他国からも欲しがられる始末になったサキュバスだが、他国はいまだ偏見が強いと聞きどんなに望まれても国外に行くサキュバスは少なくまたレパイトは国を挙げてサキュバスを保護した。



血の薄い濃いはあるもののレパイト国内のサキュバス総数195の最高峰の催淫能力の持ち主で、王城で護衛をされながら日々魔法をかけているのが、私エステリーゼだ。



「エリちゃん、午前はもう終わりだから飯休憩はいっていいぞ」


「はい、わかりました。」


まるで将軍様のように、診療室まで食事が運ばれてくるのは護衛をやりやすくするためだが不満はない。

なぜなら私は数いるサキュバスの中でも本当に力が強いためものすごく狙われるし、護衛の隙をついて魔法かけてという人も多いからだ。



「エリちゃん一緒に食べましょ」


「ファラ、今お茶入れるね」


食事を取ろうとすると同じく王城で勤務しているファラがお弁当持参で現れたのでお茶を入れて仲良く雑談をする。


「きついーなんで午前中で40組もいるのよー」


「私は余裕があるからちょっとこっちに回してもらおうか?」


「頼みたいとこだけど、それはあたしが休みを取るときにお願いするわ…」


しくしくと泣きまねをしながらお弁当をかじるファラの顔色は悪く、心配になってそっと手を伸ばして

彼女の頭をなでて魔力をうつすと、ファラはごめーんと謝りながら目を閉じた。


王城で勤務しているサキュバスは30人ほどいる。


お客さんは夜行性の種族もいるので三交代でつねに七名は処理に当たり、雑務は兵士さんやメイドさんに丸投げをしても日々お客さんは絶えない。

これが春、発情期のシーズンならまだ人が減るのだがあいにく今は秋。春に実を結ばなかった人たちが群れを成して来ている状況だ。


受診料そんな安くないのだけども、やはりサキュバス最高峰のレパイト城での大人気だ。



「ありがとーこれで午後の診療も頑張れるぅー…」


「いや本当、きついならこっちに回してもらってね」


「助かるう。でも現時点でエディの分も負担してるんでしょ?エリちゃんが強いからって無理しちゃだめだよ」


「私はまだ余裕があるから平気だよ」


「くっそー、エリちゃんの強さがほしいいいいい」


とうとう半泣きでバンバンと机をたたきだすファラをなだめ、ぬるくなってしまったスープをすする。


こういうが、ファラもここで働いているだけあってとても優秀だ。



一日に100人(診療は夫婦で来られるので50組)も見れるファラはここでも上位の腕前の持ち主だ。

けれど効果時間、効果発動開始までの待機時間などを操るのが苦手らしく、今夜にハッスルでいいですという基本プラン専門でやってもらっている。

オプションがつかない分割安で、客が殺到する一番きついところでもある。


私は逆に、発情期のように一週間効果持続してほしいと言ったリクエストや遠方からきてるので家に帰ってから致したいので発動まで時間がほしい、ファラちゃんでも発情させれなかった難敵対応、最高の快楽がほしいと言った、難しいリクエストの処理係だ。


この処理が出来るのが王宮で五人。五人いるが、私以外はたくさんの人を処理できないので他の人はファラちゃんと同じように基本プランのお客様をこなしつつ、たまに私の応援をしてもらうことにしてる。ほぼ頼んだことないけど。


むしろオプションプランの人はそう多くないため逆に私が通常プランを手伝っているほどの忙しさだ。



「そういえばエリちゃん知ってる?いま竜神の使者が来てるの」


「ファラ、忙しいのによくそんな情報掴んでくるね…」


「乙女のたしなみよ」


「乙女なら食事中に机叩かないの」


「そんなことより、天空に住まう竜神族の人たちがわざわざうちにくるって何の用事だと思う?」



低地に降りる理由なんてないと言ってほぼ国内から出ない高い高い山の上に住まう(雲より上)人たちが

わざわざレパイトに来る。レパイトに。

正直、レパイトの名物は


サキュバスたちによる、子作り診療だ……近隣諸国の人たちのハネムーンや夫婦旅行人気ナンバーワンなほどの名物だ。


フィラと何とも言えない顔で見つめあい


フッと諦めた笑顔でそっと食事に戻った。


言葉は何もなかったけど、とりあえず


仕事がこれ以上忙しくならんことを祈った。切実に。







「無理です。私が抜けたらサキュバスたちの負担が大きすぎます」


ギロリと鱗族特有の縦に割れた目で睨んでくる、褐色の肌に黒銀のうろこを右ほほや額に持つ黒髪の竜神族に睨まれガクガクブルブル状態で訴えるも、


え、そんなこと言わないで助けてよと私同様ガクブルモードを見せるうちの王。

私は種族特性で竜神さまが怖いが、陛下は別の意味で怯えているようだ。




「無論我が国でのバックアップは最大限します。貴女に我が国の今後の命運がかかっているのですから」



要件は案の定サキュバス利用に関してで

こっそりうちに来ていた竜神の市民によると、民間のサキュバスの能力では魔法に抵抗のある竜神族を発情させるのは無理だったそうだ。

けれど私はそのご夫婦を発情させられたらしい。

さっぱり記憶にない。

記憶にないが、竜神族にしたら私は希少な発情源。

無理を承知で(なら言うなっての)王城の最強のサキュバス(なんかこの言われ方も少し嫌だ、発情能力が最強って…)を竜神の国にくれ、無理なら一定期間貸してくれ。


竜神族の出生率はもともとが長命ゆえに低かったのに昨今の混血化で、わざわざ低地の国のレパイトに頭を下げなければやばいレベルに達したらしい。


やだーーーー!!竜神って外界遮断してるじゃん、鱗族の頂点ってだけでも怖いし、この使者さんも睨むし怖いし行きたくないいいいい!

何より私の母方の血が竜怖いって本能に訴えかけてくる。

それに私が抜けた後のオプションプランの対応も大問題だ。ただでさえ、現在でも人手が足りてるとはいいがたいのに。


「エステリーゼよ、おぬしほどの能力なら何かがあったときも色々と対応が容易かろう。他の者では務まらんのじゃ」


「ですが、現在いらっしゃってる方々への診療も私抜きではサキュバスたちに大きな負担をかけることになります」


「貴重なサキュバスの精鋭を求めるなど無理も承知。ですが、ですがそれを承知でお願いいたします」


使者殿と共に王様を睨みつけて(竜神族さん見るのも怖い)

私と使者殿をあわあわとみてから、私の派遣にともない竜神族から提示された条件の案件が書かれた巻物を見て悩む王様。

その苦悩の王様にすたすたと近づく使者殿。


あ、やべえこれ絶対とどめ刺される。


「陛下!なにとぞ…」


「ではこの書状に加え、彼女がうちにいらっしゃる間に我が国で産出される希少魔石の算出の10%をこちらにお納めしましょう」


「エステリーゼ、王命じゃ!彼の国へ行って少子化問題を助けてやるのじゃ!」


陛下貴様あああああああ!!!(不敬罪

でも竜神族の高山でとれる魔石って市場に流れないから超希少じゃないですかそっちも必死だなあああああ!


