表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不安の海01  作者: George
1/1


1は1。2は1と1。3は1と1と1。

 Aは一番目。Bは二番目。Cは3番目。

 君は君で、僕は僕で、私は私。

 昨日を終えて、今日になって、明日は続く。

 空は灰にまみれて、陸は穴だらけで、海は消えてしまった。

 僕らの知っていた世界はもう汚れきって、なくなってしまった。



「おはようございます。こちらアンノ=エイイチさんのお宅でしょうか?」

「私がアンノですが……どちら様でしょうか」

「突然お伺いして申し訳ございません。私、国生統括省人口管理課のスズキと申します。アンノ=マリナさんのお父様でよろしいでしょうか」

「マリナは私の娘ですが……えっと……」

「国生番号327091983、アンノ=マリナさんが今朝6時に処分されました。本日はそのご報告に参りました」

「あぁ、そういうことですか。わざわざご苦労様です」

「今、お時間よろしいでしょうか?」

「すみません、今から会社に行かなきゃならないのですが…」

「それはお忙しいところにお伺いして申し訳ございませんでした。それでは、詳しい処分背景や生前の記録等の一切をこちらにお送りする、ということでよろしいでしょうか?」

「じゃあそれでお願いします」

「承りました。この度はお嬢さんが殺処分ということで、心中お察し申し上げます。」

「いえいえ。こちらこそマリナがお手数おかけしました」

「それでは、何かご質問等ございましたら人口管理課までご連絡ください」

「ありがとうございます。それでは、よい一日を」

「よい一日を」



白い壁に白い天井。朝日を浴びた部屋の中は目に痛いほど眩しい。精神衛生の調整が今の住宅業界トレンドとしても、真っ白に統一されたこの部屋は一部の隙もなさすぎる。毎日の朝の訪れを祝福されるというよりは、毎日、朝日に責めたてられているようだ。

アンノ=エイイチは手探りで快眠操作機のスイッチを切ると、まだ温もりの残るベッドからずるずると外へと這い出た。卵を半分にカットしたような形のベッドは、エイイチの動きに合わせて一度大きく揺れたあと、音もなく部屋を形作るオブジェの一つと化す。ブーンという小さなモーター音をうならせると、枕もとの「快眠~deep sleep~」と書かれた箱型の機械は赤い電源ランプの色を落とした。それと同時に窓の外からけたたましい生活音の洪水が部屋の中を満たしていく。密集したビル群の間を駆け抜ける自動車や人々の声。近くの市営飛行場から響くスモールジェットのくぐもった轟音。そんな都心の雑多な朝を聞きながら、エイイチの意識は次第に覚醒していく。まどろむ深海からゆっくりと、真っ白な水面に自分という感覚が浮上する。窓の外を埋めるコンクリートの街並みを眺め、毎朝、一日の始まりを感じる。目を細め立ち尽くす体に、ひんやりとした床のタイルの冷たさが伝わってくる。エイイチは冷蔵庫から水の入ったボトルを取出すと一息にあおった。冷たい水は乾ききった喉を切り裂くように通り抜け、そのまま胃の形の形をなぞるようにエイイチの体に染み込む。いつもと変わらない朝の訪れ。いつもと変わらない日常。エイイチは大きく伸びをすると出社に向けて身支度を始めた。



JE2723。旧アメリカと旧中国の衝突に端を発した三度目の世界大戦から50年が過ぎた。世界中の鉄と火薬が投入され、大陸すらもその形を変えるほどに激化したその戦争は、汚染された広大な土地と何億人という難民だけを残し、ついに決着がつくことはなかった。世界中の資源の60%を食いつぶし、肺がただれるほどに汚れたこの世界では、もはやどちらが勝ったかという事実すらその意味を失っていた。

そんな世界が絶望にくれる中、世界で最も早く戦後の復興を果たしたのはかつて日本と呼ばれた極東の島国だった。かつて「核が落とされるほど成長する」と揶揄されたその国は、徹底した管理型国家運営の下、戦後わずか15年にして生活レベルを戦前同等の水位まで戻した。もちろん国土の三分の一以上が消失した状態からの猛烈な復興は、国家の内部に大きな歪みをもたらした。

