22.憎しみのわけ
ヴィーに怒りをぶつけてからすぐ、呆気にとられた顔をした3人を残して去ったが、あれから彼らはどんな会話をしただろうか。一人、部屋の中でそんなことを思った。
不可解な顔をしているだろうか。執務室から部屋に戻ると、枕に押し付けるように涙で歪んだ顔を埋めた。溢れ出してくる悲しみと、怒りが胸の中でぐるぐると渦を巻く。
「ヴィエロア・・・!」
『冠のことを聞きたい』
『これを作ったのはお前の師匠らしいな』
何も知らないで。あんな奴。あんな奴……。
――あの時、刺してしまえばよかった
「そうしたら」
楽になれたかもしれなかった。
『その命は一度きりよ』
「師匠・・・」
けれど彼を刺したら、私は私を許さないだろう。殺したくは、ない。師匠が私を生かすために使った言葉を穢すことになるのだから。でも酷く苦しかった。
分かっている、私が勝手に彼の所為にしたいだけだ。誰かを責めていないと悲しみはあまりに大きくて、堪えられそうになかったから。だから彼を憎んでいる。自分は多分間違っている。でもやはり彼が王位につかなければ、師匠は生きていたかもしれない、そう思うと止まらないのだ。
「でもきっと、彼が闇を払わなければ、たくさんの人がまだ苦しんでいただろうし、死んでいたんだろうな……」
私の両親のように、誰かが誰かの大切な人を失って、泣いていたかもしれないのだ。だからと言って、師匠と他の人を天秤にかけて、他の誰かが師匠より重いとは思わないが。私の視野は狭いから、傍にいる人の外側を大切に感じてあげられない。師匠が生きているなら何人死んだって構わない。
「酷い、話」
どうかしてる。
ベッドの上で、うつ伏せから仰向きになる。顔の上に置いた手の指の隙間から、暗闇が瞳に映った。明かりもつけずに、ただただ天井のほうをじいっと見つめて、ぼんやりしていた。眠れなかった。
だから、師匠との古い思い出を手繰り寄せようとした。そうしたらよく眠れる気がした。暗い思考を遠ざけようと固く目を瞑って、いつしか私は眠りの中に落ちていった。
『教会からこの娘を連れて行くと、そう仰るのかな?』
『ええ。彼女の同意も貰いましたから、ね、フィー』
師匠の服にすがり付いて、後ろに隠れるようにしながらも、しっかりこくこくと頷く小さな女の子。薄茶色の、長いお下げ髪が揺れている。
幼い頃の私だ。
師匠と私の前には、分厚い眼鏡をかけた青い神官服の男がいる。この教会の神父の男。なぜだか夢の中なのに目が合った気がして、ひやり悪寒が走った。
やけに鮮明な夢だ。この情景は、記憶から取り出して思い出すことがなかったが、映像として私はよく覚えているようだった。改めて眺めると、神官はエレノイアの父親くらいの年だ。でっぷりと肥え太った壮年の男だった。女でも、師匠の方がはるかに格好いいな、と私は思った。神官のほうは師匠を男と思っていたようだったが。
師匠は私よりはるかにたくましく、男装が似合う女性だった。彼女が女だということを、工房の人間は最後のときまで信じなかった。勇ましく強い人だった。彼女の傍ならいつだって安心していられた。だから彼女の元で暮らしたいと告げた。師匠は快諾してくれて、それであの日両親の死後引き取られていた教会にそのことを伝えに来たのだ。ここからこの子を連れて行く、と。
神官はしかつめらしい顔をして、師匠を人攫いでも見るような目で睨みつけていた。そして言った。
『私はこの娘の父親代わりのようなもの。フィオナがいなくなったときには、日中探して歩いてまわって、それでもいなくて胸を痛め続けていたのだ。ようやく戻ってきてくれて、こんなにも嬉しいのにあなたは私からこの娘を奪うというのか。大体、フィオナは言葉では何も言ってはおらぬ。フィー、騙されているだけだろう? この男は優しいかもしれないが、きっとそれは今だけ。戻っておいで、良くしてやるから。戻って、来るだろう?』
