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アナザー・ドロップ~裁きの漆黒眼  作者: 瑞祥颯
プロローグ
2/6

プロローグ後編

 話は変わるが、#在原彩__さいはらあや__#。それが店長の名前。

 彩の過去は、目の前にいる健全な青少年達にはあまり言えるようなものでなかった。

有体に言えば、お約束の冷めた両親と深まっていく確執に、学生時代にブチギレて家出した過去。暴走族になる気もなかったしバイクを乗り回そうという気もなかったのから、変な輩と付き合う事がなかっただけで、転がり込んだ先はパン屋を営んでいる従姉の家だったし、それから社会人になるまでだって、親と揉める事は多くあったと記憶している。

 結局彩は、親とは縁を切って、既婚者である従姉の家にそのまま居座る事になった。

 従姉曰く、一人暮らしなんていつでもできる。けれど、親との確執が原因で精神がボロボロになっている従妹を放っておくなんてできないし、この家にいる事で選択肢を広げていく事だってできるだろう?と言う事らしい。

 男前な言葉に救われて、そのまま居座る事になった彩。就職活動の際に、一度は従姉のパン屋に勤める事も考えたけれど、ある意味身内という事で甘えがでてこないとも限らない。そんな事を考えながら色々な会社、店の面接を受けていた際に、たまたま合間に一休みも兼ねて入った喫茶屋での一杯が今の彩を象っている。

 今でいうカフェの先駆けとも言えるその喫茶店の珈琲の入れ方に衝撃を受けたのだ。

学生ならば解らなくても仕方がないが、専門店で淹れる珈琲は、店にもよるがネルフィルターという、専用のフィルターを使って淹れる場合がある。珈琲の淹れ方は他にもあるが、その店はネルフィルターで淹れる事を良しとしていて、ペーパーミルを使う事なんてまずなかったのだ。

 ずっと辛い人生を送っているだけで終わると思っていたところで、たまたまとはいえ見つけた珈琲の世界に衝撃をうけた。しかも、入った店は珈琲の専門店ではなく、ごく普通の喫茶店だという。喫茶店といえば、店で提供しているメニューは飲み物に限ってでも珈琲だけでなく、紅茶やソフトドリンク、ハーブティーなど多岐に渡ってある。メニュー表を見ると、食事メニューやスイーツにも多く工夫がされていて、何もかもが彩にとって新鮮で、思わずぽろりと涙をこぼしてしまったほどだった。

 喫茶店の店主だという男性は、ロマンスグレーというに相応しい白髪の老人だった。

 訳知りでもなくただ、黙って彩に、おごりかタダなのだとでも言うように、当時試作のマドレーヌとスコーンを出してくれた。そっと出されたそのスイーツは、ほんの少ししょっぱく感じた。けれど、そこから彩の歩むべき道は少しずつ変わっていったのだ。



 閑話休題。

 店長に過去、何か後ろ暗い事があったのかはまったく解らない。それはそれとしても、僕らの前で零をハグしながら涙をこぼしたりするものだから、どうしたらいいか解らなくなってしまった。

「えっと…店長?」

 どうしたものかと思いながら僕が声をかけると、我に返ったのか、思いっきり顔を真っ赤にして「わ、悪い!!」と言って零から離れるとトイレに駆け込んでしまった。相当恥ずかしかったんだな…。

 零はというと、店長の挙動不審な姿に吃驚したのか、落ち着きを取り戻していた。

 彼女は今は、店長の住居スペースにあるテレビがとても不思議に見えるのか、リモコンのボタンを凝視しながら色んなチャンネルを押したり、電源を切ったり、入れたりして、遊んでいる。服は、夜になった事もあって、常連さんが買ってきてくれたネグリジェを着ている。ただし、ここに来てからもずっと身にまとっているものもある。鎖だ。

 鎖は一見、すぐに外れるものに見えた。それは小此木さんも思ったようだけれど、風呂場でも外れることはなく、首回りを洗うのは少し大変だったと言われてた。普通の鎖のように見えるが、なかなか癖があるらしい。いっそのこと、大工道具とかでぶった切りたいけれど、彼女を怖がらせてしまっては本末転倒なので控えるしかない。

