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王と細工師  作者: 骨貝
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45.公爵の娘

 せっかくだからお祭り気分を味わおうというチットの提案で、宝石強奪を一旦中止し変装して街に繰り出していたギルとチットの2人組は、帰ってきた宿でのんびりと休んでいた。例によって少女にべったりと張り付いていた青年が、びくり、と肩を揺らしたのでギルはゆっくりと振り返った。


「どうしたの、チット」

「今。ギルはなんも感じなかった?」

「特には」

 チットは、口元をゆがめて好戦的な笑みを浮かべた。

「ふうん。今ねえ、俺と契約してる魔が、俺と同調するくらいすっごいびびったみたい」

「なぜ」

「なんか対魔用の相当強力な術が暴発するぐらいの強さで、一箇所で一息に展開されたっぽい。その力を感じたって。誰だろうね~、俺会ってみたいな、『それ』の持ち主と」

「力を感じたって、自分に向けられたわけでもないのに怯えること?」

「死ぬほど嫌いな食べ物の臭いに埋もれちゃったようなものかな?」

「それは嫌ね」

「…あんなの浴びたらひとたまりもない。あ、俺なら避けて見せるけど~。ギルが俺にめろめろになるまでは死ねないし」


「チット、王の冠と宝石を奪うのは祭りの中での彼の剣舞の折にしましょう」

 少女は相変わらず聞き流していたが、青年は頓着しない。

「了解~。今度こそ、全部盗っちゃおうね」

「ええ」

 祭りの一日目は更けていった。





 一週間続く祭りも、残り2日となった日のこと。

「レオナンデお嬢様、お見合いの話を持ってきましたわ……お嬢様?」

 とある邸宅にて、邸宅に仕えている一人のメイドがこの一家の一人娘の部屋の扉を開けると、中はもぬけの殻だった。もとより殺風景な部屋は、部屋の主がいないとなおさら薄ら寒いようにメイドは感じた。ぶるり、と一つ震えるとメイドは引き返す。

 この家の次期当主となるものの母に当たる人、現当主の奥方の元へ報告をするために。




「奥様、レオナンデお嬢様はどうやらご不在のようです」


「いよいよこの家を追い出されるとなったから逃げ出したのかしら?勘のいいこと」

 ふわり、鳥の羽がふんだんに付いた扇を動かして濃い紅の塗られた唇は笑みを浮かべた。それは上品で毒々しい笑み。

「……まあ、今日に限ったことじゃないのだけれど。まったく、夜遊びも大概にして欲しいものだわ。毎晩どこをほっつき歩いているのかしら、あの恥知らず」

「王都の外れの方にいらっしゃっているようですけれど」

 メイドは手招きを受けて、黒髪の凛々しい青年の絵姿が描かれた一つの書類を淑女へと手渡す。

「王都の外れ、ねえ。あの子に似合いのいかがわしい薄暗い裏通りが連なっているあたりね」


「奥様!?」

 扇を机に放り投げると、奥様ことレオナの義母は、レオナの見合い相手の詳細の書かれた紙をびりびりと破り捨てた。

「あんな子の相手など、下級貴族で十分よ。本人に流れる血が『雑種』な上に、既にどこの馬の骨とも知れない人間と通じているかもしれないのよ?平民出の王様なら確かに気にはなさらないだろうけど、釣り合いと言うものを考えて御覧なさいな、ヴィエロア王様は仮にも竜の血を受けたお方」


「……なにをしている」

 低い声が響いた。

「あら、あなた。どうかなさった?」

「どうもこうもない、こんな大切な書類を破くなどと、お前は一体何を考えている!?」

「あなたこそ、そんな大声を出すなんて、どうかしてしまったのではなくて?」

「…言っただろう、レオナンデの利用価値は王妃に据えてしまえること。それが一番有益だ」

「ええ、聞いたけど。…ねえ、冷たい言葉を無理に使わなくていいわよ。あなたったらまだあの女の面影をあの子に見出して、あの女の代わりにあの子を幸せにしてやろうなんていう甘い夢を見ているのではなくて?」

「何を馬鹿な」


 唾棄するように言った夫の言葉に、妻たる公爵夫人は首をゆるりと傾げた。長い付き合いから、動揺すると夫の手が握り締められるのだと知っていたから。…丁度今、彼がそうしているように。

