#3 Setting Sun
ペトラルカの戦い
それはただ一人の傭兵の無謀な奇襲から始まった。
MMPM全弾投射。UAによる至近距離からの支援攻撃。敵のアクティブ防御システムを飽和させる。誘導弾は単純な噴進弾として用いる。ECMにより誘導弾は無効化されている。電子戦型AIWSであるAFE-47を撃破すればECMの影響を弱める事ができる。全ての火力をAFE-47に集中させ撃破を狙う。
155mm榴弾砲からエクスカリバー誘導砲弾を毎分60発の速度で投射する。然し次々と迎撃を受ける。
「鉄壁か…」
チャフ・フレアをばら撒きながら接近を続ける。砲弾を三式弾に変更。収束弾による敵電子戦装置の破壊を目論む。
「AF-30が接近!あれが単機の火力だっていうのか畜生!」
「化物め、120mmでは有効打にならない…」
収束弾の投射により敵アクティブ防御システムの飽和に成功。AF-E47に被弾。レーダー回復。無線が繋がる。
「こちらHQ。応答して下さい」
「少佐か」
「今、航空支援を要請しました。10分後に同盟軍による空爆が行われます。また一個中隊が現在こちらへ向かっています。これは20分で到着予定です。第七艦隊による巡航弾の支援攻撃が開始されました。5分後に到達予定です」
「反撃開始か」
「あなたのおかげです、中尉。5分、生き抜いて下さい」
「了解」
もうミサイルは残弾が尽きている。チャフ・フレアによる飽和も長くは続かない。敵火砲の猛烈な砲撃が行われる。煙弾を放ち、姿を眩ませつつ敵へ接近。三式弾による面制圧射撃を加え続ける。
「B小隊、E小隊、応答せよ」
応答無し。
「敵はたった一機だぞ?こんなの間違っている」
敵は長距離砲やMLRSも破壊している。手当たり次第に全てを焼き尽くしている。
「混戦に持ち込めば敵は容易に砲撃できないです」
「そのようだ」
15機は葬った。支援攻撃まで残り1分。
「被弾…装甲耐久力(AD)10%」
120mmに対する完全な防御を備えるAF-30といえどもこれ以上は耐えられない。
「155mm主砲残弾ゼロ。パージします」
兵装選択30mm多連装機関砲。これも直ぐに残弾が尽きる。パージ。残された武器は刺突爆雷のみ。支援攻撃まで残り30秒。
「突喊!」
一機撃破。残弾は2発。刺突爆雷の反動でADは残り5%になる。
「死兵が…然しこちらの——」
一個中隊が撃破された。だが70機余りの味方機に敵は包囲されている。第25師団長は勝利を確信する。
「此方の勝ちだ」
「支援攻撃到達します。衝撃に備えて」
同盟艦隊が放った巡航弾50発が到達。APSによる迎撃を受けるも半数が敵機を葬る。
「被害状況!」
「残存した部隊はA中隊のみです」
「…全滅の損害か」
「航空部隊が迫っていると通信がありました」
「ここの防空兵器も半壊している。我々は撤退する」
「中尉、撤退を」
「了解」
斜陽は最後の輝きをみせていた。
*
「…燃料切れだ。これは爆破処分する」
AF-30もボロボロになってしまった。
「待ってください」
「こちら第六小隊。迎えに来たぞ、中尉」
「ありがとう」
「これはまた輸送任務だな」
「一個師団相手に戦うなんて正気か?」
「私は正気です。大尉。電子戦型さえ倒せば支援が来ると考えたし、実際その通りあなた達は来てくれた」
燃料を補給し、一度市街地へ戻る。修理を行い再出撃する。
「怖いお嬢さんだ。少佐に負けないな」
「何が怖いですか…」
「おっとすまない少佐」
「全くこの傭兵は一体過去に何をやらかしたんだ…」
上等兵は味方で良かったと心底思った。
「色々」
「色々、か…」
*
反撃を受けながらも橋頭堡を建設したユーリカは更に十個師団を派遣。派遣師団の2割を超える犠牲を払いながらも、レヴァント軍十個師団の包囲を完了する。レヴァント軍は地中海に全航空戦力を集中させ限定的な制空権の優位を築き、駆逐艦と潜水艦を用いた撤退作戦を成功させた。
*
首都エリッサ HQ
「100機撃破おめでとうございます、シャル中尉。勲章です」
「感謝する」
「…」
一人で一個AIWS師団を壊滅させた計算になる。現実とは思えない。
「どうした」
「…あなたは本当に強いです。怖いほどに…」
「…そう」
「だからこそ頼りにしています」
「感謝する」
「次の任務について伝えます」
「ええ」
