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王と細工師  作者: 骨貝
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閑話1

 ダンス。舞踏。

 それはどこかロマンティックな響きだ。


 けれど、朝の光に溶けそうになった廃人寸前のボロ雑巾、つまり今の私には、その言葉が呪われたもののようにすら思えた。仕事時間を潰すわけにもいかず、仕事前の早朝、仕事が終わったあとの晩の2回、舞踏会に向けた踊りの練習をし始めて、もう一週間になる。その結果、踊りというのはひどく疲れるものだと知った。一方で仕事もばんばん入ってくるので、本当に休む暇がない。筋肉痛で痛む体をさすっていると、朝食の支度をしに訪れたシライに、ぽん、と肩を叩かれた。慰めてくれているらしい。しかしその顔が老人を労わる目つきに似ているのが多少気にかかるが。


「シライ~、私は燃え尽きてしまいそうだ」

「おつかれさま。フィー、薬湯入れたから飲んで。筋肉痛にきくよ」


 シライのはんなりした笑顔が眩しい。彼はロイより黒が少し濃くて銀より灰色の髪をしていて、瞳もそれと同色だ。けれど、ロイと兄弟であるのを示すのはその優しげな顔と穏やかな性格。ロイJr.などと工房の人たちにからかわれつつ、愛されている。年に似合わないくらい賢いところや、ロイより儲けに興味がないだけ純粋なこと、何より幼いとはいえ彼には料理の腕があるから。シライの手作りの夕飯をいただいていく人は、大概リピーターになる。工房の職人や店子の人たちは勿論、懇意にしている商人やはては上客の貴族まで舌鼓を打たせるのだからすごい。私は料理はからきしだめだ。裁縫などは比較的得意だが、料理に関して、もう作るな、とあのロイにすら言われてしまえば、向いていないと嫌でも分かる。原因は、彩を重視しすぎて味に頓着しないところにあるかもしれない。


 温かい薬湯をありがたくいただきながらそんなことを考えていた。苦味すら、絶妙な味を織り成す風味のひとつとなって溶け込んでいて、やっぱりおいしかった。

「うまい。なあ、シライ、きっと将来はロイに似ていいお嫁さんになれるぞ」

「ロイ兄ちゃんに似るのはともかく、それはうれしくないよ、フィー」

 困った顔をするシライはかわいい。男の子だなあ。

「…フィー、僕もシライも男だよ。フィーなら貰われてもいいけど」

 やってきたロイに冗談交じりに苦笑された。細身な彼だが、持久力は私よりもあるのか、疲れた様子は少し見られるものの体を痛めているという話は聞かない。私より年上な癖に。いや、私が若者らしくないのだろうか。

「じゃあ貰っちゃおうかな。でも…ああ、何故私は女なのかな」


 はなはだ疑問だ。嫁よりは旦那になりたいと私は思う。女らしさの欠片もない私だが、巷の女性が一番男性に求めるという経済力なら自信はある。

 私と逆に女性らしいといえばレオナ。彼女の方が私同様に初心者とはいえ、踊りなどは得意だったかもしれない。そんな気がする。というか、レオナの阿呆。彼女のさぼり癖をこんなに怨んだことはかつてない。レオナがもし、遅寝早起き、毎日出勤の優秀な店子だったら、彼女こそロイの練習相手になっただろうに! そうしたら、私はいまだかつてないほど疲れたりしなかった…。

 まあ、これが八つ当たりとは分かっていた。ロイと踊っていて、何故だかスムーズに動けない自分にいらだっていたのだ。


 思わず溜息がでる。そんな私に、

「意外とフィーって不器用だよね、手先はあんな器用なのに」

 シライが不思議そうに言う。


「細工師は足使わないし」

 苦笑して私はそう答える。足など無くても、両手があれば生きていける。

「そうだね。天は二物を与え召さなかった、か。フィーは体力があるほうだと思ってたけど、見事に筋肉痛になっちゃうし」

「山登りとは使う筋肉が違うからな」

 宝石を採るために時々自ら山には登るし、かなりきついことになる場合もあるが、その時はこんな酷いことにはならない。


 ここ数日で分かった。私に踊れというのが間違っている。

 ああ、だがそれにしたって申し訳ない。

 ロイの足にあざが出来ているだろうことを思うと。


「ごめんな。ロイの足踏んでばかりで、私本当に役立たずで」

 謝ると、ロイは首を振って微笑んだ。

「平気。無理通してるのはこっちの方だし。フィーはよくがんばってるし、最初の頃よりステップは全然出来てるよ」

「そうか?」

「そうそう。舞踏会までに、フィーもきっと踊れるようになる」

「それを聞いて安心したよ」

 私が踊れるようになってもしょうがないが、ロイの相手役をしっかり勤められるくらいには上達しないと足を引っ張ってしまう。


「フィー、ドレス着ておどらないの?」

 シライが無邪気に聞いてきたが、私は首を振った。ドレス? 何の拷問だ、それは。

 想像しただけで顔が青くなるのが分かる。

「それは無理」

 舞踏会なんて、あんな目立つ場で女とばれようものなら私は死ぬ。というよりあのひらひらを私が纏うって?それは社会的死だ、精神的死だ。そもそも仕事を奪われたら。


 ――私には何もない。


「フィー? じゃあやっぱり男装なの?」

「ん? ああ、ロイよりも女にモテそうなくらいに男前になってみせる」

「ほんとに!? 楽しみ!」

 シライはわくわくしている。がしがしと手触りのいいその頭をかき回すように撫でると、ちょっと嫌がりながら嬉しそうだった。かわいい。





 ちなみに、ロイの見たところでは、フィーは実際踊りのセンスを持っている。リズム感と音感は結構いいし、覚えも早い。ただ、ちょっと足が不器用なだけだ。本人は全くダンスの才覚はないと思っているようだけれど。

 それなのに何故上達に時間がかかるのかというと、彼女は、緊張してしまっているから。ロイと手をつなぐときに。今までには、無かったことだ。ぎこちないその動きが伝わってくるほどに、彼女がロイに対して緊張することなんてなかった。そんなフィーの緊張が、彼としては嬉しいけれど、苛立ってしまう。彼女がそんなことを意識するきっかけが、彼にあると思えないためだ。

 王、ヴィーと呼んでくれと言っていたか。ずいぶん気さくな人だとロイは思った。きっと彼は、いい王になるとも。けれどあの人は、彼女にどんな言葉を言って、彼女にどんな風に触れたのか。フィーと王の騒動についてロイは知っている。噂があって、工房の職人の一人が彼女をからかっていたからだ。からかいをいつもみたいに流さないフィーのその顔はどこか無表情で。

 やになっちゃうよ、やっぱりあいつは嫌いだな、とロイに口の端をゆがめて笑って見せた彼女の顔が、ロイは忘れられなかった。


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