#5 Resistance
After the Winter
半世紀以上も続いた冬の為に、人類は人口の9割以上を喪い、凍てついた地上から地下へ逃れた。然し一世紀を経て、人類は地上へ再進出した。
残されたのは荒廃した大地。限られた資源を巡り人類はなおも戦争を続けていた。
企業が軍隊さえ保有する混乱した世界で、一人の傭兵が戦場を渡り歩いていた。
*
冬以後の世界では三極構造が確立していた。比類なき工業生産とシーパワーを誇るユーリカ。世界最大の陸軍と三大陸に跨る広大な領土を有するレヴァント。比較的冬の影響を受けなかった為冬以前の技術を多数保有し、列強でも最高の技術研究力を有するメリディシア。ユーリカとレヴァントは勢力拡張の為に無数の代理戦争を遂行していた。メリディシアは東西の狭間で武器を含む商品を売りさばき力を蓄えていた。
メリディシアは非拡張主義を取っていたが、海を挟んだ東方にある新興の大陸国家オルディアの挑戦を受けていた。オルディアは列強屈指の人口とレヴァントに匹敵する巨大な陸軍戦力をもって南方の大国メリディシアと対立を始めた。メリディシアはオルディア北方のノージアと「同盟国」陣営を立ち上げこの脅威に対抗した。
これに対しオルディアは西方に位置するネストリアへ「解放」の名の下に侵攻。更にレヴァントとの友好関係を深め、同盟国の南北での協働を断ち切る戦略を取っていた。
*
オルディア ネストリア自治区 サイト-D
「メリディシアにタワーの技術を独占させはしない。オルディアが世界を導くのだ…」
偽装サイロに格納された弾道弾。
戦略砲兵部隊司令官は満足そうな笑みを浮かべていた。
*
ステルス輸送機C-19機内
「久々のお仕事です、しっかりとこなしましょう。シャル」
「了解、エミリー」
*
「オルディアの戦略兵器保有を許せば、人類は再び冬の世紀を迎えかねません。メリディシアは平和的解決を求めましたがオルディアは強硬策を改めるつもりがないようです。
それでも私達は戦争を欲しません。だから貴方に頼みがあります。
オルディアの試作戦略兵器基地へ侵入、試作兵器を破壊して欲しいのです。
勿論報酬は約束致します。ご検討の程宜しくお願い致します」
一通のメールの為に、私は戦場へ向かう。
*
ネストリア自治区シンセイ市第九区
「ちゃんと磨け」
コートを羽織る恰幅の良い男。
「う…」
汚れたキャップをかぶった少童は靴磨きを行う。
「終わりました」
「ああ」
男は立ち去る。
「あの、代金」
「…」
男は少童を無視し制止を振り払う。少童は転んでしまう。
いつもはこれでお終い。
だけどこのまま飢え死にしてしまうことが許せなかった。
ママもパパももう居ないんだ。
「…代金は」
涙を拭いて立ち上がり少童は言った。
「煩いぞ餓鬼!」
男は殴りつけようとする。然し少童は攻撃を避け思い切りぶつかる。男は泥へ転倒する。
「この、何しやがる」
「代金は支払ってもらうよ」
財布から代金分の金を取り逃げ去る。
「こいつ!」
*
「ハア…いつまで追いかけてくるんだ」
警察は犬を使い執拗に追いかけ回す。スラム街を1日中走り抜いていた。
「…おいそこの、こっちだ」
どこからか声が聞こえた。
「え、僕?」
「早くしろ」
マンホールの蓋が開く。手でこっちへ来るようジェスチャーを送る。警察犬の吠える声が迫る。
「ありがとう」
下水道へ入る。ひどい匂いだ。
「こっちへ来い」
ボロのベレー帽を被った画家みたいな中年男性。
「うん」
「お前さん、名は」
「ミナ・アンドルーズ。貴方は」
