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王と細工師  作者: 骨貝
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49.舞台脇にて

「ぶっちゃけもう疲れたんだけど~」

 守りなど考えていないかのような上段からの跳躍を伴った素早い切り込み。ひやりとするようなそれを王様はかろうじて受け止めた。


「…お前俺より若いくせに何を言っている」

 鍔迫り合い。力の強い王様のほうが有利だ。


「え~、魔法使いって見た目じゃ判断しちゃいけないんだよ、知ってるぅ?実は100歳とかかもよ?老人は労わらないと」

 すい、と距離をとると体勢を立て直したチットが氷の魔法を使って迫ってきた王様の足元を凍らすのを彼は飛んでかわした。


「それを加味した上でお前は幼い。精々見た目どおりの年齢だろう」

 そのままの勢いを乗せた力強い心臓を狙った凪ぎ払いを受けて、チットはひょいとかがんだ。


「げ。何でばれるかなあ。…にしても王様の方は、喋り方とかなんかおっさん臭いよね~。『王様』だからなの~?」

 立ち上がりざまチットは切りかかる。


「地だ」

 それをはじく王様。

「うわ、まじで?」




「…だって」

 シライは2人の会話をフィー達へと中継しつつ、呆れた顔をしている。さもありなん、無駄の一切ない動きで優れた剣術を披瀝しあっている壇上の男どもの会話ときたら。これが仮にも果し合いをしている人間どうしの間に交わされる台詞だろうか。王様とチットの声が聞こえることのない人々は、目にも留まらぬ速さの一進一退の攻防に目を離せずにいるようだったが、フィー達の間にはどこか抜けた空気すら漂っていた。彼らは黙って戦えないものらしい。あの速さで動きつつ話すほうがよほど疲れると思うのだが。その意味では両者とも化け物じみている。


「シライ、王様達のお喋り教えてくれるの大変そうだからもういいよ」

 レオナが労わるように言った。

「でも僕一人でこの脱力感を抱えていたくないし」

 …巻き添えになれというのか、シライ。


「おお、まだやっていたのか」


 猫の声がした。見やると、ご丁寧にシライの頭の上に乗っかっている。シライが多少くすぐったそうにした。


「あら。まだって、あなたはずっと居たじゃない…んん?違ったっけ」

「少なくとも僕の頭の上にはいなかったはずなんだけど」


 レオナとシライの会話に、はあ、と猫は溜息をついたようだ。


「我の不在に気付かないとは。全く、呆けた集団だ」

「つまりはそれくらい君が不要な存在ってことかな」

「せめてお前は気付くべきだったのではないか、半端術師」

「僕はあいにく『細工師』なのでね」

「ほう。魔の存在の有無も感知できないとはまったくもって宝の持ち腐れだな」

 ロイと猫の相性が悪いことはよく分かった。

「求める主に認められないような魔が何をほざくんだか」

 と、ロイのその言葉に、常なら反発しそうな猫は押し黙った。

 フィーは戦う王様を見つめながらも横の会話をなんとなく聞いていて、そのことにあれ、と思ったが、そのままに舞台を眺め続けた。


 舞台の上では、チットの放った鋭い一撃を、まさしく紙一重の距離で避けたヴィーが今度はチットの剣を持つ利き腕を狙って重い剣を振り下ろしたところだった。チットは持ち前の速さでそれをかわす。

 …それにしても本当に互いに攻撃が当たらない。器用な奴らである。ただ、もし当たれば恐らく再起不能な攻撃を繰り返しているのだ。互いに狙っているのは急所ばかりのようだから、薄めの服を着ている彼らはひとたまりもないはず。ヴィーはというと、それだけの危険に身をおきながら、心から楽しそうに獰猛な笑みを浮かべていた。余裕なのか、狂っているのか。

 私のやった『火蜥蜴の涙』、魔法使いとはいえたかだか盗人に奪われるようなことになったら承知しない、とフィーはそんなことを考えていた。そこに。


「フィオナ」


 猫から発せられたとはとても思えない深みのあるバリトンが響く。…フィーに呼びかけた猫の声はどこか重く暗い。

「どうした」

 心ここに非ず気味のフィーに猫は静かに続けた。


「王冠が闇に奪われたぞ」


 その言葉に、頭の中が一瞬で真っ白になる。


「え、…」

 冠が、どうしたって?


「どういうことだ、魔」

 ロイの問いに猫は返した。

「そのままの意味だ。奪ったのは闇、あの壇上にいる男の仲間の少女だ。

 …お前たち、会ったことがあろう。詩人の歌った晩に」

「…あの少年、か」

 ロイが苦い顔をする。


 あの、少年?まさかあの、ぼんやりした、連れとはぐれたと言っていた少年のことだろうか。一緒に祭りを歩いて、手を繋いで、お礼を言われて別れた、あの少年が師匠の遺作の冠を奪っただと?しかも少女で闇だって?何の、冗談だ。

 猫はロイの言葉に答えた。

「ああ、そう言えばあの日はそんな格好をしていたか。そうだ。あれはあのふざけた魔法使いの仕業だろうよ」

「何故お前に、あの少女が冠を奪ったと分かる」

「その場にいた。…すまない、主、我の失態だ。一歩及ばなかった…主?」

「…フィー?」


「冠は、今どこに」

 どこか掠れた、自分のものでないような声がでた。


「恐らくはもうすぐ、舞台へ」


「フィー!?」




 呼び声が聞こえる頃にはロイやレオナ、シライたちと遠く離れていた。

「いってぇ」「おい、あんた、何をする!」「きゃあ!」「うわ」

「……どいて」

 混乱した頭を抱えつつも、いまだ剣戟の止まぬ舞台へと向かって、人ごみを無理やりに縫いながらフィーは気付けば駆け出していた。


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