「助かります。エステリーゼ殿、あなたの身柄は救世主として大事に扱わせていただきますのでよろしくお願いします」


こっちを睨みつけたまま、にやりと笑う使者殿。

完全に蛇に睨まれたカエルの気分がくぶるしながらしぶしぶ、しぶしぶ頭を下げて準備のために部屋から退出する。



このことで竜神族の兵士の駐屯地を設置されたレパイトは、今後竜神族と深くかかわっていくとともに最強の護衛を手に入れ

他者と交流をほぼしない竜神たちの希少魔石、希少産出物、巨額の金銭援助でサキュバスたちもさらに手厚く守られてその数を増やし安定した診療ができるようになっていく。ただしそれは今後の話。


とりあえず私の派遣期間の間

陛下のサキュバス利用は禁止された(怒れるサキュバスたちのストライキ)



「エリちゃん抜けたらオプションプレイどうすんのよおおおおおおお」


「俺、そんなに大人数には無理だぞ…」


とりあえず事情説明の文官さんと同僚たちに出張を話すと、オプション診療が可能な同僚が崩れ落ちた。

 

「生きて。私も生きるから」


「エリィ、戻ってきてね」


顔中にありありと『おのれ王命』と書かれた仲間たちと抱き合い挨拶をかわし

健闘を祈り、私物をまとめサキュバスたちの休憩所を出た。

そのまま護衛を連れて寮に行くと、女子寮の前に使者さんと近衛兵の鎧を着た人が待っていた。見た瞬間背筋がザワリとしてUターンバックしたくなったよ…使者様なんでまだ睨んでるの怖いって…。


「エステリーゼ殿。出立はなるべく早い方がいいのですが、本日中に出立できますか」


「……はい、必要なものを今すぐまとめてきます」


「衣服など必要なものはすべてこちらで揃えますゆえ、本当に必要なものだけでよろしいですよ」


「……了解です」


とんでもない威圧感の中、ああは言われたけど旅行鞄に衣服含めこまごましたものと貴重品を詰め込む。

その間に出たため息の回数はもう数えきれないほどだったけど、

嫌がる心と体にムチ打ち女子寮を出た私が見たものは


今や神話の伝説でしか語られない、大きな黒い竜の姿だった。


50人が住む二階建ての女子寮より大きなサイズのその竜は、頭だけでわたしの身長くらいあったよ…

マジで怖いんですけど身の危険しか感じないんですけど

え、こんなのがうじゃうじゃいる国なんて行きたくないんですけどおおおお


『普通なら他種族を触れさせるのは親族のみですが、サキュバス殿はわれらの救世主ゆえどうぞお乗りください』


「はい……」


わー竜が手を差し出してきたよー

その手だけで、私の部屋がまるっと入りそうだよー女子寮狭いからなAHAHAAAAAAAA!



ビビって涙がにじんだけどぐっとこらえて

その巨大な手の中に入ると大切そうに両手で包まれた。指の隙間はあるものの、足や手は出るけど胴体は絶対に落ちなさそうなその檻の中で立つべきか座るべきか迷う


『揺れますので座って指に掴まっててください』


「あ、はい」


許可が下りたのでペタっと座り、唯一の見送りの近衛兵に頭を下げると

黒龍はばっさばっさと羽を動かす、空高く飛びあがった。


離れる地面、隙間から見える遥か下の地面、風は魔法でも使っているのかさほど来なくて寒くないけど


もうビビりの限界に達した私は、離陸直後に気絶した。



願いは気絶している間に到着することだったけど

考えは甘くそのまま三日間、適度な休憩をはさみながら地獄の空の旅はつづいた………。






『ではエステリーゼ殿は御両親の良いとこ取りなんですね』


「そうですねー。父は普通のインキュバスで母は魔力の強い鳥人でした。2人の良いとこが混ざりあって、強い力で魔眼とかサキュバスの技が使える感じです」


『そうですか。実は私、竜神族以外を拝見するのは今回の外出が初めてでして鳥人と言われてもよくわかりません。レパイトをよく見まわるべきでしたね』


「噂では外界との交流がほぼ皆無と聞きますが、本当にないんですか?」


『ええ。産まれる子の数が減りだしたころから外の血を入れぬようにしたのが始まりと聞きます。もっとも、閉ざしたところで時すでに遅く現在の少子化になってるわけですが』


二日もみっちり一緒にいれば、多少も緊張も緩和し使者殿と雑談しながら空の旅をする余裕も出てきた。

鳥と竜。同じ空の生き物のそこにある弱肉強食はわかりやすく鳥から見た竜は、一発で死を覚悟する天敵なんですけど、意外と彼は温厚な生き物のようだ。

なお、余談ではあるが私の通常時の見た目は普通のサキュバスである。普通に男性を魅了するイケイケ人間の見た目だが貞操観念はしっかりしてるつもりだ。


「どこの国もそんなものだと聞きますよ。減りだしたことに気づいた時には遅く、そのせいでレパイトのサキュバスは人気が出ましたがそれでも他国では少子化は緩やかに進んでいるそうです。」


『我が国だけではないのですな。ならなおさら、貴重なエステリーゼ殿は大切に扱わせていただきます』


「まあ国家間で協力して原因解明と問題解決のための研究もされていると聞きますから、竜神の方々の問題も解決されるといいですね」


そしたらこんなふうに連行されることもなくなるだろう。そんなことを思いながら言った言葉でも使者殿は嬉しそうに鳴いた。その鳴き声がめっちゃ怖くてビビって飛びあがったのは内緒だ。

なお、使者殿の名前は聞いてない。

竜神の国では長くゲストを招いていないためその辺の対応がわからず、とりあえず国で最高位の王より先に名乗るわけにはいかない…とのことだ。

使者殿または黒龍と呼んでくださいと言われたので使者殿と呼ばせてもらっている。



『ああ、見えてきましたよエステリーゼ殿』


「はう…」


寒い。すっげ寒い。

使者殿を信用しないで服を持ってきて正解だった。

高く巨大な山の上の竜神たちが住むという場所。

まず見えたのはたくさんの穴だった。

空気も薄くはあはあと息を荒くしながら尚も高く昇っていくと、山の上に開けた広い広場がありそこにはたくさんの人間サイズの家の町と巨大な入口の巨大な白い城があった。近づくにつれて、その町はレパイト城下町よりも広いことを知った。