この国では土地も物も、国民の身体及び生命さえも国家の管理下に置かれる。

国民を心身共に健常な優生者とそれ以外の特殊者に分け、優生者には国民としての国生ナンバーと教育・就労・生活・繁殖の機会を与えられる。彼らは国家による管理の下、適正のあると判断された教育を集中して施され、その適正を活かした職業に生涯従事することになる。逆に特殊者は国からの庇護を受けることはできない。特に体制的な危険思想の持ち主と判定された者は即時殺処分だ。これにより国は健全な思想を持った優生者を確保し、より効果的に限られた資源を優生者へと投資することができるようになる。

もちろん戦後すぐに有識者を中心とした委員会にてこの政策案が打ち出された際には、多くの人間はこの方針に反対した。しかし、それから半世紀が経ち、優生者や特殊者の概念も、国家主導の生活管理も、今ではこの国にとって何の変哲もない一つの常識になるまでに至った。コストのかかる者は切り捨て、全体の利益を追求する。全体の利益を損なうものは排除する。これはどの生物にも備わった当然の思考回路だ、と。この国の国民は、三度の世界大戦を経て、有史以来、人類として初めて、人間であるために人であることを辞めたのだった。



放射性の灰や瓦礫の間を縫うように走る道路はひどく入り組んでいて、いくら記憶式ナビゲーションを搭載している車でも簡単に道を間違えてしまう。そんな道路に出社を急ぐ無数の車が蟻のように長い列を作って行進していく。毎日の変わらない生活は代わり映えのしない光景に補強され、毎日を日常という単色に染め上げていく。蟻のように長い列を作る自分たちを誰も蟻だとは思わないし、ましてや滑稽だとは思わない。エイイチも働きアリ達の群れの中でハンドルを左右に切りながら今日のニュースをチェックする。「次期軍務大臣候補の秘密の過去」、「大手製薬会社社長、実は特殊者か」、「本日の降水確率と放射性降下物の被害予想」、「今週のカジュアル速報」。ゴシップまがいの蛍光色の記事とコメントが携帯端末のウインドウ上をするすると流れる。習慣でぼんやりと眺めるウインドウと、その上を何の表情も変えず滑っていく文字の羅列はエイイチの頭に何も残しはしない。ただ日々のルーティーンをこなしているという安心感だけをエイイチにもたらした。

国道「夢」四号線から「絆」二号線に入ると渋滞は一層ひどくなった。この辺りは地盤が緩いため、戦時中の瓦礫の除去が一番進んでいない。車に搭載されている放射線量測定器も、この道路はほかの地域に比べて局地的に高い値を指す。汚染された土壌の進出を食い止めるための薬剤でできた杭が墓標のようにそこら中に立てられ、まるで荒廃した墓地のようだ。この地域に長く留まる者の末路を見せつけているようで、放射性降下物でほの暗い太陽も、心なしかこの地域だけは一段と暗く見える。そんな窓の外の光景に急き立てられるように、皆、一秒でも早くこの道を抜けようとクラクションを叩き、必死に車間距離を詰めている。こういうときにプライベートジェットを持っていたら安全なんだろうとエイイチは思った。エイイチも自動運転を解除すると、横から割り込もうとする車をクラクションで牽制した。

 ちょうどその時、前方からクラクションの波にまぎれ、女の甲高い叫び声が聞こえた。エイイチが声のする方を見ると反対車線側の瓦礫の山の上から、何かの長い首が伸びているのが見えた。黒く無骨な鉄の首。エイイチがその正体を旧型の油圧式ショベルと気付くより先に、その首の持ち主は足を滑らせた。大きくバランスを崩したショベルは、ガラガラと大きな音をたてながら瓦礫の山から転がり落ち、そのまま胴体が引きちぎれんばかりの勢いで地面に叩きつけられた。ズドンという重い衝撃音に合わせ、周りの車が一度ぐらりと揺れると、衝撃を感知したそこかしこの車から緊急用のアラームがけたたましく鳴り出した。エイイチも突然の出来事に身を竦めながら、慌ててアラームのスイッチを切る。窓からは大きな音の正体を探して車から身を乗り出す人や、慌てて車から飛び出す人が見えた。

