おまけ/課題作品シリーズ
警告! ここからはギャグバージョンです。
今までの雰囲気ぶちこわしになる可能性がありますので、十分に注意した上でお読み下さい(笑)!
『課題作品(ダンス・バリエーションその一)』
月の明るい晩だった。
♪ずびどぅびっどぅび〜どぅわっどぅーびどぅわっ♪
締め切りが間近に迫り、もはやどうあがいても、どこにも言い訳も逃げ場もなくした作家の部屋には、真っ青な月の光と共に、大音量の音楽が充満していた。
どうやらクラシック調のシャンソンらしかった。
♪どぅびどぅびっどぅーわっわっわっわ♪
かろうじてフランス語らしいと判断される訛った歌詞に、バックコーラスが和す。部屋の中央にはぼろ屑のごとく、うずくまる作家の姿が見受けられた。
追い詰められた者にのみ特有の、野生の光が両眼には宿っていた。片手に文字を記された紙片を握り締め、作家は一言呟いた。
「……何も浮かばないっ」
シャンソンがタンゴのリズムに変わる。作家は血走った目を片手に注いだ。そこには今回彼の作品の中核を成すべき、編集部から指示されたテーマが書かれてあった。
『今回のテーマはダンスです』
ダンス。ダンス。ダンス。
彼だって努力はしたのだ。ダンスで懸命に考えてみたのだ。だがしかし、刻一刻と過ぎ去る時と共に彼の元に残されたものは、
『ダンス、ダンス、ダー……たんすっ』
とか、
『ダーダーダーだぁー……たんざく☆』
というような、泣くにも泣けない駄洒落のみであった。
両眼に涙が宿る。何故だ。何故何も思い浮かばないのだ。天は我が才能を見捨てたのか? 彼は叫んだ。大声で。
ダンス。
ダンスッ。
ダンスッッ……と。
天は彼の叫びを聞いていたらしい。
その声の終わるか終わらないかの内に、部屋の中にあった『タンス』と『たんざく』が、手に手を取って踊り出したからだ。
不条理に明るいタンゴのリズムに乗って彼等は踊り続けた。世界は彼等の時だった。
月の明るい晩であった。
『課題作品(ダンス・バリエーションその二)』
月の明るい晩だった。
締め切りが間近に迫り、もはやどうあがいても、どこにも言い訳も逃げ場もなくした作家の部屋には、真っ青な月の光と共に、大音量の音楽が充満していた。
どうやらクラシック調のシャンソンらしかった。
ばたんっと大きな音を立てて、タンスの扉が開いたのはその時だった。そうして中から白の三つ揃いのスーツを着込んだ場違いな美男子が、真紅の薔薇の花束を手にして飛び出した。
彼は言った。「さあ、踊りましょう」
出現の仕方からして不条理の極みに尽きるのではないかと作家は思ったが、二人して踊った。
小一時間も踊っただろうか。男は扉を開けてタンスの中に帰っていった。月は高く中天に輝いていた。
後にはシャンソンが残った。
作家が何か飲もうとグラスを出すと、ばたんっとタンスの扉が開いた。今度は中から黒の三つ揃いのスーツを着込んだ美男子が、カトレアの花束を手にして飛び出した。
彼は言った。「さあ、踊りましょう」
出現の仕方からして不条理の極みに尽きるのではないかと作家は思ったが、グラスを手にしたまま二人して踊った。
小一時間も踊っただろうか。男は扉を開けて、タンスの中に帰っていった。月は西の空に傾き始めていた。
さて何か飲もうと、作家は片手に持ったままだったグラスに、シャンパンを注いだ。部屋にはシャンソンが漂っていた。
ばたんっと大きな音を立てて、タンスの扉が開いたのはその時だった。中からはえび茶の三つ揃いのスーツを着込んだ……いや、三つ揃いのスーツが飛び出した。
作家の見ている前でスーツは布の山となり、中からスーツの持ち主が這い出してきた。等身が合わなかったらしい。
『たんざく』であった。
御丁寧にハコベとシロツメクサとオオイヌノフグリの花束を手にしていた。
彼は言った。「さあ、踊りましょう」
これこそ不条理以外の何物でもないと作家は思ったが、二人して踊った。
小一時間も踊っただろうか。たんざくは扉を開けて、タンスの中に帰っていった。
作家はそれでようやく、グラスに注いだシャンパンを飲めた。案の定、気が抜けていた。しかし踊っている間、一滴もこぼさなかったのは見事であった。
月は沈み朝日が窓に差し込む。作家はペンを取った。
『課題作品(ダンス・バリエーションその三)』
月の明るい晩だった。
三度目ともなるとこのシチュエーションにもそろそろ飽きがくるのだが、とにかく月は明るかった。
締め切りが間近に迫り、もはやどうあがいても、どこにも言い訳も逃げ場もなくした作家の部屋には、相も変わらず真っ青な月の光と共に、大音量の音楽が充満していた。
作家は部屋の真ん中で踊っていた。
それは来るべき締め切りに備え、何とかして一行でも原稿を書こうと努力した挙げ句の逃避行動であった。
月の明るい晩であった。
『課題作品・再び(テーマ・ラブシーン)』
月の明るい晩であった。
部屋には作家が一人いた。
真っ青な月の光と共に、大音量の音楽が部屋には充満していた。
締め切り寸前であった。
しかし作家は一言一句も捻り出す事ができずにいた。
作家の手には紙片が握られていた。そこには今回作家が書くべき作品の、編集から示されたテーマが書かれていた。
『今回のテーマはラブシーンです』
作家は天を仰いだ。何も思い浮かばなかった。空には月がかかっていた。星々が輝いていた。
目に涙が浮かんだ。作家は空に吠えた。
ど〜ぅおおしてぇ、な〜んにもぉ、浮かばないんだ、よ〜おおお〜〜〜〜〜〜〜〜うっ!
