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断片、その二つ。

作者:名もなき落伍者
断片、その一つ。
これは、そこより繋がった、さらなる断片。
故に真意を知りたい者は先のモノを見てからに。


 人は常に自己という根源的恐怖に苛まれている。
 それは避けようのない現実だ。宵の闇に身を投じ、自己と向き合わざるを得なくなったとき、否応なく、その醜さは牙をむく。即ち、自己嫌悪、自己崩壊、あるいは反転し過度なる自己愛ともなるだろう。すべてに通ずるは自身の瓦解と云える。人間はみな、平等にその可能性を秘めて日々を歩いている。広い道を歩くが如く、綱渡りをしているのに相違ない。

 分かるであろうか。
 つまり人とは、いつ奈落へと誘われてもおかしくない生き物なのである。ならば、絶望とはなにか。即ちこれ、この状態を指す。人は絶望していることに気付いていない。それが如何に、絶望的な状況であるか、語るまでもないであろう。しかし、気づきを得た者もまた絶望する。それは先に述べた、自己の醜さと愚かさ、あるいはそこから現れる嫌悪に寄るモノである。だが、それでも幾分は気付かぬ者よりも救いがあろう。何故なら、ある日いきなりに堕ちることはない。彼らは常に、細心の注意を払うからだ。そのため、あわよくば生涯、綱を渡りきることも可能であろう。しかしまだ問題はあろう。奈落を見た者は足を震わせる。それは自明の理であるからだ。

 救いとはなにか。
 結論から述べよう。それは、醜さの許容にある。
 己を飾らず、偽らず、さりとて善なる道を歩むこと。されば自然、視線は前を向くだろう。綱は細くとも、そこにあるのは広き一本の道となる。ならば何を恐れようか。光はあろう。進む先に、己の信ずる光があろう。

 したがって、救いたる道のためには。
 まずは自覚することが不可欠なり。その前提を知ってこそ、迷うことが可能となる。欠落者こそが救われる対象であるのは、確かなことだ。何故なら、彼らはすでに自覚を持っているのだから。

 忘却、逃避を失った者は欠落者なり。
 しかし、脱落者にあらず。
 道はある。

 迷いし者よ。
 結論は、明日の日差しを浴びてからでも、遅くはないのではないだろうか。



 

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