「俺はベッティで良い。お前は党に目をつけられた。無事に生き残る事はできないだろう」
「…」
「だがパルチザンになれば多少は生き残れる可能性がある」
下水道を利用した秘密の抜け道。
「これを飲んで今あった事を忘れるか。このバッジをつけて俺と来るか、決めるんだ」
男は黒の斜め十字のバッジと薬瓶を振る。
「ついていくよ」
「なら来るんだ」
抜け道の先に隠れ家があった。
「ロッジA-9へようこそ」
*
そこは音楽室のようだった。ピアノ、ヴァイオリン、チェロ、各種の楽器が飾られている。
「随分痩せてるな。党の配給だ」
ススに塗れたバゲットを寄越す。
「パンなんて久しぶりだ」
「あー水を飲んでからにした方が良いな。急に食うと体に悪い」
「なんでここに食料が」
「A-9には配給係のスパイがいてな」
「…貴方達は何をしているの?」
「…抵抗だ。党に対する、な」
「テロリスト…?」
「党はそう呼んでるな。私のようなテロリストがいれば、の話だが」
ベッティはベレー帽をくるりと回して笑う。ごく平凡な中年男性。ただ彼はネストリア人なだけだ。
「ほら遊びは終わりだお前達。何人もいて名前が分からんだろうが、あのノッポがウィリアム・アビントン。んであの伊達メガネがビル・コールマン。赤マフラーのがジャック・クラム。そこでトランプ切ってんのがトーマス・ハリントン。で、トーマスの後ろに隠れてんのがイレーネ・ハリントンだ。これで我が支部は七人目か」
「ベッティ、作戦まで時間がないぞ」
「ああ。総員、出撃準備」
「え?」
ミナが戸惑う間にロッジのメンバーは楽器のケースから自衛用の火器を取り出す。
「ほら。ミナの分だ」
ギターケースに入っていた自動拳銃を一丁渡される。
「これ銃だよね」
「まあな。それがどうした?」
「人殺しをするの」
「そうなるな。それがどうした?」
「何と戦うの」
「党だ」
「…なら僕は武器を執るよ」
「使い方は分かるか」
「要はトリガーを引けば良いんでしょ」
「まあな」
「イレーネ、ミナは素人だ、指導を頼む」
「ウン」
自分より小さい子供。
「イレーネはAIWSパイロットとしては一番の戦績だ、安心してくれ」
「AIWS?あのロボット?」
「そうだ」
秘密の地下水路にそれは隠されていた。
「本物?」
「勿論だ」
これは分の悪い賭けだ。
敵は百万の軍隊。比して此方は一個中隊に過ぎ無い戦力。
機体は旧式のAF-24E。信頼性の他は全てにおいて現行世代に劣っている。秘密のトンネルで整備されており、部品の交換もままならない。
だけど、彼方側につくのなんて真っ平御免だった。
両親を思想犯として処刑した敵に屈する事は絶対にしない。
「OK。もう一度機体の起動までやってみて」
「呑み込みが早いな、才能がある」
「マニュアルが読めればサルでも使えるようにできてる」
「ハハ、イレーネは手厳しいな。…もうすぐ0600だ。作戦について再度確認する。目標は鉄道の爆破。重要な戦略物資を積んでいる列車が通るとの情報があった。何故か最近、周辺の敵の警備が薄くなっている。恐らく他方面での紛争に備えているのだろう。我々はオルディアからの独立を勝ち取る為彼らに統治のコストの重さを教育してやるだけだ。0627に目標がシンセイ駅を通過する筈だ。第一小隊は目標の爆破任務へついてもらう。第二小隊は撹乱の為に駐屯地への砲撃を行って欲しい。砲撃後は速やかに撤退。敵の攻撃を引き付ければ良い、敵機の撃破は考えるな」
「了解」
「アンドルーズ…」
「ミナで良いよ」