竜体の使者殿もそのまま入れそうな大きさから察するに、そういうことなのだろう。


『お気をつけて降りてください』


「ありがとうございます」


入口に着陸した彼の、床に付けられた腕から降りる。

入口では統一した鎧をまとった、使者殿に負けず劣らず威圧感のある目でこちらを睨む沢山の兵士?さんたちが私たちを取り囲んだ。


「おかえりなさいませ、閣下」

「国王夫妻が戻り次第客人と大至急応接間に来られるように、とのことです」

「入国審査は謁見後に行う予定だそうで、一刻も早く応接間へ」



一瞬でレパイトで見た人型に戻った使者殿と私は丁寧な言葉で、しかし慌ただしく追いやられるように城の中に入った。

巨大な入口に反して、城の中は案外大きめな人型サイズで。

縦長の眼でこちらを見、頭を下げる兵士さんやメイドさんに軽くうなずき返して率先して歩く使者殿を小走りで追いかける。


竜神族の人は使者殿もそうだが、皆一様に体格がいい。

そんな使者殿が急ぎめで歩くものだから普通の人間体格の私はちょっときついが、急いで呼ばれているのならば仕方がないだろう。

仕方がないが、応接間とやらの扉の前についたころには息が上がっていた。山の上だし空気も薄いのもきっとあるだろう。


「申し訳ありません、大丈夫ですか」


「は、ちょ、まってくだ、さい」


深呼吸をして落ち着こうとすると縦長の眼を細めて顔を覗き込まれる。

心配をしてくれているのだろうが、やはり鱗族の鱗も瞳も少し怖い。

驚いて身を引くと、すまなそうに使者殿が目を伏せた。


「あ、ごめんなさい驚いて」


「いえ、驚かせて申し訳ありません。さあ、入りましょう」


ごんごん!と応接間の扉をたたいて

中から顔をのぞかせた兵士さんに事情を話すと、扉が開かれた。









「よく来てくれた、サキュバス殿よ。そしてよく働いてくれた、ガーディン」


ソファに座る金の鱗を纏う男性と、銀の鱗を纏う女性。

髪色も鱗と同じで隣り合って座る二人はとても仲睦まじそうで、見た目もラブラブ感もまぶしい。


「ただ今戻りました。陛下、妃殿下、こちらがレパイトで最強のサキュバスのエステリーゼ殿です。こちらが彼女の派遣に関する取り決めでございます」


「うむ、ご苦労」


そして使者殿からうちの王と交わした約束事などが書かれた書状を受け取り、じっとそれを読んだ王様は

今度は私へと視線をうつした。


「エステリーゼ殿、私が竜神の王、アステだ。こっちは妃のディーナ。まずは長旅ご苦労早速私たちに魔法をかけてほしいのだが可能だろうか」


「陛下!まずは他のものでお試しいただいてからと、あれほど!」


「仕方がないだろうガーディン。私と妃は今を逃せばいつ、休暇がとれるかわからない。せっかくのチャンスを棒に振る気はないぞ」


「しかし、少しならばまてるでしょう」



まじか、王様が一番かよと思ったら案の定止められた。

私としても、竜神族はどの程度まで魔法がかかるのかわからないからしょっぱなから王様はやめていただきたかったが。


押し問答の末、王様が勝った。


「すぐに医師と、新婚の夫婦を呼んでまいります」


「ああ、わかった。お前が連れてくる前に終わりそうなら、俺たちが一番だからな」


「ガーディン、ゆっくりいってらっしゃい」


一切譲歩をしない国王夫妻と、間に合うことを期待して部屋から飛び出していくガーディン殿。

ガーディン殿には申し訳ないが

私の施療は、そんなに時間かかるものじゃない。


「さて、頼んでいいかサキュバス殿。一応竜神族としては俺が一番力が強い。その俺を発情させたら他の者も出来ると見込んでいる。期待に応えてくれよ?」


「無理を言ってごめんなさいね、もしダメでも罪には問いませんから気軽にかけてもらってもいいからしら?」


全然軽くとか無理です。

だがしかしどうしようもないので、ぐっとため息は堪えて

失礼します、と言ってからお二人の前に立つ。


「まず初めに言っておきます。竜神の方に施術がどこまで効果が出るのかわからないので、初めは弱い力で、だんだんと力を強めていきます。効果発動までの時間と、持続時間はどれほどがご希望でしょうか」


「発動しないとわからないだろうから、発動時間は今すぐでそこそこ強い力でいい。俺たちは瞬間移動の魔法も使えるし、問題ないよな?」


「えぇ、持続時間は明日が休みなので丸一日ほどでいいわ」


にこにこしながら、明らかに好奇心満々な様子で私を見る二人。

そこそこ強め、強めねえ。


どうしたものかと思いながら、まあ本人たちが望んでるからいいかと

若干投げやりな気分で人族、80代、跡取りに悩むおじいさまにかけた体大事に、けれど強力な発情の魔法を



「私の手に、お二人の手を重ねて私の眼を見てください」


重なった手、合った視線から



ーーーーーー放つ。


「!?」

「はうぅ!?」



すぐにびくっと跳ね上がったお二人は私の手から、手を放し互いを見つめあい。


「陛下、お待たせしました」


「ガーディン、あとは任せた」


「へ、陛下まっ」


消えた。ちょうどガーディンさんが戻っていたタイミングで。


「……陛下ああああああああ!」


なんというか、ドンマイとしかいえないが。

絶叫を上げたガーディンさんは天敵で鱗族だけど、ちょっと親近感を感じた。


「………はあ、とりあえずエステリーゼ殿、陛下に魔法をかけた感じの聞き取りをいいですか?それからこちらのご夫婦にも魔法をお願いします」


「はい。こちらのソファに座っていただいてもいいですか」


「よろしくお願いいたします」


ガーディンさんに促された私とそう変わらない、ぱっと見鱗はほぼないご夫婦は不安そうに警戒しながらもとりあえずガーディンさんの許可を得て、国王夫婦が座っていた場所に若夫婦を座ってもらう。


「初めまして。私は発情を促すサキュバスです。こちらの使者殿にあなた方を発情させるように言われましたが、よろしいですか?」


「あの、副作用とかはないんですか?あと私たちはあなたの前でえっと、シないといけないんですか?」


「発情期外に発情させるので疲れますが、疲労以外の副作用は強力すぎる力を使わない限りありません。あと効果発動までの時間を調整させることは可能ですし人様のそういったものを見る趣味も、理由もないので私は魔法をかけるだけですよ。発動までの希望時間、効果の強さはいかがしますか?」


「発動の状況を見たいので発動は今すぐでもよいですか?城の部屋の用意はしてあります、あとお二人は竜神族の一般人のご夫婦なので陛下にかけたものより弱めでたのみたいのですが…」


希望内容の返事はガーディンさんが、若夫婦と若干の相談と許可をもらいながら決めた。ついでに国王夫妻にかけた魔法の内容の説明も済ませよう。


「わかりました。ちなみに国王夫妻にかけたものも即座に効果が出るもので、効き目はご希望により獣人のご老体を元気にするレベルの強めな物をかけさせてもらいました。こちらの夫婦は弱めということで、一番弱い力からだんだんと強めていけばいいですか?」


無難な提案をすると若夫婦は緊張した面持ちで頷いた。

その横でガーディンさんは頭を抱えていて、思わず苦笑がこぼれる。この人はだいぶ苦労をしてそうだ。


「二人とも、私の眼を見てください」


通常の眼から魔眼へと

ゆっくりと力を込めていき、新婚のお二人を見据える。

お嫁さんの方は、排卵を促進し発情をおこし

旦那さんの方は少し悩んだがお嫁さんよりもやや強めにかけることにする。


実際に二人を見つめたのはわずか五秒ほどであった。

わずか五秒で緊張していたお嫁さんの顔が赤らみ、旦那さんに縋りついた。

そして旦那さんは私からお嫁さんに視線を向けると、お嫁さんの掌の鱗を愛しそうになでて顔を近づけ……



「三人ともありがとうございます」


シュンッと二人が消えた。

それは国王夫婦と同じ消え方で、お礼を言ったことから渋い顔をしたガーディンさんがお二人を飛ばしたんだということは何となくわかった。


「…………」

「…………」


渋い顔で私を見つめるガーディンさんをなんとなく見返す。今は力を込めてないとはいえ、よくサキュバスの眼を平然と見つめられるものだ。


「エステリーゼ殿、今の二人はどの程度の魔法をかけられましたか」


「………年中発情期の人族にかける相手が気になるようになるごくごく弱いレベルのものです。というか発情促進まで至ってません」


「……竜神は魔法抵抗が強いはず、とかなんでそんなに弱いレベルの魔法でも番の逆鱗を撫でるレベルの発情が起きているのだろうか、とか色々と気になることはあるんですが」








「強力な魔法をかけられた国王夫婦に問題はないんでしょうか」


「一応期間は一日に設定しましたが、正直わかりません」





そして結局国王夫婦は一日たっても寝室から出てこなかった。

ということで私は国王に悪意ある呪いをかけたんじゃないかとガーディンさん以外の方に疑われ、軟禁されることになった…。











「本当に申し訳ない。貴女が悪さをしたとは私は全く思ってないのですが、申し訳ない限りですが陛下たちが出てくるため安全のために此処にいてください」


「あー…はい。大丈夫ですおとなしくしています」


「ありがとうございます。食事はドアの前の見張りに言えばいつでも何食でも届けさせるようにしておきます。あと時間つぶしに本と…メイドもつけたほうがいいですね」


「私は貴族でもないので自分のことは自分で出来るのでメイドさんはいりませんよ。けれど、今後レパイトで施療をやる場合助手が必要なのでそういった相手を付けてもらえると助かります」


