#8 Angel Flare
「私を助けに?」
「ええ。アーセナルは貴方をレキアから亡命させようとしている」
「アーセナル?メリディシアの機関がなぜ出てくる」
軍曹が疑問を抱く。
「私が本来いるべき組織。隠していてごめんなさい」
「そうか、ならなんで俺たちに肩入れしている?逃げれば良いだろ」
「異邦人を愛せよ、なんて馬鹿げているのは知ってる」
五芒星が書かれたペンダントを握る。
「いや、俺はそうは思わん」
「ありがとう…。私は亡命する。だけど救える命は救いたい」
「亡命ルートはレキア北部の中立国ヴィレナを経由するルートだけだ。ジーヴィア川の防衛線は破綻した。残された時間は少ない」
「…」
「だがやれることはやる」
「ありがとう」
「頼り無いがレキア軍もいる」
「感謝する。ここの詳細な地図はあるか。頭に入れておきたい」
「これで良いか?」
「十分だ。後は任せて、撤退命令が来てるだろう?」
「すまんな。傭兵は頼りにならんと以前は思っていたが、考えを改めるよ」
「私は残念だがレキアの味方では無く、軍医の味方だ。だが軍医の命令に従い、この街を守ろう、一刻でも長く」
「頼もしい限りだ。では無事を祈る」
「ええ」
「軍医、貴方も後方の夜戦病院へ向かってくれ。貴方には貴方の戦いがある。私はジーヴィアラインを越えた敵を葬る」
「お願い…」
「後これを」
「これは?」
トランシーバーを受け取る。
「それで連絡が取れる。通信ができるのは私と後一人だけだ。危険が迫ったらそれで私を呼んで」
シャルは咽喉マイクをおさえる。
「分かった」
*
量子暗号通信で無線が入る。メリディシアの試作型の通信機で、いかなる無線傍受も不可能になった。
「聞こえますか、シャル」
「ああ、エミリー」
「12時方向から敵機接近。数は4。機体はAF-44。60秒後にエンゲージ」
「了解。殲滅する」
「こちらアロー1、正面から突っ込んできたぞ。クロスファイアポイントへ誘導!」
各機から了解の無線。交差点まで引きつける。
「撃て!…」
電子欺瞞に気づく。
「敵機は…」
UAが零距離射撃を行い1機撃破。
「残り3」
「どうしたアロー2。…全機集結。死角を無くせ」
地下水道に誘導弾を打ち込む。地上の敵は陥没に巻き込まれる。
「敵機撃破。このまま敵進出部隊を叩く」
「了解。無理をしないでね」
「分かってる」
「こちら第五機甲師団…AIWSにやられている…至急応援を…」
「AIWS?レキア軍が?」
「…トラック10輌撃破、主力戦車4輌撃破、迫撃砲一個小隊撃破、機動戦闘車5輌撃破、偵察車両1輌撃破…」
感情の無い声で戦果の報告が届く。ノーマル相手に三次元機動で回避しながら30mm高性能機関砲を叩き込んで次々と撃破している。
「敵の抵抗は微弱。後方の重砲陣地を叩く」
「こちら第五機甲師団…師団は壊滅です…撤退許可を...」
「ジーヴィア防衛線まで後退せよ。すぐに応援を寄越す」
「第六砲兵大隊が壊滅…至急応援を!」
「こちらヴァイス1、撤退支援を開始する」
「…ボギー接近!数は1。13時方向。機体はAF-46F“フリードリヒ“」
「120mmの残弾が厳しい。一度撤退する」
「…黒百合」
雪が降り出す。航空支援は望めない。単機で追うのは危険だ。
*
アーミア参謀本部
「単機で一個師団が壊滅する事態になった。我が軍はジーヴィア川の西岸に後退する羽目になった。イレギュラー。レヴァントが言っていた悪魔が此処にも現れたか」
「ノーマルをいくら集めてもAIWSには対抗できません。騎兵が機関銃相手に無力であるのと同じです。AIWSはAIWSをもって対抗すべきです」
「その通りだ、ディートリヒ中将。北方の2個AIWS師団を中央戦線へ送り、全てのAIWS師団を投入し再度ジーヴィアラインを突破する。予備の10個師団でアンバーシティを包囲し、補給切れになった敵を叩く」
アーミアの全権を握る元帥の手で当初の戦争計画は大きく変更された。北方を進撃して港湾を封鎖する事になっていた虎の子のAIWS二個師団が転進する事になり、レキアは延命する事になる。
*
飛行場の側のバンカーで補給と整備を行う。
「補給感謝する」
消費した弾薬を補給してくれるレキア軍兵站部隊に頭を下げる。レキア軍の整備兵は時折此方を見て囁いている。
外の空気を吸いに出る。
「随分と暴れてるじゃ無いか」
満載の兵員輸送車からスミス軍曹が声をかける。
「また前線送りか」
「あんたのおかげでな!上官達が勝てるかもしれないって言ってる」
「これで敵も本気になる。本質的に時間稼ぎしかできない」