「なにが起きた」

「追突か」

「今のは爆発か」

事故?事件?毎日の変わらない日常という水面に投げられたに大きな石。水面を揺らすその波は多くの人々を飲みこんだ。何が起きたか把握できない恐怖と耳をつんざくアラームの雨。人々は巣穴を叩かれた虫のように慌ただしくその足をもつれさせながら逃げ惑う。エイイチも社内の緊急用マスクを掴むと車から降り、ショベルの落ちた場所の方を見やる。その周りにはすでに何人もの人だかりができているようで、濛々と灰の舞う中に何人もの人の姿が影絵のように動いている。

「なんだ、ただのマル特の事故だ」

やがて人だかりの中から吐き捨てるような声が響いた。

マル特。特殊者を指す言葉のひとつだ。各種書類の上に押される印が特殊者の場合、大きな丸の中に「特」とだけ書かれたもののため使用されるため特殊者のことをこのように呼ぶと言われている。もちろん、マルの形が手足のない片端を意味しているとか、知的障害者の知性が0だとか、そのような俗説は掃いて捨てるほどある。いずれにせよエイイチたち優生者にはおよそ関係のない話だ。特殊者の事故であるという声が聞こえた途端、まるで今までの騒ぎが演技だったかのように皆胸をなで下ろした。そして眉間にしわを寄せ、口々に当事者を罵りだす。

「あー、マル特かよ」

「てめぇ事故ってんじゃねぇぞ、糞が」

「優生者に怪我はないの?」

ぞろりぞろりと興味を失った人々がショベルの下から離れると、エイイチにもショベルの運転席から身を投げ出されている男の姿が見えた。運転席から伸びる体は、運転席のガラスを内から突き破ったようだった。男は顔中にガラスの破片が生々しく突き刺さり、ぬるりとした血を流しながらぐったりとしている。もはや顔が半分以上原型をとどめていないため、これが青年なのか老人なのかもわからない。ほころびひとつないぶかぶかの官製作業服から判断するなら、最近になって特殊者判定を受けた者かもしれない。優生者からマル特へ。そしてそのまま転落事故で死亡。なるほど、優生者からの一直線の見事な「転落」ぶりだ。

エイイチがふと時計を見ると、既にいつもの出社時刻を5分もオーバーしていた。思わぬアクシデントによって予想以上に時間を食ってしまったことにエイイチは焦った。出社規定時刻には間に合うが、遅れることはそれ自体が非常にまずい。足早に車に戻ると、エイイチはすぐにハンドルを切り、動き出した車の流れに乗って会社へと急いだ。通り過ぎざまにバックミラーを覗くと、何人もの人が死体を取り囲み、その頭を蹴っ飛ばしているのが見えた。エイイチはそんな光景を見ながら、ぐっとアクセルを踏み込んだ。やがてバックミラーには焦るエイイチの顔と、いつものどんよりとした雲と瓦礫の山だけが映った。



エイイチの勤める特殊者処理センターは都心から離れた場所にある。工業地帯からも、住宅街からも離れたその土地は、戦前まではこの国でも一、二を争うほど繁華な街だったらしい。多くの商業ビルが乱立し、大型のスクリーンからはアイドルという職業歌手の娘たちの歌が流れる。往来では酔った大人たちが子供のように騒ぎ、終電が人々を連れてきて始発が人々を帰す、そんな煌びやかな街だった、らしい。エイイチもそんな時代の話は教科書の挿絵でしか知らない。戦中に何度も大きな爆撃を受け、このあたり一帯の地域は大型の建造物が建てられなくなるほどに地盤が緩んでしまった。エイイチが知っているこの土地は、現在の、エイイチの施設以外には何もない、コンクリートをただ地面に流したようなだだっ広いだけの空き地だ。人々がかつて歓楽を貪ったこの土地には、今はただの味気のない冷たい地べたが延々と広がっているだけである。もうこの街には電車が人々を連れてくることはない。連れてこられた人々は帰ってこない。

整備されたコンクリートの地面に、嫌味なほどきっちりとひかれた白線。エイイチは駐車場に入ると、毎日のお決まりの位置に車を停めた。白線の箱の中に車をぴったりとおさめると、エイイチはいつものように鞄をつかみ、車を降りた。11月も中ごろを過ぎたというのに今日も外は寒くない。ぬるりとした風が通り過ぎる感触が鼻先にむず痒さだけを残す。


 六


足早に事務所に駆け込むと、すでに出社した社員がこちらを見て、いつものようににこやかに挨拶を投げかける。時計を見るといつもとほぼ変わらない出社時刻だった。エイイチはふぅっと安堵の息を漏らし、ゆっくりと自分のデスクに向かった。

