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王と細工師  作者: 骨貝
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80.かすかな追憶

「ヴィー。商談がまとまったぞ、って邪魔したか」


 ロコと話を終えてすたすたと長い階段を降りてきたフィーは、ヴィーと精霊のなにやら真剣な表情を見て立ち止まった。


「いや、構わない」

 そう答えたヴィーに、精霊は少し驚いた様子だったがそのまま静かに姿を消した。ロコのところに行ったのかもしれないとフィーは思う。


「で、何か望みのものは手に入りそうか?」


 ヴィーが訊ねる。


「ああ。本当は盗品でもいいから宝石を貰おうかと思ってたんだけど、ロコは何も持ってないって言うから諦めた。お宝はほとんど全部民衆にばら撒いてるらしいな。だから別のものを貰うことにしたんだ」

「なんだ」

「この国に居る間の宿と、それから情報」


 フィーは簡潔に答えた。


「・・・チットの情報か」

「ご名答」

「なるほど、まあ悪くない取引だな」


 ヴィーの言葉にフィーは頷く。

 何かの情報を、というのはロコの提案でもあった。

 風の精霊と契約している者の集団だという北の盗賊たちは、その気になれば簡単に世界中の情報を手にできるらしい。なにせ風の吹かない場所というのはいくつかの例外を除いてないと言ってよい。問題はその例外が魔法使いの集う国であるということだった。魔が多くたむろしていることもあり、精霊はあまり近づきたがらないその場所にこそ、チットとソラはいる可能性が高い。そこでなんとか無理を通してもらい、冠のありかを探ることをフィーは仕事をする報酬として望み、ロコはそれを承諾した。

 取引成立というわけである。


「それで、何を作るんだ。あの洒落っ気のなさそうな男が欲しがるものとは興味深い」

「花を象った耳飾を作ってほしいと言われた」

「ほう、花の耳飾か。あの男なら似合わなくもない気もするが」

「贈り物らしい。・・・聞けば下手なレトリックだよ。お、ヴィー、呼ばれてるみたいだぞ」


 ヴィーの名を呼び盗賊たちが手招きしていた。

 フィーに促されて、ヴィーは盗賊たちのほうへ向かう。それを彼女は見送った。どうやら彼らと共に居る精霊がおそらく魔の気配を自分から感じるために少し怯えていることに彼女は気付いていた。自分を全く臆することなく歓迎すると言ってくれたジルフェは、おそらく相当高位な精霊なのだろう。とりあえず、怯えるものはあまり刺激しない方がいいと彼女は思った。


 そんな事情を知ってか知らずか、ヴィーはというと、なにやら楽しそうだ。

 共に旅をするようになってからフィーの知ったことだが、ヴィーという人間は人好きする性質だ。王都を出て、彼が王として放っていた威厳というものの存在と大きさがよく分かった。それを取り払うと、やや皮肉屋の面もあるが、快活に笑い誰をも拒まない、存外に人懐こい面が途端にはっきりしだしたからである。そう、ヴィーという人間はいつも楽しそうにしている。今も。


 少しその笑顔に見とれていることに気づいて、フィーは顔を顰めた。ヴィーはたがいなく美しい人間の類だ。それは彼女の好むものであると同時にロイがいたから見慣れているものでもあったのに、どういうわけか最近しばしば目が奪われる。


 フィーは考えていたが、首を振って気を取り直すとこの部屋を出ることにし、自分たちに宛がわれた部屋に向かった。ようやく見慣れてきた幻想的な塔の内部をうろうろとし、目指す部屋に辿り着くと自分たちの荷物からはみ出すものを見て彼女は思い出した。

 はみ出すものは、一冊の日記である。

 猫との約束だ。これを、この地で燃やさなければ。


 暖炉にでも放り込んでおけばいいかとフィーは一瞬思ったものの、これを差し出したときの猫の様子を思い出して溜息をつくと外套を羽織った。もし、自分が予想するようにこれがこの地に縁のある人間の遺物であるなら、きっと外の大地に、風に、触れる場所の方がいいだろう。


 今日はよく運動するな、と思いながら階段を降りて行き、外に出ると案の定寒かった。


 凍えながら懐から取り出した日記をしばしフィーは眺めた。彼女には読めない文字で本の片隅に綴られているのは多分日記を書いた人間の名前だろう。魔は、その名すら明かさなかった。ロイやヴィーは読めたかもしれないが、生憎どちらもこの場に居ない。


「一体、どんな人だったんだろうな」


 これを書いたのは誰で、魔とどんな関係で、なぜ魔が日記なんて本来自分以外の他者の目にはさらしたくないような私的なものを持っていたのか。分からないことだらけだ。フィーは読めない名前をなんとなくなぞってみる。




「イヴ・サントシア・コンラッケ・・・今は亡き逃亡者の名前」

 囁くような声に顔を上げると、いつの間にかフィーの目の前にある梢に風の精霊、ジルフェがいた。


「イヴ?これを書いた人を、あなたはご存知なんですか?」

「ええ。フィー、その日記を見せて」

 イヴのことを知りたいのなら教えてあげるから、と言われて、けれどフィーは首を振った。

「お断りします」

「なぜ?」


 ジルフェは問うように綺麗な弧を描く片方の眉を上げた。


「これを書いた人は亡き者だとあなたは仰った。死者は彼ら自身に関わるあることに対して、もし生きていたらどんなに抵抗を感じることでも絶対に抗議できないから、それが私と関わりのない人のことならば、私にはどうするのが正しいか全く判断しきれません。イヴという人が望んでいたことを私は知らない」

「・・・そう」


 思いの外ジルフェは食い下がらなかった。ただ、じっとフィーを見つめた。


「ならば、フィー」

「ええ」

「ロコに頼まれたもの、必ず作り上げて」


 お願い、とジルフェが言う。


「・・・勿論ですよ。それにしても、」


 フィーは日記に火をつけようとしながら訊ねた。


「本当に咲いているんですか、この寒い国に、あの花が」

「咲いてる。生憎枯れてしまったものもあるけど」

「楽しみだな。ロイなんか花好きだから、喜びそう」

「・・・ねえ、フィー、気を遣ってるの」

「え?」


 フィーは首を傾げる。


「別に何も、」

「魔法を使えば?私は別に構わない」


 ジルフェは、フィーの持つ火打ち金と石を見ていることに気付き、フィーは微笑んだ。

「ああ・・・単なる習慣です。ロイとか皆は術でやってたけど、私は全く力がなかったから、 師匠にこれ貰って以来ずっとこうして火をつけてた。慣れたものでしょう?」

 言葉通り一度打ちつけただけで、その石が金属を削ってできた真っ赤な火花が開いた頁の表面にきれいに落ちて、あっという間に日記は炎に舐められていく。


「あなたは強いから、魔法を忌避しないのですか?」

「私も、単に慣れているだけ」

「え」

「それを寄越したものは、猫だったでしょう」

 フィーが目を見張る。

「ラエルのこと、知って・・・」

「因果なもの。あの魔と、シオンの縁のものがこの危機にこうしてやって来たなんて」


 ジルフェはただ煤となって行く紙片に向かってふう、と息を吹きかけた。すると黒い欠片は銀の煌きとなり空中に舞い上がって行った。まるで浄化されたように。


「イヴ、あなたの導きなのかしら」


 美しい風の精霊はその光景を、遠くを見るような茫洋とした表情で見つめて、それ以上何も話さなかった。


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