神官の男の浮かべたただの笑みに見えるそれに、私の足は無意識にがたがた震えていた。怖かった。けれど、師匠の手がそんな私の手に添えられた。彼女を見るとにっこり微笑まれたから、それに力づけられて幼い私は神官の男をにらみ返した。
『わたしはあなたなんか、嫌い。ししょうのところにいきたい!!』
『なっ……』
『あなたの一方的な悦びのためにこの子を縛り付けるのは愚かというものです、神官どの』
師匠が冷たい口調で言った。
『何を』
『フィーがいろいろと話してくれましたよ……彼女の背中には随分ひどいやけどの痕があった。少女を痛めつけて苦しむ顔を好むなど、随分な趣味をお持ちで。あなたが神官とは世も末です』
神官の顔に大きな焦りが浮かぶ。多分このときの私は、弾劾される彼をいい気味だと思って眺めていた。今でもそう思う。この男のいやらしい表情を浮かべる眼が、触れると乾いてかさついたあの手が大っ嫌いだったから。
『それに加えて申し上げるならば、私はれっきとした女ですよ、失礼な』
師匠は憤慨した様子だった。彼女は日に何度もそれを主張している気がする。
『戯言を申すな、お前のどこが女だ!!』
師匠の顔には相手を張り倒してやりたい、というような険を孕んだ笑みが浮かんでいたが、 幼い私はそれをただ頼もしく思った。神官は激昂している。
『フィー。考え直さないとどうするか分からんぞ。おい男、いいか、こいつだって進んで私の罰を受けたんだ。罪深いその身だ、誰かが罰を与えてやるのが当然じゃないか』
首を必死に振る幼い私の姿が、とんだ自己憐憫だと分かっていても痛ましいと思った。進んで? 違う。嫌だった。進んで彼の下す『罰』を受けたことなんて一度もない。ただ、拒むことも出来なかった。罪をあがなうべきという言葉を私に暴力を振るうたびに男は発した。「お前の所為で尊い命は奪われたのだ。分かっているだろう? さあ、懺悔しなさい」。これは受けなければならない罰だと思っていたから、ただ耐え続けた。男は、他の子供に優しく、シスター達にも慕われていた。誰も、いびつな私とあの男との関係に気付かなかった。体のいい無口なサンドバックと、それを殴り笑う男という関係に。傷はいつも見えないところにでき、私は肌を見せるのを嫌った。フィーは恥ずかしがりやね、と言われて、ただ黙っていた。言っても信じてくれないと思った。誰も信じられなかった。
今思うと、あの日々は地獄だった。
『やはりあなたがフィーをこんなに追い込んだのですね。この子は私に言わせれば罪深くなんてない。ただ、幼かったのです。どうしてあなたはこの子に裁きを与える資格が自身にあるなどと思い上がったのですか? 彼女は両親を探すという目的と同時に、あなたから逃れたかったのです。当たり前のことでしょうね』
『恥知らずめが……! 育てた恩を忘れたか!』
師匠の言葉に男は呻くように言った。こちらを見据える目がギラリと光ってその表情は歪んでおり、幼い私が師匠の服の裾にさらに強く縋りつくのが見えた。
そっとそんな私の髪を撫でながら、師匠は男にさらりと返す。
『恥知らずはあなたです。歪な欲のために、こんな小さな子どもの抱かなくていい罪悪感をわざと呼び覚まして、それを否定するどころか利用するなどと。神官長のほうには私がお伝えして置きましたから、近いうちにあなたは解雇されるでしょうね』
男は顔を真っ赤にし、憤怒の形相で手をこちらに向かって振り回した。私は思わずいつものように目をぎゅっと瞑っている。しかし何も起こらなかったので、目を恐る恐る開くと、男の太い腕をあっさりと師匠が片手で止めていた。
『やれやれ。女性には優しくするものだとあなたの神はお教えにならなかったのか? ならばどうやら、あなたの神は私の知る極めて紳士なあの竜と同じ神ではないようですね』