デスクには今日一日の行動予定表と、分厚い書類が置いてある。椅子に腰かけると、書類を見るための分厚い眼鏡をかけ、デスクの端に「作業開始」の札をかけた。今まで何千回、何万回と繰り返してきた朝の儀式。

「今日は6人か」

行動予定表と書類に目を通し、今日一日のスケジュールを頭の中で組み立てる。今日中に、この書類の中にある6人と面談をして、処理現場に指示を出さなければならない。忙しい一日が始まる。時間は有限だ。一日という時間も、人生という時間も。自分のものである自分の命にすら期限がる。それは動物のようにいつかは死ぬという話ではない。年二回の定期身体検査で、エイイチの体は60年で朽ちるということが分かっている。その時間ももう半分以上過ぎた。時間は少しも無駄にはできない。残りの時間でどれだけの仕事ができるのか。効率的なのちの世界の発展と繁栄のために個人の感情など些末なことに過ぎない。エイイチは今日のスケジュールをさらに細かく行動予定表に書き込んでいく。

「おはよう、今日は多いのかぁ?」

 後ろからの舌ったらずな声に振り向くと同僚のアスダが黄色い高栄養補給飲料を片手にエイイチの予定表をのぞき込んでいた。アスダの高栄養食の取りすぎで丸く大きくなった体は、まるで熊やカバのようだった。

「おはよう。今日は6人だ。昨日と同じくらいには帰れるだろう」

「そうかぁ。お前がこっちのガス室の現場に戻ってくれれば、俺たちももっと早く帰れるんだけどなぁ」

「俺はお前みたいに体がでかいわけじゃないんだ。いつだったかみたいに大男が処理場で暴れたらひとたまりもない。」

「違いないなぁ、ははは。で日も変な奴がいたって話じゃないかぁ」

「昨日の奴は暴れなかったけど、自分には家族がいるとか、危険思想家じゃないとか面談の最後までずっと泣いてたよ」

「そこまで個人の生に固執するなんて、典型的な危険思想家だなぁ」

「本当にその通りだよ」

笑いながらのしのしと離れていくアスダの背中を見送ると、エイイチも自分の作業に戻った。



1は白い。2は香ばしい匂いで、3は早い。

Aは赤くて、Bは強くて、Cはちょっと冷たい。

君は黄色い。僕は四角くて、私は流れる。

昨日はさみしくて、今日は平らで、明日は長い。

空は移り気で嫌だけど、海は優しくて好き。

私は海に会いたい。



「ねぇ、エリナちゃんのパパとママってどんな人?」

授業中に隣の席のアサネちゃんが私に話しかけてきた。授業はどれも大切だからちゃんと聞かなきゃダメって先生は言うけど、アサネちゃんはいつもおしゃべりばっかり。きっとこのあとはお昼ご飯の時間だからもうそわそわしちゃってるんだと思う。もう教科書を閉じちゃって、いたずらっ子みたいな笑顔で私に話しかけてきてる。

「私のパパはね、とっても厳しいの。でもお母さんはそれ以上にとってもとっても優しいの。ねぇねぇ、エリナちゃんのパパってどんな人?」

「うーん……、どうって言ってもなぁ……」

アサネちゃんのズルいところは、いっつも授業を聞いてないのに、私よりもテストの点数がいいところ。しかも、私としゃべっててもちゃんと先生からは気づかれないようにできるのはとってもうらやましい。いっつも私ばっかり怒られちゃう。

「うーん……、私のお父さんは優しい……かな?」

「優しいんだ!じゃあ私のママとおんなじだね!」

そういうとアサネちゃんはカバンの中から携帯端末を取り出してこちらにこっそりと見せてきた。

「見てよ。私のパパなんかね、ちゃんと勉強してるのかって毎日ビデオメール送ってくるんだから」

携帯端末には眼鏡をかけた神経質そうな男の人が、音声を切られた画面の中で口をパクパクさせていた。私はなんだかその様子が、壊れたかわいそうなロボットみだいだなって思った。



初等教育課程を卒業した私たちは、優生個別テストを受けて芸術セクターの人間として生きてきた。芸術セクターの人間といっても、私もアスナちゃんもまだ仕事ができるくらい大人になってないから、今は毎日毎日美術の授業を受け続けてる。寮と教室の往復。私は初等教育のころとあんまり変わらないこの授業ばっかりの毎日がちょっと退屈に思っちゃう。

