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王と細工師  作者: 骨貝
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66.同行者


 随分長いこと同じ姿勢で頭垂れていたのだが、ヴィーは顔を上げた。フィーが彼女らしくないことに、すぐ手を払うこともなく、叫ぶこともなく黙りこんでいるのを不審に思ったからだ。余程怒ったのかと思いきや、そこにあったのは思いがけず表情をなくしたフィーの顔だった。


「・・・フィー?」

 そっと声をかけると、はっとしたように彼女は瞬いた。

 フィーは黙ったまま、ヴィーにとられた手を引くと、思い切ったように彼の青の目をじっと覗き込んだ。他の女にないフィーの反応を面白がるように観察する彼に、彼女は静かに尋ねてきた。

「なぜ?」

 と。そう来ると思った、とヴィーは思う。


「・・・俺の命の恩人であるお前を守りたいと思った、という他に理由が欲しいか?」


 ヴィーがにやりと笑って聞くと、彼女は嫌そうに顔を顰め、頷きながら言った。


「その理由だけでも気に入らないところだ。お前に恩人扱いされるいわれがない。ようやく貸し借りに関しては対等になれたかってところだろう。まあ、約束の細工はまだできていないという問題があるがな」


 フィーのその言葉に反駁しようとするヴィーを遮って、フィーは言葉を続けた。

「・・・あんたが私の旅に同行しようなんて言い出す理由はそれだけじゃない。違うか?なんだかいやな予感がするんだ」


 いやな予感、か。

「成程?男に跪かれ手に口付けられて請われようと、照れるところひとつ見せない可愛げがないところは相変わらずだが今回は鋭い・・・睨むな」

 きつく睨んでくるフィーに向かってヴィーは苦笑しながら、理由ねえ、と呟いた。


「そうだな。

 冠を奪われたのは俺の失態であるにもかかわらず、それを取り返すために危険を犯して一人旅をしようなんて少女を見過ごすのは、理に反するし元神殿騎士隊長としても騎士道に反することが一つ。

 仕事を常時逃れようと画策する俺としては堂々とさぼる為の丁度いい口実になるのが一つ。

 いつか世界を見て周りたいと思っていたのが一つ。

 どうせ今は術式回路が壊れているから治るまで具合よく休みを取れるのが一つ。

 実は盗まれていなかった石を鍵にするのもついでに済ませられそうなのが一つ」


 つらつら述べるとフィーは溜息をついてぼやいた。

「石、盗まれてなかったのか・・・。それは良かった。だが、あんたそれでも国王か?」

 本気で呆れている様子の彼女に、ヴィーは笑ってみせた。彼としてもそれは時に疑わしい。

 ふとヴィーは浮かべていた笑顔を引っ込めて、彼には珍しく随分と真剣な顔をした。


「もう一つある。・・・お前のことが結構気に入っているから」


 その言葉に、フィーは一瞬目を見開いて虚をつかれた顔をしたが、すぐに平静を取り戻した。

「・・・だから?」

 先を促されて、ヴィーは言った。彼女の薄い茶色の瞳を見つめる。


「魔の力を使って歪んでいくお前を俺は見たくない」


 フィーは言葉に詰まったようだった。やがて息を吐き出すと、彼女は言った。


「今日、公爵夫人を見ていて。覚悟はしていても、あんなふうに歪んでしまうのが恐ろしいと一瞬でも思った。歪みで死ぬなどごめんだ、とも。情けない。だからそんなふうに言ってくれることは・・・ありがたい」


 フィーは言いながら、ヴィーが先ほど口付けた右手の甲をしげしげと見つめて複雑そうな顔をする。やがて彼女はその手をひらひらと振った。


「男は嫌いだけど、あんたのことを私はそんなに嫌いじゃないらしい。・・・あまりあんなふうに触れて欲しくはないがな」

 彼女はヴィーに向かって苦笑して見せた。


「本当は一人で行くことがちょっと心細かったところだ。付いて来てくれるって言うなら正直助かるよ・・・その代わりと言ったらなんだが、あんたの石に纏わる目的の方にも付き合おう」


「いいのか?」


 存外あっさりと了承を得たことにヴィーは驚いた。


「なんだ、変な顔をして」

「いや・・・」


 言葉を濁す。説得に一日はかかると思っていたことは黙っておこうと決める。


「じゃあ、よろしく」

「こちらこそ」


 彼女と初めて出会ったときはこんなことがあるとはヴィーだって思わなかった。フィーだって言わずもがな、だろう。目の前の細い少女を見つめると、彼女はヴィーを見返して何か思いついたように目を輝かせた。


「5つの涙を見せてくれないか?ヴィーのその旅姿からして、今持ってるんだろう?」






 フィーとヴィーのいる部屋に戻ろうとして、扉を開けようとしたロイはそこから漏れてきたフィーの声に足を止めた。


「付いて来てくれるって言うんなら正直助かるよ」


 その言葉に、ロイはしばらく絶句していたが、やがて何かを飲み込むようにして、そっとその部屋から離れて歩き出した。






「あれ。シライったらもう動いて大丈夫なの!?」

 フィーたちがいる客間へと向かっていたシライとナンテスは、お茶とお菓子をいっぱいに抱えたレオナとリュカに出会って目を丸くした。


「まだちょっときついけど今日はどうしても家に帰りたいから。…それにしてもレオナとリュカって仮にも公爵の血を継ぐ者でしょう。この家でそんなことしたら使用人の人たちの立場がないんじゃない?」

