#7 Bloody Angel
オルディアの核開発計画の露呈と、核保有の失敗によりオルディアは政変、更に軍閥割拠の内戦状態となり、三大国により分割の憂き目に遭う。ネストリア、ユンナン、エルリク、ダイオン、カナンが分離独立しオルディアは力を失った。レヴァントはオルディア北西部のエルリクを傀儡化しレアメタルの供給源を手に入れた。
ネストリアが独立を果たした事でミナはネストリアの復興に尽くす為、シャルと別れることになった。
ネストリア シンセイ
急造の飛行場にミナは降り立つ。
「短い間だったけど、これでお別れできるね」
「故郷で幸せに」
「うん。シャルのお陰で独立できたようなものだよ…シャルには故郷はあるの?」
「私の居場所は戦場だ」
「エミリーさんかあ」
「何言ってる」
「顔真っ赤にして何言ってるって、ハハハ!」
「もう、とっとと行ってしまえ」
「ハイハイ、じゃあ、元気で」
「ええ。もし困った事があったら助けるから」
「…どうして僕にそこまで?」
「子供の頃の私に似てたから、かな」
「僕もシャルみたいな戦闘民族になるの?やだなぁ」
「あーもう、さっさと行け!」
「今度は僕が助けられるように、修行するよ!」
「そうか、自由に生きて」
「じゃあね!」
「ええ、本当に」
笑顔で手を振り続けるミナ。彼女の幸せを祈り、シャルは輸送機の扉を閉めた。
*
輸送機の機内。
「エミリー、仕事はあるか」
無線機で通信を取る。
「沢山」
世界島西方に位置するエスティア大陸。此処はレヴァントとユーリカの勢力争いに巻き込まれてきた土地である。中央エスティアの大国アーミアはエスティア大陸の覇権を手にする為、東方に位置するレキアへ侵攻した。背景にはアーミアとレヴァントとの不可侵条約があった。
「レキアか」
「一度貴方が内戦で戦った場所ですよね」
「復興したのにこれでは酷い話だ。だがエスティアはユーリカの勢力圏でもある。ユーリカは黙っていないだろう。連中は世界大戦を始めるつもりか」
「ユーリカは動けません。これが分かっていたからアーミアは動いたようです」
少佐はついさっき入ったニュースを伝える。
「アエリス反乱…」
この時ユーリカ植民地南アエリスでは反乱が起きていた。そのためユーリカは動けなかった。
「アエリス反乱軍はゲリラ戦を展開しており、鎮圧には時間がかかるようですね」
「戦争の火種は絶えない、か」
「ホーライ重工から試作機の実戦テストをして欲しいとの仕事が来ています。EOCからも鎮圧の為の汚れ仕事を引き受けろと」
「私は受けない」
「ええ。貴方の考えは分かっています」
「レキアの戦況は」
「レキアは兵士を根こそぎ動員し軍事国家アーミアの侵攻と戦っています。子供も老人も女性も戦える全ての国民を前線へ送り、首都アンバーシティを防衛しようとしています。ですがレキアの軍隊は旧態依然としており、アーミアのAIWS師団に圧倒されています」
「絶体絶命か。債権を回収できなければ誰もレキアの側には立たない」
「例外があります。マーシャル・アーセナル。メリディシアの研究力を支える軍産複合体です。世界中に支社を持つ多国籍企業で西方大陸にも支社があります。アーセナルは此処に所属する科学者の一人を、レキアから亡命させるため傭兵を欲しています。シャル、どうしますか」
「科学者?」
「詳しくはファイルに」
シャルはしばらく人物の経歴を読み、決定を下した。
「…受けよう。報酬は」
「前金で半年は食っていけます」
「素晴らしい」
アーセナル管轄の飛行場に着くと必要な物資が届けられていた。
「アーセナルはユーリカの機体も持っているのか」
「何処かの紛争で機体を手に入れたようですね」
「大体の想像はつく」
AF-45X。継戦能力に長けた機体。ミサイルランチャーを背部に2基搭載しており、十六発の誘導弾を投射できる。機動力はエンジンの強化で最新世代に劣らない。シャル用に一撃必殺の刺突爆雷も装備している。
*
レキア アンバーシティ
第三総合病院
「止血完了、摘出する。ヘレン、鑷子を」
「了解です、リズ」
軍医は精密な動作で患者の腹部から残った銃弾を取り出す。
「摘出完了。縫合する」
傷口を縫い合わせ、手術を終える。
