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王と細工師  作者: 骨貝
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74.シンセ到着


天蓋つきのベッドの中で対峙する、二つの黒い影。

しかしその間に色めいた情は見られない。

一方はなにせ刃を構えており、他方は今目覚めたといった様子だった。自分に向けられたらしい刃を見てもちらとも動かなかった影は、ただ、もう一つの影を見上げた時初めて表情を動かした。見上げられた刃の持ち主は、相手の顔に浮かんだものに絶句した。


「悲しいの?」


 刃を携えた影は、あまつさえ己に手を伸ばしてきた相手から逃げるように立ち去った。






「お頭!」

「なんだい、ドン。寒いねえ、今日は」


 厳つい様子の如何にも山男、といった男にお頭と呼ばれた年若い青年は、なんだか見ているだけで微笑ましくなってくるような人物だった。そのふんわりした白い髪と白い肌は雪に同化してしまいそうだ。降りしきる雪にほっぺたと鼻の頭を赤くして、きらきらとその灰褐色の目を輝かせて空を仰ぐ様は子どものよう。散歩と称して吹雪の中思うままにふらふら歩き回る様は、青年の部下たちの不安の種だったが青年は頑として周りの言うことを聞かず、雪が降るたびうろうろと楽しげに歩き回っていた。


「いや、お頭、今日に限らずシンセは年中寒いですけど・・・じゃなくてですね。今見張り台の奴がいきなりよその人間が空から降ってきたって言ってるんで俺はお頭にご指示を仰ぎに来たんでさあ」


 崖っぷちなど、何を好き好んでこのお頭は歩いているのかとドンは頭を抱えつつも報告をした。


「はあ?鳥もなしにか?」

「そうです」

「どうやって来たんだろう。不思議な話だなあ。ねえ?」

「・・・とりあえず振り向いたまま歩かないでください、って、あ!!お、お頭!!」


「あ」


 白い髪の青年は地面の無い空中に足を出し、そのままこれ以上ないほど見事にまっさかさまに遥か遠くの地面目指して落ちていった。


 残された男は一瞬あっけに取られた後絶叫した。


「うああああ、お頭ぁ!!!?…そうだ!ジ、ジルフェ様助けてください!!」


 すると男の横に、いかにも無気力そうな美人が唐突に現れて、ふ、と笑った。いや、人ではない。今は手の形をしているが、そこに先ほどまで収まっていたのは翼だった。人に擬態した人ならぬ彼女は青ざめてすがり付いてくる男をひょいとかわすと冷たく言い放った。


「放っとけばそのうちなんでもないふうに登ってくる。心配するだけ無駄でしょ」

「そんな殺生な!!」




 お頭と呼ばれた青年、ロコ・マルシェ。ただいま人生において幾度目になるか分からない走馬灯を空中浮遊しながら眺める羽目に陥っている彼は、昔からついていない人間である。






「ってて…」


 この時間なら普段は全くの無人である雪原と化した海辺で、雪塗れで立ち上がる者が、1人いた。


「ん?」

 フィーである。


 きょろきょろと辺りを見回して彼女はどうやら魔法が上手く行ったらしいことを確認した。


 片方には海、片方には断崖絶壁。降りしきる雪。

 イオナイアでも今の次期見られそうな光景だが、一つだけ違うものがあった。

 まず、イオナイアではずっと感じていたラエルの力を今のフィーは感じない。それに。


「・・・よく分からないが、術力の気配が濃いような気がする。魔力では、無いな・・・。ここがシンセなら、これが風の力か?」


 未だ術力も魔力もその扱いが未熟に過ぎる彼女には、はっきり力が見えるわけではないが、そんな彼女でも捉えられるようなひっきりなしに渦巻いて吹き付けてくるような透明な力があった。


 とりあえず一人ごちていてもしようがないので、ヴィーかロイに確認しようとした彼女は、二人の姿が無いことに気付いた。


 仕方なく崖沿いにしばらく歩いて、彼女はようやく地面から伸びている2本の腕を見つけた。すこしぎょっとしつつも辺りをよく見ると、もう少し進んだ先にも足が一本でている。


