俺氏、天狼と出会う
佐藤和明 34才
しがないサラリーマンだった彼は、今空をふよふよ浮いている。
黒いドラゴンに生まれ変わってから、まだ3時間くらいしかたっていない。
でもすでに順応しつつある。
(さて、これからどうしようかな。)
ステルス状態なので人からは見えないため、かなりリラックスしたポーズである。
ふと思いだす。
(そういえばチート能力をもらったんだよな。試してみるか。)
まずは
・ショッピングモールにあるようなモノなら自由に生産できる能力
を試してみる。
イメージすると、生産可能なリストが膨大に思い浮かんだ。
(うわあ、すごいな。…お、食べ物もあるのか)
見るとコンビニやファーストフードで売ってても良そうな食べ物もリストにある。
(さて、これを生産するための対価はなんだろうか?)
ユックリと能力に集中すると、必要なことが自然に記憶に登ってくる。
(一応、材料っぽい物が有るほうがいいのか。なくても体内エネルギーで代替えする率が高くなるだけで不可能ではないと・・・)
ふわふわ浮いていたが、地面に降りる。
その辺の雑草をブチブチ抜いてみる。
それを利用する前提と、使用しない前提でハンバーガーを作ることに集中してみた。
すると、本能的に体内のエネルギー消費量が違うことがわかった。
草を利用したほうが消費エネルギーは少し少ない。
傍にあったゴミ収集所の生ごみを手にして同じことをする。
練習でいくつもハンバーガーを作ってみた。
(なるほど、作りたいものに近い材質があるほど消費エネルギーは少なくていいのか。)
そのまま生ごみを集めることにした。
生ごみは元々は食糧だ。ならば効率はいいはずだから。
沢山ごみを集めた後、次は
・亜空間を自在に使える能力。
を試す。
亜空間に自分専用の収納場所を作って、そこにゴミを詰め込んだ。
(すっげー便利。異世界ものでアイテムボックスが重宝されるのが納得できるよ。)
とくに和明はドラゴンだ。
人間と違って所有物をしまっておける場所はまだない。
この亜空間収納は、あたり能力だと考える。
次に
・エンチャント(付与)能力
これは様々なものを付与する能力だが、何で試そうかと悩む。
とりあえず捨ててあったゴミの中から空き缶を拾い出した。
ドラゴン魔法の記憶から爆発魔法をチョイス。
爆発をエンチャントした。
(よし、まあ試作品だし試してみよう)
軽い気持ちで缶をポイっと投げてみる。
缶はゆっくり弧を書いて50mほど先に落下して地面に落ちた時
ドゴオオオオオン
(うわあああ、爆発魔法、爆発しすぎだああああ!)
アスファルトに窪みができた。
(危ないなこれ。エンチャントは慎重にすることにしよう・・・)
爆発音のせいで周りの家から人が顔出す。
(ヤバイ、今は逃げなきゃ。)
ステルスモードのまま上空に飛び上がりその場を去った。
その時
少し離れた場所にいた鈴木薫は爆発音にビクリとする。
「(ワオオオオン(また戦車が来たんじゃないでしょうね。)」
先ほど戦車に撃たれた所がまだ痛い。
(痣になったかもしれないなあ。白く長い毛が邪魔で確認できないけど)
鈴木薫は巨大なオオカミの姿をしている。
高次元生命体対策本部のつけた個体名「フェンリル(仮)」は鈴木薫の事だ。
びくびくと茂みに隠れているので、少しの音にも過剰反応してしまう。
それもこれも2時間ほど前の出来事が原因だ。
何故かいきなり戦車に撃たれた。
その時は自分がまだ人語が話せないとは気づいていなかった。
だから戦車から一発撃たれたときに、慌てて近づきながら叫んだ。
「ワオオオオン(撃たないで、私人間なんです。)」
叫んでみて違和感に気づく。
「わおおおおおん(ちょっと、私って人語を話せないの?)」
そしたら4台の戦車が一斉に撃ってきたのだ。
近所の子供にタックルされた時と同じくらい痛かった。
「キャインキャイン(痛ああい、やめてよー。)」
急いで逃げた。
その時、無意識に空を走ったのに気づいたのは少し経ってから。
(空を走ったら目立つ。夜まで隠れなくちゃ。)
で、見つけた公園の茂みに隠れて今に至る。
高さ3メートルはある巨体では隠れるのが難しかったが、土を掘って半分埋まることで身を隠してみた。
(私、どうなっちゃうんだろう。)
鈴木薫 31才独身
腐女子だがイベントには極力かわいい格好で行く系女子。
31才でゴスロリを着るけど似合うからOKと思っている系。
そんな薫が、今はフェンリル。
ちょっと泣きたくなった。
空は徐々に暗くなってきている。
夕日は心を切なくさせるのかもしれない。
つい鳴いてしまう。
「くーん、くーん」
すぐにあたりは暗くなりかけている。
その状態でなんとなく背後の木に目をやり
ビクッ!
