#1 Atlas Line
After the Winter
「傭兵。聞こえますか。…これより任務の概要について伝えます。作戦正面はアトラス防衛線「砂の壁」。敵戦力は十個師団以上。戦略級AIWSを楔として前進しています。「砂の壁」を無効化するつもりでしょう。此方は敵との交戦を避け、後方に浸透。敵の兵站線を叩きます。諜報により補給基地の護衛は軽微であると判明しています。これはあなたにしかできない任務です。期待していますよ」
「了解」
傭兵は短く頷き一言発しただけだった。
搭乗機はAF-24E「スターファイター」。二世代遅れの古い量産型主力AIWS。二脚型
、重量50t、主砲100mm滑腔砲。開発は西側の複合企業「ホーライ重工」。旧式が故の信頼性の高さが長所だ。また砂漠迷彩のため視認性は低い。それくらいしか長所がない。小国の軍備は悲しいものだ。しかし自殺攻撃や死守命令を下さないあたり、この国の参謀は無能ではないようだ。
「隠密行動を心がけて下さい。砂嵐を利用して敵に発見されないよう前進して下さい」
オペレーターの指示に従い進撃する。やがて前線右翼から1km程離れた地点へ到達する。
「ここで敵をやり過ごしましょう。砂に機体を埋めます。砂漠での塹壕戦の経験はありますか」
「何度も」
軍用シャベルを使い背部の脱出機構を除き砂に埋める。遠目では砂丘が広がるようにしか見えない。
「次の命令あるまで待機して下さい」
「了解」
*
「お前は何の為に戦う?」
戦火
旧式の銃を手に反乱するAIWS部隊
最新鋭の銃で反乱部隊を鎮圧する「企業」のAIWS傭兵。
悪魔
虐殺で血塗れたこの手は拭えない
戦う以外に生き残る術を知らない
だけど
*
「傭兵」
「状況は」
「敵AIWS部隊は砂の壁への総攻撃を開始。私達は敵の後方に回っています。敵の補給線を叩きましょう」
砂漠を進む旧式AIWS。港のある10時方向へと一直線に進撃する。雲一つ無い青空、世界最大の砂漠、眼前に広がる境界の無い戦場。後方の砂の壁の存在だけが今もマグリヴが独立している事を証明していた。
「システム、監視モード、視程距離に敵影無し。燃料、水、共に残り半分です。冷却システムに異常があります」
砂丘を登り続ける。冷却装置も故障気味でその都度叩いて直している。
「問題ない」
「退屈凌ぎにマグリヴに伝わる伝承でも聞きますか」
「ええ」
「マグリヴ南部のレナト砂漠中央には1000m級のタワーが建っています。通称レナトの塔です。無人の砂漠地帯にこのような人工物を誰が建てたのか、その目的も不明です。分かっているのはそれが冬の前に建てられた遺物であるということです」
「ふむ」
「タワーの遺物を狙いレヴァントが侵攻したと言う人もいます。我が国の技術では大した解析もできませんが、彼らなら遺物の解析が出来るかもしれません」
「悪用されるくらいなら破壊してしまった方がマシだ」
「珍しく自分の意見を言うのですね」
「暑さのせいだ」
「フフ、そうですか」
私もあなたと同じ考えです。との通信があった直後、砂丘の上に出た。
「システム監視モード。敵補給基地を発見。敵AIWS2機。AF-47であると推定。戦闘優勢22%。交戦は避けるべきです。補給基地及び補給車両への攻撃を加えた後撤退を」
「いいえ。AF-47相手に逃げ切れる足ではない。一対一に持ち込めるなら勝ってみせる」
「作戦を修正します…」
改めて作戦が伝えられる。
「了解」
「敵が釣れた」
AF-47の1機が牽制射撃を加えつつUA(無人AIWS)に接近する。鹵獲品のUAを囮に各個撃破を狙う。
「そのままUAで砂丘の下まで誘導しましょう」
「UAが後退している。罠の可能性がある」