「『王様』なんて、レオナにとって良い嫁ぎ相手が見つかってあなたほっとしたのでしょう?レオナを彼の妃候補にならせるために随分頑張ったみたいじゃない」

「家の、ためだ」

「そんなこと、本当はついでなのでしょう。一番の理由は死んだ女のため。妄執に取り付かれるのはもうお止しになったらいかが」

「…話にならん。言っておくがお前が何をしようとこれは決定事項だ」


 公爵は、メイドに破れかぶれの見合いの書類を拾っておくように命じると、苛立たしげに出て行った。残された女は笑う。半ば狂っているように。


「あの女の娘が幸福になるなんて。許すものですか」

 そんな女を、まだ物心の付いていないような幼い少年はじっと見つめていた。

「あなたの心を持っていったまま、勝ち逃げした女。あのいやらしい売女。ねえ、リュカ、リュカはあんなふうな女に惚れちゃだめよ、しまいにはとんだ腑抜けになってしまって物の役にも立たなくなるわ」

「……」

「リュカ、お返事は?」

 眦の釣りあがった母親に睨まれて、少年はぼそりと答えた。

「…うん、お母様」


 この家はどこまでも空気が閉じて息苦しい、と。ばらばらの紙片を拾いながらメイドは思った。お嬢様が家出したくなるのも当然だろう、とも。メイドとして長らくこの家に仕える彼女は、幼い頃から見てきたレオナのことを決して嫌いではなかった。

 ……レオナにそれは伝わっていないようであったが。レオナはこの家のもの全てを拒絶している。仕方ないことかもしれないけれど、家出を初めてして以来、ふとした折にレオナが見せるようになったどこか幸せそうな表情がこの家でももっと見られたらいいのに、と彼女は思う。


 今頃、レオナお嬢様はその幸福な表情をくれた場所にいるのだろうかとメイドは一人想いを馳せた。






「フィー! 準備できた?」


 開店休業状態のエルファンド工房には遊びに来たレオナは工房の2階に向けて叫んだ。


 祭りで売れるのはもっぱら安い細工であり、工房の見習いたちは外で出店を作って腕によってはそこそこ儲けているようだが、工房の本格的な高い細工はこういった日には売れない。そのため店を閉めてもさして問題はなく、祭りの間は夕方から店を閉めることにしている。その閉店後に、フィーとレオナは祭りに共に行く約束をしていた。例年になく天気に恵まれ、外ではそろそろ日が暮れ、美しい月が昇り始めている。


「ああ。待たせてすまなかった」

 フィーがのたのたと、多少服に足をとられながらも階段を降りてきた。


「…フィー、何その仮装?」

「魔法使いだが…」


 黒一色のローブに黒のとんがり帽子をつけたフィーを、斜めに構えてレオナは見た。レオナの方はと言うと、鮮やかな黄色の薄くひらひらとした衣装をして紫の花冠を頭に載せている事から、花の妖精の仮装と知れた。ちなみに町娘の多くがレオナのような妖精の仮装を選ぶ。普段男装をしているフィーにそれを期待するのは間違っているが、レオナはフィーの仮装に一瞬押し黙った。さまざまな仮装をしたものが集まるので、取り立てておかしいというわけではないけれど、フィーはもっと華やかな色を身につけても似合うのに、と彼女は思う。


 祭りも明日を最後に迎えた今日、王都では仮装して貧富の差なく入り乱れて楽しむことになっている。前夜祭の静かな行列と比べて、今日なされる仮装行列は騒々しいことこの上ないと評判のものだ。踊ったり、酒を掛け合ったり、歌ったり、肩を組んだり、時々殴り合いをしたり。


