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王と細工師  作者: 骨貝
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3.休日

「あら、フィー、久しぶり」

「レオナ、あんた店番サボりすぎだ。あら、じゃない、あらじゃ」


 私は溜息をついた。工房にヴィーと私が篭っている間、小さな販売所にいるべき売り子のこの女性は休み時間を多くとる悪癖があった。


「あいっかわらず率直ね。そんなだと、ちょっとかっこいいくらいのあんたじゃ女の子にもてないわよ」

「放っとけ」

「ロイさんを見習いなさいよ、あの優しさを!」

「あれは放任とも言うな」

「負け惜しみね」

「なにがだ」

 何かとレオナは私に突っかかってくる。今日も、だ。ひらひら追い払う仕草をすると憤慨しながら付いてきたが工房の方の扉をぱたりと閉じてやり過ごした。こちらを呪うような声が聞こえてきたが知ったことか。やれやれだ。

 工房にはロイと私以外にもレオナのように何人か職人や店子がいるが、私の性別を知らないものは多い。もし知ったら。そう考えたとき軽蔑されると嫌だな、と思うのだ。気のいい人たちがとても多いし、彼らは私を受け入れてくれるだろうと思うけれど、でも。騙していることへの罪悪感と信じきれない自分の醜さと。ずいぶん前に男として振舞うことを決めて以来、それなりに葛藤はあった。いまさら恥ずかしいのもある。

 工房を見回す。今はがらんとしている。今日は、細工師にとって休みの日。私が細工をするのは趣味もあるからこうして休みでもここにいるし、ただでさえ少ない客を逃さないため店は開いているが、レオナとロイと私しかいない。

 …女としては膨らみに欠けた細い細い体、とがった顎、高めな背、低めな声をしている自分を思う。さらに今は短い髪をとなってなおさら、女と間違われることはない。服に拘りは少なく、今も白い綿のシャツに麻のズボンというシンプルないでたちだ。そして首には細工師紋。大抵の女性にはないだろう、それははっきりとした刺青である。そのデザインは自分でし、オールマイティーなロイが入れてくれたもの。この国の神であり、シンボルでもある竜のモチーフで一見それとは分からないところも含めてお気に入りだ。この刺青を見ると、時々いるあの王のように変に鋭い人間に出くわしても、男だと納得してくれる。便利だ。このままでもいいか、と思う。生涯、男を突き通すなら。特に女としていきたいと思わない。私には、細工がある。扉にもたれてぼんやりしていた。

 …頭の中を様々なイメージがよぎる。一人きりだった自分、初めて道端で拾った石に触れた感動、誰にも教わらずに手が勝手に動くようにして作った細工を見て驚いた師匠の顔、楽しい修行、ロイとの出会い、溶け落ちる金属、花、こぼれる果実、白い部屋、握り締めた手の冷たさ、はらりとおちた髪、私の細工を見て言葉を失ったあの澄み切った深い青い瞳…

 店のほうから、客がやってきたのか楽しげな声が響く。高くかわいらしい声、丸みを帯びた小さな体。レオナはいいな、と本当はちょっぴり思った。柑橘の香をまとわせて、いつも快活で。そういった人を深く知らずに羨む自分の馬鹿らしさを知っていてもうらやましい。


「ん?フィー?」

「ああ、ロイか」

 店から入る入り口とは逆にある裏口からいつの間にやら入っていたらしい。ロイがすぐ目の前にいて驚いた。

「どうしたの、ぼんやりして。熱でもある?」

 その冷たい大きな手が伸びて額に触れた。ひんやりと心地よくて目を閉じる。

「熱は無いみたいだけど? 」

「なんだか人生について考えちゃって」

 そう言うと、彼は黙って手をそっとはずした。

「…フィーが。人生を」

 なんだ、その、拙くも雛が飛ぼうと試みたのを見た親鳥のような目は。

「なあロイ、あんた年2つしか変わらないんだからさ、その目は止めてくれ」

「え、どんな目してた?」

 自覚がない。怖い。

「まあ少し驚いただけだよ。ともかくお茶入れてあげようか」

 ロイのお茶は好きだ。何か薬でも入っているのではないかと疑いたくなるくらい落ち着く。 趣味がハーブを育てることと菓子作りというのはどうだろう。素敵ではある。しかし女とよく間違われるその綺麗さと穏やかさをやっぱり分けて欲しい。

