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王と細工師  作者: 骨貝
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72.セネカと


「そう怒鳴るな」

「…怒鳴って当然だろう。細工師に向かってなんて事を言うんだ」


 くつくつと魔は笑う。それを相手に、フィーは眼光を増した。


 ラエルは肩をすくめてそれを受け流した。


「ただの冗談だというに。そんなものを我は喰えないしな、残念ながら。まあ、奪うことはできるが我は喰えぬものにはさほど興味が湧かん」

「笑えないな。それを条件にするくらいなら、いっそこの両足を差し出す。或いはいずれかの感情でも構わない。それなら魔たるお前は喰らえるだろうよ」


「そんなに細工の才が重要か?」


 ラエルがふざけて出した条件は、フィーの細工の才能を差し出すこと。


「…私にはそれが全てだ」


 フィーの声は震えた。もしそれが無くなったら?自分に何が残るというのか。それはおそらく心を無くすことなどより余程つらい。フィーは自分の才を失うことを想像しただけでも身が捥がれるような気分だった。細工を作る時間を、細工を生む自分を、出来上がった細工を、細工を喜ぶ人々を、それを見る瞬間を、なにに代えても失うことはできない。


 そんなフィーをふざけていた調子をなくして静かに見つめ、ラエルはどこか哀れむように、或いは唾棄するように言った。


「竜に捧げる才などと。言っておくが我が気に入るのは主の美を作る腕ばかりではない。主に仕えようと思った最たる理由とて別のものだ。才能?そんなもの魅力的であろうがたかだかお前の一面だ、それが全てに代わるなどとつまらぬことを言うな」

「なにを」

「…まあいい、別の条件で明日望むようにしてやろう。とりあえず今日は寝る」

「おい」


 ふ、と猫の姿になると言葉通り魔はフィーのベッドを奪ってさっさと眠ってしまった。

 聞きたいことがあった。力のこと、歪みのこと、魔のこと。

見かけによらず疲れているのか、起こしてやろうかと抓まんでもつついても、丸まった虎猫は起きる気配がなく、フィーもどさりと横になった。

 明日、聞けばいい。元からずっと眠かった彼女もすぐに眠りについた。






「…寝てるな」

「寝てるね」


 男2人で走ってこの部屋に戻ったにも関わらず、そんな人の気も知らぬ様子で一人と一匹は穏やかな寝息を立てていた。フィーはどこかあどけない顔をしている。ヴィーとロイの二人は揃って溜息をついた。


「こうして見ると、フィオナは幼い」

「本人の了解も取らず触らないでね?」


 無意識にフィーに伸ばしかかった手は、ぱしりと天使のように微笑むロイに払われた。ここに至るまでの道中似たようなことが幾度かあったが、これがなかなかヴィーには痛かった。いつの間にか、フィーのすぐ横で寝息を立てていた魔とはいえ可愛らしくも見える猫は冷たい床へと移動させられている。

 とんだ守護者もいたものだとヴィーは思う。


「相変わらず信用がないな。何もしないというのに」

「どうしたらあなたを信用できるようになるかぜひご本人にご教授願いたいものだ」


「無垢の心の持ち主になれ。お前が妄想するほどに俺は淫蕩な性質ではないぞ」

「君から無垢という言葉が出るとは。僕の妄想、ね。ただの事実をわざわざ歪めないで欲しいな。あなたの女好きは城下まで広がるほどというのに言い訳をするわけかい?」


「それこそとんだ曲解だ。俺の祖父は聖職者の頂点たる人間だぞ」

「英雄の子は英雄とは限らないものだからね」

「蛙の子は蛙というだろう?」


 ヴィーは言いながらも欠伸をした。ロイもどこか眠そうな目をしている。彼らもまた、疲れていた。


「僕はそもそも貞淑を謳う聖職者に子がいる時点で懐疑的になるけれどね…君と話していると疲れる、フィーも眠ってしまったことだし今日はもう休もうか」


「愛を持つことは誰であれ許されるべきと思うがな。そうだな、休むか」


 やがてその一室の明かりが消されると、部屋は静寂に包まれた。一時の、休息。






 ゆうべ早くに眠りすぎたために、フィーは夜中とも取れそうな早朝に目を覚ました。

 ロイもヴィーも未だぐっすりと寝入っている。フィーがそっとカーテンを開けて外を眺めてみるとやはりまだ日は昇っていない。


 白銀の世界を星明りがうっすらと照らして世界は幻想的だった。

 ・・・と、その静けさの中動く影があった。


「セネカ?」

 小さく呟くとフィーは動き出した。一応自身の剣を取ると、なるべく音を立てないように部屋を抜け出し、階段を下り、外に出る。宿の外では雪が足音を消してくれたので、彼女はさくさくと小さな背中を追いかけ、追いついた。