声は静寂を破って四方に響き、消えていった。星は静かに瞬き続け、人の世はなべて平穏であった。ただ彼一人を除いては。
人は彼を、『修羅場に愛された男』と呼ぶ。
月の明るい晩であった。……合掌。
『逆襲の課題作品(テーマ・海の生き物)』
月は夜空に凛然と浮かび、月光は指先が青ざめて見える程に冷たく、不可思議な力を秘めて地上に降り注いでいた。
月は夜空に凛然と浮かび、月光は指先が青ざめて見える程に冷たく、不可思議な力を秘めて地上に降り注いでいた。
月は夜空に凛然と浮かび、月光は指先が青ざめて見える程に冷たく、不可思議な力を秘めて地上に降り注いでいた。
月は夜空に……。
「だ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!」
パソコン画面に最初の一行を際限なくリピートさせながら、作家は天に向かってわめいた。タイトルは決まっていた。登場人物も決まっていた。主人公は今や遅しと出番を待っている状態だった。それなのに。それなのに。嗚々。
「進まねぇぇぇぇ〜〜〜っ!」
できたのは最初の一行だけ。それも延々と続く試行錯誤の末に、であった。この一行に辿り着くまで一体幾つの山を越え、谷を抜け、登場人物を変更、はては主人公の設定までも変えて文体と言葉を捨ててきたのやら。
今回のテーマは『海の生き物』であった。
ひとしきり吠えた後、作家は再びパソコンに向かった。何を言おうがわめこうが、締め切りは確実にその歩みを進めつつあるのだ、この部屋に向けて。迎え撃つ準備をせねばなるまい。
ばたん、と音を立てて部屋の隅にあったタンスの扉が開いたのはその時だった。
背後の異様な気配に作家は振り向いた。次いで絶句したまま目を剥いた。開いたタンスの扉の中から真っ青な海が飛び出したのである。いや、海ではない。それは月光であった。凶悪にうねり、怒濤の如く噴出する、とんでもない月光であった。
どご〜〜〜〜〜っ!(←四倍格でお読みください)
作家は月光に飲み込まれた。飲まれながら作家は、全身をふみふみと踏まれていた。それも一人や二人ではない。数十人からの人間らしきものが作家の全身を踏んづけていった。
あちこちに流され、翻弄されながら作家は見た。怒濤のように流れていく月光の波に乗り、アイディアの段階で捨てていった登場人物たちが踊っているのを。彼等が自分を踏んづけて踊りながら去っていくのを。
シーラカンス。半魚人。アンドロイド。サイボーグ。オオマキガイ。コマキガイ。ウニ。たこ。くらげ。正体不明の半透明の生物。
……やがて月光は去り、部屋には静寂が訪れた。後には徹底的にふみふみされた、作家のみが転がっていた。
『学園祭』
ぴいひゃらどんどん ひゃらりとどん
右に学ラン 左にドレス
仮装行列 玉手箱
あちらは悲劇でこちらじゃ喜劇
ピエロも走るしニンジャも飛んだ
行方知れずのハムレット
隊列組んでおおにぎわい
どこへ行ってもお好み焼き屋
煙を吐くのは焼き鳥屋
コーラはいかが 気が抜けてるよ
ビールにえだまめ 一杯やんな
どんどんひゃらりと日は暮れる
お客も帰れば烏も鳴くよ
夕焼け小焼けでまた明日
ぴいひゃらひゃらり どんどんどん
課題作品シリーズでした。余談ですが、「ダンスその三」発表の後、「〆切に追われた人がマジに踊っていた」との報告がもたらされました。
…うん。まあ。血行が良くなったら、頭の働きも良くなったかもね…?
ラストに載せた「学園祭」は、やっぱり穴埋めで書いたものですが、雰囲気にあってるかなという事で載せてみました。そういうわけで、小夜曲集、終了です。感想などあるとうれしいです。




