#10 After the Winter
メリディシア 七曜環礁
演習を終え、休憩に入る。
ヨットの上で水平線を眺める。コバルトブルーの海。島々とタンカー、駆逐艦が見える。機動部隊はどこかへ派遣されているようで見ることができない。
「演習お疲れ様。甘いものは好き?」
「ありがとう。リズ。はあ、完敗だ」
“平和の海”を眺める。七曜環礁に建設された桜花を思わせるメガフロートと空の向こうまで伸びるタワーが見える。高度な技術力で列強の地位にあるメリディシアの中枢。
「トーカーの調子はどう?」
AF-9Aトーカー。アーセナルが開発した最後の有人機。
「上々だ。だがこれまでの機体とは違う癖がある。加速が急過ぎるので慣れないな」
「人間が扱える限界まで能力を向上させてある。これ以上の有人機は存在しない。これからは無人機の時代になる」
「…アレか」
海面ギリギリを飛行する無人機。
AF-9Nテルミナートル。トーカーを超える為に存在する完全自律戦闘型UA。
「…兵器というより兵士のようだ」
「人間が自死機構を握っている。アレは人間がコントロールできる兵器よ」
「…」
かつて戦った財団の無人機に似ている。
「シャル?」
「いや、見惚れていただけだ」
*
「リズに雇ってもらえて嬉しいよ」
「死の商人に会って嬉しいなんておかしい」
「そうかな」
「そうだよ」
ここからだと戦場が遠い世界に思える。
「…リズ」
「どうしたの?」
「戦う必要の無い世界があるとしたら、どうする?」
「…きっとAIを開発している。そんなに変わらないと思う」
「私はどうしてると思う?」
「うーん…メイドさん?」
「…なんでそうなる…でも面白い」
「そうでしょ?…でも驚いた」
「ん?」
「シャルがそんな事言うなんて」
「私は弱い。先の戦いで思い知らされた。この演習でも。幾ら演習しても変わらない。…でも傭兵以外にどう生きれば良いかも分からない」
「随分と弱気ね。貴方が生き残って来たのは強いからじゃない」
「……生き残るのは強いからではない。…良い人間ばかり死んでいく…残ったのは…」
「そうだとしても…貴方はきっと守る為に戦って来た」
「…」
「なら最後まで突き通すべき」
「リズは偉いな」
「な、頭撫で…!」
「まだ傭兵は続ける」
「そう…」
リズは別の選択肢を提示できなかった。
*
夕陽を背に砂浜を歩く。汚染から免れた海上都市は人類の希望なのか。それとも延命装置に過ぎないのか。
背後から声がした。
「お姉ちゃん」
振り返るが声の主はそこにいなかった。
*
リズの別荘であるコテージに戻る。窓から夜の闇を照らす灯台が見える。
「リズは今も仕事中かな」
タワーの近くにある研究所が彼女の仕事場だ。灯台の光が突如として消える。部屋の灯も全て消える。
「大規模停電か」
無線に連絡が入る。
「シャル。其方は無事?メインフロートのコントロールシステムとアーセナルの複数の研究施設への大規模な電脳攻撃があった」
「ハッカーか…私では倒せない敵だ」
「ハッカーは此方が相手をする。ウイルスはテルミナートルの自死機構を停止させた。テルミナートルは我々アーセナルの管制下から離れた。つまり貴方の力が必要」
リズは淡々と事実を述べる。
「了解した。戦う。修理代は払えないが良いか?」
「報酬から減らすだけ。契約成立」
「勝率は限り無く低い。アレが完全に自由に戦えるとしたら、私では時間稼ぎにもならないかもしれない。ミナならアレとも戦えるかもしれない…呼びかけられるか」
「分かった」
「ここは戦場になる。住民の避難は」
「地下シェルターがある。貴方は戦いに集中して」
(こんな不利な戦況で戦うのは初めてだ。)
シャルは自嘲気味に微笑む。
「トーカーをオートコントロールで其方に向かわせた。2分で其方の上空に出る。それまではアーセナル教導部隊で食い止める」
「頼む」
*
メインフロート上空
AF-5Bブラックウィドー12機からなるアーセナル教導部隊が遅滞戦闘を開始する。
「此方イージー-1、敵はTHEL(戦術高エネルギー指向性兵器)とLAPS(レーザーアクティブ防御システム)を装備している。建築物を盾に接近するんだ」
テルミナートルへ接近。
「寄生木を使う」
上空を無警戒に飛ぶテルミナートルへAAM(対AIWS誘導弾)を投射。12発のAAMがマッハ10を超える高速で迫る。
「IFF更新要請…否定…誘導弾12接近。…自己防御システムを限定解除。当該目標の排除を開始」
胸部と背部に各2基設置されたLAPSで範囲10km以内に入った敵AAMが破壊される。だが迎撃と同時に重金属雲が発生する。
