#9 Monochrome Memory
崩れ落ちる都市
瓦礫は夕陽で紅く染まる
血塗れの傭兵は砲口を突きつけられる
死の宣告を前に傭兵は笑みを浮かべる
エンジェル・フレア。
ガンシップAC-19マーキュリーの155mm超軽量野戦榴弾砲が砲撃を開始。30mm高性能機関砲2門が弾幕を張る。多数の誘導弾が放たれ敵AIWSが次々と狩られていく。
更に戦車を複数輸送さえできるC-7超大型長距離輸送機からAIWSが降下する。
「支援攻撃を開始する。」
「こんな事でくたばるなよ!」
フォード大尉とオーウェル上等兵の乗るAF-45Eが降り立つ。
「シャル、助けに来たよ。アンバーシティで戦っているって聞いたら居ても立ってもいられなくって」
AF-5BブラックウィドーがECMを展開する。
「シャル、今月の給与はゼロです」
「分かってる」
少佐の声に初任務の頃見せた圧力を感じる。
「御嬢さんの機体もあるぞ」
「感謝する」
駆逐型AIWS AF-30サンダーボルト。
「全機降下せよ、レキアの民主主義を守れ」
AF-55Bが降下を開始。機体にはEOCの刻印。強襲揚陸艦から急行してきた。
「此処は我々ユーリカの制空権下に置かれている。全機、アンバーシティを解放せよ。これ以上アーミアのジェノサイドを許すな」
「…間に合ったのか」
「貴方の奮闘のおかげです。問題はあの超重型ですね。155mmでも致命傷を与えられません」
「それではもう戦略兵器だ。どうする」
「どうします、ドクター」
少佐がハインライン軍医に問いかける。
「…エンジンは装甲化できない、そこが弱点。工廠の下した結論」
「AIWS開発者だったか。履歴書には無かったな」
「黙っていてごめんなさい」
「構わない。貴方は貴方の為すべき事をしてくれ」
「ええ」
「中尉は敵超重型の撃破をお願いします」
「了解」
「僕達がサポートだね!」
ミナは元気な声で少佐に命令を請う。
「お願いします。あのAF-57はミナさんじゃないと止められそうにないです」
「任せて…!」
*
「アトラス・ラインの戦いに似ている」
巨大な敵を前にし、あの頃とは違う自分を見つける。少佐と会ってから私は…。
襲いかかる170mmの鋼鉄の雨。ユーリカ軍によるチャフ回廊と、AF-5BのECMで敵は電子の目を封じられている。敵の攻撃精度は落ちている。背後に回り込み、敵のエンジン部を狙う。
「エンジンを攻撃するつもりか、させない」
「シャルは僕が守る…!」
「メリディシアの新型か…」
白桜の紋章。アーセナルの開発した機体。隣にはミナのサルタイアーのノーズアート。
AF-5Bは120mmを躱し反撃を加える。誘導弾がAF-57に迫る。
「…これならどう…!」
AF-57は電子欺瞞弾を誘導弾発射器から発射。誘導弾を回避する。格闘戦用のトマホークを構え接近。
AF-5Bの120mmによる砲撃。敵機後方に着弾。間合いを詰められる。AF-5Bは格闘戦の為ダガーを構える。トマホークの一撃を防ぐ。
「追い詰めた」
「止められるなら、それで、僕の勝ちなんだ…!」
*
「鋼鉄の化け物か…」
シャルは幾らか疲労の表情を見せる。超重型の防御砲火は苛烈で、背部のエンジン部を狙うのは困難だ。
「敵の弾数は無限ではありません。三式弾で敵の弾幕を潰しましょう」
少佐のアドバイスを受け面制圧射撃を開始。敵防御火器が沈黙していく。
エクスカリバー誘導榴弾に切り替え。
「喰らえ!」
敵エンジンに被弾。敵の動きが止まる。155mmによる砲撃を続ける。敵機沈黙。敵の装甲は貫けなかったが、搭乗員へのダメージで敵を止めた。
「…敵超重型撃破…」
「っ…」
AF-5Bがダガー一本で敵の戦斧を受け止めている。
「ミナ!」
主砲や誘導弾では巻き込んでしまう。
「俺がやる!」
無反動砲を構え歩兵が単身突撃する。
「軍曹!?」
「仲間は失いたくないよな」
無反動砲を放つ。敵機はこれを回避し20mmで反撃。スミス軍曹が機銃掃射を浴び吹き飛ぶ。
「軍曹っ!…」
AF-30による155mmの砲撃。敵機はこれを回避。
「……ミナ、一緒に白羽を倒す。二人なら倒せる」
「了解!」
「砲撃開始」
AF-5B、AF-30の砲撃。敵機は機体限界に近い高G機動を行い、これを避ける。
「UAを展開。敵機をビル群に誘導する。悟られないよう、押し潰す勢いで攻撃を続ける」
「了解」
敵機の反撃を許さない弾幕を二機で張り、敵機を誘導する。
「…」
敵機は再び電子欺瞞弾を撃ち、ビルを盾にし砲弾を避ける。
「敵機、ポイントに到達」
ビルが倒壊。UAが工作していた。敵機は倒れてくるビルを次々と避ける。
