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王と細工師  作者: 骨貝
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51.試合終了

 騒ぎが収まりを見せ始める頃、舞台の上で王の体が傾いだ。まるで体を支える力が抜け落ちたようにかのように。

「…おい、ヴィー!?」

 砕けた隕石の瞬きに目を奪われていたフィーは、呆気にとられ続ける観衆よりいち早くそれに気付いて思わず彼に駆け寄った。先ほどのチットとの戦いですら一度として呼吸を荒げることの無かった彼が、激しく息をしている。額から流れ落ちる汗。顔色は血が抜け落ちたように白い。

「大丈夫か?」

 心配するフィーの顔を見て、ヴィーは目を逸らした。

「民は、守った…だが、お前の大切なものを、お前の師がくれたものを、奪われてしまった」

「それは」

 フィーが言いかけた言葉を、遮る大きな声があった。


「ヴィエロア王、いや、冠のない人を王と呼んでいいものでしょうかねえ?しかも5つの石まで奪われて?」

 

 隕石が落ちてくる際民が出口へと向かって引いていたため、舞台傍に人気は殆どない。そこにいつの間にやら立っていた、怜悧な空気を放つ異国の衣装を纏う一人の美しい女は言葉を続けた。

「なるほど、あれほどの事態から民を守ったのは賞賛に値するでしょう。しかし今のあなたときたら。かろうじて結界は保っているみたいだけれど、自身の術力を大きく失い竜の力を受ける冠も無い。もしこの瞬間イオナイア王国を攻めるものがあればこの国は容易に陥落するでしょうね」


 よく響くソプラノで紡がれた言葉を耳にした民が、ざわめきだす。あまりの出来事の連続で失念したことを思い出して。


「どういうことだ?」

「そういえば、チットとか言う男、冠を盗ったなどと言っていた」

「そんな…王の象徴が何故」

「宝石も奪われたぞ! …しかしあれには何の意味があるんだ?」

「王の力が今無いって?」

 動揺と不安、疑念が伝染していく。


 それを身勝手と感じるフィーは、おかしいだろうか。自らの苦しいときには縋り、落ち度があればすかさず糾弾する。…いつしかどこかの貴族男に言ったことを彼らはある意味そのまま実行しているだけだが、王であるヴィーの傍から彼らを見るからそんなことを思うのか。

 一方で、初めの発言者である女は場の空気の流れに微笑んでいた。耳をさらすこの国の慣習から外れた髪形をしているから、まず間違いなく異国の者。だが、何者だろうか。


「おい、ヴィーあれは誰だ」

「お前には分からない、か」

溜息をつかれたフィーはむっとする。なんなんだと言い返そうかとしたとき遮る声があった。


「息をするのも辛そうなところ悪いけど、王様、力が無いって本当?」

 フィーに続いてやってきたロイが尋ねた。

「…すぐ、戻る」

 虚勢ではなかろうか。本当に辛そうだ、とフィーは思った。

「それは、本当か?ヴィー」

「フィー、お前が俺に口付けてくれれば」

「ふざけてないで真剣に答えろ」

「真面目に言ってるんだが」

「どこがだ」

 そこにまた別の声が割り込んだ。


「冠は扉、石は鍵。それ欲しさにあんたとの試合に立候補すらしたのだがな。俺の目的だった、世界を左右しかねないとすら言われる賞品が戦いもしないうちに失われるとは思いもしなかった。はるばるやって来たのに、どう責任を取ってくれるんだ」

 別の男が声を張り上げる。筋骨隆々としたからだの背にはハルバードがひっかかっている。…巨大な戦斧がひっかかっているとしか表現できないほどに男の体は巨体だった。やかましそうな男だとフィーは感じた。

「答えろ、王」


 大男の吼えるような声にヴィーは一つ溜息をつくと、ふらり、立ち上がった。


「どちらも石を賭けた試合に元から名乗りをあげた者かな?残り二人はどうしたものか……姿が見えないが。

 まあいい、とりあえず賞品がなくなったことを謝罪しよう。こちらの手落ちだ、すまなかった。

 次に、まず一人目の女、貴女が言ったことに答えよう。冠があるから王なのではない、民が選び認めたものが王。

 ……そうは言っても情けないことにみすみす賊にこの国の宝を奪われた。

 民は、だから俺を認めぬならば声を上げれば良い。早々に玉座から下ろう。そうすることに怯むことはない、俺は自らが王で無かろうと他国が攻め込んで来る時にはこの国を守り通すだろう。さて、どうする?」


 ヴィーの言葉を聞いて民は黙り込んだ。

 そう、冠はその意味を知らぬ民にとっては『象徴』に過ぎない。

 それをただ冠した人間ではなく、民にとってヴィーという存在そのものが、彼らが選んだ王なのだ。


 ……フィーはなんだか複雑な気持ちになった。


「そして、二人目の男。俺が勝てば元より貴方に賞品は手に入らなかったと分かるな?そうだろう。それで責を受けたとしてもらえるか」


 一息に喋ると、顔を上げたヴィーは支えとしていた剣を持ち上げて真っ直ぐに大男へと向けた。海をしまいこんだようなサファイア色の目が月明かりを受けて妖しく輝いた。その目が、相手をひたと睨み据える。


