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王と細工師  作者: 骨貝
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78.胡散臭い医師


「いた。けど・・・調子が悪そう」


 目を閉じ、柳眉を寄せた風の精霊ジルフェの言葉。

 フィーはそれにびくびくとしている。


「あ、倒れた」

「え?倒れた!?」

 フィーはジルフェの一言に真っ青になって、ぎゅ、とその腕につけた猫目石の腕輪を握り締めた。王都にて彼女の知己に渡されらしく、先日ロイが術具にした一品だ。


「生きてはいるみたい」

「本当に?」

 彼女はほうと胸をなでおろすと表情を緩めた。しかし変わらず眉を寄せたままのジルフェの表情に気付いて顔を顰める。


「ええ・・・でも」

「でも?」

 不安げに問いかける顔は泣きそうだ。


 フィーが一言一言にころころ表情を変えているのをジルフェは半ば面白がっているのにも気付かないで、彼女はただ一心にその言葉に聞き入っている。余程ロイが心配なのだろう。少なくとも生きていると言っているというのに。なるほど、一応こちらも旅仲間としてロイを心配するのも分かるし、フィーを見ていて面白いのは確かだがその過剰な心配ぶりがなんだか気に入らない。だからジルフェがロイの安全を確信した上でフィーをからかっているらしいことに対して口を挟まず、彼女を眺めていた。


「引き摺られているような」

「な!?」

「雪の上だから大丈夫じゃない?」

「まさか引きずっているそいつがロイに何かしたんじゃ・・・」

「多分そうではないと思う。相手は子どもだしね」

「子ども?まさかロイ、発作で・・・ジルフェ、ロイは一体どこにいるんです」


 その問いかけに初めて、ジルフェの顔から芝居めいた調子が消えた。人では考えられない薄い色の目を開くと静かに一言だけ言った。


「あまり良くないところ」


「それは、どういう・・・」


 フィーが聞きかけた時、がやがやと人が入ってきた。フィーもジルフェへの質問をやめて、思わずといった様子で口を閉じてそちらを見る。それほどにぎやかだった一行には、筋骨隆々とした壮年の男から年若い乙女も見えた。皆一様に、肩に白い『小鳥』を乗せている。彼らはこちらを見て、おや、と見事に揃って首を傾げると一斉に喋りだした。


「なんだなんだ」

「侵入者か?」

「いや、それにしちゃあ普通にジルフェさんと喋ってるでしょ」

「は、そうか!分かった、新入りだな。この濃厚な術力の気配!」

「おお、人手不足が解消するな」

「ふむ、素晴らしい」

「ええ?ただのお客様じゃないの」

「いやいや、かしらの拾い物かもよ。どっかに転がってたのをついうっかり、ってさ」

「ああ、よくあるもんね」

「で、結局」


「誰だあんたら」


 新たにやって来た盗賊たちは口を揃えてそう訊ねてきた。・・・どうやらまた一から説明しなければならないらしい。







「・・・だから、こいつは術師だっていってんだろうが。見ろよ、ライチが懐いてるだろ!?」

「だが。ならば何故、契約したおもたる精霊がこんな状態の彼についていないのだろうかね」


 声を潜める気もない様子の2人の会話に暗いところを漂っていた意識が引き戻された。一人はどうやらポット、みたいだけどもう一人は何者だろう。ポットの苛々とした声を受け流すように話すのは、淡々とした低い男の声だ。


「んなの知るか!!本人に聞けよ」

「だって今死んでるしなあ、この人」

「いや、勝手に殺すな!息してるだろ一応」

「え、分からないよ?こうしている間にも彼は儚くなっているかも。・・・なあんて、ものの例えだよ、睨まないでくれ。ちなみに助からなかったら君はどうするのかね」

「・・・死んだ時は死んだ時だ」

「相変わらず素直じゃないねえ。ケツも青けりゃ、お優しいポット君。本心じゃないくせに」

「うるさい」


 ゆっくりと重たい目蓋を開くと、視界にまずこちらを覗き込む白い鳥の姿が移った。


「ライ、チ」

「ぴぴぴ」

 僕はその白い姿に手を伸ばした。この小さな精霊を、手を上げて撫でることができるくらいには力が戻っている。

「看ててくれたの?」

「ぴー」

 その背を撫でる僕の指に心地よさそうに目を細めながら、こくりと器用にライチは頷いた。

「そっか。ありがとう」


「さて、麗しきお姫様。起きたのかね」


 その言葉に、浮かべていた微笑が無意識に強張る。ベッドの上でまだ起き上がることはできず、首だけ声の方に巡らすと、若白髪のまじった茶色の髪を適当にひとまとめにした男の姿があった。この薬品の匂いの充満した部屋の中白衣を羽織っているところからすると、医者だろう。


「ええ、お蔭様で」

 努めてにっこりと言うと、相手は面白そうに笑った。


「口元が引きつっているぞ?心配ない、絶世の美女に見えても男には興味がない。それにお礼を言われる覚えはないな、このようにポット君をその魔性でどのように誑かしたものか伺いたかっただけだから」

