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王と細工師  作者: 骨貝
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85.孤独な女王

「こたびの税はどうも集まりが……」

「花が一つ枯れた件に関しまして……」

「反王勢力がこの城近辺に潜伏しているという不届きな噂が……」


 ステファニアはなにやら話し合う老祭司たちをよそに窓の外を眺めていた。そんな彼女を咎める者もなければ気がつく者もいない。今日はいつもとなりで不機嫌そうにしているエウリアもいない。


 誰も彼女を気にしないのは、彼女がその場に参加しようとしまいと同じことだからだ。一番高き座に着く女王をまるで蚊帳の外にして、会議は続いていく。女王として言葉を発しようとしたこともあった。しかし彼らが若輩者でその上『欠落者』に対して耳を貸す気がないことを知って、次第に諦めて行った。風の吹きすさぶ城の外を眺めながらいつも思いだす。あのように強い風に包まれて、祖母と飛んだことがあったことを。風の国中を、真夜中に周ったものだ。地上の儚い星空のようにぽつりぽつり瞬く民家の明かりを指して彼女は、なんと言ったっけ。

 ――ステファニア、あれはね――


 続きが思い出せなくて、ステファニアは溜息をついた。


 ……最近、なぜかおばあさまの言葉が思い出せないことがある。記憶が段々と古くなっていってしまうからだろうか。おばあさまが生きていれば今の私を見て、なんと言うだろう。怒るだろうか。

そうだ、おばあさまに会いたい。


「ステファニア陛下?」


 いるだけの女王であっても、さすがに会議中に黙って中座しようと立ち上がれば気が付かれてしまうものらしい。ステファニアは苦笑を浮かべながら、


「もう、休むわ」


 と、一言告げて出て行くことにした。


 このところ頓に浮世離れした表情でうっすらと諦観を浮かべる女王の姿を、残された祭司たちはそれぞれなにか含んだ顔で見送った。心配ではない。彼らの頭にあるのは、そう遠くなく今のように空になるだろう王座に誰がつこうかという、そんなことだった。






 この城の一番高い場所、一番最初に風の精霊と初代国王が出会った場所といわれる離れの塔の頂上にステファニアは向かった。塔と言っても、不安定に立った一本の無骨な石の柱を取り巻くように薄い石の螺旋の階段がひたすら続く、取り巻く壁の無い、風に吹きざらされている塔だ。頂上にだけ、大きめな円形の床がある。黙々と階段を登り続けるうち、一際強い風が吹き、2つの耳飾がステファニアの耳元で、まるで震えるように澄んだ音で鳴った。ステファニアは少し微笑む。彼女を長らく苦しめてきた耳飾であったが、その音は昔から好きだった。記憶の中の祖母の思い出にいつもその音が伴っていたからかもしれないと彼女は思う。その音に励まされるようにして長い階段を登り終え、目的地に辿り着くと彼女は服の汚れるのも構わずそこへ横になった。不思議と雪に埋もれることの無い石の床は、ここまで来る苦労に上気した彼女の頬をひんやりと冷やした。


「おばあさま」


 疲れと寒さで、半分うとうととしながら、ステファニアは小さく呟く。どこか甘えるように。母を早くに亡くした彼女にとって、祖母が母のようなものだった。柔軟さには少々欠けたかもしれないが、強く優しい人だった。彼女の知る祖母は、『史実』とは違う。

祖母の遺骨をここから撒いた日のことをステアニアはよく覚えている。風に弔われて空に登っていった。ようやく解き放たれたかのようにも、見えた。祖母は逃げられなかった。もう一人と違って。


「イヴ」


 あなたは、どこへ行ったの。


もう一人の名を呻くように呼びながら、女王と呼ぶにはまだ幼さの残る少女はいつしか眠りに落ちていった。






「……それで、依頼を受けることになった」

「なるほど。耳飾を、ね」


 フィーはようやくロイに今までのことを語り終え、彼の淹れた紅茶を飲める幸せに浸かった。一日一服飲まずにはなんだか落ち着かないほどロイの淹れるお茶は旨い。それ依存症じゃないよね、とシライに不安そうに言われたことを思い出す。シライはどうしているだろうか。ぼんやりしだしたフィーにロイが苦笑した。


「その調子で、身包み剥がされないで無事に済んでよかったね」

「ロイも無事でよかった……て、え?」

「フィー、君は細工師なんだよ?彼らからすれば、貴金属を持った格好の獲物だ。持ち物の無事は確認してる?」

「あ」


 すっかり盗賊を信用していたらしいフィーの様子にロイは溜息をつく。


「元から君の細工を盗むものは滅多にいないし、大丈夫だろうとは思うけど。あんまり気を抜かないようにね、フィー」

「…気をつける」

「相も変わらず過保護でご苦労なことだ」


 菓子をつまみながらヴィーが毒づくのをロイは見やった。そんな様すらどこか色気があるのがいやな男だ。


「そう思うなら気遣ってほしいな。あなたのおかげでいつも気苦労が倍になる」

「心外だな。俺なりには気を遣っているつもりだが。

 …さて。今お互いの話を合わせて考えるに、なにやら厄介なことに巻き込まれるような気がするが。どう思う?」


 ロイは興奮したポットをあやす、ポットと同じくらい無邪気な笑みを浮かべた白い髪の青年をじっと見つめた後、口を開いた。


「彼がどういう気でいるかは知らないけど、望むと望まざるとに関わらず彼は女王に対するものの筆頭に置かれている。下手をすれば旗印だ」

「贈り物が突き返される可能性も大きいわけだ。まさか、あのぼんやりした男がよりにもよって風の国の女王に耳飾を渡す心積もりとはな。面倒なことになった」


 二人のやり取りを聞いていたフィーは、飲み終えた茶器を置くと呟いた。


「そんなに面倒かな」

「フィー?」

 行儀悪く肘を突きながら、フィーはロコを見た。


「ちゃんと言わなかった私が悪いが、ロコは本気だ。あんまり突拍子も無く女王様に耳飾をやりたいなんていうから、女王様がどんな人か聞くのも含めてロコの昔話を聞いたんだ、少し。それによると子どもの頃、ロコはうっかり彼女に殺されかけたらしい。それでも健気にまだ好きだって言うんだから本気なんだろう」


 だから少なくともあいつの気持ちが揺らぐ心配もなければやることは明確だ、とフィーは事も無げに言った。


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