倒れたビルの上に敵機は降り立つ。
粉塵が舞う中、シャルは敵機に迫る。刺突爆雷を構える。
「これで、どう——」
「無駄」
敵機は刺突爆雷を避けトマホークでAF-30の右腕を切断する。続けて主砲、更に左脚を切断。機動不能となる。
「シャル!」
「っ…!」
次の一撃を回避できない。
「私の勝ちだ」
*
「…以上が君が敗けた傭兵のプロフィールだ」
「信じ難い」
「だが君が傭兵に勝てる技術を、財団は開発した」
「…何だ」
「ニューロリンク・マニューバシステム。NMSであれば生身の人間を超越する反応速度で戦闘が行える。神経負荷のデメリットがあるが、これからの戦争を変える技術になるだろう」
「人体実験か」
「選択権は君にある」
「受ける。あの傭兵は私が倒す」
*
「終わりだ——」
「させない!」
トマホークが振り下ろされる瞬間、AF-5Bが敵機の背後を取る。敵機は急旋回しゼロ距離で120mmを放つ。辛うじてAF-5Bは回避。
「これを避けるか、斜め十字」
「喰らえ!」
AF-5Bの30mmが敵ミサイルランチャーを破壊。敵機はランチャーをパージし誘爆を避ける。
「まだ」
「まだだ」
AF-30が後方から6発の誘導弾を放ち敵右脚部を破壊。
「貴方の負けだよ、白羽」
AF-5Bの120mm砲によるゼロ距離射撃で敵主砲を破壊。敵主兵装喪失。
「終わりじゃない」
トマホークを投擲。その先にはAF-30——。
「シャル!」
「前を見ろ!撃て、ミナ…!」
AF-57は基本装備の20mm機関砲に銃剣を着剣。AF-5Bへ銃剣突撃。
AF-30は30mm高性能機関砲で迎撃。然し戦斧は砕けない。レアメタルで強化されているのだろう。誘導弾による迎撃は至近距離の為自爆のリスクが高い。主砲は使用不能だ。
「…そうか…此処が私の…」
目を瞑る。
「ふざけないで!」
ミナの怒声に思わず目を開ける。目の前には戦斧。
トマホークがAF-30のコックピットを貫く。
「シャル…!!」
AF-5Bは30mmで敵のメインカメラを潰す。敵の銃剣突撃を避け主砲のゼロ距離射撃で敵機を破壊する。AF-30のコックピットを開ける。血だらけのシャルを抱える。
「衛生兵!」
*
ユーリカ オリッサ自治領
焼け落ちる市街。
原住民の傭兵の反乱を鎮圧する為に商会はロージア傭兵部隊を向かわせた。夷を以って夷を制す。
泣き噦る少女の声を聞いた。
世界に対する無力さ。
彼女の泣く姿が余りにも私に似ていて…。
*
また傷病兵が送られてくる。
「中尉!?」
「ドクター、頼める」
患者は大量失血しながら奇跡的に息をしている。
「ええ」
*
向日葵畑で隠れんぼをしている姉妹。
「見つけた」
妹の麦わら帽子を手に取る。
「見つかっちゃった…お姉ちゃん!」
抱きつく妹の頭を撫でる。
「アーニャ、来週誕生日よね。何か欲しい物はないの」
「お姉ちゃんとお揃いの髪飾りが良い」
「じゃあお母さんに頼もう」
「やった!」
*
「どうして」
焼け落ちる村。畑から火の粉が舞い上がる。
内戦の戦火は平凡な家族の生活を破壊した。
「お姉ちゃん」
「お母さんは畑作業で…探さないと——」
けたたましい機関銃の銃声で私の声はかき消される。
「伏せて!…逃げないと」
兵士達が迫る。
「いや…」
妹は恐怖で動けない。
「アーニャ!」
「女と子供は連れて行け、それ以外は殺せ」
銃撃。妹が足を撃たれる。
「お姉ちゃん!」
「アーニャ…」
連行される妹。
兵士が私の腕を掴む。
「嫌だ!」
「黙れ、植民者の罪を償わせてやる」
「そんなの知らない」
「ユーリカはブールを植民地にし搾取を続けてきた、彼らの民主主義は私達を奴隷にする事で成り立っている。これは復讐だ。植民者は死なねばならない」
「私達を殺すの」
「利用した後でな——」
身体が本能的に動いていた。砂を浴びせる。脛を蹴り、手元にある石で頭を思い切り殴りつける。
敵の仲間に気づかれる。だが政府軍の自動車化歩兵部隊が駆けつけて敵は撤退する。
「ち、この村もやられたか。死体はまとめて焼け。追撃する。ゲリラ共、皆殺しにしてやる……おい、生き残りか」
暗転
*
野戦病院でリズは傭兵を治療する。
「止血完了。…心静止を確認。CPR開始」
彼女を助けられるのは今は私だけだ、失敗るな。
「波形分析、除細動適応無し…。これで最後」
隠し持っていた最後のアトロピンを使う。
「お願い…」
リズは胸骨圧迫を開始する。
*
モノクロの混濁した記憶
砂漠の戦場
「私は傭兵、理不尽に死ぬのは当然のこと」
この戦いは私が望んだものだ。だから死んでも構わない。しかし…。
「これはあなたの望みなのか」