イフリキア解放。レヴァントに侵略されたマグリヴの最後の国土を解放する戦い。彼らが占領するイフリキアの都市ヘスペリデスを陥とす事が次の任務。ヘスペリデスの虐殺で知られる都市だ。
「ヘスペリデスは軍事上重要な都市になります。次の任務でも期待しています」
「了解」
戦争を終わらせる為の戦闘。
王女殿下達が戦争を終わらせるべく工作をしている。自分に出来ることといえば市街の一角で敵を葬る事くらいだ。
「さてと、堅苦しい話は終わりにしましょう。さあ掛けてください、シャル」
「う…うむ少佐」
少佐の部屋で二人きり。
「中尉は、この街は好きですか」
「ええ、心が落ち着く」
窓の向こうは白亜の街。教会の鐘が響く。空爆で破壊された区画は再建が進んでいる。
「この街の名は都市を建設した賢明な女王の名から取られているのですよ」
「ふむ。建国者はどんな人?」
「建国者はかつて存在した海洋国家ティリアの王女でした。祖国ティリアを追われ、僅かな家臣と共に亡命者としてこの地に来た王女は現地の王に牛皮一つ分の土地を与えると言われました。その時彼女は皮を細かくちぎって丘一つを囲い、自分の土地にしたのです。それがエリッサです。王は智慧ある彼女に結婚を求めましたが、彼女は拒絶し、マグリヴの独立は守られました」
「賢いな」
「そりゃ建国者ですもの」
「いや、少佐が。良く知ってるな」
「そんな事ないですよ」
「自分は歴史なんて知らないんだ。無学だから」
「幾らでも教えますよ」
「…あの…じゃあ…」
「遠慮せずなんでも言って下さい」
「……いや。やっぱりいい。一刻でも早く、この戦争を終わらせなければならない」
席を立つ。
「そう、ですよね」
「…ええ。私は戦争しか出来ないから」
「……」
「だから最後まで頼む。私のオペレーターとして」
「勿論です!」
*
「砂漠は久しぶりだ」
「マグリヴが雇った傭兵シャルロット・シャノン中尉…アトラスの悪魔を葬れ。任務はそれだけだ、傭兵」
「了解」
*
「ヘスペリデス解放作戦は明朝0400決行です。それまで待機すること」
「了解」
サンダーボルトの機内で目を瞑る。ブール内戦の記憶が蘇ってくる。少年兵の頃の自分。
「お前、戦災孤児か」
「どういう意味」
「一人か」
「…ええ」
「俺はノーマン軍曹だ。少年兵をスカウトしている。政府は幾らでも兵士を欲している」
「…」
「良い眼をしている」
少女は全てが敵であるかのような強烈な眼光をその瞳に宿していた。
「…」
「生き残りたいなら、部隊に加われ」
「…私が必要なの」
「ああ、部隊は君を必要としている。お前はどうする?」
彼は手を差し出す。
「私は…」
私は手を伸ばした。地獄に降りた一本の糸。
たとえ政府の捨て駒であろうと私は…。
「今日からは君は第13装甲師団の仲間だ」
「AF-24は旧式だが信頼性は高い。使い用では新型機相手でも勝てる」
「エンジン出力も火力も装甲も電子戦能力も低いのに」
「戦闘を左右するのは機体のスペック以上にパイロットの腕だ。何より大切なのは自分を信じることだ。さ、戦闘を始めよう」
「了解」
私は反政府ゲリラに対し100mm砲を向けた。
*
「…中尉、聞こえますか」
「聞こえている。問題ない」
日の出前の時刻。夜空が白み始めている。
用意した兵力は20個師団、それ以上はインフラの関係で兵站が破綻する。後方には10個師団が予備兵力として待機している。敵の予想戦力は10個師団。ユーリカ艦隊の海上封鎖により満足な補給が出来ない為、一個軍以上の兵站を維持できない状況にある。三倍の兵力を揃えての攻勢。数的優勢を確保するのは至極真っ当な戦略だろう。
「敵は輸送車輌による輸送以外に有効な兵站線を持っておりません。暗号解読により敵補給部隊の進路を特定しました。あなたの任務は補給部隊への攻撃です」
「浸透突破、後方の兵站線への攻撃。大好きなんだな少佐は」
「な、何を言ってるのですか、早く任務をこなして下さい!これだから傭兵は」
「了解」
「釣れた。敵は100万エレクトラムの賞金首のアトラスの悪魔だ。接近戦を控え面制圧射撃で葬るぞ」
第4師団、第5師団を動員しての包囲戦。名目は補給部隊を襲撃するという敵一個中隊の撃破だが、脅威的な戦果を挙げるエースの出現は看過できない事だった。今やアトラスの悪魔はレヴァント軍最大の敵とされていた。元帥閣下の命令。なんとしても成功させなければならない。