 シライの言葉にレオナは軽く笑った。


「気にしない気にしない。ほら、フィーたちのところに一旦行くんでしょう、一緒に行きましょう」


「・・・分かったよ。それ、手伝うから渡して」

 ナンテスが手を差し出すと、レオナは大人しくお盆を渡しながら首を傾げた。

「ありがとうございます、ええと」

「ナンテス」

「ナンテスさん」

「どういたしまして」



 そうして4人でフィーたちのいる部屋に向かう途中、彼らは項垂れている一人の青年に出会った。銀の長い睫が伏せられて影を作るその憂い顔は男すら魅了してしまうのもなるほど、と頷ける風情だった。そんな人間は彼らの知る限り一人しかいない。



「ロイ兄ちゃん?」

「ああ、シライ、か。もう体は大丈夫なの?」


 シライが始めに声をかけると、ロイは微笑んだ。その笑みが何かを誤魔化すものだと、シライはロイの弟だからこそ気がついた。


「僕はいいよ。なんか、あったの?」


 ロイは首を振ってみせる。

「そんな心配そうな顔をしないで。悪いことじゃないよ。フィーの一人旅に同行者が見つかったというだけ」


「え・・・?」

「なんとなくこうなる、気はしていたんだけどね。これでフィーの身を案じる必要はもうなくなった。行こうか、そのお茶が冷めてしまう前に」


 なんでもないように歩き出そうとするロイを、レオナが引きとめた。


「ちょっと待ってください。フィーが旅するってどういうこと?それに同行者って、フィーに過保護なロイさんが任せて安心できる人なんですか?」


 そんな人がいるなんて思えない、といわんばかりのレオナの言葉にロイはちょっと笑った。

「・・・フィーから旅については君には話すと思う。同行者は国王だ。ヴィエロア・ギルファレス・イオナイア。この国の名を冠する英雄だ、安心した?」


 そう言ったロイに、レオナは思わぬ反応を返した。


「ロイさんの馬鹿!どこが安心できるんですか!?」

「ええと、レオナ?」


 今にも掴みかからんばかりの勢いでレオナはロイに詰め寄る。彼女の持っている高級そうなティー・セットががちゃがちゃと危うい音を立てるのにその場にいた男たちは引きつった顔をした。


「ロイさん知らないとは言わせませんよ、フィーは王様に惹かれている。そして多分王様だってまんざらじゃない。二人旅なんてしたらどうなると思います!?」

「本人の問題でしょう」


 冷たい響きを持ったロイの声にレオナは引き下がるどころかさらに勢いを増した。


「ロイさんらしくないわ、引き下がるなんて!フィーを好きなんでしょう!?なんにもしないうちから諦めるなんて誰が許しても私許しませんよ」

「・・・君には関係ない」

「なんですってぇ!?」


「ふ・・・あはは!!」

 二人の様子にシライは笑ってしまった。兄はむきになっているのだと彼には分かったから。

「笑ってる場合じゃないでしょう、シライ。弟からもこの莫迦な人に言ってやって!」


「はいはい。・・・ロイ兄ちゃん」

 ロイの空色の瞳と目を合わせてシライは言った。


「僕ナンテスさんのところに行くことに決めたから」


 その言葉に、ロイはきつくナンテスを睨みつけた。


「・・・ナンテス、何をシライに吹き込んだ?」

「愛しい人が惑い続けて苦しむのは見たくないのですよ、ロイさん」


 ナンテスはほろ苦く笑った。


「わけの分からないことを・・・」


「ナンテスさんを責めないで。僕が決めたことなんだから。

 ・・・ねえ、お兄ちゃん。フィーのこと心配で仕方ないくせに言い訳をつけて自分の感情から逃げるなんて、僕の誇りの、ロイ兄ちゃんらしくないよ。僕は大丈夫。どんなに離れてたって、いつも世界一僕を大切に思ってくれるお兄ちゃんがいるって知っているから」


 あのフィーと同じくらいシライの傍にいたいと兄が言うなら、それはそういう意味だとシライは知っている。


「ここまでされて、あなたは逃げる気ですか?」

 今まで黙って状況を読んでいたらしいリュカにまで言われて、ロイは、白旗をあげた。


「そうと決まれば行きましょうか。フィーに聞きたいことたくさんあるし」

 レオナが満足げに歩き出したのをとっかかりに、揃って部屋に向かった。


「ロイ兄ちゃん、大丈夫?」

 シライが兄の手を握る。


「・・・ごめん」

「謝らないで」


 シライは兄に苦笑して見せた。


「フィーに執着のないお兄ちゃんなんて見ててぞっとしないもの」


 それも含めていつも通りの僕のお兄ちゃんらしさだからね、とシライは言った。



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