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王と細工師  作者: 骨貝
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37.それぞれの断章(4)

 満月の頃、その年の収穫を祝って国は1週間のお祭りに入る。この収穫祭は別名竜神祭とも呼ばれ、イオナイア王国の名物でもある。10年ぶりともなる今年は、国の外からの客も多いことが予想され、特に大々的に祭りを行う王都は熱気に溢れていた。殆ど民意で行われるものであり、王側としては協力をするものの主催ではない。1日目を控えた前夜祭の準備で、都は朝から大騒ぎだ。高台にある城まで声が届くほどに。

 そう、実に楽しそうで。

「……それどころでない自分が悲しいな」

 ヴィーは溜息をついた。

「王、公爵家のヒューモンド家から公爵自身がいらっしゃいました」

「ああ、分かった今行く」

 重い腰を持ち上げて立ち上り、謁見の間に向かう。


 この前神殿から城に帰ってくると、ヒューモンド公爵のご令嬢がナンテスという男を連れてヴィーを待っていた。この時間に現れたということも、彼らの思いつめたような目にも、嫌な予感がした。そして、案の定、その口から聞かされた事実は国の安全への自信を揺るがすほどのもので。


 闇が現れたのです


 しかも『5つの涙』のうちの一つの『ノームの涙』を闇が奪っていったのだとそう告げられた。闇は一見普通の少女のように見えたという。

 人型の闇などと。屍鬼に溢れた時代にすら、人型のそれに会ったのはたった2人。他の獣型に比べて段違いに強かったのをよく覚えている。

 何が起きているのか。神殿に現れた魔といい、魔法使いといい、闇といい。


 危惧する一方で膨れ上がるのは。

「王、どうしたのです?」

 そこにいるのは朴訥とした顔の一人の男。知らず獰猛な笑みに上がっていた口元を元に戻し、微笑へと切り替えた。

「いえ、なんでもありませんよ。ヒューモンド公爵、お久しぶりです」

「このたびは私どもの失態、王に多大な被害を及ぼしてしまったと存じます。『5つの涙』を賊に取られるとは」

「賊が現れた時点で私が迅速に対処をするのを怠った故のこと。貴方を初めとしてあなたのご一族に与えた苦痛と恐怖、私の責です。申し訳ない」

 力なきものが闇に触れるのはそれだけで相当な苦痛を伴う。闇の中に滾る歪な害意と暗黒ゆえに。

「……不思議とあの石を持つものは、覚悟するものですよ。命を引き換えにしようとこれを守る、と」

 公爵は遠い目をした。

「母はそう言っていた。最も彼女は亡くなってしまいましたが、私はその言葉を覚えていた。平和な御世になったゆえ、娘にまさかあんなことが起ころうとは思いもしませんでした。娘は、母の言葉とは異なり、命を優先しましたが、それで本当に良かった……とこれは失言でしょうが、私はそう思う。ただ、あの石を持つことへの覚悟は我々もしていたのです。

 しかし王、闇が現れたのはどういうわけでしょう。今この時は、どうやら泡沫の平和なのか」

 彼はヴィーに目を向ける。


「王よ、国を守って見せてくれますか」

「必ず」

 真っ直ぐ見返すヴィーの目を見ていたヒューモンド公爵は笑った。

「貴方が職差別などを無くすというなら、それを為した後のこととなりますね」

 ヒューモンド公爵は、この国を変えていってしまおうというヴィーをあっさりと支持した一人でもある。彼は愛妻家でも知られる。

「そうなりますね」

 ヴィーは溜息をついた。


 ヒューモンド公爵が去った後。


 ヴィーは執務室でクェインと紅茶を飲んでいた。テーブルには、冠と、ヴィーが何度か嵌めようと試みて断念した宝石が並んでいる。それを見ていると、自然と話題はそちらへと流れた。

「チットという輩は訪れませんね。闇であるという少女も」

「ああ、どういうわけかな」

 探すがどうしても見つからない。騎士達も街を日々走り回り、国民にも協力を呼びかけているが見つからない。

「王都内にいないのか。あるいは、チットという男は姿を変えている可能性もある」

「……魔法とは身体を変えることも可能なのですか」

 精霊に力を借りる術では、幻術でまやかしを作れても、体そのものは変えられない。

「ああ、可能らしい……まさに、魔の法だ」

 神殿に行った際、髪数本でヴィーに化けた魔のように魔法使いは身を変えられる。あれから少ない資料を漁って、魔と魔法使いについて調べたが、術師としては世の理を歪めているような印象を受ける術が多々現れた。

「では見つけるのは困難ですね」

「待つしか、ないな」

「……実は向こうが来るのを、楽しみにしているでしょう?」

 クェインはどこかヴィーを非難する口調で言った。

「そうかもしれない」

 聞けば一人は剣術を相当使うらしい、もう一人は闇として強いらしい。

「腕が鳴る」

 そう言い笑うと、クェインは呆れた顔をした。

「一人は私が相手をしますからね」

「なんだ、お前も楽しみにしているじゃないか」

「違います、向こう見ずな貴方をこれでも案じているんです……、『王様』」

 そう、ヴィーはこの国の王である。

「……分かっている。容易には死なない」

「当たり前です。絶対に死なないでください。世継ぎが生まれ、育つまでは……というか、結婚してくださいよ、さっさと。こんなときこそその女好きを発揮せずしてどうしますか。相手はいくらでもいるでしょう」

「いや、一人で十分だ」

「馬鹿ですか、保険をかけずにどうするんです」

「石頭、多妻の習慣などに本当は反対の癖に」

 クェインはそういう男だ。

「これとそれとは話が別です」

 目の前に置かれたのは。


「さあ、全部暗記すること」

 どこかで聞いた気がする。並ぶどれも同じ顔をしているような似せ絵と文字の羅列を見て、ヴィーは顔を引きつらせた。

「待て、見合いなど」

「それも王の義務です」

「権利の方は」

「飲み食いできていることに感謝しなさい。それだと実に収穫祭らしくていいでしょう」

「祭りは楽しむもの」

「感謝をこめて神に祈るものです」


「フィーア、アイリス、リリー、レオナンデ、エリーゼ、ティリア……」

 ぱらりぱらりと紙をめくっていくと現れる名前の連なりをぼんやりとヴィーは呟いてみた。なるほど、その誰しも麗しきこの国の公爵家の令嬢方や他国の姫君たちである。


「……いいですか、なにやらかの細工師を貴方は気にかけていらっしゃるようですけれど彼との間には子どもは生まれないのですからね。分かっていますか!?」

 王は一瞬その言葉に噴出した。

「おいクェイン、まさかそれを懸念してこんなことを始めたのか?」

「否定は出来ません」

 怪訝な顔をしているクェインはやはり気付いていないのだろう。ならばそれでいいが何か複雑な思いはある。騙しているようで。また誤解されているようで。

「……まあいいが。心配はいらないさ」

「ならいいですけれど」

 そう言いながら不満げな顔をする補佐に王は笑った。


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