「私は用無しだな」
傭兵は寂しそうに笑う。もう戦場に英雄は居ない。個人で世界は変えられ無い。マグリヴの傭兵もそれを知る時が来る。
*
マーシュ・ワディーへ到達。敵はこの涸れ川付近を通るらしい。
電探に感あり。光点が増えていく。敵機、2、3、4、…。敵AIWS約200機。
「…少佐、暗号傍受されていたのは此方のようだ」
味方は一個中隊、だが敵はそれに三倍する兵力だ。
「すぐに撤退を、作戦は失敗です。航空部隊に撤退の援護を行わせます」
「…」
少佐は相変わらず賢明な判断をする。
「中尉、どうしました、エンジンの不良ですか」
「敵の狙いは何だと思う。一個中隊相手に大袈裟過ぎないか」
「それは…まさか…!」
「私はここで殿を務める。第六中隊の撤退を援護する」
「…無謀です。撤退を」
「...駆逐型の足ではどのみち逃げられない」
「…航空隊の支援まで20分。ヘスペリデス攻略部隊のうち三個師団をそちらに派遣するとして到着まで1時間です」
「こちら第六中隊第六小隊フォード大尉、俺も最後まで戦う」
「自分も」
「だめだ上等兵。お前はまだ戦う場所がある。へスペリデスでまた会おう」
老兵達が次々と志願していく。一個小隊分の兵力が残った。
5対200。
絶望的な戦力差での戦いが始まった。
「…そうなんどもやられてたまるか。小国風情が、潰してやる」
第4、第5師団の砲撃が開始される。
「煙弾射出、ECM展開!8時方向の岩山へ後退!」
少佐は僅かな共有された情報から完全に戦場を俯瞰しているかのように指示を下す。岩山へ後退し陣地構築。
「撤退を許すな、B中隊、追撃せよ」
「一式弾装填、TGTを各機に割り振りました。やり返して!」
下方の敵を狙撃していく。5機撃破。敵の進撃が止まる。
「…勝つ気満々じゃ無いか少佐」
「何を言っているのですか…。地雷を設置し後退!止まっていたら撃たれます!」
少佐は必至に遅滞防御戦術を行なっている。彼女の命令に躊躇い無く私は従える。
敵機は停止して機銃掃射を開始。
「敵の足が止まりました。三式弾で制圧射撃!飽和攻撃ならばAPSは機能しません」
地雷を機銃掃射で無力化するタイミングを捉え砲撃。6機が撃破。敵一個中隊を葬り攻勢第1波を退ける。
「…これを後20回か」
「諦めますか、大尉」
「は、老兵は諦めが悪いんだよ」
「13時方向の岩山へ砲撃」
「了解」
敵一個中隊が陣地構築する前に砲撃。高所を取らせない。
「後方を遮断されつつあります。今なら突破できます。4時方向へ転進」
「よし、ベストセラー品の見せどころだな!」
レンドリース品のAF-45Eセイバー。一世代前の機体だがまだ大国で前線運用されている主力AIWS。拡張性の高さから長らく運用されている。120mm砲は同世代の標準装備となった。
煙弾射出。AF-45の機動性をいかし接近、包囲が完了する前に後方に出る。
「渓谷で待ち伏せするのか」
「ええ。高低差をいかして下さい」
「敵機補足!一個中隊規模!」
「了解したお嬢ちゃん!」
老兵達は敵の出現に慣れた様子だ。
「…どうやら敵はここまで想定の範囲内のようだ」
中尉は唇を噛む。
「まずいなこれは」
フォード大尉は左右を見渡す。崖の下だ。逃げ場がない。
「壁伝いに回避を」
「了解」
わずかな岩場を利用し渓谷を登る。涸れた川の様子がわかる。
「敵は手慣れか、マグリヴにこんな部隊が残ってるとは」
「各機TGTを攻撃!」
手榴弾を投擲。各機主砲で眼下の敵へ砲撃。岩場も砲撃し敵機の機動力を奪う。瞬く間に墓場がつくられる。敵一個中隊を無力化。これで一個大隊は葬った。
「出番だ、傭兵」
「了解」
「AF-57…敵新型機です」
「単機か。中尉と同じ傭兵か?」
「此方ノーベンバー。任務を開始する」
「敵の狙いは私。AF-57は私がやる。周りの敵は頼んだよ、ベテラン」
笑い声と共に老兵達から返答が返ってくる。
「任された」
フォード大尉は余裕のようだ。
「駆逐型AIWS、装甲と火力では劣るか」
「敵の機動を予測し、攻撃しなければいけません」
「しばらく敵の攻撃パターンを見る」
MMPMが襲来。チャフを放ちこれを回避。続いて120mmの弾幕。APSも使いながら回避していく。1発被弾するが装甲はこれを弾く。