「了解しました。それから重ねて、申し訳ありません。私が許可したもの以外は決して通さないように言いつけますのであの二人が出てくるまでしばらくお待ちください」



陛下が籠ってから一日半が過ぎ、ガーディンさんは慌てて私を豪奢な部屋に閉じ込め申し訳なさそうに出て行った。

陛下たちの部屋からはいまだに色事の声が響いているらしいが、それを聞いて確認できるものはごく一部のため確認できない者たちがサキュバスの呪いで陛下が出てこないのでは…と推測で私を罪人扱いするので保護のためだそうだ。

まあ、サキュバスの魔法で出てこれないから間違ってないが。

それにしても効果はきっちり24時間に設定したはずだが。新婚夫婦といい国王夫妻といい施術の効果が強く出すぎていて、調整に手間取りそうだ。

調整をしていかねばならぬのならば、私が来てよかった。

だいたいのサキュバスはそういう緻密な魔力のコントロールはうまくないから(発情させればそれで解決だから)



「魔法が効きすぎる理由も調べたいな。んーっと、今わかってる効き目についての理由ってなんだっけ…」


効かない理由としては

 魔法抵抗力が強すぎて魔法が効かない

 混血関係なしに、そもそも繁殖能力が著しく低い

 特定の条件がなければ施術をかけても発情しない(水生生物は陸上では発情できないなど)


効きやすい理由としては

 発情しやすい場合(年中発情期や、若者など)

 愛情深く、心が発情したがってる場合

 魔法抵抗力がとても弱い


こんくらいだったかな。

てっきり竜神族は魔法抵抗が強くて効きにくいと思ったんだが。いやそういえばレパイト城下のサキュバスではだめだったと聞くから実際抵抗能力は高いのだろう。

ならば抵抗能力が高いゆえに、魔法をかけられ慣れてないから効果が如実に出たとか。


これでも一応国を背負って働きに来た身。失敗はできないなあと思いながら施術がある意味失敗した原因をいくつか候補を挙げて紙に書きだす。


そして閉じ込められてから半日。

竜神の国に来てから二日目。

いまだに国王夫婦は出てこないらしく私も軟禁されたままであったが、ガーディンさんが私の希望した人物を連れて来てくれた。


「失礼します。エステリーゼ殿、昨日言っていたこれから補助する者を連れてきました」


「ゼルダと申します」


「サキュバスのエステリーゼです。よろしくお願いします」


ノックの後に入ってきたガーディンさんと、ゼルダさん。

ゼルダさんは眼鏡をかけたわりと細身?な方で、それでも見える肌面に鱗がたくさんついていることからなんとなく強そうな人なんだなと思った。そしてやっぱ竜神こわい。


立ち上がってきちんと挨拶をしたが、ゼルダさんはそれまで私が呼んでいた本をちらりとみて眉を一瞬しかめた。


「ではエステリーゼ殿、これから色々とやっていく上での希望などを彼と話してください。ゼルダ、お前は先ほど言ったことをエステリーゼ殿に確認したうえで報告書を明日までに私に回すように」


「わかりました」


国王様への態度からも考えられるように

ガーディンさんは偉い人なんじゃないか。そう思っていた私の予想はやはり当たっているみたいだ。

少なくとも部屋の見張りや、食事を届けてくれる人、そしてこのゼルダさんよりも偉いということは何となくわかった。


「ではエステリーゼ殿、また来ます。ご不便をおかけして本当に申し訳ありませんがもうしばらくお待ちください」


「はい。ガーディンさんもお仕事頑張ってください」


「………はい。失礼します」


偉いということは

国王夫婦が不在の今忙しいんだろうなあ

そんなことを思いねぎらいの言葉をもらしたのだが、ガーディンさんは少し驚いてから嬉しそうに笑って出て行った。


………笑うと、目つきの悪さが中和されて優しそうだな。

そんなことを思いながら、読んでいた幼児向けの本を片付けてテーブルをはさんでゼルダさんと向かい合う。


「ではエステリーゼ殿、まずは質問をさせてください」


「はい」


「貴女の魔法は強さでおおよそ何段階に分かれていますか」


「相手の希望にそったものを調整してかけているため、段階わけはしていませんがしようと思えば出来ます」


「よろしい。では大まかに10段階に分けたとして、昨日二組の夫婦にかけた魔法はどのあたりに位置付けられますか」


「…新婚さんは一番弱い1。国王夫妻は6といったところでしょうか。9.10といった強力な魔法は強すぎる興奮で腹上死や命を削っての性交を引き起こす実用性のないレベルのものですが」


なるほど。そういってメモを取るゼルダさん。なんとなく、なんとなくだが

嫌われている気がする。まあ万人に好かれたいとは思っていないので仕事さえしてくれれば別にかまわないが。


「では、国王陛下が問題なく出て来次第エステリーゼ殿には複数の夫婦にこちらが指示した段階の魔法をかけてもらいたいのですが、かまいませんか」


「それについてはこちらからも条件をいいでしょうか」


「はい」


「まず私が魔法をかける相手は正式な夫婦のみで。これは愛人との夜のために魔法を使って正妻に恨まれるのを防ぐためです。それから魔法をかける相手はどちらも希望をしていることが条件です。それらをそちらでキッチリチェックしたうえで私のところへ来た段階では魔法をかけるだけにして頂きたいのですがいいですか」


「その程度のことならかまいません。こちらも無駄なもめ事は困りますのでありがたいくらいです。とりあえずそちらの条件をこちらの紙に一通り書きだしておいてください。」


あくまで仕事とわりきった態度のゼルダさんは、ほかにも滞在に当たっての生活環境の希望などもあっさりと聞きだして去っていった。



早く仕事をして、帰りたいものだ。

威圧感の強いゼルダさんが部屋から出ていくと知らずに張っていた気が緩みため息が出る。








国王夫婦が部屋から出てきたのは、それからさらに二日後のことだった。






「いやあすまなかったサキュバス。今回は俺の完全な失態だ」


時を重ねるごとに私への不信感が高まり

日に数度、見張りの兵士さんに文句を言って中に入ってこようとする人が現れだしたころ、国王陛下は寝室から出てきて私を呼び、第一声で謝罪をしてきた。

国王たるものやすやすと謝罪をしてはいけないものだと思うが、今回は私を含め色々と迷惑をこうむったようなのでとりあえず頭を下げて謝罪を素直に受け入れる。


アステ陛下は恐らく本気で私を怒らせたくないのだろう。

現在いる場所は、国王夫婦の居室。

ソファに座るつっやつやの鱗のアステ国王にはディーナ王妃がとろんとした、濃蜜のような甘い空気を放ちながらしなだれかかっている。


わかりやすく言うと王妃の目が錯覚だがハートに見える。

そして王妃を抱き寄せる国王の指先がちょこちょこ王妃を妖しく触っている。



うん、まだ発情してるし。

おかわりを今後も要求される気しかしない。


「とりあえずだ。サキュバスの魔法に不備はない。こちらで審査した希望者を今後発情させながら竜神への力加減を覚えて行ってもらいたい」


「かしこまりました」


「ガーディン、希望者の精査は終わってるな。俺の名のもと、彼女の信頼性は保証するから早速今日から仕事をしてもらえ。ただし決して無理はさせるな。エステリーゼ殿に無理のない範囲だ」


