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王と細工師  作者: 骨貝
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77.少年と小鳥


『…イナス…ロイナス、目を覚ませ』


 声がする。


 ああ、冷たい。寒い。いや、どうでもいい。

 心地よかった。このまま、眠ったように何もかも、終わらせられるなら、悪くない。そんな気分だった。


『ロイナス?』


 放っといて。

 もう、疲れた。身の内に眠るものを抑えるのにも。人を見世物のように眺める視線にも。もう。


『死ぬのか?フィーを、遺して…?』


 フィー。

 誰だっけ。


 刹那、小さな少女の姿が浮かんだ。母の後ろから、恐る恐るこちらを覗いた、薄い茶色の髪をした小さな少女。

 やがて、少女はしなやかに背を伸ばし、少年のようになり、凛と背筋を伸ばし、真っ直ぐこちらを見て笑いかけるようになる。


「フィオ、ナ」


 唇は自然と動いて名を呼んだ。手は、自然と求めるようにそちらへ動いた。彼女を、知っている。

 …想って、いる。


『…起きろ』






 ぱちり、と目が覚めた。


「フィー?…ヴィー?」


 一面の雪の中起き上がる。うっすら開けた視界の中に、彼女の姿はない。あの国王の姿もだ。ひどくぼんやりする頭を振った。雪が自分の体に積もっていたのを見て、下手すると凍死する寸前だったことを知ってぞっとする。


 何故だか知らないが、目が覚めてよかった、と心から胸を撫で下ろした。


 しばらく動き回ってみた結果、どうやらはぐれたらしいことを知る。ラエルが失敗したのだろうか。あの性格なら故意にそうしていてもおかしくはない。むしろ嬉々としてこういう嫌がらせをしそうだ。…まあ、単に失敗しただけかもしれないけれど。


 感覚を研ぎ澄ます。


 遠くに感じる力強く張られた風の結界の感じからして、風の精霊の住まう国シンセには違いない。一安心だけど…どうしたものかな。

溜息をついた。

 フィー達がどこにいるか分からない限り、下手に動いてすれ違いになるのは避けたいところだが、ここにずっといたら凍え死ぬ。おあつらえ向きに荷物もない。踏んだり蹴ったりとはこのことだろう。しかもここは、精霊の気配がなく、ただいやな気配がある。


「戦場跡か…それとも流行り病で見捨てられた場所、かな?」


 精霊はそうした穢れた場所を基本的に嫌う。時が経ち、それらの生々しい記憶が人々からも薄れたころになってまた彼らはその場所の再生に力を貸す。文字通り死も病も風化させていくのはまず風だから、その気配すらここにないと言うことはかなり最近何かがあった場所だろう。屍鬼は出ないだろうけれど、雪に隠されてあるものを考えるとあまり居たい場所ではない。


 剣はかろうじて身に着けたまま。いくつかの装飾具も、そこそこに強い術具だ。いざとなれば売ってもいいし役には立つ。もっとも売る機会があれば、の話だが。とりあえず、一番近い精霊の気配がする方向へと歩き出した。抑え込んでいる力を半ば無理やり引き出したせいで頭がずきりと痛んだが、今倒れるわけにも行かない。


 外界から孤立しきった、と言っても過言でないシンセに関する情報は少なく、風を崇める王国であることはよく知られているが地理といい風習といい情報が少ない。実際どれくらいの人々が暮らしていて、どのくらいの規模の町や都がいくつ存在するのか正確には分かっていない。島というだけあって動き回るのに絶望的に広いわけではないが、ここから離れて精霊の力を借りてもフィー達を見つけるのにどれくらいかかるかまったく検討がつかない。何度か見かけた記憶のある、『あの』ジルフェにでも会えれば…彼女ならこの島中探すことだって無理ではないはず。だけど、彼女は気まぐれだし、この国にいるかどうか。


