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王と細工師  作者: 骨貝
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83.来訪者

「おい、さっさと出て来い」

 素っ気無い木の扉を叩きながら、アカネの家への来訪者は声を荒げた。先ほどから返答がないため、彼はいらだっていた。

この扉を壊してしまうかと来訪者が思案する頃になって、ぎい、という音とともにようやく扉が開く。


「どうも、こんにちは」

「…お前は誰だ?」


 いやに綺麗な顔をした青年が現れて、挨拶をすると扉を後ろ手に閉めた。白衣の男、アカネが出てくるのを待ち構えていたが、やって来たのは銀の髪をした全くの別人だったので、来訪者は呻くように問いを続けた。


「医者を出せ、家の主が客人に応対しないとは無礼とは思わないのか」

「確かに僕はこの家のしがない居候で、客人をもてなすには不向きかもしれない。けれど来訪する相手によってはそうでもない。あなたこそ、何者ですか」


 その体はこちらの放つ気配に対して強張っているものの、空の淡い色を映したような美しい瞳は、まっすぐと来訪者を射抜いた。


「あなたは人ではない。風の精霊でしょう、それも相当な力を持った。何故あなたは、そんなふうに威圧するような気配を漂わせているのです」


 来訪者はその言葉に目を細めた。


「無論、そちらが滞りなくこちらの言うことにしたがってくれるよう力を示している。…少々妙なところはあるがお前は術師のようだな。それならば分かるはずだ、どんな恩があの医者にあるのかは知らないが、そのために私を阻むなどとても割に合わないことだ、と」

「それは僕が決めることです。ひとまず用向きを尋ねましょうか」


 どういうわけか銀の髪の青年は、来訪者の力を分かっていてなお、退くつもりはないようだった。無謀な振る舞いに多少苛立ったように、来訪者はため息をついた。


「ひかぬと言うか。奴には二三、質問があるだけだ。さあ、退け」

「いやだ、と言ったら?」


 青年は、彼を押しのけて扉の向こうへ行こうとする来訪者を、思わぬ力で留めた。


「貴様、ふざけるのも大概に…!」

 来訪者が激昂すると共に、あたりに大きな竜巻を今にも引き起こそうとするかのような風が渦巻きだす。大気が来訪者の力と怒りにまるでおびえるようにごうごうと唸る。渦中にある青年の銀の髪が煽られて狂ったように舞ったが、顔は顰めても彼はどこか平静な顔をしていた。


「待て」

 どこか疲れた声による制止に、風は収まりだす。来訪者と青年は、扉を再び開けた白衣の男に顔を向けた。


「遅いですよ、死ぬかと思いました」

「ご冗談を。そろそろ私が来る頃だと分かっていただろうに」


 まあ、助かったよロイさん、と続いた言葉に、ロイは少し微笑んで見せた。


「アカネ、か?本当にこんなところで医者をやっていたのだな」


来訪者はどこか複雑な表情でなにやらしまらない風采の医者を見た。医者は来訪者に胡乱な目を向ける。






「どうも、久し振りというべきか。いきなりやって来て、愛おしき我が家を破壊するつもりかね、ご客人。いや、エリアルだったか」

「覚えていたのか」


 ロイは知り合いらしい二人の関係を把握しかねて様子を見ていた。無論どちらも好意的とはとても言い難い。しかしなにより来訪者の名にロイは驚いていた。『エリアル』、それは確かシルフィードの。


 ロイが考える間にも、アカネはいつもの調子で強い力を持った精霊に向かって話している。


「そんなに殺気だって、一体なんのご用だ…ってまあ、おおよそ当たりはつけてるがね」

「ならば話は早い」

「こちらとしては予測が外れていることを願って止まない。一応伺おうか」

「…謀反者の息子はここにいるな。差し出してもらいたい」


 その言葉に、アカネを深く溜息をついて首を振った。


「やはり、手っ取り早く彼の子どもを脅しに使って反乱をやめさせるつもりか。相変わらず短絡的だな、誰に踊らされたんだね?」

「やかましい、ともかく差し出せ」

「断る」


 きっぱりとアカネは首を振った。

 なるほど、とロイは思う。こうなることをはっきりと予想していたから、アカネは先ほどのような行動に出たのだ。

エリアルという来訪者がやって来てすぐ、アカネはポットの説得を始めた。いわく、まず隠れろ、そして決して出てくるなと。アカネが理由をはぐらかすためになかなか頷かないポットに手を焼いて、ロイは時間を稼ぐように言いつかって荒ぶる精霊への応対にまわされたのだ。

エリアルはほぼ間違いなく王族と契約を結ぶ精霊だろう。

 分からないのは、この来訪者が何者かを声と力の気配だけで理解し、さらには旧知の仲であるらしい、『アカネが何者か』だ。ロイは風采の上がらないようすだった白衣の男を見た。

今、その目つきは鋭く、まとう雰囲気が全く違う。…同じ雰囲気を持つ人間を、ロイは一人知っている。


「まだ、君達の元へ向かう彼らが謀反を企むものと決まったわけではあるまいに」

 アカネは腕を組んで精霊と向き合った。精霊は眉を寄せた。


「徒党を組んで武器を持ち、精霊の目を逃れる者など信頼できるか?」

「…仮に謀反だとして。子どもを盾に取るようなやり方で、本当に反乱が治まるか?今は矛を収めるかもしれない、だがこの先は?燃え上がっている、王への不審が和らぐか?」


 その言葉に精霊は黙り込む。


「君が『あの子』を大切に思っているのは分かる。だがそのためだろうと私はそんなやり方は気に入らない。君もあの子もそういう手立ては取らない、そう信じていたし、いたかったがどうやら違うのか?」

「それは…だが」

「ポットを差し出す気はない。納得がどうしてもいかないというのなら、私を連れて行くといい」

「な」

「勘違いするな。昔も今もあの椅子に、欠片も興味はない。だが風と結ぶものの端くれとして、その王に降りかかる火の粉を払うくらいはしよう」

「…分かった。お前が行くというのなら、子供のことは手を引こう」


 できればやりたくなかったがねえ、とアカネはぼそりと呟いて、ロイのほうを向いた。


「そんなわけで、元気でな、旅人さん」

「そんなわけでと言われましても、なにが、なんだか」


 このまま行かせるのは何かまずい気もするが、ついていけばフィーと再び会うのが難しくなる気もする。どうするべきか、迷うロイをアカネは笑った。


「お代はもう十分もらったし、あんたがこの国に付き合う必要はない。ポットや子供たちのことは、ロコがなんとかするだろ。だから、奴らにはよろしく伝えといてくれ」

「ロコって…」


「行くぞ」


 その時、強い風が吹いた。人の形を崩すエリアルが少し見えたが、あまりの風の強さにロイが目を瞑ってしまう。

 再び目を開けた時には、アカネもエリアルも、いなくなっていた。






「ロイ?」


 様々なことをどう処理したものか考えあぐね、とりあえずポットと話そうと家の中に入ろうとしていたロイは、ふと耳に入ってきた声にはっとする。慌てて声の主を探すと、再び女性にしては少し低い、しかしよく耳に馴染んだ声が彼の名を呼んだ。それを追って見上げれば、大きな白い鳥の背に乗って、こちらに手を振る薄茶の髪の少女の姿が見えた。


「フィー!」

「ロイ、無事だったんだな!?」


 相変わらず少年のような姿の少女が、鳥から飛び降りて、積もった雪に足をとられそうになりながらも彼の元へ走ってやって来た。


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