表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王と細工師  作者: 骨貝
30/97

25.始めよう

「これが、ソラの話」

 ヴィーが話し終わる頃には、ソラの墓があるという岬はもうすぐというところまで来ていた。


「俺は今でも、自分が正しいことをしたか分からない。でも、一番守りたい人が消えた後、俺が守りたいと思ったのは生まれ育ったこの国だったから、だから王になった。その力は、あると思った。闇を払ったら王になると、竜と約束していたしな」


 ずっと黙りこんでいたために、少し先を進んでいたヴィーが振り向いてしまって私は顔をそむけ、俯いた。


「どうした、フィー?……お前、泣いているのか」

「泣いて、ない」

 そうは言ったが、それは瞳から落ちてくる。

 私は一体何故、泣いているのだろう。悲劇なんてそこかしこに落ちている。闇に覆われた10年、もっと悲しいことなんていくらでもあった。それでも、私はただ泣いていた。誤魔化すように目をぐしぐし袖で拭う。

「憎む奴のためになど泣かなくていい」

「別に、お前のためじゃない。私はただ、ソラさんの想いが悲しかった」

 言い訳をするように言ったが、実際そうだった。彼女を愚かだと思ったけれど、それ以上に救われないと思った。ソラという人は、国王を愛しながらも、きっとまだヴィーのことが好きだったんじゃないか。そしておそらくその為に選んだのが、彼の言った結末だったのだ。


 ヴィーの方をふと見ると、彼の瞳はうっすら潤んでいた。零れてくるものは無かったけれどそれはきっと涙なのだろう。誰もが見過ごしてしまいそうな、淡い涙。瞬き一つで消えてしまう。

 なんだ、この男は。散々のろけて暢気なことだと思ったのに、いっぱいに悲しかったのか。今でも、悲しいのか。

「フィー、お前は泣き上戸なんだな……幼い頃絵本など読むたび泣いていたんじゃないか?」

 涙が奇妙に止まらない私を見やり、呆れながらも、ヴィーの口調は柔らかい。彼はそっと手を伸ばし、珍しく優しい手つきで私の目元を拭った。無論手で払いのけてやった。彼は、そんな私に苦笑を漏らした。それから真っ直ぐ前を向く。


「もう終わった話なんだ。いや、今日、終わらせに来たんだ。……着いたぞ、あれが、彼女の墓だ」


 城の高台を登って、城をぐるり回ってさらに進んだ奥の方。初めて訪れたその場所は、海を見下ろす断崖絶壁だった。ひっきりなしに季節に合わない塩辛い冷たい風が吹いている。


「ここに来るのは、もう何回目になるだろう」

 王様はじっと墓標を見つめている。

「青が好きだったソラは海と空が何より好きだったから、俺はここに彼女を埋めた」

 今日という日は空がひどく曇っているから見えないけれど、晴れた日にはいっぱいに2つの青が広がるのだろう。ヴィーの束ねられた黒い髪が風に揺れる。私の短い髪も舞い上がる。彼は、今日、何故私とここに来たのか。


「俺は、許されたかった」

 その場所には、一つ墓標が立っていた。『ソラ・ギルファレス』とそれだけかかれた白い墓標。この下で永遠に眠る彼女の名前。

「俺は責められたかった」


 どこかでそれによく似た、叫びを聞いたと思った。そうだ、あれは自分の声だ。『ごめんなさい、ごめんなさい。許して、私が悪かったの、私のせいでお母さんとお父さんは死んでしまったんだよね。私を叱って罰して、責めて、それでも構わないから』


 ――もう一度会いたい。


「でもそれは叶わない望みだった。彼女は亡くなったのだから」


 『その命はその一度きりよ』。これは師匠の声だ。


「彼女のことを、一日も忘れられなかった。

 ……そんな俺の戴冠式に現れた突拍子もない少女は、俺を心底憎んでいた。そうだ。俺は具合よく登場したお前を彼女の代わりにしようとしたんだ。お前の憎しみと彼女の憎しみは、近いものだと感じたから。実際そうだったな。愛するものを奪った相手への、燃えるような憎悪」


 どこか自嘲するように笑って、彼は言葉を続けた。


「すまなかった。

 俺がずっとお前に関わろうとすることで、お前が俺を憎み続ければとどこかで思った。癒えるべきお前の悲しみも無視して。しかもお前に責められるたびに俺が思い出すのは、ソラが愛した男を殺してしまったことで、お前の師匠のことでは、無かったんだ。ソラに対しても、フィーに対しても、俺がやったことは最低だった。ここに来たのは、フィーにその話をするために。そしてフィーに、ソラに、謝るために」


 私は、彼を責められない。だって、私は昔、彼と似たことをしようとした、同じ愚か者だから。両親の生まれ変わりに会えたなら、その人たちに私を責めさせようと、許させようと願ったのは、彼とどこが違うだろう。

 ただ…そうだ。私にはその過ちを教えてくれた人がいた。死んだ師匠を思い出す。城で昔話をしたとき、ナンテスにも彼女の言葉をなぞってみせた。たしかに覚えていたのに。それでも私は亡くなった彼女のことにずっとこだわり続け、一人の男を憎み続けた。行き場のない世界への憤りと喪失の悲しみの態のよい生贄として。

 知っていた。師匠はそんなことを望まないだろうって。だって、彼女はいつもなんと言ったか。

『目の前にいる人を力いっぱい思いなさい』


 今まで、ごめんなさい、師匠。そこまで思って、私は呟いた。


「ヴィー、生きろ」

「なにを」

「私に、誰かに殺されることなんて求めるな。あんたは、ソラを愛したんだろう?その彼女も、お前を憎んでいたというけれど、結局殺せなかった」

 

 そこにまだヴィーへの愛があったのかは、私には分からない。それでも、彼女は彼を殺さなかった。力を使いきって、皆を、彼を癒して自分が死んだ。他にも方法はあっただろうに。

「彼女に生かされたと思え、お前の愛した彼女はお前がその苦しみを味わって、それでも生きることを望んだんだ」

 

 だから生きろ、とそう言った。


「フィー、お前は……」

「私の言葉は残酷か? 卑怯か? 私も、罪に苛まれて生きることの苦しみは味わった。生は死より難しと言うしな。ただ、私は今、お前を責めているつもりはない。私はもう、お前を憎まない」


 気が付いたから、だからもういい。そう思ったとき、師匠が悲しむだろうからもう流さないと決めた、師匠を思っての涙がついと頬を伝ったのを感じた。なんだ私は、今日は泣いてばかりだな。



「フィー」

「なんだ」

「俺も、もうお前に憎まれたいと望まないよ」

「……そうか」


「だから新しく始めよう」


 …それも悪くないか。

 いびつに歪んだ、捩れた過去の連鎖から抜け出して、目の前にいる男を見ると、彼は随分と清清しい顔をしていた。私は、一体どんな顔をしているだろうか。

 ヴィーはこちらに手を差し出す。いつだって憎らしくてたまらなかったそのてを私は見つめる。

 

 ふと、厚い雲が割れて、青空が垣間見えるそこから光が差し込んできた。たくさんの天使の梯子が海に、私たちに、墓標に降りた。


「握手」

 そう言って笑った男の大きな手を、私は握り返した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