「兵長は、パーセル兵長は無事か」
手術室を出ると同時に血塗れの軍服の下士官が声をかける。
「ええ、軍曹さん」
「良かった、ありがとう…」
軍曹は戦友の無事に安堵し涙を流す。
*
「早く前線に戻りたい」
「兵長さん、後2週間もすれば退院ですよ。だから安静にして下さい」
「軍医、特別許可を」
「…ダメ。ヘレンの言う通り、安静に」
「ダメかあ」
砲爆撃が続く中、戦傷者が次々と送られて来る。
「重傷者、優先して治療。腹部からの出血を止める。ヘレン。ガーゼ、持ってきて」
「了解です」
「間に合うか…間に合わせる」
「ガーゼ持ってきました、残りはこれだけです」
「シーツでも良いから、止血に必要な布を持ってきて」
「了解です、リズ」
「…止血成功。だけど失血でショックに陥っている、輸血を。血液型はO型——」
心肺停止を告げるアラームが鳴り響く。
「心静止確認。気道確保。波形分析、除細動適応なし。ヘレン、CPR開始」
高度気道確保器具の挿入完了。心臓マッサージを開始。
「エピネフリン、静注。CPR」
アドレナリンによる蘇生を試みる。
CPR5サイクル完了、波形分析。心拍再開せず。
「波形分析。除細動適応なし。エピネフリン、静注。CPR」
2度目の投与。
「波形分析。除細動適応なし。エピネフリン、静注。CPR」
3度目の投与。
「波形分析。除細動適応なし。エピネフリン、静注——」
「もうありません」
「アトロピンでも良い」
「後2本です」
「構わない」
アトロピン投与。CPR。
「波形分析。除細動適応なし。…CPR、私がやる。脈を確認でき次第蘇生後治療に移す」
蘇生を試みるが心拍再開は見られない。
「…………」
「もう良い、次の患者が来ている」
「……マイトナー中佐、まだこの患者は助かる可能性が…」
「彼は死んだ、失血死だ。遅かったんだ」
「……」
心臓マッサージを止める。
片脚を失い叫ぶ兵士が運び込まれる。
「……ごめんなさい……」
誰にも聞こえない声でリズは呟いた。
*
「また戦友を助けてもらった、ありがとう」
「ええ……」
軍曹を見送る。頭痛と目眩で倒れかける。
「リズ!」
ヘレンが支える。睡眠を取れとマイトナー中佐に言われ、ヘレンに半ば強制的に病院の仮眠室へ連れてかれた。
「リズ、貴方は休まないといけません」
「まだ私は大丈夫」
「そんな顔で大丈夫なんて、鏡みて言って下さい!此処に来てから貴方が休んでいる所を見た事がありません。少しは寝て下さい!」
「30分だけね。早く起こして」
「その命令は受けられません。上官の命令が優先されます」
「マイトナー中佐は酷い事をする…」
「貴方を思っての事です、理解して下さい!」
バタンと扉が閉じる。
何も考えられず、ベッドへ崩れ落ちた。
「——ううっ…」
時計を見る。20分経過。頭痛がする。外の空気を吸いに出る。10分で仕事に戻れるよう腕時計をセットする。
「…また会ったな。いつになく、暗い表情だな」
「…私の表情がわかるの軍曹さん」
「ああ。そういえば自己紹介してなかったな。俺はスミスだ。エイリーク・スミス。部下が世話になった」
「私はエリザベート・フォン・ハインライン。兵長さんは無事に復帰できる」
「それは良かった。白兵戦でパーセル兵長の右に出るものは居ない、早く戻って来るように言ってくれ」
「分かった」
「なあ、毎日呻き声と一緒で気が参るだろ」
「いいえ。前線の兵士に比べたらこんなの」
「兵士だって夜は眠る。どう見ても寝不足だ、鏡を見ろ」
「今、私きっと酷い顔している」
「イヤ、あんたは綺麗だ」
「真顔で何言っているの…けどありがとう」
「そうか、無理はするなよ。命を救う為にな」
「ええ、ありがとう。気分が楽になった」
「また会おう、ハインライン軍医」
補給物資を満載したジープで軍曹は前線へまた向かった。
*
「マイトナー中佐、此処を離れるって?」
「もう敵は30km先、自動車化歩兵なら3時間で進撃できる距離だ。アーミア軍はジーヴィア川の対岸を占領し、こちらの河川を用いた輸送ルートを遮断している。このままでは兵站線が破綻する。味方部隊の援護の下速やかに第八総合病院まで撤退しろ」
