8.招待状
「ぶとうかい?」
その単語を聞いたとき、思わず同音の別の言葉が私の頭に浮かんだ。このロイがそれに招かれたって事は、つまり。
「戦うわけ?」
「言うと思った、踊るんだよお莫迦さん」
「ええ!?」
嵐はひとたび吹くだけじゃ気が済まなかったらしい。工房が戦場のように稼動している最中のお昼休みに、それはまた来襲した。みなお昼をばらばらに取っている今、ロイと私しか食堂にはいない。
「ああ、『舞踏会』。招かれるなんて凄いじゃない、えらくなったね、ロイ。なあどんな衣装がいい? 私選んでいい? シライは?」
「フィー、他人事じゃないよ」
「なんで」
「君宛にも招待状は来ている。というか、多分僕に来た方がおまけなような気がする。
あらゆる職の中からそれぞれ随一の才能のあるものとその雇い主が招かれるみたいで、細工は家の工房の君が選ばれたってわけ」
「げ。断ろうよ…」
精霊国随一の細工師と見なされたのは、正直とても嬉しい。しかしそんな晴れ舞台に立つと、男と偽る身としては危険ばかりが増す。顔を見せる相手はこれでも最低限に絞っているのだ。戴冠式のときだって、観衆には背を見せるように、死角に入るように立ち回っていた。それに舞踏会には、王がいる。会いたくない。
そんな私のことをロイは心配そうに見つめて、けれどこう言った。
「フィーの事情を考えると、断りたいところなんだけどね。でも、ばれる危険は増しても、これはチャンスなんだ。国内からしか客がいないならちょっと参加は迷うところだけど、今回、国外の賓客も招かれるっていうから。その意味するところは分かるね」
…成程。工房の名をさらに売り、うまく行けば他国の王室の御用達になれるチャンスというわけだ。断れば、おそらく次点の細工師の工房に声がかかり、そこが旨みを得ることになる。それは認めるわけにはいかない。
「分かった。お金のためだな」
「ごめん。当日はばれないように僕も気を使うから」
弱っているロイの笑顔に私は弱い。平気だって、と頼もしく頷いておいた。しょうがない。それに第一、王様がわざわざ私に構う時間ははっきり言って0に等しいだろう。これは彼にとって、顔見せであり顔合わせであり腹の探り合いであり、遊びに費やす時間はない…はずだ。間違いなく。
「ねえ、フィー」
いろいろ考えて、自分を納得させていると、ロイの不安げな声がした。
「なんだ?」
「舞踏会で、踊れる?」
「ははっ、ご冗談を」
平民の祭りの踊りなら踊れなくもない。あくまで男性役のだけど。
「だよねえ」
「ロイは?」
「舞踏会までの期間で多分出来るようになるよ。まあ、付け焼刃になるだろうけど」
ロイ、その器用さをどうか私に分けてください。
「フィーは……どうしようか」
「練習、する暇があんまりないな」
現状、工房は殺人的に忙しい。ひっきりなしに来る注文は、細工師たちに食事と睡眠以外の時間を許さない。普段は気ままに好きな細工を作っているフィーも、例外ではない。ロイは言った。
「多分踊ることなんてないと思うんだけどさ。僕たちが踊りの輪に入る意味がないしね。どうやら、展示の周辺で宣伝したり説明したり実演したりが主な仕事らしいんだけど」
「じゃあいいんじゃないか?」
手が空きそうなロイはともかく実演で細工を作らされるなら私に暇はない。そうだ、ロイが踊るのは宣伝になるかもしれない。なにせ、この顔だし。
「ロイだけやれば?」
「だけどね」
相手がいないと練習し辛いのだと彼は言った。
確かに市井のものに本格的なダンスのお相手は願えない。ならば、相手はご令嬢であることが望ましい。そうなると、見目麗しいロイならば喜んで教えてくれる貴族令嬢も一杯いそうなのだけれど、練習時間が早朝と夜しかない。そんな時間に女性の時間を拘束すれば、下手すると彼の命に関わる場合もあるわけで。妥協して、踊りのセンスのある平民の女の子を選んだって同じことだ。
「そんなわけで、申し訳ないけれど、本当に悪いんだけど、フィーにダンスの相手になって欲しい。無理にとは言わないけど。駄目かい?」
と、私はロイに頼まれたのだった。あの弱った笑みで。水色の瞳は潤み縋るような色を湛え、柳眉は悲しげに垂れ、桃色の唇はすまなさそうな弧を描く。そうされると断れないと知っているんではないかと疑いたい。くっ…
私は一生懸命彼から目をそらそうとしたが、結局、その抵抗は長く持たなかった。
どうしても、吸いつけられるように、宝石のような美しい瞳を見てしまう。そして、気付くと私は、「いいよ」と答えていたのだ。
かくして、ロイと私のダンス特訓の日々が幕を開けたのだった。