「わかりました。ではエステリーゼ様こちらへ」


「はい」


国王夫婦の後ろで無表情で立っていたガーディンさんに促され、国王の居室を出る……そのとき。


「ああ、陛下。たまっている仕事を片付けるまでまともに寝れると思わないでくださいね」



ガーディンさんの怒りを垣間見た。




そしてようやく私は、竜神国で望まれていた仕事を開始した。

しょっぱなに国王夫婦に悪い呪いをかけたんじゃないかと疑われたため、みな私の魔法を嫌悪するかと思いきや



「いやあ、嬢ちゃん今日も頼むZE★」


「妻に似た娘ができますように!」



開始三日目で施術を行う夫婦は日に50を超え、一か月もする頃には予約だけで数日待ちになるレパイトに居たころと変わらない仕事量になった。子供がほしい気持ちは万国共通のようだ。


そして慌ただしい日々が、いつもの日常になりだしたとき

その夫婦は来た。







「次の御夫婦で一応は最後になります。四時間後発動で、レベル2の魔法をお願いします」


「わかりました」


まずその情報をゼルダさんに聞いた時、珍しいなと思った。

竜神族は発情の魔法にかなり弱く、結果的に国王夫婦ですらレベル1の魔法でも十分というくらいだった。

それをしょっぱなから6という凄い物をやらかした国王夫妻のことは今では笑い話だ。ガーディンさんは今でも遅れの仕事を取り戻すべく鬼となって陛下を追い立てているようだから笑えないだろうが。


レベル2ということは、竜神にとってはかなり強めだ。主に性欲が枯れ始めた方々がよく頼んできてる。

レベル2の魔法を望むということで…言っちゃ悪いが老夫婦が来るのかなと思い心構えをすると入ってきたのはまだ若い夫婦だった。


そこでまたあれ?と思うが更に違和感を感じたのはお二人の様子だった。

私に施術を受けに来る夫婦は大多数が期待、希望、困惑の表情で来るが…


「よろしくおねがいします…」


奥さんの方は、はっきりわかりやすいくらい沈んでいた。

顔色も悪く目の周りに隈も出来ている。旦那さんの方はそんな奥さんを支えているようだが、正直ハッスルするよりも休んだ方が良いんじゃないかと心配してしまうほどの、落ち込み具合だった。


ゼルダさんが通したということはちゃんと審査をパスしているはずだが…


そのまま施術をしていい物か。少し迷って、とりあえず問診をしようと思う。


「初めましてサキュバスのエステリーゼと申します。お二人は少し強めの魔法とのことですが、よろしいですか?」


「はい。妻が落ち込んでいるので気分転換も兼ねまして」


き ぶ ん て ん か ん ?



いやまあ、いいけど。別にいいけど。

気分転換に発情魔法をお望みとはなんかこうもにょる。


「もうずっと妻は落ち込んでまして。このままじゃダメだと思い、次の子を作ろうかと」


と、思った自分を反省した。

ずっと落ち込んでいて、気分転換に次の子。


この言い方だとつまり、前の子は……


それなら、奥さんの憔悴ぶりもわかる。

子供を失うことは本当につらいから。

凹み虚ろな目の奥さんを見て、いなくなった子を推測するだけで目頭が熱くなる。


「わかりました。では魔法をかけさせてもらいますのでお二人の手を私の手に重ねてください」


是非とも、是非とも次の子を

奥さんは今弱っているだろうから強すぎる魔法だと疲弊するかもと思い、回復魔法を重ねてかけようかと思う……が。


「シェスタ?どうしたんだい」


「どうかしましたか?」


旦那様は手を重ねてくれたが

奥さんはぎゅっと拳をにぎり胸の前で抱きしめて、私から一歩離れた。


「いや…」


「……今日はやめておきますか。奥様の気分が乗らないなら無理をさせてはいけません」


「そんな、大丈夫です。シェスタ、な?この方は人気すぎて次いつ来れるかわからないんだ。魔法をかけてもらおう?」


いやたしかにとりにくいけども。

憔悴した奥さんのメンタルが一番だろうと思い、次の予約を優先するので今回はやめましょうと言おうとしたその時。


彼女はこの国の最大の悲劇を暴露した。


「嫌よ!だって、だって、あの子は生きてるもの!ただ出てこれないだけなのに、次の子なんてありえない!こんなあの子を見捨てるようなことしたくないわ!」


生きてるのに、出てこれない。捨てる。

ざわりと体中の血が高ぶった。ぞくりと鳥肌が立つ。


「どういうことですか!」


泣きながら首を振る奥さんの腕をつかむと、奥さんは私を見てぼろぼろと涙をこぼした。よく見ると目も真っ赤だ。たくさん泣いたのだろう。


「孵化、しないんです…生きてるのに、動いてるのに、もう出てきてもいいのに…ずっと出てこないんです。私の赤ちゃん…」


「卵を放って、あなたたちは何をしているんですか!次の子より、今いる子でしょう!」


奥さんを、旦那さんを睨んでつい怒鳴りつける。

子供を大切にしない親は大嫌いだ。

子供は何よりも大切に、大切にされなきゃいけないのに…

卵を放って発情させてもらいに来るなんて、何をばかなことをするんだ。そんな暇があるなら卵を抱きしめてあげるべきなのに…!!


「……少子化対策の国策ですよ、エステリーゼ殿」


激昂する私、号泣する奥さん、悔しそうに私から妻を守る旦那さん。

場が混乱に陥ったとき、ため息とともにゼルダさんが中に戻ってきた。


「国策ぅ?少子化対策でなんで卵から親が離れるんですか!」


「竜神のメスは卵があると次の子を作れないからですよ。一定期間孵化しない卵は城の保管庫で預り、次の子を作るようにという政策です」


は?は?は?

それはつまり


「なかなか孵化しないからって、子を見捨ててるのか!」


「私たちだってそんなことしたくないですよ!けれど産まれ月を数十年過ぎたって出てこないんですよ!!!!」


「破卵は!生育が不足なの!?」


「生育は恐らく十分で、強靭な竜神の生命力でどの卵も生きていますが何故か孵らないんですよ!竜神の卵は他種族に襲われても平気なように雛以外では決して割れない魔法がかかってます。もう何十年も…わが国では卵がほとんど孵らないんですよ…」