「ファイア!」
教導部隊は120mm砲による射撃を開始。
「無傷か」
「避けたんだ。弾道と被害半径を全て予測して」
「化け物か」
「此方イージー1、ゼロ距離射撃以外に奴に有効打を与える手段は無い。私が接近できるよう、各機は弾幕を迎撃してくれ。…突撃する」
単機でビルの間から屋上へ飛び出て上空の敵機へ迫る。
「敵機1接近。排除」
テルミナートルの120mm砲による砲撃。イージー1はこれを容易く回避する。
「脅威判定を更新。全攻撃兵装使用許可」
MMPMによる面制圧射撃。友軍機の迎撃と爆発反応装甲で強引に耐える。
「これで」
イージー1は7式軍刀を構える。
「ち…!」
刀身が見えない障壁によって折れる。
「まだだ」
イージー1は手榴弾を投擲しようとする。しかしテルミナートルのヒートブレードが相手の右腕部を破壊する。
「対象を無力化。敵機AF-5B 11 …メインシステムへの侵入に成功。コントロール開始」
「IFFに異常アリ、自動迎撃装置が…」
テルミナートルは友軍への射撃を強制させ自滅へ追い込む。
「対象排除…」
*
メインフロート サイト-I
「貴方がやっている事の意味を理解しているのですか。本部長。人類を危険に晒す行いです」
「やはり君は理解できていないようだ。ハインライン博士」
「…」
ルートヴィヒファウンデーションのロゴが入ったノートPCを睨む。PCはアーセナルを支える戦略システムに繋がろうとしている。
財団はアーセナルの上層部にも食い込んでいた。
「そんな怖い顔をしなくても良いだろう。ハインライン博士」
「何が目的ですか」
「西暦の終わりから我々は人類種を維持する為に行動してきた。その成果が人類の地上への再進出だ。だが、イレギュラーの存在が我々の目的の障害となった。故に我々はイレギュラーのデータを収集し、イレギュラーを抹殺する為の兵器を開発してきた。シャノン中尉は良い実験体だったよ。だがもはや不要だ。
我々の目的は有り体に言えば、シャルロット・シャノンの抹殺だ。
テルミナートルには財団が蓄積した戦闘データを送った。もうテルミナートルは止められない。この島は沈むだろうが、代償としては軽いものだ」
「ふざけないで!一個人の存在が種の存続と何の関係があるというの!」
「歴史を知らないようだ。アレは西暦を終わらせた力だ」
スクリーンにAIWSが映る。中量級二脚AIWSトーカー。
「AIWS。西暦末期に発明された兵器だ。それは集団による戦争を終わらせる力となった。大国は個の力によって破壊され、大国は最後の足掻きとして禁忌に触れた。核だ。歴史を繰り返してはならない。
かつて世界のネットワークを支配した企業は“財団”として世界の技術の保存と人類種の存続の為に活動を開始した。200年前の話など、どの人間も御伽噺としか考えていないようだが」
「彼女は悪ではない。なぜ脅威となる」
「我々財団が恐れているのは悪では無く、英雄だ。正義を掲げた英雄が暗黒時代を生み出した。君には英雄殺しを手伝ってもらう。君の修復した機体でね。それまでは殺さない。マーシャル・アーセナル技術研究本部喪失技術課研究員エリザベート・フォン・ハインライン」
「もう勝ったって顔」
「あの機体の力は君が一番知っているはずだ。彼女は負ける。確実にね」
「……身を案じるのは貴方のほうよ」
「何」
隔壁閉鎖。外部からのコントロール。
「トーカーが戦ってくれている」
*
トーカーがゆっくりと着陸する。既にテルミナートルとの電子戦を開始している。
オートコントロール解除。ウェポンズフリー。
「お前とは4戦目だな」
増援が来るまでの遅滞戦闘。倒す必要は無い。
「敵機捕捉」
「叩き潰す」
MMPM接近、数は8。同数のMMPMで迎撃。
「ECMか」
レーダーから敵の反応が消える。レーダーの周波数を変更。レーダーに敵影が再び現れる。同時に多弾頭誘導弾がばら撒かれる。
「ミサイル6、違う36」
フレアを放出。毎分3900発の発射速度を誇る高性能30mm機関砲が弾幕を張る。鋼鉄の雨が誘導弾を撃墜していく。敵機が間合いを詰める。
「レーザー兵器は使わせない」
煙弾を射出。敵誘導弾のミニマムレンジへ入る。刺突爆雷を構える。ヒートブレードの攻撃をかわし間合いを詰める。
「喰らえ」
見えない障壁に攻撃を阻まれる。
「強化電磁装甲か」
敵の切り札が明らかとなる。戦術核にも匹敵する火力の刺突爆雷を防ぎきる絶対防御。敵は30mmの砲口を向ける。咄嗟に射線を避ける。クラスター弾を放ち敵の攻勢を挫く。