「重症の患者は?」
「銃撃されるよりかはマシだ」
「…了解」
「いつも理不尽な仕事ばかりですまん、しかし命を救う為だ、分かってくれるか」
リズは信頼を込めて頷いた。
「輸送車が足りん。軽傷の兵士は民間のタクシーでも構わん。掻き集めろ!」
マイトナー中佐は司令部にかけあい傷病兵を後送する為の車を手配してくれた。鉄道は空襲で線路が破壊され復旧中だった。
第八総合病院。医薬品はおろか、ガーゼや包帯にすら事欠く有様。なにもかもが足りていない。
「心配か。現在、中立国ヴィレナ経由でユーリカがレンドリースを送って来ている。武器、弾薬、輸送車、医薬品、必要なもの全てだ。ユーリカが内乱を鎮圧し参戦すれば、東西からアーミアを挟撃できる。それまでの辛抱だ」
「ハイ」
リズは頷き微笑みを見せた。
外は雪が降り始めた。敵の空爆は止み、部隊は安全に移動できるようになった。だが彼らは攻勢を止めようとはしなかった。
*
病院のベッドから抜け出した少年を見つける。右腕にギブスをしている。自分が診ていない患者。カルテにあった名前を思い出す。
「エルンスト君?」
「…」
少年はコクリと頷く。
「君も西側から来た難民だったっけ」
「…」
少年は頷いた。
「腕は痛まない?」
「…」
少年は必至に首を横に振る。
「周りが心配?」
「…」
少年は申し訳なさそうに頷く。
「大丈夫、あなたも含めてみんなが此処で治療している、気に病む必要はない」
「…」
少年は涙を拭いベッドに戻る。
「心配しないで。私も同じ星の民よ」
小さな正五角形のペンダントを見せる。少年も同じペンダントを隠すように身につけていた。
「…同じ…」
「ええ。私は貴方の味方よ」
少年は五芒星を見つめ、リズへ初めて笑顔をみせた。
命はそれ自体尊いものだ。
アーミアは命に優劣があると説いている。
彼はアーミアから亡命した星の民だ。
五芒星を奉じる離散した民。
*
スミス軍曹は敵の攻勢を待ち構える。レキア第一師団第一歩兵大隊D中隊。
「スミス軍曹、パーセル兵長は戻って来るんですよね」
「ああ、心配するなキールセン伍長」
埃まみれの戦友達。ここが最前線だ。凡百の兵士達が、この国を守っているんだ。
「敵準備砲撃だ!塹壕に隠れろ。頭を下げろ」
敵重砲による砲撃が始まる。市街地の目につく建築物が次々と瓦礫の山と化していく。逃げ遅れた兵士達が砲撃で吹き飛ばされていく。衛生兵を呼ぶ声。新兵が錯乱し塹壕から飛び出そうとするのを押さえつける。
恐怖の感情と戦い、攻勢の瞬間を待つ。
「突撃——!」
アーミア軍の戦車と自動車化歩兵部隊による攻勢が開始される。
重機関銃の掃射を加えるが装甲に阻まれ効果が無い。だが無策な訳ではない。
対戦車地雷を起爆。機動戦闘車を2輌擱座させる。
敵の進撃が止まると同時に至近距離からの無反動砲による攻撃を加える。
「敵戦車1輌撃破…!」
「こちらも装甲輸送車1輌撃破!やりましたよスミス軍曹!」
「流石だキールセン!」
市街地では機動戦は困難だ。車両は上部の弱点を露呈させていた。
輸送車から歩兵が降り銃撃戦が始まる。こちらは塹壕があり、銃撃戦では優位に立つ。迫撃砲による火力支援も行い敵の攻勢を挫く事に成功する。
敵第二次攻勢。AIWS2機を投入してきた。AF-44“ビーター“、軽駆逐型AIWS。装甲を対価に主力AIWSを撃破可能な火力と高機動性、高生産性を手にしている。
「歩兵も随伴せずに突っ込んで来るか!これでもくらえ」
無反動砲による攻撃。然しこちらの攻撃を検知し三次元機動で避けられる。上空からの機銃掃射で味方が次々と斃れる。
「クリア。…TGTでさえ無いノーマルが立ち向かうなんて」
「虐殺だな」
「…ッ…そこより先には…」
軍曹は瓦礫を退け、立ち上がる。
「まだノーマルがいたようだ」
AF-44が自衛用の20mm機関銃を掃射する。
「死体が無い」
弾痕がある瓦礫だけだ。
「追跡する?」
「いや、敵の拠点を叩く方が先だ」
「…ち…足止めもできんか…後詰も来てる…」
「軍曹…」
「今助ける」
瓦礫をどける。
「...自分は助からないと分かってます。これを俺の女房に」
右肺に大穴が空いている。
「ああ、必ず渡す。...ゆっくり休め」