「どこへ?」


 声をかけると、びくりとして少女は振り返った。


「フィー、さん」

「セネカ。眠れないの?」

「…はい」


 頷いてそっと答える少女がどこに向かうか知れないが、夜中に一人で歩かせるのもよくないだろう、と思って、


「じゃあ付き合うよ」


 とフィーは言った。この少女の力になれるとは思えなかったし多少頼りないだろうが、彼女の目的を果たす間の護衛役くらいには自分だってなれるだろうと考えて。


 少女は墓場へと向かった。

 そうではないかな、と思っていたがやはりそこに着いた。


「私。今日ここでアンナが焼かれるのを、宿から見ていました」


「…そうか」

 それはアンナの姿をした闇だ、と敢えて言おうとはフィーは思えなかった。


「わたしお別れを、しに…あの後すぐは、ちゃんと、できなかったから」


 少女はこの地方独特の手の組み方をすると静かに祈った。しばらく二人分の吐く息が白く、天に昇っていった。


 やがてフィーがぽつりとこぼすように呟いた。

「・・・アンナが再びセネカの前に現れて喪われたのは、多分私たちがここへ来たせいだ。私たちが持つものを、闇が狙っているからだろう」


「そんな…そう、なんですか。なぜ、わたしにそんなことを言うんですか」


 セネカが目を細めて尋ねた。


「…事実だし、想いの持って行きどころがないのは苦しいだろうから」


 返されたフィーの答えに、セネカは苦笑した。


「うらむべき人は、あなたたちだと?

 何もうらんでないとかそんなきれいなこと、言う資格があってもなくてもわたしは言えないです…ばかみたいにずっと泣いてて、わたし、ロイさんって人をうらみました。闇の存在をふたたび許した王様を。それが間違ってるとは思っても、どうしても」


 それが普通の感情だとフィーは思った。たとえば師匠の遺骸がもし刺されるならそこに魂がもう無くてもそれがすでに闇となっていてもフィーは刺した人間へ怒りを覚えるだろうから。フィーは言った。


「しょうがない、と思う。ただ、偶然、ロイにその力があっただけで、『アンナ』を斬ったのは私だったかも知れないし、ヴィーだったかもしれない。だからロイだけを恨まないで欲しい」


 セネカはフィーを見つめて答えた。


「そう…アンナをわたしが斬らなければならなかったかもしれない。人の型をしていなければ、獣の型をしていれば、元はアンナであってもわたしは闇が斬られたとき喜んでロイさんをほめたかもしれない。なにも、知らずに。

 …本当は、もし恨むとしたら、死んだアンナをこんなふうに汚す闇をうらむべきなんですよね。そのこと、私の様子を見に来てくれた友達が、言っていたんです」


 フィーもセネカを見返した。

「そうか。…卑怯な言い方だけど、もし君も本当にそう思うならそうだと思う」


「ならば、わたしはそうします。

 …あの『闇』はあなたたちを狙って現れたにしても、ヴィーさんはあの時アンナに飛びつこうとしたわたしを守ってくれた。ロイさんも。わたし、あの2人がアンナを…闇を焼く時にそれを悼んだのを宿の窓から、見てたんです、本当は」


 そう言って、セネカは掌を見つめる。


「強くなりたいって言って何も分かってなかったし知らなかった…いいえ、分かったつもり、知ってるつもりだった。わたしはただ、英雄王にあこがれて同じように闇を斬れる人間になりたいと思っていたけれど…闇の時代に、王様も仲間だったひとを斬ることが、あったんでしょうか。どんな、気持ちで」


 それは、フィーにも分からない。ただひどくやるせなくて悲しいことだと思う。

 屍から生まれる闇である限り、屍と言うのはあるいは誰かの愛しい人だったろうから。そしてこの国の人は皆、そのことを知っている。闇を恐れ憎みながら、だから根底では多分哀れむ。悼む。

 だからこの国を守る王は、その相反と悲しみを生まないために竜の力を借りて闇が生じる前に遺骸を浄化するだけの人物が選ばれる。それが、ヴィーだ。

 彼は、早く使命を果たして帰らなければならないのだとフィーは思った。強く。


「セネカは優しいな」

「いいえ。わたし、いつもいろんなことに気付くのが遅いんです。きのうだってロイさんをなじるところでしたし。

 …ねえ、フィーさん、手に持っているところを見ると、その剣をあなたは使えるんですよね。手合わせをしてくださいませんか?」


「いいよ」


 それで多少なりと、気が晴れるならば構わない。そう考えて、剣に鞘をしたまま、セネカの携える竹刀とフィーは向き合った。



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