「前線ではマグリヴ軍が地雷原を用いた防衛を行なっている。警戒しつつ前進せよ」
「了解」
「金属反応。連中、地雷原を設置していた。射撃して強行突破するか」
「問題ない。速やかにUAを破壊しろ。こちらは敵の本隊を探す」
「…彼らにとって弾丸は貴重品ではないようですね。次段階に移ります」
「…おかしい、爆発しない。…これはあき缶…」
「ブービートラップでもないか」
「バカにされてるな、…ようやく敵の本隊を見つけた。砂嵐に隠れている」
「またUAの囮じゃないか」
「違う。100mmの弾幕だ」
「所詮旧式機だ、救援に向かうので防御に努めろ…何!?」
「応答せよハート」
「9時方向から攻撃。グレネードだ。ただ今応戦中」
「前線は何をやっているんだ」
「こちらオーブ補給基地、一個小隊の奇襲を受けた。救援求む」
*
「では傭兵、本隊の攻撃を開始しましょう。第一目標補給基地燃料タンク12基」
「了解」
手榴弾を投擲。これを撃破。
「次、補給車6輌」
「了解」
停車中の補給車を基本装備の40mm機関砲で撃ち抜く。次々と爆発炎上していく。
「敵武器庫を発見」
「もうすぐトラップの効果が切れるので気をつけて」
「了解」
鹵獲品の100mm砲を装備。敵の軽量AIWS用の装備だ。敵主力AIWS用の120mmも見つける。
「120mmは規格外ですので装備はできませんよ」
「分かっている」
この機体に120mmは重すぎる。武器庫は混合爆薬を使い爆破。100mmで港湾施設への攻撃を加える。
*
「…敵、動かず」
「こちらもだ」
「砂嵐があける…。自動発砲装置にダミーか」
AIWSの形をした風船が複数セットしてあった。然し砲撃は現実だから厄介だ。敵AIWSが搭載武装を降して運用したようだ。
「補給基地が襲撃を受けている。せめて敵機を殲滅しよう」
「ああ」
*
「敵機が合流するまで5分。その間に各個撃破しましょう。まずは基地右翼の近い敵機から狙いましょう」
「了解」
「システム、監視モード、敵機発見」
100mmが射程範囲内に入る。セーフティ解除。
「システム、戦闘モード。敵機ロックオン」
行進間射撃開始。敵機も射撃を開始。敵機と異なり被弾すれば一撃で撃破されてしまう。回避機動を優先。
「逃げるか、卑怯なマグリヴめ」
嫌がらせの射撃を加えつつ後退。敵機を誘導する。
「....」
砂中に隠したミサイルランチャーから中距離多目的誘導弾(MMPM)が発射される。
「敵機、被弾!」
敵脚部に被弾、好機を逃さず100mmで砲撃を加える。
「敵機、撃破。残り一機です」
*
「黒百合め、お前を倒す!」
「…そう。」
MMPM残弾3発の全てが着弾。
「敵機、被弾。敵主兵装破壊」
「旧式機が、格闘戦ならば負けんぞ」
「…」
100mmによるアウトレンジ攻撃を加える。敵機は戦闘能力を喪失する。
「主兵装残弾10。残存燃料30%。帰還用の燃料に気をつけて下さい……」
「問題ない」
「投降せよ」
コックピットを開ける。
「まだだ…まだ」
自衛用のMPを向ける。
「…」
私の旧式のモーゼルの方が早かった。補給基地守備隊は全滅。
「…聞こえますか、傭兵。燃料が少ないですがこの後は特殊部隊が潜水艦から回収に来ますのでマップで示した海岸へ移動しましょう…これで、あなたの任務は完了です。マグリヴの為によく尽くしてくれました。ありがとう、傭兵」
「感謝の言葉は不要だ」
「何を言っているのですか、あなたは私達の祖国の為に戦ってくれました」
「私は傭兵だ。…あまり馬鹿にしないでくれるか」
「気分を害したなら謝罪します」