驚いた。
声を出さなかった自分を褒めたい気持ちで、今見えたものを再度見つめる。
そこには自分をじっと見ている、小さいドラゴンがいた。
木に半分体を隠すように立ちながら。
(ドラゴン?うそでしょ、そんなファンタジーな生き物いるはずないし。)
するとドラゴンはジト目でさらに見つめてくる。
「ギャオオオオン(嘘だろフェンリルか?でもそんな架空の生き物いるはずないし・・・)」
その言葉に、薫は思わず立ち上がってしまった。
その行動にドラゴンは驚いて逃げ腰になりつつ、スーと姿を消す。
「わおおおおん、わおおおおん(ちょ、ちょっと待って、今あなたの言葉がわかったの。あなたも私の言葉がわかるんじゃないの?)」
すると、消えかけたドラゴンが再び姿を現した。
『え、俺の言葉がわかるの?もしかしてお仲間?』
『仲間?そうなのかな。あなた初めからドラゴンなの?』
『いや、俺は数時間前まで人間だったよ。死んだあとに変な女神に転生させてもらったらドラゴンになっちゃったんだよ』
薫は思わず尻尾が揺れてしまった。
『私も似たような感じ。死んだあとに女神に生き返らせてもらったの。そしたらフェンリルになっちゃったみたい。』
和明はチョコチョコと歩いて薫に近づく。
『もしかして三つ願いをかなえてくれるとか言われた』
『言われた!』
『もしかして、上位種族にしてあげると言われて、ハイエルフやバンパイアになれるかもと勘違いした?』
『まさにそれ!』
『もしかして異世界に転生させてもらえると期待したら、日本だったからがっかりした?』
『すごくがっかりした!叫んじゃうくらい。』
和明は小走りで薫に近寄ると、モフモフに抱き着いた。
『俺と同じだ!まさに同志だ!』
『同志よ!』
二人はしばし抱き合う。
はたから見たら、動物同士の触れ合いにしか見えないが。
そして和明が薫にもステルス魔法を掛けることで、薫は落ち着く。
そのあと、しばし自己紹介をする。
『・・・といわけで、俺は飛び降り自殺に巻き込まれて死んだんだ。』
『うわー、悲惨ね。』
『薫さんの死因は?』
『私は…橋の上で自撮りしていた女性がバランスを崩して落ちそうになったのを見つけて、』
『その人を助けて落ちたってこと?』
『いいえ…。その人を助けようとジャンプしたら、その人は彼氏に手をつかまれて助かったんだけど、飛び込んだことでバランスを崩した私は橋から落ちて…。』
『うわー、俺より悲惨じゃん。』
『ふっ、笑ってくれていいよ。30過ぎてもゴスロリ着ていたから笑われるのは慣れてるから。』
和明は言葉を失い黙り込む。
本当は「そんなことないよ」と言いたいが、嘘が苦手な和明にはどうしても慰めが言えなかった。
『え、えっと。話は変わるけど三つの願いって何をお願いしたんだ?』
『三つの願い?聞いたら笑うと思うよ。』
『なんで?』
『意味ないから』
しばし見つめあう二人。
『きょ、興味あるなあ。どんなお願いしたの?』
『一つは若返り。ふわふわした外見が似合う感じに。』
『あー、フェンリルはふわふわだよね。』
『二つ目は魔眼。なんか凄い感じの。』
『それはカッコ良いじゃん。』
『でも魔眼はフェンリルが元から持ってる種族能力みたい。』
『…あっおー。』
『で、三つめが飛翔能力。空飛ぶのがあこがれだったから。』
