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王と細工師  作者: 骨貝
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4.お屋敷でのお仕事

「エルファンド工房のものですが。ローズお嬢様はいらっしゃいますでしょうか」

「少々お待ちくださいませ…」

「はい。お願いします」


 敬語を話すのは疲れる。得意ではない。屋敷の中へと向かった執事を見送り、私はこっそり溜息を呑みこんだ。

 公爵の屋敷の中ともなれば、うかうか気を抜くことは許されないからだ。


 辺りを見回してみると、ここは本当にでかい屋敷だな、と思う。

 家の工房だって結構でかい。でも、比べるのが馬鹿馬鹿しくなるほどにここは広いし、天井も無駄に高い。私の部屋など、ここに暮らす公爵一家には犬小屋のように思われるのではないだろうか。

 通された先の商人用の待合室で、南方のロヴェルナの湖畔を描いた匂いやかな油絵を眺めてお金持ちで生きるってどんなだろうかと私は夢想してしまったけれど、それは目の前の絵と同じで現実味が無かった。それこそものすごい額のお金は、石を扱うものとして見慣れたものだけれど、私の場合さっぱり生活に結びつかない。眺める宝石があって、食うに困らなくて、ロイのお茶とお菓子があればいい。…よくよく考えたらロイもお金はあるはずなのに、私たちの暮らす家は質素なものだ。彼は一体何につぎ込んでいるのだろう。


「お待たせいたしました。お会いになるそうです、どうぞ付いていらしてください」

「ありがとうございます」

「こちらです」

 この部屋から、ローズお嬢様の部屋までの道のりは覚えているが、ここの執事は毎回丁寧に案内してくれる。ロマンスグレーの髪といい、縁なし眼鏡といい、非常に格好いい老執事だ。

 広い廊下を渡って、階段を上った奥の部屋にたどり着くと、彼はお辞儀して退室していった。彼のその動きは実に滑らかだ。プロだ。


「フィー!!!!」

 退出する執事に見とれていると抱きついてくる塊があった。

「…お久しぶりです」

 結構痛かったが何も言えないのが平民の悲しい性である。

「本当にお久しぶりよ。また痩せてしまったんじゃなくって? ちゃんと食べてるの?」

 金の巻き毛はくるくると肩に落ち、ほっぺただけ赤い真っ白な丸い顔をふわりと包む。やさしい緑の目が心配げにゆれて。ああ。

 砂糖菓子よりもリスのよう。ローズお嬢様はバラと言ってもまだつぼみのかわいらしさで溢れている。自然と微笑が浮かぶ。


「ええちゃんと食べてますよ、私の場合、どうやら横ではなく身長に栄養がいってしまうようなのです」

「まあ。私と変わって欲しい」

「ローズお嬢様はそのままで十分に愛らしいですよ」

 そう言うと彼女は照れて笑ったが、ふと何かに気づいたように眉を寄せた。


「フィー、髪が」

 そう呟いたローズ嬢の指が伸びてきて、残ばらな私の髪に痛ましげに触れる。

「ええ、ちょっと邪魔になってきたので切ってしまいました」

「そう…長いあなたの髪がいじりがいがあって、私はす…うん、短いのもいいんじゃない?素敵よ」

 ちょっと睨むと彼女は慌てて言葉を変えた。愛嬌のある人である。


「それで、今日はいかなるご注文がおありですか」

「ああ、今度の舞踏会のためのネックレスをお願いしたくって」

「舞踏会?」

「あら、ご存知ないのかしら」

「残念ながら。お恥ずかしい」

 細工師としてそういう情報には耳ざといのだが、最近いろいろあって疲れていたせいか聞き逃してしまっていたらしい。

「そんなことはないけれど、珍しいこと。ええとね、その舞踏会は、今度即位なさったかのヴィエロア国王陛下がこの国の貴族達と顔合わせの意味も含めて開催なさるらしいの。かなり大規模なものになるみたいだから、あなたも忙しくなるんじゃなくって?」

「…そうですね」

 稼ぎ時がやってくるわけだ。こればかりは素直に王様に感謝しよう。


「やっぱり。それだから、今あなたが捕まってよかったわ。もう少ししたら注文が一杯になってしまうでしょう? いくら仕事の速いあなたといえどゆっくりお願いをすることは出来なかったでしょうし」

「そうですね。私もローズお嬢様への首飾りが丁寧に作れそうで嬉しいです」

「あら。お上手ですこと」

「本音ですよ」

「そうかしら」

「ええ」

 貴族もいろいろだが、彼女のために細工を作るのは、比較的楽しい。


「当日のご衣装などはお決まりで?」

「ええ。マリー、持ってきて頂戴」

「はい!」

 全体のバランスは大切だ。彼女は衣装を先に決めるタイプだが、人によっては装飾品から始めるものもいる。それぞれにあわせて、仕事をする。

「こちらになります!」

「うわあ」


 白いシンプルなデザインの、けれどドレープがたっぷりととられた絹のドレス。よくみると分かる、繊細な百合の刺繍が職人技を思わせた。


「いいですね。これを身に付けて踊るあなたの姿が目に浮かぶようだ。きっとお似合いになるでしょうね」

「ふふふ。そうでしょう?」


 白か…。ミルクホワイトよりも雪の白だ。同じくらい白い肌をした彼女だから似合うだろう。私なら…無理だな。想像するまでもない。


「そうですね、では首飾りも上品なものがいい。小ぶりのエメラルドをいくつか使いましょう。耳には…そうだな、エメラルドか、真珠か。どちらもいいでしょう。どちらになさいますか」

「そうね、では、真珠でお願いできる?実は丁度この間、16の祝いに父にいただいたものがあるの。あなたの意見を聞いて、もし真珠を使うつもりがなさそうだったら諦めようと思っていたのだけれど」

「素晴らしい。…見せていただけますか」

 大きさに少し危惧があったが、大丈夫だった。これなら。

「いいですね…ではお預かりします。デザインに何かご注文がありますか」


 その答えを、彼女はいつもと同じように言ってみせた。


「私はあなたを信じきっているのよ、任せるわ」


「光栄です」

 正直とても嬉しい。こういう言葉をもらうと、この仕事をやっていて良かったと思う。細かい難しい注文をつけられて、やり直しながらそれをこなすのも面白いけれど。


「ではフィー、よろしくお願いしますね」

「承りました」


 これで、受注は終了だ。予算を問うまでもない。なぜなら彼女はこの国有数の公爵家の娘。金払いのいい客は素晴らしい。

 気の赴くままに材料を使える予定を1つ手に入れて、私はほくほくと屋敷を出た。外に出ると、あんなに激しく降っていた雨は止んでいた。


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