 僕は、スマホで「鎖 外し方」検索でやり方を考えてみる。そもそもがこの鎖の素材が、普通の銅や金銀にも見えないのが難点なので、液体をぶっかけるにしても化学反応が怖く、下手に弄れないのだけど。

「ちょっとごめんね、鎖触らせてね」

「うん、いーよ」

 リモコン操作と、色々と変わるテレビのモニターに夢中になっている零はご機嫌だ。長い髪をどかして鎖を触って見ていても、何も言ってくる気配はない。時々、眠くなってきているのか、ん~、と唸っているようだけど、ただそれのみだ。

「零、眠い?寝る?」

「・・・やだ」

「え?」

「寝るの、やだ」

 なんで?と言おうとした。けれど、すぐに察してしまう。

 おそらく、これが夢なのではないかと、あるいは逆に、嫌な夢を見てしまうのではと不安なのだろう。

 おずおずと、後ろでよっやくトイレから出てきた店長の気配を感じながら、僕は言う。

「大丈夫だよ。僕も今日は泊まるし、てんちょ…いや、さっきの人が一緒に寝てくれるさ。手を一緒に繋いで寝れば、夢だって、素敵なものしか見ないよ。」

「・・・ほんとう?」

「本当にそうなるかは解らないけど、誰かと一緒なら、それだけで幸せになれるだろう?」

 彼女を宥めてやる。小さな声で「・・・うん」と聞こえたので、僕はぽんぽん、と肩を叩くのだった。


 店長はバツが悪かったようだけど、零が眠そうにしているのを気づいて、ベッドの用意をしてくれていた。元々がセミダブルのベッドらしいので、子供と一緒に寝るぐらいならそんなに問題はないようだ。それでも、布団は若干足りないかもと踏んで掛け布団をもう一組出しておいたようだ。

 僕は男という事で、店長達が眠る寝室ではなく、ソファで眠る事になる。ここのソファは、ソファベッドなので、ベッド仕様にしてしまえば問題はない(ソファベッドの存在については、従業員や友人が稀に泊まる事も考えての事らしいので深く考えないようにした)。

「じゃあ店長、零お願いします」

「おい、坊主。お前は零の保護者か」

 店長は、呆れながら言っている。ただ、偶然とはいえ僕が零を拾ってしまったから、ほんの少し罪悪感があるってだけなんだけどな。

 あまり強くは言ってもないけど、おそらく僕のこの複雑な気持ちもバレバレだろう。察してくれているだけありがたく受け取っておこう。



 朝の日射しを感じて起きると、店長はまだ眠っているようだった。壁掛け時計の針は7時過ぎを差していたので別に起きていても良いんだけどね。それはいい。

 逆に、僕は非常に困っていた。

 なんで零が僕の上に乗っかって眠ってる⁈

「零、起きて」

「ん~~~あと5ふ・・・・ス~」

 ダメだ。起きる気配がない。いや、寝顔かわいいけどね?別に寝てもいいけどさ。狭いよね??

 あっこら、僕に絡みつくな!

 ちょっと、僕の股間に足を挟まないでください!

 ヤバい!ピンチです!!




「おはよー…ってなんだこりゃ」

「店長!零はがして!お願いします!」

「ははーん、お前、あれか。朝のお約そ「やめて!それちがうから!それ以上はやめて!」

 くそう。完全に揶揄われている。店長は起きた時に零がいないことに気づいたけれど、それほど大変なことにはなっていないと確信していたようで呑気なものだ。

 そうだとしても!店長が言うようなものではないけれど、零がぎゅーぎゅーと足の内股あたりを足で締めるようにして寝こけているものだから僕は、トイレに行きたくて仕方なかった。

 決して朝立ちとかそんなんじゃないよ!ただトイレに行きたいだけです!