「じゃあ私の事もイレーネと呼んでね。ミナ。私達の小隊は陽動を行う。機体は動かせる?」
「ウン。教えてくれたから」
「私が教えたのは基本の操作技術だけ。正面戦闘は行わないでね」
「分かった」
「0600出撃だ。ヴァード作戦を開始する」
「ミナ、こんな準備しかできない程俺たち独立主義者は追い詰められている。隙を見て逃げて良い。誰も撃ちはしない」
「僕は戦うよ」
「どうやら俺は本物をあてたようだ」
「ミナ、出撃よ」
「ウン」
「…死なないで」
イレーネは囁くようにそう言った。
*
「こちらQ-2、作戦地点へ到達」
作戦は順調に進んでいる。後は貨物列車が通るのを待つだけだ。
「…こちらQ-6。射撃位置へ到達。奇襲する」
「こちらQ-1、撃ったら即離脱だ」
「了解」
「こちらQ-6、Q-7と共同で陽動作戦を開始する」
「了解」
「さて、聞こえるQ-7。兵装選択100mm砲、弾種は一式徹甲弾」
「了解」
「シミュレーションと同じね。良く出来ている。IFFにTGTが見える?」
「確認した」
「TGTをロックオンして」
TGTは駐屯地の一機百億もする現行主力AIWS。長距離射撃では撃破はできないが損傷を与える事はできる。
「TGTをロックオン」
「撃て!」
トリガーを引く。2発の誘導砲弾が駐屯地へ向けて放たれる。
駐屯地への着弾を確認。
「…こちらQ-6。奇襲攻撃成功。Q-7と共に前線を離脱する」
駐屯地より次々と主力AIWSが飛び立つ。こちらの方角へ迫っている。
「こちらQ-1。了解。逃げられないなら機体は爆破処分して良い。いつでも横流ししてやる」
「ありがとう。撤退する」
「どこへ逃げるの」
「いつもこの時期にはスコールが降るから、森林地帯に身を隠せる」
「よく考えているんだね」
「そんな事、ない…」
「こちらQ-5、何のつもりだQ-3」
「妻のためだ…すまんなトミー」
「おい、そんな…——」
無線が砲声と共に途切れる。
「…Q-5。応答して」
無言
「おにいちゃん?答えてよ!」
ノイズが流れるだけだ。
「こちらQ-1、裏切ったなコールマン」
「ああ、そうさ!党は絶対だ!私は党を信じる!」
オープン回線で無線が敵方に伝わる。オルディア軍はミナ達を無視して鉄道付近に隠れたベッティ達を襲撃する。
「ふざけるなよ…」
「ベッティが怒るなんて久しぶりだな」
「ああ……お前は許さん」
味方機が次々とロストする中、Q-1はチャフを使用しての接近戦を仕掛ける。包囲網を食い破ろうと突撃を続ける。
「そんな必死になる程自由は尊いものなのか?」
「ああそうだね!」
「おい、掩護を…どうして」
オルディアの督戦隊が背後からパルチザンと共にコールマン機を砲撃した。
「裏切り者の末路はいつもこうだ。…これ以上は無理か。お前達は逃げろ…——」
爆音
「応答してQ-1、ベッティ!…」
全機 応答ナシ
スコールが降り出す。
「ミナ」
「イレーネ?」
「もうすぐ0627になる」
「まさかまだ戦うの」
「ええ。党は敵よ。あなたはロッジへ戻って。今なら逃げられる」
「…党は敵だ。僕も戦う」
「…あなたは大馬鹿野郎ね」
「お互いね」
*
「ハイル・ネストリア!」
100mm砲を構え突撃する。敵機は一個大隊。勝算無き戦い。
「7時方向。ボギー2!迎撃せよ。死兵め…特攻か」
最大戦速で迫る二機。ECMも作動している。
「テロリストが何故電子戦装置を更新できている…誰の支援を受けている?…総員赤外線センサに切り替えろ」
「高度戦闘指揮システムを載せた隊長機を先に屠る」