「美味い?」

「とても」

 しみじみと彼の入れてきてくれたお茶を飲んで呟く。

「ありがとう。…ねえ、フィー」

「なんだ」

「どう、悩んでたのか分からないけど、話聞くくらいしか出来ないけど。何言っても聞くし、 それで僕とフィーの間が変わることはないから」

ロイはいつでも温かい。低く心地よい声をぼんやり聞いた。

「うん。…うん」

 彼だって私がどんなことを思い悩むか想像は付くのだ。けれどそれを分かってる、といわないところが彼のいいところだ。なんだか別にいろんなことがどうでも良くなった。

「こうやってお茶入れてくれるだけでも十分。なんか、大丈夫な気分になる」

「そう?」

「そ」

 ざあああ、と音がする。通り雨が、降ってきたようだ。

「この間の」

「ん?」

「…いや、なんでもないよ」

「言ってくれ、気持ち悪い」

「ああ。いや、王への細工は出来た? 」

「なんだ、それか。今考え中だよ」

「珍しい。いつもならぱぱっと作っちゃうのに」

「何でかな。手が動かなくって。イメージなら湧き出てくるんだけど、なんか1つに絞れない。 そもそも何にするかな。首飾り以外なら、って言ってたから腕輪にするかアンクレットにするか。あ、鼻輪とか作ったりしたら面白いかな。無理やり付けさせたら笑えるだろうな」

「その想像はさせないで…」

 あの顔に鼻輪。たちの悪い冗談だ。それでまじめな顔をして謁見とか。楽しそうだけれど、この国の品位が疑われてしまう。

「ま、まじめに言えば耳飾り、かな。王族の衣装って袖長いのが多いから、腕輪はちょっと。指はサイズ測るのが面倒だし」

「どんなのにする予定?」

「ううん。銀を使うのは決定だけど嵌める石と形が決まらなくって」

 冠の金にあえて合わない色にするのは嫌味だ。実際彼には銀が似合うと思うからそうしようと考えたのだが。

「いらいらしてる?」

「いや、考えるのは楽しい。まあ、生きてる間にできればいいくらいの気長さでやっていいと 言っていたから、別の仕事の合間にやってみるさ」


 今日もちょっとデザインを篭りっきりで考えようかと思っていた。が。

「そう。…ところで」

 ロイの目が光るのを見てあきらめることにした。

「なにか」

「ちょっととある貴族屋敷に注文を聞きに行って欲しいな、なんて」

 げ。それはちょっと。

「面倒だし、や」

 やだと言いたかった。しかしロイは私の言葉を見事に遮る。


「雇い主は誰でしょう?」

「もちろんよろこんですすんでやらせていただきますろいさま」

 我ながら棒読みだ。

「…何で休日に」

「住み込みの代金滞納があったっけ」

「何・の・話・か・な」

 ぎぎぎぎと首をそらして目をそらした。

「はあ。君が払うというから貰ってるだけで、僕は別に構わないけど。あれだけ給料あるんだから、気に入った石があると糸目つけずにお金使うの止めればいいと思う」

「ごてごて飾り付けるより、見るだけなんだ、いい趣味だろ」

「その趣味が分からない」

「好きなときに好きな宝石が手元にあって好きなだけ眺められる贅沢は捨てられない。この命に代えても」

 宝石集めは私の、唯一と言っていい妄執だ、分かっている。だから止めないで欲しい。大体、長期の休みのときは自分で掘り出しに言ってお金は使わないように努力しているのに。なぜ、あれだけの稼ぎが幻のように消えて言ってしまうのか不思議だ。

「なんか、宝石を一人見つめるフィーの目って怖いんだよね…どっか行っちゃいそうで」

 そんなこと、ない、とも言い切れないかな。めくるめく宝石の世界に取り込まれてるから。原石のまま加工したくない美しい石たちのことを思うと自然と頬が緩む。

「幸せそうだね…。ああ、そうだ、もし行ってくれるなら休日手当てで僕がこの間偶然貰ったアレクサンドライトの上物をあげる」

「ほんとに!?」

「ちゃんと仕事できたら…待って、どこに行くか分からないのに出て行くのは止めて」

 思わず体が先に動き出していた。

「ごめん。で、どこに行けばいい?」

「ヒューモンド家に行って。あと、着替えて。」

「はいよ」

 ヒューモンド家はお得意さんだ。あそこの令嬢は気の置けない人で、まあ貴族然としたところは多少あるけど許せる程度。好きなほうだ。ならばとっとと向かおう。

私は雨のせいで薄暗い部屋で、去り際のロイの顔がさえない表情だったことに気がつかなかった。

「邪魔してごめん、フィー」

 彼の呟きも雨音がかき消してしまった。


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