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王と細工師  作者: 骨貝
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閑話5

 薄茶色の髪と、薄茶色の瞳をした俺の好きだった人。

 彼女はもういない。




 舞踏会はハプニングも起きたものの、盛況のうちに幕を閉じた。アラスカシアとの間に持ち上がった問題は、この国の輸出品にかかる多額の関税を大幅に下げていただくことで片をつけた。当然強く事件についての緘口令を敷きはしたが、どれほどの効果があるか。まあ、かの王の失態が漏れたところで俺に痛いところはないが、とヴィーは思った。

 さて、仕事もある程度済んだことだしそろそろエルファンド工房へと行こうか、と彼が立ち上がったとき。


「王。どこへ参られるのですか」

 目前に遮るようにそこにいるのは、彼の補佐のクェイン。帰ってこないうちに出て行こうと思っていたが、会ってしまったものは仕方ない、誤魔化すに限るとヴィーは決めた。

「ああ、調べ物が出来たので書庫に行こうかと思ってな」

「……そうですか。なんなら私が代わりに参りましょうか?」

 モノクルのふちがきらりと光る。疑われているな、これはとヴィーは思う。彼自身は最近真面目に仕事をしていたつもりなのだが。

「いや、結構だ。お前も仕事が山積しているのだろう?」

「まあそうですが」

「ではそちらに励め」

「……まあいいでしょう。早めにお帰りになってくださいよ?ああ、土産にロイさんが作っていると評判のハーブティーを貰ってきてください」

 すっかり行き先がばれている。ヴィーには騙しきれる自信はもとより無かったから、許可が出ただけよいほうだろう。

「悪いな、行って来る」

 そういい残してヴィーは部屋を後にした。


 ばたりと扉が閉まる音を聞きながら、クェインは窓の外を見た。その方角にあって、ここからは見えない場所に眠る人を思った。

「ヴィーは、いまだ忘れられないのか」

 そうなのだろう。

 先ほど、どうせ先日の墓参りの件で出て行くつもりなのだと彼にはすぐ分かった。つい習慣で止めようとしたが、やめにした。何故墓参りにさして関係もないフィーを誘うのかと思ったが、よく考えればフィーの髪と瞳は、王だけでなくクェインのある幼馴染の姿を思い起こさせた。容姿は全く異なっていたが色だけならば似ていると言えなくもない。

 そして何より王に怒りをぶつけたときに見せた瞳に宿るものを思い出せば、細工師に王が何を見たのか明らかだ。悪趣味だと言わずにはおれない。けれど、王が受けた傷の大きさを考えれば、言葉が出なかった。

「まだ、それほど時を経たわけではない。それでももうあれから3ヶ月は、経ったのか、彼女が亡くなってから」

 戦いを思い出す。尽きず黒い夜にもがくように抗った日々を。彼は静かに、しばらく目を瞑っていた。

 瞼に浮かぶは暗闇に立つ一人の青いドレスの少女。




 フィーのいる工房への道は入り組んでいる。エルファンド工房は、良質な宝石を産することから宝石細工の工房の多いこの国でも国内随一の細工師が集うと呼び声高い。しかも先日城に招かれたことから、名実共に国内外にその腕が認められることとなった。最近かなり繁盛していると聞く。その割りに。


「随分控えめな佇まいだな」

 ヴィーは、相変わらず質素な建物を見上げた。いや、城に目が慣れすぎただけかもしれない。それでも、こんな奥まった立地からまったく動く気がないらしいエルファンド工房の主の気は知れない。

 彼はとりあえず表から入ることにした。今日は休日だ、たいして客はいないだろう。

「いらっしゃいませ、御用は何でございましょう」

「細工師フィオレンティーノを所望する」

「家の娘は貴方のような男にやれませんねえ」

「……お前な。あいつの父親か」

 他人行儀で出迎えたロイの姿にヴィーは溜息をつく。ロイは、細工をよく見せるためか日光のよく入る明るい店内で下手をすると細工より輝いていた。

「全く、お前が女なら放っておかないものを」

「今つくづく自分は男でよかったと実感したよ、ヴィー。君のような節操なしを相手にする煩わしさを想像するだけでうんざりだ」

「こちらも棘の多すぎる花と知らず摘むことが無くて済んで良かったよ。ともかくフィーを出してくれるか」

 ロイはそれに対して、真剣な目で王に尋ねた。

「傷つけないか?」

「ああ、安心しろ。俺が前を向くために、過去に折り合いをつけようと思っている」

「……そう。ならば呼んであげよう」

 そうしてロイはフィーを呼んだ。すると、作業場へ続く扉の向こうから、「ちょっと待っててくれ」という男だったら少し高めと感じるだろう声が返ってきた。ヴィーは久々に聞く声に顔を緩める。だが、本人に会うにはどうやらもう少し時間がかかりそうな様子だ。

「ロイ、なんならお前も来るか?」

「こちらとしてもそうしたいのは山々なんだがあいにく今日は体調が悪くてね」

 なるほど、銀の髪の下の顔は白さを通り越して青白い。

「どうせ来客の予定もあるから、ここを離れるわけにも行かないし。邪魔は、しないよ。ただし、君がフィーに何かしたと知ったなら、金輪際会わせはしない」

「分かったよ。だが俺としては、男女交際は個人の自由であるべきと思うが」

「実際、あんまり過剰に近づくなら、フィー本人もあなたとの付き合いを望まなくなると思うよ」

 ヴィーは、先日声をかけた途端逃げられたことを思い出す。そうなる可能性は高いのだろう。

 しばしロイは何かを考え込んでいたようだが、思い切ったように言った。

「この間言いそびれていたけど、フィーは男に触れられるのを好まないからね」

「そんな話を本人にも聞いた気がするな」

「……あなたはそれでいながらあんな態度をとり続けたわけかい?あんまり酷いようなら、王様といえど遠慮なく斬るよ」

「俺に剣で敵うとでも?」

「さあどうでしょう」

 険悪な空気が漂いかけたとき、パタリ、と扉が開いた。


「待たせたな、ロイ。なんか言い争ってたみたいだけど、どうした……げ、王様か」

 フィーが嫌そうに顔を歪めながら現れた。

「相変わらずだな、フィー」

「まあな。なんだ、墓とやらには今日行くのか」

「ああ」

「分かった。じゃあちょっと準備してくるから」

「そのままでいい、行くぞ」

「えっ、ちょっと待て」

 ヴィーが構わず店を出て行く。

「ロイ、悪いけど出かけてくる。無理するなよ」

「了解。気をつけて行っておいで」

「ああ」

 フィーを見送りながら、全くこんな日に限って薬が切れるなんて、とロイは溜息をついた。


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