つかまれた手を離そうとする巨体の反抗に、ちっとも師匠は揺るがない。涼しい師匠の表情を見て、ネズミと猫くらいその力が違うのだと気付くと、神官は、今度はがたがたと怯え出した。
『もう一度言う。彼女のことは私が引き取ります。さあ、ここへご署名を』
男はがくがくと頷き、言われるままに何か書類にサインしていた。それを終えると師匠はざっと目を通し、満足したのかくるりと書類を丸めた。
『よし、話はついたぞ。行こうか、フィー』
『はい!』
晴れ晴れと頷いた私が掛けていこうとしたとき、神官が悔し紛れにぼそりと呟いた。
『畜生、フィオナ、このメス犬め……誰にでも尻尾を振りやがって』
ああ。これを聞いたときの師匠の表情を私は忘れないだろう。
『一度生まれ変わって来い、腐れ神官』
ごきり、となってはいけないような音が教会に響き終わったのを最後に、二人はそこからすたすた歩き出す。私はそれを眺めていた。こんなことも、あった。彼女はこんなふうに私を救い出してくれた。この後も何度も。守ってくれた。私を弟子として、そして、わが子のように愛してくれた。師匠は素敵な女性だった。いつだって私の憧れだった。
あの神官から解放されたことから心底嬉しげに師匠を慕う笑みを浮かべる幼い私の頭を、師匠はぐしゃぐしゃと撫でる。懐かしい。そして羨ましい。自分に向かってそんなことを思っていると、ふ、と師匠がこっちを向いた。
え?
ぱちり、とウィンクを残し、彼女は去っていく。
見とれてしまう。ああ、なんて都合のいい夢なのだか。それでも私は、この教会を出て行ったあの日と同じ晴れ晴れとした気持ちになっていた。
「いい夢…」
「うん? 目が覚めた?」
「朝……?」
目が覚めると、もう朝で、開け放たれたカーテンから眩しい光が差していた。
だんだん意識がはっきりしてくる。ここはそう言えば城の部屋か。そんなことを思い出しながら周りを見渡すと、ベッド脇の椅子に座ったロイが肘をついて、私のほうを眺めていた。柔らかい銀髪が、朝日を受けて眩しく輝いている。
しまった。
「ロイ! ごめん、ベッド占領して眠ってた……」
「平気。よく、眠れた?」
「うん……」
いつもなら人がやってくると目が覚めるので大丈夫と思っていたのに。
「ロイ、そこで寝てたのか? ソファがあるのに」
「本を読んでたんだよ。枕元に来ないと明かりがないでしょう? もう帰ってくるのも遅かったし、いまさら眠れないって思ってね」
彼の膝元にはなるほど本がある。しかし。
「昨日戻ってきてからずっとそこで本読んでいたのか? その割にはあまり読み進んでいないようだがどうしたんだ?」
そう問うと、
「フィーの寝顔を見てたから、って言ったら怒る?」
え。
「何故私は気づかなかったんだろう……」
師匠に寝ているときだけは気配に敏感になった方がいいわよ、などと言われて、なるほど夜盗などが現れては集めた宝石が危ない、と特訓を積んだのに。
「鍛えなおした方がいいのかな」
そうかもしれない。
「フィー、それだけ?」
「何が」
「恥ずかしがる、とか」
「いまさら何を言っている」
寝顔ごときがなんだというんだ。
「そうだね……」
ロイはなにやら溜息をついた。美人が吐息をつくのはひどく色っぽいので、襲われない為に頻発しない方がいいと思う。
気を取り直したようにロイは言った。
「あの調子じゃ眠れないのでは、と心配したけど、うなされてもいないみたいで良かったよ。何の夢を、見ていたの」
「師匠の夢。一緒に元いた教会に行ったときの」
「ああ。神官を全治3ヶ月に追い込んだときの?」
「そうそう。あのときの師匠はすごかったな。あんなに強い女の人がいるとは思ったことも無かった」
「確かに母さんは強かった。今は、いい思い出だけど、こっちは後始末に奔走してばかりだったけどね」
