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王と細工師  作者: 骨貝
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56.祭り最終日(1)

 あれからシライやロイとも踊って、祭りの遊びもし尽くすと家に帰って倒れこむように寝た。


 一夜明けた今日は、やはり快晴だった。遅くに眠ったのでもう昼を回っている。

 フィーはカーテンを開けて王都を見回した。幸運にも、この工房は1階の天井を高く取っているために2階が3階ほどの高さとなり、それは裏通りにぎゅう詰めにある家の一つとしては比較的あたりをよく見回すことのできる高さだった。


「この景色も、見納めか」

 遠く高台に望める城や神殿は威風堂々と今日も健在。世界中の建築家を驚かせるという実に色とりどりの石や煉瓦を美しく組んで造られた家並みは宝石箱をひっくり返したようだ。点々と王都の中心にいくにしたがって増えていく街路樹や花壇が瑞々しく質素な石畳に映える。

 隕石がこれらを消してしまうことがなくてよかった、とフィーは思う。というか、死なずに済んでよかった。

 どこからか、いつも聞こえてくる下手なピアノの練習の音が聞こえてきて、彼女は苦笑した。それすら何か心に残しておくべきな、特別で尊いものであるかのような不思議な感覚に囚われたからだ。


 このように帰れるかも分からないたびに出ようというときになって、実は王都が結構気に入っていたことにフィーは気が付いた。

 自分はいつも気付くのが遅いな、と考えたとき、レオナの昨日の言葉が蘇った。


「どうしようもないよ、レオナ」


 考えてみても、だ。

 ロイは最近様子がおかしかったが、あれは女好きのヴィエロアに対して過剰に反応した結果、私を守ろうとしてくれているに過ぎないだろう。ヴィエロアにいたっては、昨日の様子からもまだソラという少女に心を残しているように思う。好意を向けてくれているように感じなくも無いが、女であれば誰であれ、その人がソラでないなら彼にとって同じなのだろうとフィーは思う。

 仮にフィーに何か特別な情を彼らが、いや誰であり向けて来たとして、男と偽り生きていく心積もりの私にその人といかような幸福を紡げると言うのか。細工だけは捨てられない。この国の外ならあるいは細工師の女を認める国もあるかもしれないが、竜細工師となっては出ることもない。元から、宝石も豊富で他の細工師の腕も卓越しているこの国を出る気はフィーにはなかった。

 だからどうしようもないとフィーは思った。もうロイやヴィーと会わない、という以前の問題だった。大体男性と接触するのが嫌いな人間が、恋を楽しめようか。相手もそうだ。


「私の見目も可憐とは程遠いしな」

 フィーはやれやれと首を振った。まあ、動かす分には軽いので身のこなしはいいし、そこそこ力も強いのが利点といえば利点だ。女と疑われようも無い。


 そろそろ街も目覚める頃なのではないだろうか、だが、まだ外は静かだ。祭り最終日の今日は、本来旅芸人一座の奇術や劇、締めくくりの花火などがありクライマックスのはずであるが、フィーはおそらく昨日の王様の剣舞ほどのものはもうないだろうと思った。あの後、王様はどうしただろう。

 …おそらく助かったはず。失敗したならこのような空気が王都を支配しているはずが無い。

 今の彼女には分かった。

 王様の術力にどんなに似せてあっても、今王都を守る力は、彼女の魔、ラエルによるものだと。






 昨日。


 魔は卑怯に囁いた。ヴィーの事情をよどみなく語り上げた後、絶句するフィーに言った。

「お前はヴィエロアを救える可能性のある唯一の人間でありながら見殺しにする気か」

 こうも言った。

「丁度いい理由になるだろう。ヴィエロアの為、これを言い訳に魔法使いとなり、力を得れば冠を取り戻すこともできる」


 フィーは、魔と契約することを選んだ。

 契約のために新たな名と始めの命令を欲した魔にラエル、と名づけてヴィーと成り代わるようフィーは告げた。

 ただ彼女はこう付け加えた。断言するように。


「これは、ヴィーのためじゃない。私自身が力を得る為だ。お前に命じたことは恩返しと償いだ」

「何?」

「力はお前の言うように今欲しくてならなかったもの。いずれは間違いなく自分の無力さに耐え切れなくて私はお前と契約しただろうさ。私は短気だからな、それが今になっただけ。