芸術セクターの仕事は数が少ない。というのも、この国の大人の人隊はみんな芸術というものをあんまりいい風に思ってないみたい。みんな知識や教養としての芸術は勉強するけど、それ以上に私たちみたいな専門芸術家みたいな人はいなくてもいいって思ってる。私が芸術セクターに入るって言った時、家族も親戚のみんなもちょっと残念そうな顔してた。口には出さなかったけど、たぶん私が社会にいらない人間んになるって思ってたんだと思う。でもお父さんだけは違った。私が絵を描くのが好きだって知ってたお父さんだけは、私が芸術セクターに入ったことを本当に喜んでくれた。私には自分の好きなことしてほしかったって言ってくれた。

お父さんの出身はトウキョウからずっと離れた海沿いの町だった。今はもう真っ白に汚れちゃった海もそのころにはまだきれいで、家があんまり裕福じゃなかったお父さんは、いつも海で遊んでたらしい。海には見たことのないようなたくさんの生き物が住んでて、お父さんも海のゆりかごに揺られて育ったって言ってた。私はお父さんが見せてくれた写真でしかその海は知らない。その海も今はきっとすっかり汚れてしまっただろうけど、お父さんはいつか私をそこに連れてきたいって言ってた。自分のお気に入りの場所。そんな話をするお父さんは秘密基地を見せたがる子供みたいな顔をしてた。私はそんなお父さんの話を聞くといつも幸せな気分になっちゃう。私が寮に入ってからは全然会えてないけど、私がこのままどこかの会社に配属になる前にお父さんと海に行きたい。

「エリナちゃん!エリナちゃん!」

アスナちゃんの声でふと気が付くと、私たちの机の前にセド先生が立ってた。白髪交じりの長いひげを指でなでながら私たちのことを見下ろしてる。セド先生は怖い。前に授業をサボった女の子をその場でバリカンで丸刈りにしたって聞いたことがある。「あなたのような人間がいつか処分対象者になってしまうのです」がセド先生の怒った時の決まり文句だ。その言葉を聞くだけで泣いちゃう子もいた。

セド先生は私の机の上とアサネちゃんの机の上をゆっくりと見比べた。アサネちゃんが慌ててしまってた教科書を開こうとしたが、それより先にセド先生が蛇のような速さでアサネちゃんの手をつかんだ。

「アサネさん。あなたは授業をきちんと聞いていましたか?私には机の上に教科書がないように見えるのですが何故でしょうか?」

先生が冷たい口調で麻美ちゃんに問いかけた。でもそれは質問じゃなくて、アサネちゃんから謝罪を引き出すための呪文でしかない。どっちが悪いかなんて誰でもわかる。

「す、すみません……」

アサネちゃんが目を白黒させながらセド先生に謝ってる。一瞬にして顔が青ざめて、葉がガチガチ言ってる。

「ふむ……、机の上に教科書がないのに授業を受けられるんですかね?」

「いや……、あの……」

アサネちゃんが何か言い訳をしようとしたその瞬間、セド先生はなんの迷いもなくアサネちゃんの頬を思い切り張った。

「あなたのような人間が将来、処分対象者になってしまうのです。私は頬を打つだけで済みますが、社会に出れば違います。わかりますね?わかったら、今日の内容をノートに10回書いて私に明日提出しなさい。いいですね?」

「……はい」

アサネちゃんは打たれた頬を押さえながらうなずいた。目には涙がいっぱいに浮かび、先ほどまで真っ青だった顔は、腫れて真っ赤になっていた。

振り返って授業を続けようと黒板に向かうセド先生。私はアサネちゃんがかわいそうだと思ったけど、それよりも自分がおとがめなしで内心ほっとしていた。

そう思った瞬間、急にセド先生は立ち止まってこちらも見ずにこう言った。

「それと、エリナさん。授業が終わったら私の教官室まで来なさい」

その日とこで全身からぶわっと汗が噴き出した。教室のみんながこっちを同情の目で見ているのが分かった。心臓がすごい勢いで暴れだし、私は目の前が真っ暗になった。

やっぱりアサネちゃんとおしゃべりなんかするんじゃなかった。


続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