『あ、もしかして空を飛ぶのもフェンリルが元から持ってる能力だった感じ?』
『そう…。天翔ける天狼だもの。』
そのあと無言になった。
そして和明は静かに涙を流す。
『ひどい。あの女神、わざとフェンリルにしてお願いをつぶしてきたんじゃないか?転生は俺たちのロマン。それをこんな形で弄ぶなんて。酷すぎる。』
『ありがとう。和明さんに泣いてもらって少し救われた気分だよ。ところで和明さんのお願いはどんなもの?』
『俺の願い?ショッピングモールにあるような商品を再現する能力と、亜空間を扱う能力と、エンチャント能力。』
『うわあ、おもいっきり有意義なものばっかりじゃない。』
『ありがとう。そうだ、薫さんにもエンチャントしてあげるよ。』
『おお、いいねえ。有意義なのお願い。』
和明は薫に「亜空間収納」と「ステルス魔法」をエンチャントした。
『わお、これはすごい。ありがとう、すごく助かる。』
『こちらこそ、役に立ってよかった。』
『あの、ずうずうしいお願いなんだけど…。』
『なに?』
『大きさが変わる魔法とかない?小さくなりたいの。あと下着とか作れない?オオカミの姿とは言え全裸なのは落ち着かなくて。』
『oh、言われてみれば俺もフルチンか。それは気づかなかった。OK、ちょっと待っててね。』
まずは
和明は大きさを操る魔法を記憶から探す。
どうやら亜空間魔法とセットで扱えば可能っぽい。
なぜ大きさを変えるのに亜空間が必要なのかわからないが。
あえて推理すれば、
実体を変化させるのではなく、亜空間を利用して空間内で大きさをゆがませるのだろうと推理してみた。
その魔法を創造しようとして気づく。
(この魔法、もしかして衣服にも応用できるんではないだろうか?)
そう考えて、衣服を作り出してエンチャントしてみたらすんなり成功。
自動サイズ調整衣服ができた。
『薫さん、衣服を用意したよ。あと大きさ調整の魔法もエンチャントするからじっとしていてね。』
『わおおおおん』
薫は衣服を装備した。
薫はサイズ調整の魔法を覚えた。
すぐに薫は小さくなる。
柴犬サイズ。
『うお、めっちゃ可愛いな。』
『おほほほ、もっと褒めても良くってよ。』
『服もかわいい。白い毛並みにすごく似合ってる。』
『おほほほ、よくってよ、よくってよ。』
ぐうううううううう
笑っていた薫のお腹から凄い音がした。
『そ、そういえば生まれ変わってから何も食べていなかったんだ。和明えもん、なんか食べ物出して』
『薫太君はだめだなあ。ててれてっててー。ハンバーガー。』
バシ!
薫はすごい速度で和明の出したハンバーガーを前足で奪うと、速攻でかぶりつく。
『美味しい!ハンバーガーをこんなにおいしいと思う日が来るなんて!』
『まだあるけどもっと食べる?』
バシ!
和明が出したハンバーガーは、またすごい速度で奪い取られた。
そしてあっという間に薫の腹の中に消える。
『ぷはー、助かったよ。ありがとう』
『食べた後に言うのもあれだけど、それって生ごみを利用して作ったものなんだ・・・』
しばし見つめあう。
だが薫はふっと笑う。
『関係ないね。おいしく食べられる、それが大事。それだけの事よ。』
『薫さんすげー。おっとこらしい。』
こうして二人は何となく仲間になった。
これから長い付き合いになる二人の出会いであった。