4話
藤代兄弟が街で情報を探している時、第二の惨劇は起きてしまった。
それは夕刻の出来事であった。
第一の被害者である青年が殺害された現場から真っ直ぐ300メートル程先にファストフード店がある。
その店から、二人の女子高生が外に出て来た。
小雨が降り注いでいるので、二人とも傘をさしている。
ただ、奇妙な事に、一方がさしている傘は子供用の赤い傘であった。古くて、ところどころに穴が開いている。
「ねぇ、カオリ、そんな勝手に取った傘を使わなくても、あたしの傘に入ればいいじゃん」
カオリと呼ばれた少女は首を振った。
「ダメダメ、それじゃ二人共濡れちゃうじゃん」
もう一方の少女、優子は苦笑した。
「別に気にしないって。それにその傘、ネームプレートが付いてるよ? やっぱりマズかったんじゃ」
カオリは自分が持つ傘の柄の部分に視線を向けた。
そこには確かに「しずく」と書かれたネームプレートが取り付けてあった。
カオリは再び首を振った。
「こんなに古くてボロボロなんだよ? きっと誰かが捨てていったモノでしょ。あたしが再利用してやってるわけよ。これぞエコよね?」
二人は苦笑し合った。
彼女たちは雑談しながら、脇道へと入って行く。通りを歩く者は自分たち以外いなかった。
そして二人が美容室の話で盛り上がっていた時、突然カオリが小さな悲鳴を上げた。
「……カオリ?」
優子は怪訝な顔で隣の友人を見た。
カオリはガタガタと震えながら傘の裏側を見つめている。
「いったいどうした……」
覗き込んだ優子は言葉を失った。
傘の裏側。
そこには大きな口があったのだ。
真っ赤な唇。その奥には白い歯。
悪夢から飛び出して来たような異形の怪物。
「ゆ、優子、たすけ……」
それは一瞬の出来事であった。
カオリの頭が傘に飲み込まれる。
不快な音と共にカオリの体がビクンと痙攣する。
傘に覆われた部分から血が流れ、制服を染めていく。
カオリの体は糸が切れた操り人形のように崩折れた。
道路に倒れたカオリの体には…………首から上が無くなっていた。
優子は病院のベッドで目を覚ました。
放心した彼女に家族や医者、そして警官など様々な人物が話し掛けてくる。
だが、まるで現実感がない。
彼らの話し声は優子の耳には入っても、彼女の意識にまでは届いていなかった。
カオリが死んだ。
しかも、傘の化け物に頭を食べられて……。
これは悪夢だろうか?
もしそうなら、早く覚めて欲しい。
閉じた意識の中、優子はそう願った。
「佐々木優子さんだね?」
ふと意識の中に声が響いた。
聞き慣れぬ男性の声。だが、どこか安心感のある低い声だ。
顔を上げると、男が一人、ベッドの脇に立っていた。
細身で背が高い。色白で端整な顔には銀縁のメガネが掛けてある。
「あ、あの……」
優子は口を開きかけたが、何も言葉が出てこなかった。
「無理はしなくていいよ。君が話したくないのなら、それでいい」
男は優しく囁いた。
「だけど、もし君が、カオリさんに起こった事で苦しんでいるのなら……全部吐き出した方がいい。あの悪夢ような出来事を」
優子はハッとした。
この人は知っているんだ。あの非現実的な事象について。
この人なら、真剣にあたしの話を聞いてくれる。
優子はそう直感した。
「カオリは……カオリは持ってきていた傘が壊れちゃってたの。だから、学校に置いてあったボロボロの傘を……」
優子はその時の事を順序立てて説明した。
意外にスラスラと言葉が出てくる。
男が真剣に話を聞いてくれているのもあるが、何よりも、優子自身が話したかったのだ。
あの、悪夢のような出来事を。
「その傘のネームプレートには"しずく"って書いてあったんだね?」
話を聴き終えた男が確認してくる。
優子は肯首した。
「ありがとう。他にも何か言いたい事はあるかい?」
話している内に、優子は一つ思い出した事があった。
「あの、あたしが気を失う前なんだけど、近くの電柱の陰に小さな女の子がいたんです」
「女の子が?」
優子は頷いた。
「はい。こちらを、何だかモノ悲しそうに見ていました」
優子の言葉に男は何やら思案しているようだ。
「……わかった、ありがとう。ゆっくり休んで」
男は病室の外へと向かっていたが、ふと立ち止まり、彼女の方を向いた。
「僕が君にしてやれる事は、残念ながらないんだ。君はこれからも苦しみを抱え続ける事になる。だけど、いつか必ず立ち直れる日が来る。君の世界は終わってないんだ」
男はそう言い残して、立ち去った。
残された優子は、男の言葉を思い返す。
すると、彼女の頭の中に友人の顔が思い浮かぶ。
カオリ……。
優子は目覚めて以来、初めて涙を流した。




