5話
「……どうだった?」
車に乗り込んできたヤマトにタケルは遠慮がちに尋ねた。
親友を目の前で殺された女の子に話を聞かなければならなかったのだ。
さすがのヤマトも堪えているようだ。
「なんとか話を聞く事ができた。彼女はしっかり答えてくれたよ……おかげで手掛かりが手に入った」
彼はシートに寄り掛かりながら言った。
その顔にはやるせなさが滲み出ている。
「クソッ!」
タケルは無力な自分に怒りを感じていた。
被害者の娘は自分たちとそう離れていないところにいたのだ。それなのに、救う事ができなかった。
「……タケル」
ヤマトが静かながらもハッキリとした口調で語りかける。
「僕たちが相手をしているのは、超常なる存在なんだ。どうしても後手に回る事になる」
「……あぁ」
タケルはゆっくりとシートにもたれかかった。
「わかってるよ」
「だったら僕たちにできる事は一つだ。これ以上の犠牲を出させない為に戦う、だ」
ヤマトのその言葉は、タケルにというより、自分に言い聞かせるモノであった。
「あぁ!これ以上の犠牲は絶対に出させない……で、手掛かりってのは何だ?」
タケルの問いに頷きながら、ヤマトは後部座席からクリアファイルを取り出した。
「彼女の証言によると、例の赤い傘にはネームプレートが付いていて、そこには"しずく"と書かれていたらしい」
ヤマトはクリアファイル内の書類を捲りながら話し続ける。
「さらに彼女は、意識を失う寸前に幼い少女の姿を目撃している。おさらく、その少女が――」
「化け物傘を操る霊って事か……」
「おそらくね。っと、あった。これだ」
ヤマトは満足げにファイルの一枚を抜き出した。
「それは?」
と、タケルが問うと、その紙を手渡す。
「ここを見てくれ」
紙には数年前の新聞記事が印刷されていた。一部分がマーカーで印を付けてある。
そこには少女が交通事故に巻き込まれて死亡した記事が書かれていた。
現場は今回の殺人現場に程近い通り。
そして、注目すべきは被害者の少女の名。
「立花"雫"か……」
「あぁ、しずくと聞いた時に思い出したんだよ」
「だけど、交通事故で悪霊化する事なんてあるのか?」
タケルは納得がいかない様子で腕を組む。
「わからない。でも、調べてみる価値はあると思う。そこに父親の名が書かれているだろ?」
「あぁ、喪主の……立花正樹な。住所は?」
「まだこの街に住んでいるみたいだよ。確証はない。でも、やれる事をやろう!」
2人は決意を新たに、車を発進させた。
◆
立花氏の住むアパートには、ヤマトが向かう事になった。彼が氏と話をしている間、タケルは第3の被害者を生み出さない為に事件現場ならびに事後現場を集中的には見回るのだ。
ヤマトは今、古びたアパートの前に立っていた。
ここが立花正樹が住む【青葉コーポ】だ。
6階建が3棟。立花は真ん中の棟の3階に住んでいるとの事であった。
時刻は午後7時。
既に彼は仕事から帰宅しているはずだ。
ヤマトは1つ深呼吸すると、アパートの階段を登り始めた。
目的の部屋にたどり着くと、彼はインターホンを押した。どこか間の抜けた音が辺りに響く。
ドアの内側からチェーンが外される音がしたかと思えば、中から陰気な様子の男が顔を覗かさせていた。
「……どなた?」
抑揚の無い声。まるで生気が感じられない。
「突然申し訳ありません。立花正樹さんですね?」
ヤマトは名刺を差し出した。
正樹はシゲシゲと名刺を眺め、薄く笑みを浮かべる。
「カウンセラー? どうして私の所にカウンセラーの方が来られるのです? 私は何も話す事はありませんよ?」
正樹の言葉とは裏腹に、その顔には緊張が走り、指が小刻みに震えている。
間違いない。彼は何か抱え込んでいる。そうヤマトは確信した。
「時間があまりありませんので、単刀直入に言います。あなたのお嬢さんに関する事です」
そのヤマトの一言は予想以上に正樹の心を揺さぶったようである。
「な、なに……?」
口をしきりにパクパクさせている。目は恐怖で見開かれている。
「最近、お嬢さんの関連した不可思議な出来事に心当たりはありませんか?」
正樹は気の毒になるくらい狼狽えていた。今にも気を失いそうだ。
「か、からかっているのか?娘を亡くしたんだぞ!あまりにも失礼だッ!」
声を荒げてはいるが、それは内心の不安を隠す為だとヤマトは判断した。切り札を出そう。
「赤い子供用の傘」
「なっ――!」
正樹は言葉を失ってしまった。
信じられないとばかりにヤマトを見つめている。
「君は、どうしてソレを……?」
「お嬢さんはあなたに何を訴えているのです?私なら解決できるかもしれません。お願いです。詳しく話を聞かせてください」
正樹は一瞬躊躇ったものの、素直にドアを開けてくれた。
◆
タケルは通りの隅々を油断なく見回していた。
ここは、立花雫が事故死した道路の近くである。
次に化け物傘、そして悪霊らしき立花雫が現れるとしたらこの付近だろうとタケルは考えていた。
最初の大学生、そして次の女子高生が殺された現場は、この大通り付近という共通点で結ばれているのだ。
だから、この付近に張り込む。無茶だろうが、なんだろうがやってやる、そうタケルは決意していた。