 そしてヴィーには、以前に一度、そして今日も命を救われたし、私は彼を一度理不尽に憎んだ。だから借りを返すだけ。お陰であいつへの負債が消えて清々するというものだ」


「…主は頑なだな。偽善だ、そんなものは。主がどう言おうと、どういうつもりであろうと、ヴィエロアはお前に罪悪感を抱くだろうよ」

「お前は使い魔らしくないが魔らしい物言いをしてくるな、ラエル。…まあ、その時は、ヴィーを都合のいいきっかけとして利用してやっただけだと言って呆れさせてやるよ」


「…主。全く、我と初めて会ったときから相変わらずだな」

 ラエルは金の眼を懐かしげに細めた。


「初めて、会った時?そう言えば私はいつお前と会ったんだ、覚えが無い」

 フィーは眉を寄せて考え込んだ様子だったが、それをラエルは遮った。

「だろうな…。まあ、それでいい」

「まさか、お前が記憶を消しているとか言うんじゃないよな」

「さあて」

 魔は笑った。また答える気が無い、とフィーは溜息をついた。


 そんなフィーから一歩ひくと、ラエルは静かに跪く。臣下の礼を取るように優美に。そして呟いた。


「…誓う。汝、フィオナに名を受けし金の魔ラエルは汝朽ちるまで汝に従おう」


 それから、契約印を刻むからちょっと痛むぞ、と魔が言って、動けないフィーの体内を透かすように手を伸ばしてきた。文字通りその指は硬直したフィーの皮膚を『通り抜けた』。気味の悪さにフィーは青くなった。自分の中の何かを、今勝手に他者が弄っている強烈な嫌悪に顔を顰める。悪趣味だ、精霊との契約もこんなだろうか、とフィーは思った。

 長く感じたが多分本当は一瞬で終わった作業の後、フィーはちょっとどころではすまない苦痛にぐらり、と倒れそうになった。それを支え、そっと冷たい地面へとラエルは横たえてくれた。


 倒れたフィーの中にあるのはまるで、肉体の中で今まで無かった何かが膨張したり縮んだりしながら無理やり体外へと出入りしようとしているような違和感と苦痛だった。経験したことのないそれに吐きそうにすらなる。


 説明も少なく唐突に触れてきた上に、なんだか騙された気持ちでラエルを睨んでやると、魔は目をそらして口笛を吹く、というなんとも古典的な誤魔化しかたで答えてくれた。馬鹿にしているとしか思えないそれにフィーはかなりいらついたが声が出ずにただぐっ、と痛みをこらえた。


 魔は、そんなフィーの様子に少しだけ申し訳無さそうな顔をしたが、立ち上がった。


「…まあ、耐えられぬ痛みではないはず。さて、どうやらヴィエロアの方がかなり危ういようだ。

 初めの命を果たせなくなる前に我は行く。もうすぐ、レオナとやらをもうひとつの我が連れてくるからそれまで辛抱してくれ。ああ、後、その猫のほうの分身は、我が王と成り代わり次第いなくなるからそのつもりでいろ」


 かろうじて頷くフィーを確認した魔は、この王都を発つ前に一度は顔を見せるように、と彼女にそう言って、消えるように立ち去った。その言葉を聞いた後、フィーは気を失った。






「それにしても本当に、意外と変わらないんだな」

 窓からとっくに離れて、荷造りをしつつフィーは呟いた。室内は光に満ちて明るい。宝石箱を持ち上げ、旅に連れて行くかどうか一瞬迷い、フィーは結局そっと机の上へと戻した。


 …もちろん竜の血を飲んだときよりは変化がある。魔の力が自分に漲っているのが分かるし、昨日などはヴィーの結界の気配やロイの中に殺されながらもうっすらとある術力を感じることができた。だがそれは、力を得るということから分かっていたことだ。初めは新鮮だったが、昨日一晩で結構慣れてしまった。


 それより、物語に聞くように自分が『歪んで』いないことにフィーにとって意外だった。もっと何かを歪ませることが、魔法使いになるということだと思っていたが、どうやらなるその時点ではそうでもないらしい。意外と書物というのは当てにならない、とフィーは思う。もっとも、魔法というものに疎い精霊国の書物だからかもしれないが。


 力を使うと歪むのだろうな、とフィーは思った。


 世界の理を無視する魔の法。試してみようかな、とフィーは思う。やり方がわからないが、なんだかできそうな気がした。ロイの忠告が頭をよぎったが、一度は力を使ってみないとこれからどうしようもないし仕方ない。何よりフィーはちょっとわくわくしていた。感覚的には、術力を使うときよりよっぽど見込みがありそうだ。


「寒いし、空気を暖かくするのとか、どうかな…よし」

 自分を満たす、ラエルの魔力を解放するように念じてみる。

 途端。


 響いたのは爆発するような音。


「フィー、無事か!?何があった…フィー。」


 飛び込んできたロイは、明らかに何かをした様子のフィーと、彼女の前にある荷物を見て溜息をついた。


「…とりあえず、降りておいで」

 ご飯できてるから、と言ってロイは静かに部屋を去った。


「あれは、怒ってるな」

 フィーも溜息を一つ落とした。

 彼女は荷物をいったん放置し、下へと降りることにした。


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