「了解」
「赤外線センサはフレアで欺瞞できる。スコールでも問題無い。突撃を続けて」
「了解」
弾幕は後ろを通過していく。現実とは思えない。
「退路を断つんだ、包囲しろ」
「後ろに敵機が」
「そう、足元に気をつけることね」
地雷原が炸裂する。
「畜生、割に合わねえぞ!」
「敵機2機撃破。残り20か」
「凄い…」
「目を瞑って。センサ類も一度切って」
「了解」
閃光弾を射出。
「突撃する!」
「この距離なら目視で当たる」
ゼロ距離射撃。一式徹甲弾は隊長機のコックピットを貫いた。
「隊長!」
「デルタ2、指揮を引き継ぐ、敵機との格闘戦を禁止する。テロリストを掃滅せよ」
「…包囲された」
「大丈夫、坑道を使えば…」
偽装された工事現場から繋がる地下通路。然し既に敵機が占領していた。
「流石に考えが甘かったか」
「...このままだと包囲されたまま...」
「ミナは、やっぱり死にたくないよね。...そう、ミナは、党と戦う為に“生きている”。だけど私は違う。私にはもう何も無い。私はもう、単なる党の敵だけど、ミナは違う」
「イレーネ、何を...まさかダメだ」
「私が囮になる。そうすれば撤退できる」
「ダメだ。イレーネ、そんなこと——」
「これは私の選択。後悔は無い。さよならミナ。貴方は死なないでね」
二方向に分かれるAF-24。
「……」
生と死。
「ネストリアに自由を!」
Q-6は格闘戦で5機を撃破。鉄道は100mm砲で破壊された。然し残存敵から砲撃を受け沈黙。生存は絶望的であった。
*
サイト-D
「テロ活動により鉄道が爆破。爆縮レンズの搬入が遅れています。実験のスケジュールに遅れが生じています」
「また妨害が入ったか。テロリズムなどという誤った思想を抱く者は矯正されねばならぬ」
戦略砲兵部隊司令官は苦虫を噛み潰したような顔をした。
*
僕は逃げて 逃げたんだ
なんで、あの時答えなかった…一緒に死ぬまで戦うと
怖かった 最後の瞬間になって
生きたいと
「…僕は臆病で卑怯で…でも」
ミナはバッジを握りしめた。
「僕は抵抗する……」
*
C-19機内
「…敵勢力の概要については以上です。目標の破壊後は、メリディシアが支援するレジスタンス組織と合流し、中立国を経由した亡命ルートを使い離脱します」
「そうか」
「30秒後敵防空圏に入ります。気をつけて」
「了解」
空挺降下を開始する。敵がレーダーの反応に気づいた時には既に降下を終えていた。
*
進めど進めど密林。三日間は密林で進軍している。
レーダーに感あり。
ボギー接近。メインシステム戦闘モード。
「…」
砲口を向け合う二機。メリディシアの新鋭機AF-5A。そして世界的ベストセラーとなった旧世代機AF-24。
「…貴機の所属と目的を明らかにせよ」
「そちらこそ」
「…貴機はオルディアの所属か」
「違う!僕はネストリア人だ」
「…そう」
コックピットのハッチが開く。
「何のつもり?」
「貴方はレジスタンスか、私はシャルロット・シャノン中尉。貴方の味方だ」
「…僕は、ロッジA9所属、ミナ・アンドルーズ」
「貴方の組織の幹部に会わせてくれるか」
「…もういない」
「どういう事」
「ロッジには僕しかいない。裏切り者がいて、組織は壊滅した」
メリディシアからレジスタンスに渡る筈だった資金、兵器、情報…それらはオルディアに渡った。彼らの政治工作の努力は水泡に帰した。
「でもロッジは残っている。貴方は生きている。作戦を手伝ってもらう、アンドルーズ」
「作戦?」
*