アンバーシティから逃れる難民の列を見る。此処から見るだけでも何万人もの難民が中立国ヴィレナへ向かっている。
もし北方戦線が瓦解すれば難民はこの国で絶望的な運命を待つしかないだろう。敵を不毛な市街戦に持ち込ませ、降伏までの時間を引き延ばす以外に此方ができる事は無い。
「時間稼ぎさえできれば此方の勝ちだろ?」
「…ユーリカが参戦すれば…」
「だから頼む。中尉殿」
「了解した」
*
雪が降り積もる瓦礫だらけの街。
「そちらの戦況はどうだ。軍医」
「ユーリカのレンドリースが来たから上々」
「もうすぐ大きな戦闘が始まる。全ての命を救う事は出来ない」
「分かっている」
「だが貴方の行動は無意味では無い。街が見えるか」
「うん」
「難民の列も」
「ええ」
「彼らはアーミアにとっては不要な人間だ。だが貴方はそう思わない…」
「ええ」
「それが貴方の意思ならば、私は貴方の意思を尊重しよう。軍医」
「ありがとう、中尉」
*
天気は快晴。敵の空爆が再開する。
「中尉…」
軍医は病院の外から前線を想う。帽子を強く握る。30分の休憩を終わらせる。
敵は3個AIWS師団、つまり現にアーミア軍が保有する全てのAIWSを投入し、アンバーシティを攻略しようとしている。義勇軍を除いて、レキア軍はAIWSを保有していない。戦況は絶望的だった。
「…来たか…」
近接航空支援と支援砲撃の下AIWS師団が攻め寄せる。数は凡そ300機。敵師団が市街地へ突入。ここでは誤爆の危険のため敵の近接航空支援も支援砲撃も困難になる。この状況下でのみ戦闘が成立する。ジャマーを起動。これで歩兵による近接攻撃が有効になる。レキア軍は補給上の限界となる5個師団をこの街の防衛に投入した。これはレキア軍全体の1割以上に及ぶ兵力である。
敵一個中隊が市街地中央へ突撃。
UAを用いて挑発の為の機関砲を発砲しつつ偽装後退。敵一個中隊が釣れる。駅方面の広場へ誘導。
最後列のAIWSをコーナーから120mmで狙撃。
「今だ、撃て!」
広場の瓦礫に隠れていたレキア軍一個小隊が一斉にロケットランチャーを放つ。敵中隊壊滅。レキア兵は散開し、報復の砲撃を避ける。
「AF-46、12機撃破」
「シャル、7番地のコーナーへ。60秒後に敵が侵入する」
「了解」
レキア工兵部隊と出会う。敵の侵入に対し打ち合わせる。
「コーナーに敵が侵入」
レキア工兵兵がビルを爆破。最前列の行く手が塞がる。120mmで最後列を砲撃。包囲に気づいた敵が上空へ回避しようとするが待ち構えていたレキア兵がロケットランチャーで敵を葬る。
「AF-44、4機撃破」
「シャル、6番地へ後退。敵の砲撃が来る」
「了解」
報復を避け、次の攻撃位置に移る。敵機に捕捉される。重駆逐型“フェルディナント”。
敵の砲撃を避けつつ、レキア兵の待つコーナーへ誘導。至近距離からの無反動砲の砲撃で葬る。
アーミア陸軍第2師団は部隊の3割を損耗。撤退の要請を司令部は拒否。アンバーシティを徹底破壊し占領する事を決定する。
「無差別攻撃に切り替えたか」
敵は動くものを全て破壊している。レキア兵は市街の中心部へ撤退する。逃げ遅れている民間人を見つける。敵は民間人を攻撃しようとする。
「…」
120mmの徹甲弾がコックピットを穿つ。
敵機接近、数は6。上空から無警戒に進出している。
「兵装選択MMPM、発射」
肩部のミサイルランチャーに積まれた誘導弾を六発放つ。敵機1撃破。残りは急降下し建物を盾にし回避に成功。120mmで壁越しに砲撃。1機撃破。UAを展開。地雷源へ誘導して2機撃破。
「黒百合め」
「…」
敵の射線を避け接近。刺突爆雷で仕留める。刺突爆雷は残り4発。
「残り1機…」
レーダーに感あり。6時方向から敵機が襲いかかる。壁を蹴りビルの上空へ回避。敵機もこれを追う。
「よくも隊長を…許さない」
「…」
敵の砲撃を避ける。敵は銃剣突撃を行う。これを避け刺突爆雷で撃破。
「全機撃破」
敵の空爆。ビルを飛び降りこれを回避。
「…随分と暴れているわね、傭兵」
「…」
「シャル、敵機接近。一個小隊規模。13時方向」
「把握している」
ミサイル警報が鳴る。誘導弾接近。ジャマーが効いていない。
「AF-57…」
レヴァント軍の機体が何故ここにある。
「これで貴方を倒す、傭兵」
白羽のノーズアートとその隣にLudwig Foundationの刻印。
「財団…不可侵を結んだとはいえ、なぜレヴァントがここまで肩入れする」
「ATLASは我々の実験を加速させるためのサンプルだ。我々は彼女の戦闘データを出来る限り取りたい」