 考えながらしばらく歩いてようやく、少なくとも、精霊の気配がするところまで辿り着いた。しかもそこではありがたいことに人の足跡が連なって道を作っていた。


「よし。まず、町を探さそうかな」

 頭が痛む。一息つこうとした、途端。


「…何者!?」

 突然向けられた敵意に驚いて構えた。


「ん?」

 どこから現れたものか。よく見ると、相手はシライと同じ年恰好の少年だった。金の頭に可愛らしい白い『鳥』が乗っているのが愛らしい。ふう、と思わず抜いた剣をしまう。相手の少年はナイフを持ったままこちらの態度ににむっとした様子でぎっと睨んできた。


「この、気配。容姿。エルフ族…いや?なんなんだ、お前」

 苛々と問われる。

「…一応、人間だけど。君は?」


 静かに応じると、シライと同じくらいの年恰好の少年は、強く警戒した様子で一歩こちらから離れてから叫んだ。


「そちらが名乗れ!侵入者!!」


 ふむ。とりあえず余所者っていうのは、やっぱり分かるのかな。


「僕は、ロイナス・エルファンド。今は旅する術具師、かな」

「術具?」

「そう。ほら、こんなふうに」


 す、と指から指輪を抜き去ると、少年は目を丸くした。


「か、髪!?その、色!!なんで…」

「うん。幻術を使ってるんだ。この髪の色はいろいろ目立つから。これでも精霊術師の端くれです」


 にこ、と微笑むと、彼は顔を赤らめた。


「…か、顔がちょっといいからって笑えばぜんぶ誤魔化せるなんて思うなよ…って、痛い、痛!!何すんだよ!?」


 つくつく、と少年はその頭から降りてきた白い鳥につつかれて抗議した。


「ほら、君の精霊は僕のことを『いじめるな』、って」

「な、んだと!?」


 ピーピー、と『鳥』は鳴いて答えた。

 そして、ふわふわとこちらに飛んできて、僕の肩に止まる。撫でてやると目を細めた。可愛い。


「ライチっていうんだ?ふうん、彼につけてもらった名前なんだね」

「ぴ」

 白い鳥は誇らしげに胸を張った。


「ライチ!?…おい、お前!ライチを放せ!!」

 慌ててライチを取り戻そうとする少年をひょい、とかわすとにっこり笑って僕は彼を見下ろした。


「ロイでいいよ?ポットくん」

「な」


 少年は凝固した。


「だってライチがそう言ってるから。違った?」

「…ポットで、あってるよ。畜生」


 少年は脱力した。


「君付けするな、気持ちわりい。ポットと呼べ。お前、ロイ、確かに精霊術師の端くれらしいな」

「そう。君より力の強い、ね」

「ぐ」


 彼はまだ精霊の言葉を聞き取れていない。だから明らかに僕よりは力は弱い。それを彼も分かるから反論してこない。最も、かなりライチに愛されてはいるようだけれど。裏表のなさそうな、いかにも精霊にすかれそうな少年だ。術力の器も結構大きい。でもまだまだかな。


「ねえ、ちょっと助けて欲しいんだ、ポット」

「術師に悪いやつはいないって言うけど、誰がお前みたいな妖しい奴、」

「頼むよ」

「い、いやだ!」


 ぷい、とあらぬ方向を向かれた。頑固な。なんだかなんとなくフィーを思い出す。だから、あんまり意地悪したくなかったんだけど、しょうがない。


「…誘惑しちゃうよ、君のライチ」

「え」


 僕はライチに向き合った。そのつぶらな赤い瞳と目を合わせる。


「ねえ、ライチ。僕と契約しなおすっていうのはどうかな」

 そっと鳥の顎を撫でてやりながら訊ねる。

「ぴ、ぴ?」


「僕はポットより術力も強いし、君に似合う素敵な細工だって作れる。どう?」

「…ぴ!!」

 いい返事だ。


「『…いいかも!!』、ってさ」

「う、嘘だ!!お、俺の方がいいよな、ライチ?」


 ライチはポットからつん、と顔を背けた。ポットは真っ青になった。


「…ら、ライチ?」

「ほら、どうする?」

「く、わ、分かったよ。何して欲しいんだ!さっさと言え!!」


 ありがとう、助かるよ、なんせ、


「ちょっと今から、気を失うから暖かいところで介抱して、ほし、」


 それきり意識を失った。


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