「…私は分かっている。誰も助けには来ない。帰還用の燃料なんて最初から用意されてなかった。計器を誤魔化したようだが地図をみれば分かることだ。更にこの国の全ての海軍戦力はとうに壊滅している」
「…………」
「…………これがあなたの本当にやりたいことだったのか」
「……努力はしました。軍は決して人道主義を忘れたわけではありません。しかし……」
「私は今の参謀本部を高く評価している。末期状態となって、合理的な作戦指導をしている。限られた物的人的資源で善戦しているよ。
そして私は傭兵、理不尽に死ぬのは当然のこと。私が聞きたいのはそんなことではない」
「……」
「……これはあなたの望みなのか。エミリー・プレスコット少佐」
「……意外と喋るのですね。シャルロット・シャノン中尉」
「やっと名前で呼んだね。…暑さのせいだよ」
「そちらこそ……。これは私の望みではありません」
「そう。それが聞けたなら良いんだ。後は好きにしてくれ」
「では、作戦を修正します。……生き残って下さい、シャノン中尉」
「……ありがとう、プレスコット少佐」
*
「いっそ燃料も奪えれば良かったですが、時間が限られてましたから…」
「こいつの方が優秀だよ。冬も乗り越えた生物」
オアシスでみつけた一頭の駱駝に乗っかって進む。武装は混合爆薬に手榴弾、ライフル、グレネードランチャー、拳銃、スコップ。対AIWS装備は無し。先の戦場のAIWSは全てテルミットで爆破処分した。少佐の指令を伝える通信機が作戦の生命線だ。
「参謀本部をよく説得したね」
「失礼は承知で貴方の戦闘価値を伝えました。マグリヴに来る前の交戦情報を見つけて説得しました…ブール、ユンナン、オリッサ、レキア、メティス…どこも有名な大国間の係争地ですね」
「少年兵の時の記録まで…」
「ごめんなさい」
「いいよ。貴方達の諜報は信頼できるってことだ」
*
夜の砂漠。寝袋で寒さを凌ぐ。
空を見上げる。長い冬が終わり一世紀の年月を経て地上から星空を眺められる迄に自然は回復した。夜空を見ているうちに意識は闇に落ちた。
*
燃え上がる都市。築かれる死の丘。
傭兵の反乱。鎮圧するは同じ傭兵。
少女の泣きじゃくる声
私はそこにいた——。
*
「…」
冷汗を拭い夜明け前の空を見上げる。世界が色づいていく。
「状況報告お願いします。シャノン中尉」
「起きた、これから西進する」
「了解しました」
*
アトラス防衛線
「戦略AIWSの進撃が停止した。どうしたんだろう」
「知らん。砲撃も止んだし今のうちに寝ておけ」
「司令部より入電。第六中隊の左翼方面軍への再配置を命ずる」
「了解」
左翼へ兵力集中。敵は沿岸部からの突破を計っている。それに抵抗する為の再配置である。
「寝れそうにないな」
フォード大尉は溜息を吐いた。
「あいつらと戦えるなら構わない」
オーウェル上等兵は微笑んで言った。
*
「敵AIWS部隊を視認。13時方向。距離凡そ2km。数は13。黒いカラーリング」
「黒の機体…第32特殊連隊だと思われます」
「隠れる」
ラクダを砂の上に座らせ、自分はその下に潜り込む。
極めて原始的な方法で敵の追跡を回避する。
「暑くないですか」
「ラクダの下は意外と心地良いよ」
敵をやり過ごし、また前進する。日没の方向へ。広漠とした世界。彼女の声は孤独を癒した。
5日後
「頑張って下さい、後4kmです」
「…………」
返事するのも億劫だ。
「回収部隊が来てくれますよ」
「助けに来たぞ、お嬢さん。新しい機体だ」
「補給基地を破壊して砂漠を渡ってきたって本当か」