「あの傭兵はイレギュラーか」
「…君はただあの傭兵と戦えば良い。それが君の望みだろう?カリナ・シェレンベルク」
「…ええ」
AF-45は二十発を超える誘導弾を建築物を利用し回避。AF-57は砲撃を加え此方の反撃を許さない。敵機が続々と集結する。レーダーの光点は100機に及ぶ敵が包囲していることを示していた。
「シャル…5時方向の包囲が脆弱です」
「…撤退はしない、この街を守る。もしも私が失敗したら、軍医の救出を頼む。そこからなら3時間もせずに辿り着けるでしょ」
「…敵制空権下で私がそちらにいけるとでも」
「ええ。頼んだエミリー」
無線が切れる。
「……バカ」
いつも死地を彷徨っているが、今回ばかりは敗けるかもしれない。
*
激烈なアーミア軍の砲火。
警報が鳴り響く。レーダー照射を受けている。
誘導弾接近、数12。
兵装選択120mm、三式弾を装填。
「…」
誘導弾が上昇機動に入った瞬間に120mmを撃つ。4発。
30mmで2発迎撃。マンションを盾にし3発を回避。残った3発が此方に迫る。チャフ・フレアを展開し敵の誘導弾を回避。
然し迎撃を読んでいたかのように敵機が迫る。一個中隊に包囲される。
「AF-46F 12機、AF-57 1機…」
煙弾射出。UAを展開し迫撃砲による火力支援を行いつつ6時方向から包囲突破を試みる。
「突破…」
多重包囲されている。更に12機。これを突破しても更に一個中隊が待つ。ミサイル警報装置が鳴り響く。四方から襲う誘導弾と砲撃を避ける。数えきれない程の弾幕。
「ぐっ…」
左肩のミサイルランチャーに被弾。パージし誘爆を防ぐ。火力支援用のUAが破壊される。
「まだだ」
もう一機のUAが設置した地雷を遠隔爆破。前方を塞ぐ敵機2機を撃破。然し後方の敵機から120mmを食らう。装甲がこれを弾くが、内装が頭にぶつかる。額に手をやる。出血で手が濡れている。この程度は軽傷だ。
「返礼だ」
急旋回し120mmで反撃。1機撃破。空爆を受けないギリギリの高度で低空飛行。高層建築物を利用しミサイルを避けつつ戦闘を続ける。
「いつまで逃げ回るつもり」
敵の誘導弾を浴び前方のビルが崩れる。左右からの砲撃。これを躱し120mmで反撃。後方からAF-57が接近。ロックオンされ誘導弾が放たれる。30mmで迎撃。AF-57が至近距離まで迫る。
「UAも誘導弾も無いようね」
「…」
敵の射線を読み120mmの砲撃を避ける。ゼロ距離まで接近。刺突爆雷を構える。
「喰らえ——」
「その手には乗らない」
敵機に先に蹴り上げられる。
システムが一時的にダウン。
メインシステム再起動 戦闘モード 機体損傷60%
「まだ」
「チェックメイト」
敵機が30mmを突きつける。
「これで終わりだ」
オープン回線で敵に告げる。手榴弾が足元に転がる。
「なっ…自爆!?」
敵が回避する。手榴弾が起爆する。然し爆発の代わりにスモークが焚かれる。
「…これ以上は撤退できない」
病院の近くまで来た。
レキア兵が僅かな重火器をもって悲壮な決意を抱き敵を待ち構えている。知った顔を見つける。
「軍曹」
「ここが最終防衛ラインだな、中尉!」
太陽は既に傾き始めていた。
「…この戦闘は本質的に時間稼ぎでしか無い」
誘導弾残弾ゼロ。120mm残弾10。
敵の進撃が一時停止する。
「死兵相手に犠牲を出す必要はない」
「超重型か」
100tを優に超える巨大なAIWS。レヴァントの技術提供で開発された超重AIWS“ルーヴェ”。
誘導弾と170mm砲による鉄の雨が降り注ぐ。
「飛行できないならただの自走砲だ…」
回避しつつ120mmで攻撃を加えるが敵は無傷だ。レキア軍の迫撃砲も無反動砲も全く意味をなさい。
AF-45は回避機動を続けるがエンジンに被弾。墜落しかけるも壁を蹴り着地に成功。
AF-45は刺突爆雷を構えて突撃。
周囲の敵主力AIWSの抑制弾幕を受けつつ接近。
「届けっ…!」
「させない」
右腕部に被弾。次々と砲弾が叩き込まれる。
「これが戦術の限界」
「まだ…」
コックピットから脱出し無反動砲を放つ。だが至近距離でも超重型の装甲を穿つ事は出来なかった。AF-45は敵の砲撃で撃破される。
「戦える……」
なおもシャルは旧式の拳銃を構え戦いを続けようとする。拳銃を構える右腕から血が滴る。
傭兵の凄まじさにアーミア兵は思わず慄く。
オープン回線で通信が入る。
「貴方は強い。本当に…。敵ながら尊敬するわ。だけど、終わりよ」
「......」
傭兵は目を細め、僅かに微笑む。
彼女の血塗れの視界に映ったのは
斜陽の眩い光と、天使の羽。