 ・・・彼女の旅仲間の二人を発見したようだ。

 無事目的地に着いたのはいいが着地はどうやら失敗したらしい。


 この移動の魔法に自信満々な様子だった魔を呪いつつ、思いがけない面白い光景に笑いをこらえながらもフィーはまず手前の腕から引っ張り出そうとした。


「お、も・・・」


 予想よりも遥かにしっかりとヴィーだかロイだかは埋もれていた。それを呻りながらどうにか引っ張ると、途中からその人は自力で這い出してきた。


「げほっ・・・ああ、フィーか。助かった。死ぬかと思ったぞ」


 黒い髪についた雪を払いながら、雪から出てきた青年は顔を顰めた。実際この英雄がこんなところで死んだらなかなかのお笑い種になるだろうと思いつつ、フィーは言った。


「ヴィーの方だったか。無事みたいだな」

「・・・ロイは?」

「ん、多分あれだ」


 フィーの指差した方角にある、雪原から生えた一本の足にヴィーは遠慮なく大いに笑った。


「くっ・・・はは、奴に惚れ込んだ乙女が見たら泣くな」

「どうかな?喜んで助けだして貸しにするんじゃないか?」

「・・・それはそれで怖いな。というか、助けてやら無いのかフィー」

「そうだった」


 そうしてロイのものであろう足を目指して近づいていくにつれ、フィーはふと違和感を覚えた。


「・・・靴が、違う」

「は?ああ、そういえば確かに」


 雪から飛び出した足にある皮素材でできた靴はロイのしていた靴と色は同じだったが形が明らかに違った。


「ロイじゃ、ない?」

「・・・とりあえず、引っ張り出してみるか?」


 二人で顔を見合わせて頷きあい、ヴィーがその足に手をかける。


「よ、っと」


 ヴィーによってあっさりと片手で引きずり出された青年は、明らかにロイとは違う真白い髪をしていた。彼の気絶した整った顔には、どこか天国に召されでもしたような幸福そうな色すらあったが生きているようだ。とりあえず青年についた雪を払ってやって崖にそっと寄りかからせた後、2人でロイを探して辺りを見回してみたがそれらしい影は見つからず、2人は一旦諦めることにした。


「いないな。

・・・それにしてもこの男は崖から落ちたのか?その割に傷一つ負わないとは運がいい・・・フィー?何してるんだ?」


 フィーはというと、自分の荷を漁っていた。


「気付け薬を探している。この男をこのまま放っとくわけにも行かないだろう?確かロイが入れていたはずなんだけど」


 フィーがようやく気付け薬を見つけて嗅がせると、男はぱちりと目を見開いた。


「あ、れ?ここは」

「大丈夫か?」


 フィーがそっと覗き込むと、彼女に焦点を合わせた灰褐色の目はある一点で止まった。


「うわ!それ、フィオレンティーノの耳飾じゃないか!!!?」

「え?あ、ああ。そうだが」

「え、ねえ、君よく見たら指の奴もそうじゃない?ひょっとして彼の知り合い?紹介する気は!?僕、彼に頼みたいことがあってさ!」


 がしりと手をつかまれて目を白黒させるフィーを哀れんだのか、ヴィーが二人を引き離すと言った。


「・・・とりあえず、お前は誰だ?」


 その言葉にはっとしたように我に返ったらしい青年は、頬を掻いた。


「あ。ごめんなさい。つい興奮しちゃって助けてくれた人にとんだ失礼を。僕はロコ・マルシェ。職業は・・・」


「お、お頭ぁ!無事だったんですね!!?」

 青年の言葉を遮るようにして、いきなり青年に飛びついてきた塊に彼は哀れにも潰された。

「ああ!お頭!!?」

 ロコと呼ばれた青年は、再び気を失ってしまった。






「・・・聞くが、そいつは何のお頭だ?」


 熊のような男に涙ながらに肩を掴まれ激しく揺さぶられても、一向に意識を戻さない白髪の青年を眺めながらのヴィーの言葉に、熊男は激昂した。


「ふざけてんじゃねえ、シンセでこのお頭を知らないとは言わせんぞ!!見りゃ分かるだろう、他に類を見ないこの白い髪の持ち主といったらただ一人、北の盗賊の頭に決まってんだろうが!」


 その白い髪を見せ付けるようにしようという意図はわかるが、熊男に襟を掴まれている青年は息が苦しそうだな、と思いつつも助けはせずにフィーは尋ねた。


「北の盗賊って?」


 あまりにきょとんとした様子のフィーに、熊男は驚いた様子だった。


「知らねえってのか!?・・・そうか、ひょっとしてあんたらが侵入者か?」


 ああ、とヴィーが頷いた。


「お言葉通り俺たちはよそ者だが、別に悪意はない。それに北の盗賊なら知っている。

 大陸中至る所に現れる神出鬼没の盗賊集団で捕獲が極めて困難。理由はその腕と、義賊と呼ばれるだけの人徳にあるとされるな」

「おお。よく分かってんじゃねえか」


 熊男は照れた様子で笑った。


「まあ実際捕まらないのは、この地を拠点にしていることと…なにより風の精霊の加護を受けているからというのが本当のところ、そうだろう?」

「な!?」

「シオンって知ってるか?」

「そりゃ知ってるが。伝説の盗賊じゃねえか」


「俺の祖父だ」


 ヴィーがこともなげに言った言葉に熊男は絶句した。


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