 なんとか零を起こして僕はトイレに駆け込んで、出したいものはだしてやった。ソファでもよおさなくてよかったよ…。

 トイレから出ると、店長は朝食を作っていた。キッチンから漂う香ばしい香り。フライパンで踊る黄色いモノは、卵焼きであることを教えてくれている。テーブルの上にはすでに何品か置かれていて、紅鮭の焼き魚半身になめこと豆腐の味噌汁、ごはんに蓮根のきんぴらが置かれていた。完璧な純和食のラインナップだ。昨日零がサンドイッチを最初に食べてて、夕飯らしい夕飯をあまり食べていない。一応野菜スープは作ってくれていたけど、サンドイッチでお腹いっぱいになったのだろう。それからほどなくして眠ってしまったのだから。

 零は久しぶりの和食なのか、それとも別の理由かは解らないが、とても嬉しそうな顔でかっこんでいる。あ、なんでか米粒が鼻の上についている。思わずわらってしまって、取ってやったのを見せてやると、ほんのり顔を赤く染めてた。


 朝食を取り終えると、一度警察まで行く事となった。零を心配している親族がいるかもしれないからだ。少し店長は渋い顔をしていたけれど、親族が健在なら報告の義務はある。また零に確認することも考えたけれど、日本での彼女の保護先を彼女が正しく把握しているとも限らない。それならば、素人がやみくもに探すよりも警察に任せるのが一番だろうという結論に達したのだ。

 三軒茶屋から近い警察署までは歩くには少し時間がかかる。子供の足だとなおさら感じるかもしれない。とはいえ、バスに乗っても時間の差はさほど変わらないので歩くしかない。

 道中は、最初僕と零が手を繋いでいた。なんでも、僕のとこに移って寝てたのは、間違って寝てた訳でもなく、一緒に寝ていたかったようだ。引き剥がしたのは可哀そうだったかもしれないが、女の子だし、女の子の事は店長に任せたほうが良いと思ってたんだけど、それが逆に嫌だったらしく、ぎゅっと僕の手を握って離そうとしない。

 ねえこれって、警察署に行っても、離れてくれないとかない・・・よね?不安だ。

 一方で、店長は店長で心配なのか子供好きなのか解らないが、手を繋いでくれない残念さに、複雑を噛みしめてるように見えた。

「零、てんちょ・・・このお姉さんとは手、繋がないのか?」

「え~」

「え~、ってなんだよ。」

 とても不満そうだけど、決して店長と手を繋ぎたくないわけではなさそうだ。

「お姉さん、寂しそうにしてるよ?」

「・・・」

 解ったのか、解らないのか、少し苦虫を噛みしめたような顔で悩む零。少し戸惑いながらも、そうっと、店長の手に手を伸ばすのが解ってホッとした。

 瞬間、まだ朝だというのに、空が薄暗くなりだしした。


 ゴロゴロと雷のような音が聞こえる。雷なんて、発生してる気配などないのに。


―――見つけた、ゼロ。

―――今度こそ逃がさない・・・!


 どこからともなく聞こえてくる声。


 その声と共に、零はガタガタと震えている。

「零、大丈夫か・・・?!」

 ぎゅっ、と抱きしめてやるがそれでも震える体は止まることがない。

「い、いや…嫌だ・・・いや・・・っ!!なん、で!」


―――逃げられたと思うなよ


 虚空から聞こえてくる声は、何故か零と僕にしか聞こえていないようだ。というか、いつの間にか店長は倒れこんでいる。

「て、店長⁈ど、どうすれば・・・っ」

 思わず、零に抱き着いていた手がその瞬間にゆるんでしまう。その瞬間に、零の体が空を浮きはじめる。

「え、えっ⁈」

 ぎょっとする。

 しかも、零の首周りにまとわりついていた鎖は、零をあざ笑うかのように、引っ張り上げている。まるで、誰かが零をどこかに引っ張り上げているかのように吊っている状態だ。

「な、なんだ、こ、れ」

 慌てて、鎖がどうにか外れないかガチャガチャ鳴らして知恵の輪外しのように解体できないか試みるが、外す事はかなわない。それができるなら、昨夜のうちにできていたはずだ。

「零、れい!」

「あうっ、が、あ、」

 苦しそうにしている零。ひっぱり上げられているのを確かに感じる。


―――愚かな小童よ。この#繋__ケイ__#がそれで外れる訳がなかろう


「だまれ!こんな風にして、零を苦しめて、何になる!」

「!!!!」

「零!!頑張ってくれ・・・!」


 嘲笑う声は、ククク、笑っている。耐えろ、耐えるんだ…

 いつの間にか、零と僕は、大人の伸長分ほどの高さのところまで引き上げられていた。

 このままでは、零が危ないと、警鐘が鳴る。

 その瞬間、零の体が光を放つ。


 僕はそのまま、意識をどこかに飛ばしてしまった…ようだ。

 



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