「これは私の望みではありません」
彼女は首を横に振る。
「……生き残って下さい、シャノン中尉」
彼女の言葉は私にとって……。
*
「…」
「!」
看護師が慌てて部屋から飛び出す。
「…此処は」
白いベッドの上で目を覚ます。窓から外を見る。雪が波に消えていく。船の中にいるのか。ドタバタと足音がする。ドアが開く。
「ドクター」
「シャノンさん」
ハインライン軍医が荒い息遣いで現れる。
「ドクター。助けるつもりが助けられてしまった。引退も考えているよ」
「いいえ、そんなことはない。私の身勝手な願いに巻き込んで…」
「私は身勝手だとは思わない。難民を助ける事に躊躇するべきではない。ただ、自分の命が一番大事だ。無理はすべきじゃないな」
傭兵は苦笑する。
「優しいのね、シャノンさん」
「いいえ。…私はまだ戦えそうかな」
「肋骨2本、左腕、左脚の骨が折れてる。創傷多数。心臓も一回止まった」
「お陰でミイラみたいだ」
「コックピットにトマホーク刺さってその傷は奇跡」
「次は無さそうだ。で、後遺症は」
「全部完治する。貴方の馬鹿げた回復力のお陰。一体何食べてるの」
「レーション。ユーリカ製は安くて不味い」
「…メリディシアの戦闘糧食をお勧めする。安く仕入れてあげる」
「お願いするよ」
「シャノンさん、貴方に伝えたい情報がある。これを見て。財団に関するアーセナルのレポート。メリディシアの諜報部隊を動かして得たもの」
「…NMS?」
「レヴァントのルートヴィヒ財団が研究している技術。今回シャノンさんが敵にしたAF-57はこの技術の技術実証機。NMSは脳神経回路と機体の制御系を直接接続できるシステム。高度な機体制御が可能となるけど、神経回路への負担が重く、非人道的な技術」
「…財団は人の道を外れている。早晩私達の敵になる…」
「その時は私も協力する」
彼女は私の包帯だらけの手を握ってくれた。
「助かるよ。ドクター」
「その呼び方より、リズと呼んでくれると嬉しい」
「私もシャルで良い…」
「シャル。これからもよろしくね?」
「ええ、リズ」
「シャル!」
またドアが開かれる。
「エミリー、ミナ…」
「二人の助けが無ければ死んでいた。感謝する」
「ホントですよ!」
「ホントホント」
二人は笑ってシャルの生還を喜ぶ。二人は改めてリズに自己紹介する。
「へえリズはブラックウィドーのECMもつくったんだあ!すごいなあ」
「アーセナルが何としても守ろうとする理由が分かりました」
「そんなえらい人じゃない…」
「謙遜するな…それで、此処は」
「病院船、星の民のある投資家が運営する慈善事業団体のもの」
「…星の民は強い結びつきがあるのだな。一体どんな組織なんだ」
「うーん…」
何かと言われると答えに窮する。少佐が代わりに答える。
「かつて、冬以前の世界に君臨し一極世界を構築した超大国がありました。彼らの安全保障を担う機関は五角形と呼ばれていました。超大国が滅んだ後も、彼らのイデオロギーである「自由」を信奉する組織は残りました。それが星の民。星の旗の下に自由な世界を実現しようとする、国家無き民族です」
「良く知ってるのね」
「歴史を少し齧っただけです」
「世界が一つになろうとした時代があったのか」
「ええ」
「…信じ難いな。そんな力を持つ国家があったなんて」
「全くです」
*
ユーリカの対アーミア宣戦布告、レキアへの派兵、更にアーミア西部の要塞線グリム・ラインへの積極的攻勢によって、アーミアの侵略は失敗に終わった。
アーミアのアンバーシティ攻略失敗と少数民族である星の民への虐殺行為の露呈は、彼らの外交政策に悪影響を与えた。
レヴァントは静観を続け、ユーリカとアーミアが相互に国力を消耗させる事を望んでいた。メリディシアはエスティア大陸から流出した頭脳労働者の回収、全ての勢力への武器輸出に勤しんでいた。
ユーリカ海軍による海上封鎖によって経済が破綻し、ユーリカ陸軍AIWS部隊にグリム・ラインを突破され決定的な軍事的敗北を喫した結果、アーミアでは政変が起こり、ユーリカ・レキア同盟との講和条約が結ばれた。
アーミアは僭主を処刑しユーリカの教義に従う共和政の同盟国となる事で延命を許された。
*
「もう包帯も要らないね」
「自由になった。感謝する。…リズは戻るんだな、アーセナルに」
「ええ。死の商人に逆戻り。次はロレスタンの実験場」
「また列強の係争地だな」
「…シャルはどうするの」
「少しリハビリする。強くならないといけない。…もし、助けが必要になったら呼んで」
「ええ。また雇うかも」
「では元気で」
「そちらも」
二人は笑顔で別れた。
それぞれの戦場へ向かって。