VTOL輸送機からAIWSが降ろされる。AF-30サンダーボルト。二脚駆逐AIWS。開発はホーライ重工。旧式機だが、その堅牢さと火力で大国でも未だ現役となっている機体だ。簡素な構造でコストも安い。主兵装は絶対的な火力を有する155mm榴弾砲。同時にMMPM8連装ランチャーを装備できる。固定武装としては30mm6連装機関砲を装備している。装甲と火力に特化した結果機動性が犠牲となっている。
「第六中隊第六小隊が回収及び輸送任務を行いました」
「感謝する」
*
「オートモードを解除」
オペレーションシステム異常無し。
「ハー…。少佐。前線はどうなってる」
水をがぶ飲みしレーションをかっ込み噎せながら状況を確認する。
「アトラス線は均衡を維持しています。司令部は敵補給基地の再建まで全面攻勢は無いと予想しています。………あまりかっ込むと健康に悪いですよ」
「ありがとう」
「今、ここで、敵の戦略級AIWS「ラーテ」を倒さなければいけません。あなたの力が必要です。協力して頂けますか」
「ええ」
*
補給切れの師団を葬るのは容易い。今が好機である。
「移動する要塞、ラーテの弱点は足回りにあります。護衛戦力を突破し弱点にゼロ距離射撃を加えラーテの機動力を奪いましょう」
「護衛戦力の概要は」
「予想される護衛戦力は十四機。輪形陣を組み護衛しています」
一個中隊相手の戦闘か。
「あなたなら問題無いでしょう?」
「補給の差を考慮してもランチェスター通り敗北する。正面戦闘では」
「作戦があります」
*
「1700。作戦開始します」
残された火砲の一斉射撃からアトラス線にて10分間の攻勢が始まる。戦力比は3対1以下であり、作戦が失敗すれば戦線を支える予備兵力さえ枯渇することになる。
システム戦闘モード
MMPM FLIR弾斉射
4発のチャフフレア弾頭を積んだMMPMが敵輪形陣上空へ到達。電子妨害を展開。
155mm榴弾砲から煙弾を射出。煙幕を展開しラーテに接近する。
敵機接近。
「三式弾を使う」
155mmから集束弾が放たれる。爆発性子弾が100m四方に拡散する。単機による面制圧射撃。
「敵機残り2機です」
戦略級AIWS近接防衛システムのミニマムレンジ内に侵入。155mmで砲撃を加える。
「一個中隊が全滅しただと!ふざけるな」
「メインエンジンに被弾!消火が間に合わない!」
「敵の機動力を奪いました。敵司令塔へ集中攻撃を加えて下さい」
「エクスカリバーを使う」
エクスカリバー誘導榴弾。155mmの破壊力に精密誘導性能を付与している。毎分六十発の砲身が焼き付く程の速射を加える。
「敵司令塔破壊。敵戦闘機能喪失。作戦目標達成。速やかに戦闘区域から離脱して下さい。ありがとう、シャノン中尉」
「シャルで良い」
「シャル中尉、ランチェスター通りにはなりませんでしたね」
「敵は油断していた。次はこうはいかない」
戦略級AIWSを喪失した敵侵攻部隊は補給切れという現実を前に撤退を決定する。然しマグリヴにこれを包囲殲滅できるだけの余力は無かった。
*
「敵航空部隊が接近中」
「この機体は棄てるか」
「問題ありません。第六小隊が回収してくれます」
「獅子奮迅の活躍だなお嬢さん」
「輸送、感謝する」
「レヴァント軍をあんな風に蹴散らすなんて今までは考えられなかった」
少年兵の嬉しそうな声。
「彼等も同じ人間だ、無敵の軍隊なんて存在しない」
*
単機で戦略級AIWSを撃破した傭兵。
...アトラスの悪魔。
その傭兵は敵味方から畏怖を込めてそう呼ばれるようになった。
#1 END
設定
AIWS(エイウス、Armored Infantry Weapon System)は、堅牢な装甲と強力な火砲を備えた戦闘機械の総称である。装甲歩兵火器システムなどと訳されている。西暦末期に実用化し、汎用性の高さから冬以後の世界では主戦力となっている。