いつもはつんつんしてるのに、ぐしゃと顔をゆがめるゼルダさん。

泣き崩れる夫婦。

なんとか、何とかできないのか。


「……見せてください」


「無理です。卵保管室は一番重要な区画ですから」


「いいから!なんとか…なんとか誕生させてあげたいじゃないですか…!何かできるかもしれないじゃないですか…!」


ゼルダさんの胸元の服を掴み、詰め寄るが

いつもと違って感情を露わにしたゼルダさんは苦しそうに首を振る。

なんとか、なんとか、子供たち、卵たち…


何を言っても許可はおりない。冷静な頭では当たり前だと思いつつも『子供』が絡むと私は冷静でいられない。

いっそ発情魔法を盾に国王を脅すか。そんな破滅まっしぐらな案すら思い浮かぶ



「…じゃあ、うちの子を見てください…」


「え…」


「先生は他種族なんでしょう?竜神たちは知らない医術を知っているかもしれませんし、今すぐうちの卵を連れてくるので見てください…!いいよなシェスタ!」


「え、ええ!見てください!」









そして数刻後。

ゼルダさんはガーディンさんを連れてきて

シェスタ夫婦は一つの卵を大事そうに抱えて戻ってきた。


「…エステリーゼ殿、貴女は医師の資格か何かをもっているんですか?」


「ありません。ありませんが…子供にかかわることならば色々と詳しいです」


私を睨むゼルダさん

心配そうに見るガーディンさん

不安そうに、私に卵を手渡すご夫婦。


受け取った卵は薄茶色で両手で抱えるほど大きくて

卵を抱きしめて、卵に額を当てて中の子の様子を探る…と…


「…あの、この子に魔力贈与はしてますか?生命の危機というほどではありませんがだいぶ弱ってるみたいですが」


子供は弱っていた。

異種族の血が混ざるとよくある魔力欠乏状態のようだ。

魔力の弱い種族の血が混ざると魔力が足りず弱る

魔力の強い種族の血が混ざると月齢が満ちる前に卵が孵化し命の危機に陥る。


卵生の種族にとってあたりまえの事実の…はずだったが。


「え、なんですかそれは」


どうやら他種族をシャットアウトした竜神族はそれを知らなかったようだ。

私は卵を抱きかかえたまま呆然とその場の四人を見てしまった。



「え、知らないんですか……?」


ぽかんとした表情で見つめあう私と、四人と

一番最初に我に返ったのは母親であるシェスタさんだった。


「その魔力贈与をすればこの子は産まれるんですか!」


「あ、は、はい。他の種族の卵生の子と同じならば孵化すると思います」


「どうすればいいんですか教えてください」


先ほどまでのどんよりした表情は消し飛び、鬼気迫る表情で私に食い入るシェスタさんを見て我に返る。

そうだ、ぼんやりしてる暇はない。


「不慣れな人が巨大な魔力を贈与すると卵子に悪影響を及ぼすことがあります。ですのでここは私に贈与をさせていただきたいんですが…」


「サキュバス殿が贈与をして何か子に影響はないんですか」


今度は旦那さんも食い入ってきた。そうだろう、我が子に関することは重要だ。


「あります。産まれてくる子には『この魔力の持ち主に助けられた』という刷り込みが発生して無条件で私を両親に準ずる存在と感じてしまいます。けれど成長過程でその刷り込みも薄れますが」



ガーディンさんやゼルダさんは渋い顔でこちらを見るだけで、どうするかはご夫婦に任せるスタンスみたいだ。


お二人が迷ったのは一瞬だった。


「助けられるのは事実ですから、どうかうちの子をおねがいします」


「他種族になつくことが決定というのは少し不本意だが…逢えないことを考えたらそんなもの全然どうでもいいです。どうかうちの子を頼みます」



こくりとうなずいて

再び卵に額を当てて、目をつむる。






『こんにちは』


『こんにちは』


『みんな待ってるよ、出ておいで』


『でれないの、かたくてわれないの。』






ざわりと鳥肌が立ち

腕に耳に羽が生えていく。

サキュバスの私から、鳥人の私へと体が変わっていく。




『ほら、がんばって』




子供を愛する気持ちを魔力に変えて

翼になった手で卵を撫でる。

おいで、おいで、愛しい子。

ママとパパも待ってるよ。



『でれたら、まま、もうなかない?』


『どうかな。嬉しくて泣いちゃうかも』


『ないちゃうの?』


『ないちゃうかも。君が愛しすぎて。』



コツンコツンと、内側から卵が叩かれる。


 コツン   


  コツン 



   パリッ



「優しい子。ほらおいで」


まず右腕が飛び出してきた。

卵液のぬめりを纏った、鱗が数枚ついた小さな腕。


息をのむ全員の前でその腕は一度引っ込んで、内側からぱりぱりと穴を大きく広げ………




そしてすぐに


「ふみゃああああああああ」


卵は孵った。

すぐに産まれたばかりの我が子を私から受けとり、抱き上げるママさんとパパさん。


みゃあみゃあと、小さな赤ちゃんは泣いていたけど。

ボロボロと泣きながら誕生を喜ぶ両親を見てから、私を見て


「みゃー!」


嬉しそうににっこりと笑った。











「つまり混血のせいで魔力が足りなくて弱り孵化できないと」


「そうですね」


「エステリーゼ殿、魔力贈与のことも詳しく教えてください」


いつぞやと同じようにゼルダさんに尋問をされるが、あの時とは違いゼルダさんは私の言うことを一言一句逃さないぞという意気込みで聞いてきた。


あれからシェスタ夫妻はガーディンさんに連れられてどこかへ行った。

ガーディンさんはすぐに会議をするのでゼルダさんに詳細をまとめておくようにと瞬間移動ですぐ戻ってきて、消えた。



「魔力贈与は与えすぎると子供の体や、魔力を貯める機能を壊すことがあります。ですのでその道の専門家に贈与を頼むのが一番いいです」


「エステリーゼ殿は専門家ですか?」


「専門家といわれると少し違いますが…私の母方の種族は『姑獲鳥(うぶめ)』ですので様々な種族の子の魔力に合わせることは特化しています。もとは子を失って発狂し魔法特化に覚醒して子供をさらい育てる種族だったので」



