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王と細工師  作者: 骨貝
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36.それぞれの断章(3)

 ヴィーが去ってから、フィーへのお見舞いが立て続けにあった。工房の職人や近所の人ががやがやと彼女を取り囲み、その回復を願う声をかけては果物や花を置いて帰っていく。

 そうして夜も更け、彼女の見舞いに来ていた最後の人が帰った頃。月明かりに照らされた部屋で、僕はフィーに薬草茶を入れていた。シライはもう眠ってしまっている。


「……そんなに重症でもないんだけど」

 失血で立ち上がるのも辛いほどの怪我を負ったくせに、フィーはそんなことをぽつりと呟いた。彼女は昔からこんなところがある。体の傷にあまり頓着しない。


「フィー、もうちょっと自分の体を大事にして」

「大事にしているさ。だがな、実際どう動いたか記憶にはないが、『乙女の涙』と自分の命を比べたとき私はあの石をとるというのは分かる。そして自分はよくやったと思う」

「そうだけど……」

 よくやったとは思う。でもあんなもののためにその命を懸けることはしないで欲しい。

「王にとってあれがどんな意味を持とうが、どんなに美しかろうが、あんなのはただの石ころだよ、フィー」

「でも」

 反論しようとする彼女を抑えるように、そっとその頭を撫でた。くすぐったそうにフィーは身をよじる。うん、頭に傷は無さそうだ、と少し安心をした。


「あれはただの石だよ。フィーの命に比べたら」

「ロイは……大馬鹿だな、本当私に甘い……」

 ゆったりと彼女の頭の上の指を動かして、髪をすくようにして撫で続ける内に、彼女は眠そうな顔をした。そのまま、だんだんとうとうととしてくる。……薬草茶に入れておいた睡眠薬が効いてきたようだ。これで、悪夢を見ることなく眠られるならそれでいい。

 今日の出来事のために、今日の夢の中で彼女の昔の記憶が蘇らないとも限らないから入れた薬に感謝する。


 僕とヴィーは、彼女の力の暴発の一件を賊のせいにして、本当に起きたことをフィーには黙っておくことにした。ヴィーもあんなことを言っていたけれど、彼にしろ彼女を積極的に傷つけたいわけじゃない。だからこそ、彼はそれに同意したのだから。

 ……それでも今日彼が彼女に迫ったときはどうしてやろうかと思ったけれど。


 フィーはやがてすやすやと眠りに落ちた。あどけない顔をして、無防備に。……確かな理性はあるけれど、ヴィーの悪戯心が理解できないわけではない。

「おやすみ、僕の至上の人」

 顔にかかった薄茶の髪をそっと払いのけ、額に一つ口付けを落とした。






 がしゃん


 ……なんだろう?

 物音に振り向くと、店子のレオナがいた。足元には鉢が割れた鉢植えの無残な姿。


「ふ、不純」

「ちょっと……」

 レオナは泣きながら走り去ってしまった。そういえば。

「彼女はフィーが好きなんだっけ……」

 工房内では有名な話である。フィーは気づいているのかいないのか、レオナにはやけにそっけない態度をとる。鈍感なフィーのことだ、多分気づいていないのだろうけど。

 駆け去ったレオナは、こんな夜更けにわざわざフィーを心配したために見舞いに来たのだろう。ナンテスの父親の宝石店のことは大変な騒ぎだったから。……どう言い訳をするか。思わずとってしまった自分の行動に後悔はないが苦笑する。口止めをしないと、後でばれたときフィーに怒られるのが想像できて、僕は彼女の後を追った。






 ロイさんが、フィーをやけに気にかけているのは知っていた。フィーが売り物の術具をしょっちゅう持ち出そうと一応元には戻すから、と言って看過していたし、彼が風邪を引いたとあればロイさんは工房を休んで付きっ切りで看病していたし、相当手に入るのが困難な宝石を金額など厭わず買い求めては貰ったものだなどと言って宝石大好きなフィーにあげたりするのは知っていた。かなりの兄馬鹿だとずっと思っていた。思っていたけれど……


「まさか恋敵だったなんて……」

 知らなかった。でもこれでようやく、ロイさんがあの豊満な美女のビスクさんの度重なる誘惑を軽く受け流していたわけが分かった。彼はきっと女性に興味がないのだ。誰もいなくなった工房で私は存分に叫んだ。ここなら防音もされていると知っていたから。


「しかも私のフィーに口付けまでして! あんな甘い台詞を囁いて! 寝ているけが人になんて無体な!!」


「……後半は否定できないけど、フィーはレオナのものじゃないよ」

「でもロイさんのものでもありません!」

 私は音も無く現れた人をき、と睨みつけた。

「知ってる」

 扉を開けて中に入り、壁にもたげて憂いを持って微笑む彼は、さながら月の女神のように美しい。この水色の瞳に酔うのは女ばかりでないと知っている。都の中には、彼の熱烈な崇拝者の男が幾人もいるらしい……これは、勝てないんじゃ。男であっても、フィーもころっと彼の魅力に堕ちてしまう、そんな気がした。


 いや、弱気は恋に禁物だ。私は心に喝を入れた。


「ロイさんがフィーが大好きだって言うのはよく分かりました。あんなに切ない目をして彼を見つめるんだもの……別に同性愛だって非難しません。さっきはちょっと驚いただけ。でも、私にだって、フィーは至上の人なんです」

 じっとロイさんを見つめる。彼はどことなく、複雑な顔をしていたが構わず続ける。

「負けませんから!」


 こうなればうかうかしていられない。フィーに告白あるのみだ。私は決意を胸に秘め、呆気にとられた風のロイさんを置いて工房を後にした。


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