「この仮装、変かな」

「そんなことはないけど。魔法使いかぁ。へえ、随分とステレオタイプな魔法使いね~。それに、そこまでするなら連れるのは黒猫じゃないかしら、フィー」

「こいつは、もともと連れて行く予定じゃなかったんだけど」


 艶やかな毛をつくろう虎猫の姿がフィーの足元にあった。フィーから多少距離を置いてはいたが。


「ニャー」

 猫はレオナの視線に顔を上げると、甘えるように一声鳴いた。

「まあ可愛いからいいけど」

 レオナが手を伸ばして撫でると、猫はごろごろ喉を鳴らしてそれに答えた。


「白々しい。この間のように流暢に喋ってみせたらどうだい、獣」


 白く流れるような衣装を纏い、月桂樹の冠をつけたロイが現れたのを見て、恐らくフィーに『ロイは月の女神がいい』なんて言って無理やり着せられたのだろうな、とレオナは思った。一見本当に女神がそこにいるのではと見紛うほど相変わらず美しいと言う言葉が似合う男だ。ロイの長い銀髪は、レオナではとても真似できないくらい複雑に編まれている。フィーは自分の髪を扱うのは下手だが人の髪は見事に結って見せるから、フィーが進んでやったのだろう。

それにしても。


 猫とロイの間に漂う空気が寒い。

「猫が喋るわけないじゃない。…ロイさん、一体どうしたの?」

「触らぬ神に祟りなしだよ、レオナ姉ちゃん。放っといた方がいい」

 ロイの後ろからちょこちょこと降りてきた、小さな道化師の格好のシライがこっそりと呟いた。


 しかし、フィーは遠慮なく言った。

「ああ、ロイがこの間この猫にコケにされたんだ」


「如何にも」


 猫はフィーのその言葉に頷いた。

「…喋った?」

 レオナは驚いて固まった。


「ニャー」

「気のせいだよ、きっと」

「気が向いたらまた喋るだろう、多分」

「永遠に喋れなくしてやりたい」


「ちょっと。同時に話さないでくれる?なんなの、この猫は」

 レオナが怯えるように聞いた。

「フィーの下僕だよ、レオナ。気にしなくていいから」

 ロイは微笑む。

「ロイ、その言い方はなんだか嫌だ。私は何者なんだ」

 フィーが顔をしかめている。

「失敬な若造め、我に負けた分際で」

 また猫が喋る。

「僕の術具を破れずにフィーに触れられない分際で」

 ロイと猫が睨み合う。


「…なんかよく分からないけど、ともかくこれは喋る猫なのね。私猫が話すの初めて見た。…変な感じ」

 よく分からない存在でも、レオナは受け入れるのが早かった。

 フィーはそんなレオナに笑いかけた。

「あはは、確かに。…まあなんだ、家でこの人語を解する猫を飼うことにしたんだ。そんな猫は物珍しいだろう、生活に困窮したらきっと高く売れるし」

「フィーってそういうところあるよね…」

 シライは溜息をついた。レオナはどこか非難するような目でフィーを見る。

「…フィー。あんた、私についても誘拐でもして身代金を請求すればいいな、なんて思ったんじゃないわよね?」

「ロイじゃあるまいし、そこまで考えなかったが」

「ロイさん、そんなこと考えてたんですか!?」

「犯罪者にはなりたくないから勿論断念したけど」

「考えは、したんですね…」


「たかだか猫に負けた存在に気を病む必要はない、お嬢さん」

 そのたかだか猫に慰められて、レオナはなんとなく複雑な気分になった。その後ロイと猫がなにやらやり取りしていたが、聞く気になれなかった。


 フィーが場をつくろうようにレオナに問う。

「レオナ、今日はどこに行きたい?」

「え?」

 レオナはその言葉に頭を悩ませた。祭りも今日明日が最高潮であり、今夜は催し物が目白押しである。


「う~ん、フィーと踊るのは必須だけど。他はまあなんでも…あ、そう言えば今日って王様の剣舞が見られるんじゃなかった?」


「剣舞?」

「そうそう。急にそんなことするって決まったみたいで。私、それに行ってみたいかな。剣舞の後に、王様と試合が出来るらしいの。英雄なんていわれてるあの人の強さを実際見てみたいじゃない?まあ、名乗り出るような人は早々いないと思ったけど、なんでも勝負にかけるものが『5つの涙』とか言うとっても希少な宝石で、それ目当てに挑戦する人が何人かいるみたいよ」


 あまりのことに、フィーは絶句した。ロイは苦笑している。


「『5つの涙』を褒賞にするだと?あの馬鹿、何を考えてるんだ…」

「確かに、賊が来るのをただ待つような性格じゃないと思ったけど。あの王様、たいした自信だね」


「もう始まってると思うけど。どうする、行く?」

 レオナが問う。フィーは、

「…行く」

 そう答えて、頷いた。


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