俺氏、誕生の秘密
和明が日本に向けてステルス飛行を始めたころ。
永田町の雑居ビル内に極秘で設置された『とある部署』は人が走り回る忙しさだった。
高次元生命体対策本部。
そこら中で怒号も飛ぶ。
「東京から飛び立ったドラゴンがミサイルを迎撃しました。」
「習志野付近で巨大な白いオオカミが空を駆けていたという目撃情報アリ」
「北海道の網走に巨大なマンモスのような生物が現れた模様。実働部隊は至急向かってください。」
「桜島から火をまとった巨大な鳥が現れたそうです。」
「骸骨が大行進していると情報が入りました。現地の警察との連携を急いで。」
構想からたった一カ月で新設された部署とは思えないまとまりを見せている。
この部署は正式に立ち上がってから、まだ三日目だというのに。
それほどこの三日間が忙しかったのだ。
寝る間もないほどに。
だからまとまるしかなかった。
事の起こりは一カ月前。
国会議事堂でいつものように通常国会が開始されようとしていた。
あと15分で開始という時だった。
議員は集まっているが、テレビ放送はまだ開始されていないタイミング。
そこで問題が起きた。
雑談などでザワめている衆議院議場。
議員たちは、いつものように国会が始まるのを待っている。
しかしその日はいつもと違うことが起きるのだ。
ピシシシ
天井近くの空間から妙な音が走る。
たまたまその音に気付いて最初に見上げたのは総理大臣の福山だった。
音がした空間がパカリと開く。
「な、なんだ?」
そのあたりで、上を見上げる総理大臣に気づいた議員たちもつられるように見上げた。
そして目が合った。
空間の割れ目から見下ろす巨大な赤黒の目と。
「うわああ!なんだこりゃ!」
議場はパニックに近い状態になる。
すると巨大な目から頭に直接響くような声が聞こえた。
『ふふふ、私はずっと見ていましたよ。そしてこれからも人間を見続けるでしょう。そうそう、私は最近新しい力を手に入れましたの。私はそちらの世界に直接行くことはできませんが、新しい力で少し楽しませてもらいますわね。ふふふ。』
みな何が起きているのか分からず混乱をしている。
恐怖で声も出ない。
その中で、副総理の麻田宗吾だけは何とか言葉を振り絞る。
「あんた、何者なんだ。」
『ふふふ、聞かれたならば答えましょう。私は人間が二本足で立ち上がる前から存在したものです。名前は好きに付けてくださいませ。』
「・・・何をする気だ?」
『一か月後に再度そちらの世界に干渉いたしますね。その時にわが眷属を13人ほど送り込みましょう。わが眷属たちは人を滅ぼすかもしれませんよ。ふふふ、せいぜい混乱して面白いものを見せてくださいませ。できることならわが王国の住人が増えることを望んでおります。』
「な、なにを言っているんだ?」
巨大な目は麻田に返事をすることはなかった。
裂けた空間はユックリと閉じる。
そして議場は静まり返った。
さすがに皆、今起きたことを咀嚼しきれず困惑をしている。
だが、総理大臣の福山純一郎は怯えた目で麻田副総理を向く。
「あ、麻田さん。これってアレじゃないですか?去年アメリカで起きたアレ。」
麻田副総理は呆けた表情から、急に渋い顔になる。
「…でしょうな。向こうとは現れた存在は違うようですが、同じような現象だと思いますよ、私も。」
「や、やはりそう思いますか。マズイですぞ、日本でもアメリカと同じようなことが一カ月後に起きるかもしれないという事ですから。」
麻田副総理は目をつぶって考える。
(アメリカのホワイトハウスに現れたのは黒い巨人の男だから、日本に現れたのとは別の存在の可能性が高い。だからアメリカと同じ現象が起きるかもわからないが、似たようなものである可能性は高い。現れるのが13人だとわかっているだけ、日本のほうがわかりやすいのか?)