「AF-30、流石に堅いな」
「UAを展開する」
敵に休息の暇を与えない。極めて小型であるUAは敵の機動力を上回る。20mmとグレネードの弾幕を張る。敵APSの残弾が尽きる。
「これが単機で戦線を支える火力か」
「捉えた」
155mmエクスカリバー誘導砲弾を放つ。敵は回避するが2発目が回避位置に着弾。爆発。
「…敵機を撃破…」
「まだだ」
「反応装甲です。三式弾で反応装甲を無力化して下さい」
「了解」
敵の反撃を回避し三式弾で面制圧を加える。だが敵機は驚異的な機動で回避していく。
「…」
かつて共に戦った戦友達の姿が重なる。レキアの市街地で、メティスの凍土で、ユンナンの山岳で、ブールの平原で…。
英雄は何処にでも居た。そして皆理不尽に死んでいった。然し——。
「もしかして先生…?」
「どうしました中尉」
「いや、大丈夫…っ!」
側方に回り込まれる。UAで牽制し側方からの攻撃を防ぐ。
「小賢しい」
偏差射撃でUAが撃破される。
三式弾残弾ゼロ。エクスカリバーで直射。然し過負荷機動で回避されていく。
「…」
間接射撃。反応装甲の無い上面を狙う。敵を前方へ誘導。兵装転換、刺突爆雷。
「突喊!」
至近距離から120mmを被弾、構わず敵機へ突撃。AD残り30%。敵被弾箇所に一撃を加える。
「…強くなったな、シャノン…」
オープン回線。
「先生…」
「敵機撃破。よくやりました、中尉。ユーリカ海軍による航空支援開始。8時方向に形成される突破口から離脱を」
「了解」
*
「…敵部隊の追撃振り切りました」
三個師団の増援もあり無事離脱できた。一個中隊相手に二個師団をすり潰した敵は要衝であるヘスペリデスで敗北した。結果として我々の戦略的勝利に繋がった。
「なぜ一個中隊相手にこんな大兵力を送ったのか」
「あなたを倒す…にしても合理的ではありません。戦争指導者は何を考えているのか…ともかくヘスペリデスの解放はマグリヴにとっては喜ばしいことです」
「お嬢さんよ、ほんとに過去に一体何をやらかしたんだ…?別の戦争でもレヴァントに憎まれる事をしたのか?」
フォード大尉は私を心配している様子だ。
「…私は傭兵で、ここまで戦場を渡って来た。それだけだよ」
私はフォード大尉の予想が正しいと考えていた。世界島中央の内陸国アレイアにレヴァント軍が侵攻したアレイア侵攻の際、私はアレイアの非正規軍事顧問の一人としてレヴァントの敵側に立っていた。恨まれる出来事には事欠かない。
ヘスペリデス。レヴァント軍による虐殺が行われた都市は解放された。
解放の際、一個師団を捕虜としたが民間人による私的制裁が行われていた。軍の収容所へ送る事が捕虜の安全を守る一番の方法となっていた。
「英雄の凱旋か」
「目立ちたくない…」
「それは無理だな」
市街を回る。捕虜が行進している。市民は憎悪に満ちた目で列を見つめる。一悶着起きている。
「オーウェル?」
「お前か、俺の両親を撃ったのは」
「…」
「何か言えよ」
「元第32連隊だって聞いたぞ」
「それは事実だ…然し…」
言っても信じるまい。ヘスペリデスの虐殺以前に部隊を移ったと言っても。どちらにせよ既に手は汚れている。
「言い訳なら聞き飽きた、この——」
「やめろ、上等兵。捕虜は収容所へ移送する。捕虜への虐待は禁じられている」
「大尉!?」
「上官の命令ってやつだ」
「…了解」
「…あなた戦災孤児だったの」
「…うん…」
「私と同じだ」
「ス、スカウトならお断りする。自分は傭兵にはならない、中尉。自分はマグリヴの軍人だ」
「うむ。それで良い。君は私より立派だ」
「励ましてるつもりなの、それは」
「…そのつもりだけど。やっぱりこういうのは苦手だ」
「その、ありがとう」
「そう」
お互いに少し恥ずかしくなって立ち去る。
「エドワード・ノーマン大尉。ブール内戦であなたを傭兵として育てた軍事顧問でしたか」
「…少年兵の頃世話になった先生だ。然し過ぎた話だ…。それで、次の任務は」
「これで最後の任務になると思います。イフリキア最後の拠点バルディアの解放。この作戦の成功後同盟軍は講和会議開催を要求する予定です」
「後は外交の戦いになる訳か」
「講和のテーブルにレヴァントをつかせる為にもこの戦闘に勝利しなければなりません。最後まで力を貸して頂けますか」
「勿論」
傭兵は笑顔で答えた。