「防御中は攻撃できないか」
クラスター弾による面制圧射撃を続ける。残弾が尽きると同時にテルミナートルが反撃。THELによる射撃。ビルを壁にして回避する。THELがビルを溶解させていく。
「…」
シャノンは下唇を噛み、レーダー上のただ一つの光点を睨んだ。
*
ホーライ
摩天楼が聳え立つ西半球最大の都市。その中心にある最も高いビルにはHORAI INDUSTRYのロゴが見える。スクランブル交差点を人々が行き交う。ホーライ重工はAIWSの製造に携わる世界屈指の大企業である。ユーリカの力の根源である軍産複合体だ。
ミナは都市の煌めきを見つめる。
「リズさん…通信は取れないか。位置は…マーシャル・アーセナル本社!?」
機密衛星を用いた通信が示す座標は余りにも遠かった。
「どうしようか。…」
傭兵には助け行く輸送機が無い。通信が入る。
「ハイ…本当ですか」
レキア戦争で輸送船を手配した星の民の「慈善事業家」からの電話。輸送機の手配と報酬も約束していた。リズの頼みだ、と彼は言っていた。更にはホーライ重工の試験兵器も貸与された。
「投資、か」
今は信じるしか無い。
*
AF-52デヴァステーター ボーライ重工の重二AIWS。
ホーライ重工からメールが入る。
任務の概要を伝える。追加ブースターでマッハ10まで加速。メリディシアの自己防衛システムを突破してアーセナル本社へ直行する。そして試作兵器を使用しTGTを撃破する。財団にタワーの技術を渡す訳にはいかない。これは君にしかできない任務だ。期待している。
「二人の為なら…」
*
「…」
誘導弾残弾ゼロ。120mm砲残弾ゼロ。主兵装転換、30mm高性能機関砲。
敵THELをビルを盾にして避けつつ機関砲を撃ち込む。しかし電磁装甲に阻まれダメージが入らない。敵機接近。地雷を起爆。敵機にダメージは入らない。誘導弾6接近。ウェポンベイ背部ウェポンポッドを投棄、ECMを展開、30mmでこれを迎撃。30mm残弾ゼロ。主兵装転換、刺突爆雷。
「…此方ミナ。聞こえる?」
「ええ」
「一緒に戦うよ」
「ありがとう…」
「アイツを10秒足止めできる?試作電磁加速投射砲ならアイツの装甲も抜けるはず。120秒後射程に入る。アイツに察知される前に撃つ必要がある」
「地雷が残り3、これで止めてみる」
環礁外縁部の市街地へと撤退。敵機はまだ此方の意図に気づいていない。12.7mm機関銃で敵機の注意をひきつける。市街地の中心へ敵を誘導。
「これで!」
地雷を爆破。ビルを倒壊させる。しかし敵機は予期していたようにこれを避ける。
「ミナ。私は構わず撃て」
敵誘導弾のミニマムレンジまで接近。刺突爆雷を両腕に構える。THELをチャフで拡散。30mmを爆発反応装甲で強引に受け、格闘戦距離まで接近。敵は電磁装甲を展開。
「喰らえ」
右腕に装備した刺突爆雷を撃ち込む。一発目は防がれる。
「二発目!」
左腕に装備した刺突爆雷を撃ち込む。敵は電磁装甲を最大出力まで上げる。敵の動きを封じる。
「撃て!」
「了解!」
AF-52は200mm電磁加速投射砲を構える。レアメタルの強化徹甲弾を音速の10倍以上の速度で敵機に叩き込む。敵電磁装甲破壊。敵機被弾。
「シャル!」
「大丈夫、これで!」
刺突爆雷でトドメを刺す。
「……」
トーカーのメインシステムがダウンする。耐久値はゼロに近い。
「シャル」
「勝てたよ」
*
メインフロート サイト1
「何故だ…ホーライ重工…ユーリカ…いや星の民の横槍か。やってくれるじゃないかハインライン博士」
「彼女を護るためなら何でもする」
「その感情が世界を滅ぼした」
「何れにせよ貴方の負けよ。話は後で聞く」
*
マグリヴ エリッサシティ
「帰って来たよ」
「おかえりなさいシャル」
彼女は頬を少し膨らませて出迎えた。
「リズさんの仕事で大事になったようで」
「まあ…」
「言えない事があるのは知ってます」
「心配かけてゴメン」
「構いません」
「エミリー。私を雇ってくれ」
「既に雇っているじゃないですか」
「その、違う形で」
「どういう事?」
「えと、家事とか手伝うので」
「メイドにでもなるつもり?フフ」
「ああもう言わなきゃよかった」
「変わりましたね」
「何か新しい事をしたいんだ。引き金を引かなくて済む方法を考えたい」
「そう、では私は貴方を雇います」
「助かったよ」
「では初めにシャルの寝室掃除からしましょう。手伝いますよ」
「あ、やめてくれ!」
人類の地上への再進出から一世紀。世界は核の冬を乗り越え、幾度も衝突を繰り返しながらも前へ進もうとしている。
END