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王と細工師  作者: 骨貝
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81.枯れた花と燃えた村

 早朝の、この北の国の息吹はただひたすらに冷たい。しかしそれにまるで構わないように、白衣の男は村中を歩き回って人を探して回っていた。昨夜やって来た病人が起きてみるといなかったためだ。顎の無精髭を撫でながら彼は目を細めた。


「しまったなあ、もう行ってしまったか」


 独りごちて彼は唸る。


「まあ動けるようならそれはそれでいいんだが」

しかし診療代がな、と言いながら男が踵を返しかけたとき。


「誰が行ってしまったんですって?」

「おや。おはよう」


 朝日を浴びる麗人が、斜に構えて脇道に立っていた。田舎の村の光景にいかにも不釣合いな美丈夫であるが少々顔色が悪い。


「おはようございます。…いくら私が不審であれ、そんな無礼を働くように見えますか」

「これは失礼、ロイさん。もうすっかりお体の具合はよろしいようで?」


 なんせもう散歩に出られるみたいだから、と男が悪びれもせず皮肉を言うと、ロイは顔を顰めて見せた。


「アカネさん、僕のことを探させてしまったのはすみません。けれどそもそも、僕は隣室のあなたの鼾で起こされたんですよ。安静にしていられないほどのすごい音でした」

「ふむ。生憎自分の鼾と言うのは聞く機会がないからその酷さは分かりかねるわな。治しようもないし諦めてくれ。それより何より診療代」


 飄々とアカネは手を差し出してみせる。呆れた溜息をつきながら、ロイは懐を探ると何か取り出して、彼の手に乗せた。その引き起こした感触に、彼は一瞬言葉をなくした。


「それで足りますか」

「…十分」


 一見価値の低そうな指輪のように見える無骨な色のそれは、そこそこの強さの魔ですら、軽く吹き飛ばしてしまいうるほどの力を持った術具だ。風の術師でもあるアカネにはそれがすぐに分かった。その彼の様子に、ロイはほっとした表情をみせる。


「それは良かった。実用重視ですから、デザインはほとんど無いんですけどね」

「まあ実際、この国の中では使わないんだがね。釣りは出せないぞ」


 そう言って、流せばいくらになるか分からないそれを、ぴん、とアカネは指で弾いてみせた。


「構いません。ただ、それは情報料込みと言うことでどうでしょう?」

 返ってきたロイの言葉にアカネは片眉を上げた。


「情報ね。ふうん、まあ私は構わないが聞かれたことにしか答えない。質問は一つだ」


 もったいぶった物言いに、あっさりとロイは頷いた。


「分かりました」

「いいのか?」

「ええ」


 迷いの無い姿勢に、そもそも質問を許さなければよかったか、とアカネは顔を顰めた。面倒な問いが来そうだと感じたのだ。

 案の定、彷徨おうとするアカネの目を真っ直ぐに捉え、ロイは問い一つでぴたりと核心をついて見せた。


「この村、トムソンの近くで精霊が寄り付かない場所がありますね。あそこで一体、何があったんですか」


 アカネは溜息をつく。この青年はどうやら勘がいい、と気がついて。


「私はお前さんを甘く見すぎたか?花の事を聞くかと思えば」

「いえ、一番気になっていたことを訊ねたまでです」


 そう言って、まだ本調子ではない様子でありながらも微笑んで見せる青年に、もう一度溜息をついて見せた後アカネは面倒そうに語りだした。


「そうだなあ。実にいい問いだよ。なんせ、花のこと、トムソンに大人たちがいないわけ、ひいてはこの国で今起きている大きな動きも全てはあの場所に原因を見ることが出来るから。まず、花について話さなければならないかね」

「勿論ただの花ではないんですよね」


 ああ、とアカネは地べたに座り込みながら答えた。その傍の雪が瞬時に溶けていく。風の精霊に加護を受ける彼の周りは周囲より温度が高い。腰はつけずに体が安定すると、アカネは話を続けた。


「まあ、いくらか特殊な花を除くとそもそもこんな年中ひっきりなしに寒いところに花は咲かない。でもずっと、それこそ風の国シンセの遠い建国の日以来咲き続けた花があった」


「契約の証ですか」

 ロイは呟く。契約の証。それはイオナイア国王の冠のように、精霊と人間の間を結ぶ媒体でもある。

「しかし契約の証は人の代表者の身につけるものであったはずですね」

 ロイが首を傾げてみせるので、アカネは頷いた。


「ああ。そっちは女王が身につけているほうだ。花はいわば民によく見える契約の証、この国に加護を与える結界の柱としてこの国の三箇所で咲き続けた。それらの場所でのみ、この寒い国の中で豊かな土地が広がる。三点は王の住処、盗賊の住む森、そして例のシンセの傍だ。昨日、ちょうどそれを結ぶと三角形を描くようになるって言ったっけな」

「…では、花が枯れたというのは、シンセの傍のあの場所ですか?」

「そういうわけだ。もともとは村があった」

「成程」


 風の精霊の守る国において、加護の柱が一つ消えた場所。あの場所で精霊の気配が一つとして感じられないわけとしてはまだ不足している気がしたが、ロイは少し納得した。


「数十年前から花は徐々に萎れ、やがては原因も分からぬまま枯れた。それから土地は荒れに荒れたさ。なぜ、加護が失われたのか?民がその原因としてわが身を省み続けるしか無かったなら状況は変わったかもしれないがね。折悪しくというかなんというか、花が完全に枯れた頃、不吉な噂があった。女王の耳飾は欠けている、と」

「欠けている?」

「女王の耳にある6つの耳飾。正確にはそのうちの3つが契約の証としてあるわけだがまあ、3組にしてバランスを取ったんだろう。そのうちの一組が、今代の女王の耳には見当たらないんだとさ」


 そもそも遠目に見るしかない一庶民にはそうと気付くことなんざ出来ないもんだがね、とアカネは一息ついた。つまり、その噂の出所は女王の傍にあるということだ。ロイが考え込む間にもアカネは話し続けた。


「ついでに、あの土地は風の精霊との契約の柱があったこともあって、あそこに住んでる連中はみんな風への信仰が厚かった。そこに生きる誇りもあって、花が萎れ始めて土地がやせ始めてもそこを離れようとしなかった。花が枯れた時の連中の堪えてきたやるせない鬱憤と絶望が、どこに向かったか、もうお分かりだな」


 間違いなく、風の精霊との契約の証たる耳飾を失ったという女王の責を彼らは糾弾するだろう。悪ければ、反乱を起こす。女王を王たるにふさわしくないものとして。


「こうして村は反女王派の巣窟となりましたとさ」


 淡々とアカネは言う。ふと、ロイは嫌な予感がした。


「…私の通った、精霊の気配の無い場所のすぐ傍には、村の住居の跡が全く見当たりませんでしたが」

「そうだろうとも。…村は、ある日、跡形も無く燃えてしまったんだ。原因は不明とされているがね。それが、あの場所で起きたもう一つの出来事だ。結構最近のことさ」

「トムソンの人々は、そのことを女王の仕業だと考えた?」

「ま、そういうわけだ」


 分かっただろう、とアカネは話し疲れたこともあってか、どこか投げやりな調子でロイを見上げて言った。


「こんなところ早く出て行くことだ」



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