「俺は誑かされたわけじゃない、脅されたんだ!!」


 その通りだけれど、ちっともこちらの援護にならない言葉を叫ぶポットはというと、どこかぐったりしている。皮肉屋そうなこの医者と話していた所為というばかりではなさそうだ。


「まったく。大変だったんだぞ、お前運ぶの・・・」

「そうそう、君より回復は早かったが、随分遠くから引き摺って・・・いや失礼、運んできたせいで体力のないポット君はさっきまで倒れていたのだ。本人には不幸としか言いようのないお人よしぶりだが君としては僥倖だっただろう」


 力なく呟くポットの言葉を医者は補ったつもりだろうが、少年は医者を睨みつけていた。・・・今いるこの部屋は赤々と暖炉の火に照らされている。律儀なこの少年は出会いがしらにぶしつけなことを頼んだ僕を、わざわざ引きずってまで注文どおりの暖かな場所まで連れてきてくれたのだ。


「そうですね。心から感謝する、ありがとうポット」

「・・・ライチがうるさかっただけだ。調子戻ったらさっさとここから出て行けよ、ロイ」


 欠伸をしながら医者と並んでベッド脇の椅子に腰掛けていたポットが立ち上がって部屋を出て行くと、ぱたぱたとライチが羽ばたいて少年を追った。


 部屋に残った医者は、それをひらひら手を振って見送った後、こちらに向き直った。


「照れちゃってまあ、可愛いもんだ。なあ、ロイさん?」

「あなたと違って、ですか。刃を仕舞ってもらえますか?僕は今抵抗する力もないのですから、それほど警戒していただかなくて結構ですよ」

「おや、ばれていたかね」


 風の力で見えぬ刃を僕の顔面すれすれに浮かべていた白衣の男は、悪びれもせず胡散臭い笑みを深めると、刃を消した。


「いや、まるで降って湧いたかのように不審な人間をいかに弱って優美な姿をしていようが警戒しないわけにはいかなくてね。しかもただの術師じゃあないようだし」

「・・・あなたもただの医者とは思えない。もっと長く目を覚まさない覚悟をしていましたが、私に毒の中和薬を飲ませましたか?あなたは相当強い術師でもあられるようですね」

「いやあ、遠慮なく天才と呼んでくれていい」


 術力を殺す薬に抗って無理に力を使った所為で倒れたため数日間は目覚めなくてもしょうがなかった。この回復の速さは元来毒であるいつも飲んでいる薬を中和するものを飲まされたとしか考えられない。そのような判断を下すにはこちらの持つ本来の力の入れ物たる器を見抜くだけの術師の力量と薬の知識がいる。天才かどうかはさておき目の前の男はその双方を持っているらしい。


「毒は消しきらなかった。勿論、弱らせたまま話を聞くつもりだったわけだが、お前さんとしても完全に覚まされると困るんだろう、その力は。・・・おっそろしいな、お前さんは化け物か」

「いろいろ事情がありましてね」


 日頃ならあるいは胸の痛むような侮辱も、あまりにあっけらかんと言われるとそこまでいやな気持ちも起こらないものらしいと知った。それにはこの男自身がちらともこちらに怯えてないことも手伝っているだろうけれど。


「あなたも、そこまでこちらのことを分かりながら僕を助けてくださってありがとうございます。・・・仮に化け物としても生えている鋭い牙は持ち腐れなものですから、僕のことは非力で哀れな仔兎の様なものと思ってくださると有難い」

「まあ、今なら確かに一ひねりだな。・・・で、ロイさん、お前さんは何でこんなところに?どうやって?」

「仲間と共に風の精霊の長を訪ねてきたのですが、彼らとははぐれてしまいました。ここへは飛ばされてきたというのが近いかな」

「・・・ふうん?」


 納得はいっていないようだが、それ以上説明のしようもない。かといって一応は恩人を謀るのもあまり気が進まない。


「まあ、悪者でもなさそうだが」

 こちらが最早語ろうとしないのを見てとって、諦めたように白衣の男は溜息をついた。


「・・・あなたは、何者ですか。ここは?」

 僕が問うと、面倒そうに彼は顔を顰めた。


「俺は運悪くこの町中の連中に子守を任せられたただの天才医師、アカネだ。ここは、この国の名所の盗賊の住む森と王の住処に対してちょうど三角形の一点を描くようなとこにある辺境の町トムソンの私の家兼診療所さ」

「町中の?人々はどこへ」


 引っ掛かりを覚えて訊ねると、彼はにやり笑った。


「さあて?そろいも揃っておんなじ愚行を企んでいたのは間違いない。私は反対したんだが」

「愚行?何かあったのですか」

「花が枯れたのさ。・・・まあ、余所者は他人のことを気にせずに養生して、さっさとこんな町出て行くこった」


 謎かけのようなことを言ったあとアカネは笑って白衣を翻し、部屋を出て行った。


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