麻田副総理が思考に沈んでいる間に、福山首相は急いでマイク前に走って手に取る。
「みなさん!今起きたことは絶対に口外しないでください。何らかの異常現象が起こるまで秘密裏に対応をすすめます。事前に国民に知らせて騒がれてしまえば本当の異常事態を見つけるのが遅れます。ですので今の出来事に箝口令を敷きます。」
で、
数分後に国会中継が始まったが、みな青い顔のまま質疑応答が行われたのだった。
そしてその日の国会が終了すると、急いで内閣府に『高次元生命体対策本部』を設置する準備が始まっる。
本部長に選ばれたのは、元幕僚の佐竹卯兵。
初めから、軍隊のような組織にする気満々な人事だ。
しかしそれは仕方ない。
アメリカの『インディエゴ事件』を考えれば当然の流れなのだ。
一年前、アメリカのホワイトハウスに黒い巨人がらわれた。
その巨人は
『我名はインディエゴ。我はこの地を蹂躙した白人たちを許そう。しかし、精霊たちはどうかな。不満ある精霊たちは我の許可のもと、無差別に人にとり憑くであろう。』
そう叫んで、その場にいた下院議員を3人ほど食い殺して消えていった。
その様子は運悪く生放送されてしまった。
そしてすぐにアメリカ内で異常が起き始める。
炎を自在に扱う人間や、水を自在に扱う人間、空を飛ぶ人間など、不思議能力を持った人間が大量に現れたのだ。
特殊な能力を持った者たちの一部は能力を隠して静かに暮らしている。
だが、能力を持ったほとんどの者たちは『能力を使って犯罪に走る者』と『正体を隠して正義を行う者』に分かれて戦い始めてしまった。
ヒーロー大好きなアメリカだったから起きた社会現象だろう。
その騒ぎはいまだに収まっていない。
で、現在
高次元生命体対策本部は、アメリカで起きたことに近い事態を想定して準備をしていた。
だからこそ、後手に回ってしまった。
日本に現れたのは幻想生物だった。
最初に発見されたのは三日前。
大井ふ頭近くで見つかったネッシーだった。
次に日本海でリバイアサン、土佐でグリフォン、神奈川でフェアリー、長野でペガサス。
そのあと、さらにドラゴンが東京に現れた。
しかも続報で来る。情報から推理すると
フェンリル(仮)、フェニックス(仮)、ベヒモス(仮)、リッチ(仮)
のような幻想世界の化け物たちもいるようだ。
アメリカの時とは明らかにパターンが違う。
大急ぎで人員や装備を調整しなおさないといけない。
佐竹本部長は仁王立ちのまま望遠撮影した映像画面を見て戦慄していた。
映像に映っているのはドラゴンである和明。
「あの距離でミサイルに気づいたのか。しかも…正確な迎撃。アメリカの『ヒーロー・ビラン現象』なんて可愛く感じる脅威だな。」
さらに映像は続く。
ドラゴンはミサイルを口から出したビームで迎撃したあと、そのまま基地がある島に向けて横なぎにビームを撃ち込んだのだ。
その一撃で島の半分が砕け散り、基地は一瞬で蒸発し燃え上がった。
理論上あり得ない高出力なビーム。
「…背筋が寒くなる映像だな。他の場所で現れた化け物共もあのレベルで考えないといけないとすれば、頭が痛い問題だ。」
佐竹の隣で映像を見ていた補佐官、遠山彩姫も蒼い顔をしている。
20代の才女で気の強そうなつんつんメガネな美人だが、いまは可哀そうなほど怯えた目である。
「頭が痛いですか?私は吐きそうなほど胃が痛いですよ。」
苦虫をかんだようなダンディな佐竹の表情が少し緩む。
「確かにな。国の費用で胃薬も用意してもらうとしよう。ところで今のドラゴンの攻撃による被害はどのくらいだ?」
遠山は手元のタブレットに情報を映す。
「韓国軍の防衛施設が一つ消滅しました。ですが無人施設のはずですので死者はないものと思われます。人が操作していなかったのでドラゴンを自動迎撃してしまったようです。」
「漁船とかだったら大変なことになっていたな。その意味では物騒な施設を破壊してくれたドラゴンに感謝しておくとしよう。」
そこまで話していると、映像のドラゴンがふっと消えた。
佐竹はため息をつく。
「はあ、ステルス能力か。このあとそのまま他国に行ってくれると嬉しいのだが。」
「無理でしょうね。海に起きた不自然な波の動きから推測しますと、日本に向けて飛んできています。」
「そうだよな。日本に現れた高位生命体の眷属なんだ。日本に来るよな。」
目の前の画面が切り替わる。
「本部長、つぎは個体名フェンリル(仮)の映像です。」
「早くも見るの嫌なんだがな。」
「私もです。」
画面には望遠撮影された白い大きなオオカミが映る。
そのオオカミは、戦車砲の直撃を受けてキャンキャンいって空を走って逃げていってしまった。
佐竹は眉間に皺を寄せてこめかみを揉んだ。
「なぜ攻撃をしたんだ。フェンリル(仮)はボーっとしているように見えたぞ。」
「報告によりますと、実弾訓練をしている最中に的の前に降りてきたらしいです。」
「…どんだけ運が悪いんだ。」
「まったくです。一発目が直撃した後に撃った戦車に向かって吠えながら歩き始めたので、4台の戦車で一斉に攻撃したようです。」
「で、44口径120mmの徹甲弾が計5発直撃してるのに、無傷でキャインキャインで済んでるのか。まさしく化け物だな。」
「彼らは、特殊な防御シールドを持っているのではないかと推測されています。ドラゴンを狙った狙撃も、弾丸が不自然な曲がり方をして当たらなかったという話です。」
「はあ…、できるだけ刺激しない方向で監視体制に入れ。攻撃時は必ず本部へ許可を取るように徹底しろ。」
「はっ!」
遠山は足早に各所に指令を出すべく去る。
佐竹はドスンと椅子に座り背もたれに体重をかけた。
(40代で大出世できたと思ったが、これはとんだ貧乏くじを引いてしまったかもしれないな。)
高次元生命体対策本部と謎の幻想生物たちとの戦いは、まだ始まったばかりだというのに佐竹には絶望感しかなかった。