子供をさらうときいてゼルダさんの顔が引きつった。まあそうだろうこんなの公開誘拐予告みたいなものだ。


「…ないとは思いますが竜神の子をさらう予定は御ありですか?」


「まさか。誘拐なんてしたら母が育てているこどもたちにあわす顔が無くなりますからしませんよ。それに少子化の時代といっても、孤児院に行けば身寄りのない子はいますし」


「そうですか…ちなみにエステリーゼ殿、孵化の仕事をしてほしいと言った場合それは可能ですか?」


「むしろ発情の仕事をやめて現在孵化できずに苦しんでいる子供たちすべてを救いたいですね。子供はすべて幸せに笑うべき存在です」


「……考慮はします。ありがとうございます、とりあえず本日の仕事は済んでますし今日はゆっくり休んでください」



お辞儀をしながらも慌てて出て行ったゼルダさん。

はあ、とため息をついて部屋をうろうろと回り何もできないのでソファに座る。


孵化できない子がたくさんいる

助けられるかもしれない子がたくさんいる


姑獲鳥としての本能が騒いで落ち着いていられない。

今すぐころだがそれを理性で押さえつけて水を飲んでまたため息をつく。


もどかしい。もどかしい。

出生魔法の使い手が多い国はどこだったか。

レパイトはうちの母方の姑獲鳥たちが元気で、卵生の生き物が少ないからそう多くはなかったはずだ。



結局一晩中私は

まだ見ぬ卵たちのために何かできないかを考えて眠ることができなかった。

むしろのんびりと寝ていた今までを後悔した。





そして朝になると私を取り巻く状況はガラッと変わった。




『エステリーゼ殿、夜分申し訳ありません起きてもらえませんか』


呼びかける声にふっと目を覚ます。

もぞもぞと窓の方を見るもカーテンの隙間から光は差し込んでいない。どうやらまだ夜のようだ。

寝起きでぼうっとする頭でとりあえずベットから降りて扉の方へ行く。


「……なんでしょうか」


『お休みになっていたところ申し訳ありません。ガーディンですが少し緊急事態につき急ぎ部屋を移っていただきたいのですが大丈夫でしょうか』


「……では今すぐ荷をまとめます」


『いえ、申し訳ないですが荷づくりは後程使用人を回しますので今すぐエステリーゼ殿の身柄だけでも安全な場所に移させてください』


なんですと。

なんかやばそうだなあと思いつつ、慌ててとりあえず寝巻の上に上着を羽織り寝癖を手で軽く直す。化粧は仕方ないあきらめる。


さて、部屋を出ようかと思った時



ドガガガガ、バギィ、ドカンッ



扉の向こうでなんかすごい爆音がした

思わず後ずさると、タイミングを見計らったようにドアを吹き飛ばしながらガーディンさんが入ってきた。

いや、吹き飛んできた。


「大丈夫ですか」


「口を閉じてください。舌かみます」


扉のなくなった入り口をちらっと見て、壁に激突してるガーディンさんに近づくと

手を引っ張られ、抱き上げられてそのまま窓を突き破って外に飛び出た。


何がどうなってんじゃいと思いながらもすごいスピードで飛んでいるらしく目も開けられずとりあえず黙って運ばれること数分。


どこかのバルコニーに降りたガーディンさんはそのまま窓を蹴り開けて(頑丈な窓らしく壊れなかった)そのまま中へ入った。

そして部屋の中で私を降ろすと、開け放った窓をきっちり閉めてため息をついてしゃがみこんだ。


「……」


「……」


とりあえず何か言うまで待ってみる。

そしてふときづく。この部屋は国王夫妻の居室だった。あの発情明けに謝罪された部屋だ。

となると、勝手に部屋を探索することも触ることもやめた方が良いか、と判断してガーディンさんの頭頂部をじっと見つめる。

とりあえずハゲや薄毛の心配はなさそうなふさふさした髪だ。



「申し訳ありません。俺がミスしました」


「……はい?」


「完全にやらかしました」


突然謝罪を始めたガーディンさんは再度ため息をつくと、立ち上がり腕をさっと払って部屋の明かりを魔法で点けた。

そしてそのままソファに座るように促され従うと、彼は私の目の前に正座で座った。


ちょ、服が汚れると思いせめて向かいに座ってほしいが厳しい思いつめた顔をする彼にはそんなことも言い出しづらい。


「竜神族はとても身内への情の深い種族なんです。つがいがいなくなると絶望して死んでしまう程に」


「はあ」


「申し訳ない、そんな情の深い種族の100年以上にわたる出生の謎がエステリーゼ殿に頼めば孵化させてもらえると報告しました…」


夫婦の情が深ければ我が子に対する情も深いだろう。

子供を救える人が現れた、苦しんでいる子はたくさんいる、子を助けたい夫婦もたくさんいるだろう


つまり……


軽く予測をしても阿鼻叫喚が見える。



「卵は何個くらいあるんですか」


「……城にあるだけで4000以上は。」


「その情報を知った人はどれくらいいますか」


「貴族と元老院と城の長のクラスの者たちと……会議の際、部屋にいた使用人たちですね。今は」


おっと予想以上に人数が多いぞ。これはうわさが広まるのも早そうだ。


つまり、つまりだ


先ほどの爆破は……私に子供を助けてほしい人による…


「慌ててエステリーゼ殿の保護に来ましたが、部屋の前で血走った目の兵士に襲われました」


孵化医師争奪戦が起きた模様だ。


いや卵たちは一刻も早くすべて孵化してあげたいけど、あげたいけど

4000個以上はさすがに一人じゃだいぶ時間がかかるなあ……






それからみっちり、ガーディンさんと色々と話した。


「とりあえず私一人では対処に時間がかかるので早急に専門医を借り入れるべきだと思いますが」


「正直俺もそれがいいとは思います。が、長年鎖国してきたうちの国はよそ者を入れるのに時間がかかりまして…サキュバスを借り入れると決めるのにも5年かかりました。卵の孵化は大多数が望む切望ですが頭の固い老害がたくさんいるのでそれでも数年はかかるかと…」


「子の幸せを願えないものに価値はあるのでしょうかね。そもそも私としては子らを救うことに異論はありませんが、契約と外れる件はどうするんですか?私、竜神を発情させるために此処にいるんですが」


「その件に関してはうーん。少子化問題の対応として大きなくくりでは一緒にできそうですがそうですね。その辺も少し改案をして後程書面に纏めさせていただきます」


途中でのどが渇き、入れてもらったお茶が冷めるのも気にせずに語り続けた。


「俺はエステリーゼ殿の実力に関しては何も問題ないと思っています。が、よそ者に卵を任せることを反対するやつらのためにとりあえず一個、卵を孵化させるパフォーマンスを行ってもらおうと思います。とはいえその一個をどれにするのかでも揉めているのですが」