軍曹は手紙を受け取り、ただ一人で後退する。
「こちらチャーリー2、TGTを全て撃破。敵の抵抗は微弱」
「チャーリー1、了解した。敵の軍事施設を発見。これを破壊する」
120mm砲を向ける。
「まって、赤十字が見える、民間人を攻撃するの」
「夜戦病院なら尚更攻撃しないといけない」
「チャーリー1…」
「この距離では有効射程じゃないか…だが足止めができればそれで結構!」
TGTは1000m先。84mm無反動砲を構える。後方確認。
「喰らえ!」
タンデムHEAT弾。これが直撃すればAIWSも無傷では済まない。
「アラーム、6時方向に敵。グスタフか」
「殲滅しろ」
「了解」
敵弾を避け、敵の射撃位置へ120mmを放つ。敵が居たと思わしきマンションごと破壊した。
「敵、沈黙。チャーリー2…」
*
「——ッ……」
瓦礫の下でリズは目覚める。
「…何が…」
どうしてこんな事になっている。私は休憩に出て、その時に敵機が来て、私は戻ろうとして…。
「ヘレン…マイトナー中佐…パーセル兵長…エルンスト君…」
病院の皆の名前を呼ぶ。返ってくる声は無い。
「どうして…」
瓦礫を退ける。右目に血が入る。頭に手をやると血で滑る感覚がした。こんな切り傷、軽傷だ。ひび割れた銀縁の眼鏡を拾う。視界に映る残酷な景色。
右手を握りしめる。血が滴り窓ガラスの破片に落ちる。
瓦礫を吹き飛ばすエンジンの轟音。
「…っ」
敵機の銃口が此方を睨む。戦車さえ撃破可能な30mm高性能機関砲の銃口。そんなものをAIWSは副武装として運用している。
リズは憎しみに満ちた眼を機械へ向けた。
「星の民…国家を否定する敵…処分する」
「チャーリー1、民間人への攻撃はアルレア条約に反する」
「星の民だぞ。これは絶滅戦争だ」
「…」
引鉄が引かれる瞬間。リズは目を閉じて運命を待ち受けた。
「避けろ馬鹿!」
聞き覚えのある声と共に突き飛ばされ思い切り道路に頭を打つける。
「…軍曹さん」
「すまんな軍医、後で幾らでも怒ってくれ」
「軍曹、酷い負傷」
「後で治してくれよ」
「この距離なら避けられんだろ!」
軍曹はフラつきながらグスタフを構える。
「勇敢な兵士だ。だが無策だ」
AF-44が自動擲弾銃から閃光弾を放つ。
「ぐっ…!」
トリガーを引くタイミングが一瞬遅れ、無反動砲の攻撃が避けられる。
「弱者は滅びるしか無いんだ」
「ちっ…」
「チャーリー1!13時方向!」
「何!」
高初速の120mm 徹甲弾がAF-44のコックピットを穿つ。
「… AF-44一機、撃破。次弾装填…」
「敵機捕捉、AF-45!」
AF-45は残る一機に迫る。チャーリー2の砲撃を壊れたマンションを壁にして躱しつつ接近。
「敵は手馴れている…これまでのレキア軍とは違う」
西側の義勇軍か。
「深追いは危険な相手か?」
UAの迫撃砲による支援砲撃をチャーリー2は避け切る。AF-45Xは敵の予測回避位置へ120mmを撃つ。然し壁を利用した高G機動でこれを回避する。
「追ってこない。なら」
チャーリー2、FOX2。
ミサイル接近、数8。
AF-45Xはショッピングモール跡の裏へ回る。
なお追ってくる誘導弾を30mm高性能機関砲で迎撃。
「返礼だ」
120mm砲による砲撃がチャーリー2を襲う。
「被弾…機体損傷45%...」
「耐えるか、軽AIWSだというのに」
機体損傷を最小限にするようコントロールしている。
「此方も120mmだ…!」
AF-45が居るはずの地点に着く。しかしパージした120mm砲と偽装バルーンしか見えない。
レーダーは6時方向に光点を示す。
30mm高性能機関砲の零距離射撃。AF-44は大破。パイロットは離脱したようだ。
「白羽のノーズアート…また戦う事になるか」
「大丈夫か」
傭兵が尋ねる。
「助かった…俺はD中隊エイリーク・スミス軍曹だ」
「そちらの人は民間人?」
「…私はエリザベート・フォン・ハインライン。軍医をしてる…」
血染めの白衣の少女はそっと手を差し出した。傭兵は驚いた表情を見せる。
「……私はシャルロット・シャノン中尉。ハインライン、私は貴方を助けに来た」
シャルはその手を優しく握った。