 その途端に放たれるのは、場を打つかのような、燃えるような闘気。

 それに、誰もが圧倒された。剣を持つのもやっとという風情の、冠の無い一人の男から放たれたそれに。


「さあお二方。望むなら相手になろう」

 静寂が訪れる。


 と、それを破るように大男が噴出す。異国の女は面白くないと言った顔でふてくされている。

「ぐ。はっはぁ、おもしれえ男。そんなぼろぼろのなりをして啖呵を切るか。無謀もいいとこだ、俺はそんなに弱く見えるか?この姉ちゃんだって見た目に騙されない方がいい」

「黙りなさい木偶」

 女から発せられた冷たい声に男は悪びれずに肩をすくめた。

「おや、失礼、氷の娘さん。……それにしても、なるほどなあ。今度の王ってこんな男か。親父にお前のことをよく伝えといてやるよ、ヴィエロア。宝石もお前が持ってくるのを待ってやるとしよう。精々王様業を罷免されんようにな」

 途端に気配が揺らいだ、と思うとどっしりした大男は随分あっさりと消えてしまう。


 残った女はヴィーをじっと見つめた。ヴィーは目を逸らさず見つめ返す。しばらくそうしていたが、女はつと目を逸らした。

「私の魅了にかからないくらいには力が残っているようですね、ヴィエロア。一応は英雄と呼ばれるだけはあるみたいで少々ほっとしましたよ。…私が誰か分かりますか」

ヴィーはその問いに静かに答えた。

「水の精霊か……しかもかなり高位の。さっきの男は土の属性の者だな」


 女はふん、と鼻を鳴らした。

「ご名答。一応人に紛れてみたのですがね。……火と風の者は、チットとか言う男と貴方の戦いが長引くから飽きて帰ってしまいましたよ。まったく情けない。あれくらいの男、術で以ってして余裕で屠らずどうしますか」

「……残念ながら、流石に精霊ほど術力があるわけでないのでね」

「そうなのですか?まあ、精進なさることです。……正直この姿でいるのも無駄に力を使いますので私も帰ります。あなた姉好みの顔をしているから気に入られるのじゃないかしら、我が家にいらしたときにはお気をつけあそばせ」


 ふ、と女も泡のように消えた。


「あ、れは」

「何も分からない主に教えてやろうぞ。あれはいけ好かない、澄ましきった清く正しき聖人君子気取りの精霊さまだろうよ、反吐が出る」


 呆気にとられたフィーに向かって、傍に来た猫が答えた。猫は、今まで見てきた中で一番形容しようの無い顔の歪ませ方をしている。

「汚し甲斐が無い無垢と綺麗さなどこの世から消え去ればいいのに」

「やはり魔と精霊は仲が悪いんだな……」

 フィーはなんとも苦々しげな猫の様子に、ぽつりと呟いた。


 精霊など、初めて見た。闘技場に溢れかえる人も殆どがそうなのだろう、誰もが興奮にざわめいている。




「フィー。それは魔か? しかも主って、お前まさか」

 声に振り向いて猫を見やったヴィーが顔を顰めて尋ねた。

「これはただのお喋り好きな猫だよ」

 フィーが答える前に、ロイが微笑んで答えた。ヴィーはロイを睨みつける。

「からかっているとしか思えないんだが、ロイ。フィー、本当のところはどうなんだ」

「……魔だよ。害は無いんだ。悪い魔じゃない、多分」

「魔に良いも悪いもあるか。契約は?」

「してない」

「……これからも契約だけはするなよ」

 ヴィーの青い目が真剣な色を宿したので、フィーはこくり、と頷いた。


「余計なことをしてくれるな、王。その言葉は自分の首も絞めようぞ?」

 猫の声は心持笑ってすらいるようだ。

「何をほざくか、魔」

「さあて」

 答えをはぐらかす猫にロイが言う。

「思わせぶりなことを言って何も考えていないでしょう、獣」

 猫は、はっきり鼻で笑った。

「相手が『美女』なら何を囀ろうと気にはならないものだな」


 ヴィー、ロイ、魔はにらみ合っている。

 何か、忘れているような。3人を眺めていてそう思ったフィーは少し離れたところでどこか所在無さげに佇むレオナとシライに気がついた。多分、ヴィーに近づき、話すことにためらいがあるのだろう。


 ……そう、私たちはここにいることで要らぬ注視を集め始めているのだ、とフィーは遅ればせながら気付いた。ヴィーも、どうやら心配するほどでは無さそうだ。潮時だろう。


「ヴィー、私は帰るよ。なにやら掻き乱して悪かったな……あと、あんたが私のことでいろいろと気を揉むことは無い。これから大変なのはヴィー自身だろうしな。……ただ冠と石を奪ったのが闇となると、出来うる限り全力で取り返したほうがいいと思う。ああ、冠に関してはあれと同じだけの冠をもし新たに作るなら、言ってくれ。正直まだ力不足だが、出来るだけ早く作ろう。では、また、な」


「フィー」

「……なんだ?」

 去ろうとしたフィーは、ヴィーの言葉に振り向こうとしなかった。

「…なんでもない。また、な」

「ああ」

 そのまま、フィーはレオナたちの待つ場所へ向かって駆けた。ロイと、魔もそれに続く。


 その姿が見えなくなってから、平然と話していたヴィーは、一人座り込む。

「……フィオナ、済まない」


 そのまま倒れこむ前に、やって来た王の騎士たちに支えられて、ヴィーも舞台から下りた。




 残りの試合は結局、挑戦者が棄権したということで無くなった。

 そして、あれから王を糾弾する者も無く、緘口令もほぼ無駄となり様々な噂の飛び交う中、祭りはとりあえず続行となった。






 王が舞台から降りる頃。イオナイア王国とは異なる国の、とある豪華な一室で叫ぶ声があった。

「嘘っ!!」

 仕立ての良い柔らかな生地に身を包まれた傷だらけの少女の横たわるベッドの脇で、呆然とした赤毛の青年。その手の中の開いた箱には、ただの灰色の石が5つ、ころりと転がっていた。


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