「ならばその一個は、卵の中でもっとも緊急性を要する子にしたらどうですか?実際長時間卵の中で子供たちへの負担も多いでしょうし」


「その見分けとかはありますか」


「子供たちの声を聴けば、わかりますが…」


ガーディンさんとみっちりと話をするのは二回目だ。

そんなことを考えながらもきっちりと方針を固め、結論がまとまってくると…


「あらあら、私たちお邪魔かしら?」


夜明けとともに、国王夫妻が部屋に入ってきた。


すぐに立ち上がり礼を取るガーディンさんにならって立ち上がり頭を下げると、

うふふ、うふふふと妙な笑い方をしながらディーナ王妃が私とガーディンさんを見比べてあらあらまあーとにやにやする。


「長く独り身だったお前にも春が見えたかガーディン」


さらにアステ王までも追従するようににやにやと笑う。


この顔はあれだ。

弟の彼女が遊びに来た時の兄の顔だ。

とくに狼族の兄がこんなだったなあ。


「ずっと念話で話してたのに何を言ってるんですか。それよりも、彼女を卵部屋に連れていく話はどうなりましたか?」


「ああそれな。数人の高位貴族と俺らと、将軍と宰相同伴の元やっと許可が下りた。サキュバス、人前になるがお前の実力を見せてもらっても構わないか?」


「別に何人いても構いませんが、孵化した子の親御さんをすぐに呼び出してもらいたいです」


「それは当然だ。とりあえず卵を預けている親は今全力で全員連絡がすぐにつけられるようにしているからサキュバスは気にせず卵を何とかしてくれ。国王として頼む」


右手をさっと前に出して

指先から徐々に鳥化していく。両手両足、髪まで羽になり吊り上がった眦の姑獲鳥の姿になってから

再度頭を下げる。


「かしこまりました」




うまくいかないかもしれない。

自分がそこまで強い存在だと思ったことなどない。

ましてや今まで学んできた発情魔法分野と違って、今回は姑獲鳥の本能と母の見様見真似しかないのだから。


でも。


母親なんて、そんなものじゃないだろうか。

絶対の自信なんてない。それでも子供のためにやらなきゃいけないんだ。


一刻も早く子供たちを救うために。






「サキュバス、こっちだ」


勝負着でもある白衣に身を纏い、羽を震わせながら

たくさんの敵意と縋るような眼差しに晒されながらアステ王が開けた扉の中に入る。



そこは、とても広い部屋だった。

中央が一番低く壁の方に行くにあたり段差がありすり鉢のような部屋で


たくさんの卵が、そこにあった。


色とりどりの、サイズも様々な卵たち。


思わず涙が、出た。


『出たい、出たい』

『おかあさん、おとうさん』

『くるしいよ、さびしいよ』

『だれかたすけて』


声が聞こえた。

たくさんの子供たちのつらい声が聞こえた。


「エステリーゼ殿!?大丈夫ですか!?」


選べない。一番つらい子なんて選べない。

みんな、みんな、つらいんだ。

母親がいなくて父親がいなくて



外に出れなくて、つらいんだ。

胸が締め上げられるかのような苦しみ、悲しみ。

ぼろぼろと涙をこぼしながら、場の中心に向かってふらふらと歩く


『……君がいとおしい』


それは無意識に出た、歌声だった。


『君に逢う日を楽しみにしているよ。お陽様もお月様も母様も父様もみんな…』


目をつむり、全ての卵に届くように鳴き歌う。


『外に出れたら何をしようか。お友達と遊ぼうか』




それは子供を愛しく思う姑獲鳥の歌。

愛しさを込めて、歌い上げると。


パリン


パリン


「「「みぎゃああああああああ!!!!」」」


卵の悲鳴がやみ

数個の卵が、孵化した。


「ッ、おい、すぐに産まれた子らを保護し親を呼び出せ!!」


足元で孵化した青い鱗を持った赤子を抱き上げると、それまで泣いていた子はすぐにうれしそうに笑った。


『うたって』

『もっとうたって』


先ほどとは違う卵たちのおねだりを聞いて、歌を口ずさみながら部屋の真ん中へ行く。


中央にはとても大きな白い卵があった。私が入れちゃいそうなくらい大きな卵。


青い赤子と一緒に、その卵に触れて目をつむる。


この子はどれほどの時を過ごしたのだろうか。卵の大きさからも察することができるが長年頑張っていたのだろうその魔力はもう弱り切っていた。

濁りよどんだ魔力が卵の周りを漂っている


『ほら、出ておいで』


『…わたし、まだ平気だから他の子を出してあげて』


『…優しい子だね、でもお姉ちゃんが先に出てあげないとみんな怖がっちゃうよ』


『でも、他の子は家族がなかなか来てくれないから…』


『そっか。じゃあ貴女が会いに来てみんなとうたってあげて』


『みゃー!』


会話がしっかり通じる。

卵の中で成長を始めているんだ。たった一人で。

お父さんと、お母さんと、一緒に成長していこうよと声をかけると


大きな卵の子は泣きそうな声で『ありがとう』といった。


魔力を練り、ゆっくりと卵に込めると

まるで吸い上げられるように魔力が吸われて行った。

成長をしたせいで孵化に必要な魔力が増えたのかもしれない。


あ、やばい、これは足りないかもしれない。


くらっと魔力切れの初期症状の目まいが起きて膝をつくと、すぐに赤子を抱く手と腰を誰かに支えられた。


「エステリーゼ殿!?大丈夫ですか!?」


こちらを見る、黒い瞳。若い男。


「……ガーディン殿」


「はい!」


魔力が足りなければ



補充すればいい。


「彼女は居ませんね」


「はぇ!?」


アステ王が確か独り身って言ってたし、緊急事態だし許してもらおう。

間の抜けた顔で動揺するガーディンさんに魔眼で見つめなおし、びくっと跳ねた彼に……



「!?!?!」


噛みつくようにキスをした。驚いて半開きだった口から舌を入れて、唇に吸い付いて彼の舌を吸い上げてねっとりと私の舌でなぞる。


「おおー」

「あらあらあら」


どうやら無事気持ちよくなっていただけたらしく、むらっと体から滲み出した淫気を吸い上げる。


強い種族だけあってただの口づけだったのにとても美味で栄養価のあるご飯でした。


ちゅぱ、と音を立てて唇を放して再び卵に額を当てて目をつむる。


そしてまた吸い上げられる魔力。


「え、エステリーゼ殿!?!?」



パリン、と大きな卵が割れる音がした瞬間

私は青い赤ちゃんを抱きしめて、意識を失った。

体は動揺しながらもガーディンさんが抱き留めてくれるのを、最後に感じた。









眠りの中で、ああ魔力切れたんだなと思った。

熱が出た後のような意識ははっきりしないが感じる感覚。


姑獲鳥は魔力の多い生き物で

サキュバスは発情させるだけの魔力があればいいので、比較的魔力の弱い生き物だった。


姑獲鳥として生きるには魔力が弱く

サキュバスとして生きるには強すぎて。


『エスティ、姑獲鳥として生きるなら無理はしないようになさい。‹母›が倒れたら‹子供›は心配で泣いてしまうからね』



ああ、そういえば母にそんな忠告を受けていたなんて



倒れてから思い出すなんて、私はまだまだ半人前だ……






ふっと目覚めるとそこは私に与えられた部屋のベットだった。

動かない左手の感触にそちらを見ると、白い髪の少女が私の手を握って眠っていた。


見覚えのない子ではあったが、その子にはうっすらと私の魔力がこびりついていた。

姑獲鳥の魔力にはマーキングの効果もある。子供をさらっていた時代、狙った子の目印として魔力や血を付けていたと聞く。


あの大きな卵の子供だろうか。そんなことを考えながら横を向いてふわふわの白い髪を反対の手で撫でてあげると、長い白いまつ毛が揺れてゆっくりと黒い瞳が開かれた。



「おはよう」


『おはようございます』


目が合いふにゃりと笑ったその子が発したのは、幼児の言葉だった。

間違いなくこの子はあの卵の子だ。


「みゃー!みゃー!」


まだ少しくらくらとしながら起き上がると、白い子供が鳴いて

すぐに部屋にガーディンさんが飛び込んできた。


「エステリーゼ殿!!起きられましたか。体調の程は如何でしょうか」


ガーディアンさんは白い子のふわふわの髪を撫でながら私の隣に来た。色が違うから気づかなかったがこの二人…容姿がどことなく似ている。


同じ見た目を白く幼い方向に寄せた少女と、黒く男らしい方向に寄せたガーディンさん。どことなく仲が良さそうな雰囲気も醸し出しているし兄妹なのだろうか。


「ただの魔力切れです。ご迷惑をおかけしました」


「魔力……あ、はい。そ、そうですね。あ、あの俺、魔力ポーション取ってきます!!」


褐色の肌を

一瞬で赤く染めるとガーディンさんは慌てて部屋から飛び出して行った。

魔力切れから、まさか魔力補充(キス)を思い出した……?

だとしたらとんでもなく恋愛に初心(うぶ)じゃないか。

そう思いつつ、白い子をそっと抱き寄せて髪を撫でると少女は竜らしく瞳孔を縦に細めて嬉しそうに笑った。


『お兄ちゃん嬉しそう。お兄ちゃんもお姉ちゃんもだいすき』


まだ喋れない少女は喉をクルルと鳴らして嬉しそうに幼児の言葉で笑った。


『ずーっと一緒にいてね、おねえちゃん』


私は侮っていた。竜神の情の深さを。

魔力贈与(すりこみ)で私への情を植え付けられた子供たちは私が国へ戻ろうとすると引きつけを起こすほど泣きじゃくり帰国は諦めさせられ、また軽く発情をさせられたことによりガーディンさんが私に対して特別な情を抱いたなんてことに気づかず。


「ふふ、かわいい」



私は呑気に可愛い子を抱きしめた。




続かないよ!!


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― 新着の感想 ―
なるほどなぁ。種族特性をうまく絡めた、善き物語でした。 淫魔は「悪」ではない。他人の関係性を壊すことなく、むしろ救いを与えることができるならば、社会(セカイ)の一員である。私の創作骨子にも似た考え方が…
[良い点] 素敵なお話ですね.現実を忘れて、竜の国に行った気分です。時間忘れる位にどっぷりと浸からせて頂きました。このようなお話を書かれるなんて、素晴らしい。 感動しました。
[良い点] とっても楽しく読ませていただきました。 [気になる点] 続きが気になります(笑) [一言] 続かないとのことですが、続きを書いていただいたら泣いて喜びます(笑)
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