くすり、とロイは笑う。
「ロイは大変だったな。私は毎日楽しかった。暗い闇の時代でも、彼女はいつもあんな調子で、悪漢相手にけんか売って、げらげら笑ってて……大好きだった。私、あんな元気な人が病気になるなんて思いもしなかった。しかも、逝ってしまうなんて」
声が詰まった。でも涙はもう流さない。師匠の葬式で、もう泣くだけ泣いた。涙が枯れ尽きてしまうほどに。彼女の病は治るはずの病だったのだ。本来ならば。
「時が、悪かったね」
新たに立つという王様のために、病を押して命を削るようにして、師匠は冠を作らなければならなかったから。それは、師匠にしか許されない、彼女だけに課せられた仕事だった。今は私が仮に継ぐことになっている、その『栄誉ある』立場ゆえに。
彼女は『竜細工師』と呼ばれる特別な、選ばれた細工師だった。この国の竜と王に捧げる細工を作ることが求められる唯一の細工師。
闇がいなくなった後、国を守り立て直すために、王を少しでも早く戴冠させる必要に迫られて、悲劇は起こった。
「母に悔いは無かったと思うよ」
「うん、分かってるよ。……これは私の勝手な私怨だ」
「フィー……」
「ごめん」
「王を、憎まないで」
「悪いな。ロイは王に憎しみを抱くな、と教えてくれたのに。私も自分が駄々を捏ねているようなものだと、分かってはいるんだけど。やっぱり駄目みたいだ、どうしても仇として彼を見てしまう」
師匠の死に様が生々しく記憶の中に刻まれて、そう間もない今はまだ。師匠はきっと望んじゃいないだろうけれど。
「それでも昨日は王にも悪いことをしたな、一応は命の恩人なのに」
一応は、だがな。
「……別にフィーが彼に罪悪感を抱くことはない」
「なんだ、ロイらしくない」
「そう?」
「うん、ロイなら今の私の言葉に、そうだよ、って言うところだ」
「僕はそんなに人に優しくないよ。特に彼には」
「でも憎むな、って」
ロイはそう言ったのに。
「分からない?」
「ん?」
「そういうこと言うのはヴィーじゃなくて、フィーのためだよ。君にはいつだって笑っていて欲しいから」
とても、優しい笑顔でロイはそういった。
「ありがとう」
そう、望まれるほど私はいい人間でもないが、嬉しかった。
「いや、僕の我侭だ」
「ロイは私に甘いな」
本当に甘い。
「フィーが大事だからね」
「家族として、な」
「それは」
「ごほん」
咳払いの音がした。
「すいませんがお二人で、無意識に変な空気を出さないでいただけますか?」
「クェインさん!?」
既にぴしりと糊のきいた文官服を身に纏った王の補佐役がそこにいた。今日はひどく眠そうだった昨日よりはさっぱりとした顔をしている。
「どうしたんです、こんな朝早くに」
「いえ、王にお前ちょっと奴らのところに行って様子を探って来いという不可解な命令を出されて狩りだされたまで。こちらも何故こんなところにいるのかさっぱりですよ。まだ眠いのに全くあの能無しが」
そう、王様が。様子を探って来いとは一体なんなんだ……というか私まだベッドから降りていないし、よれよれの昨日の服のまま着替えてもいないのだが。このままではあまりに失礼なのでとりあえず布団から抜け出す。そんな私を、やれやれ、といった顔でクェインさんに見られて、恥ずかしい思いをした。しかしこれは、私が悪いのだろうか。
「ノックぐらいしてくれても」
「しましたけど、何度か」
あれ?気付かなかった。
「本当に兄弟仲がいいんですね、羨ましいことです」
「いやそれほ」
「仲がよいというのも行き過ぎると嘆かわしいことになりますが恋愛も嗜好も個人の自由で強制は出来ませんから是非私の目の届かないところでならばどうぞお好きなようになさってください咎めはいたしません」
言葉を途中で遮られた上、何か一気に言われてよく分からなかったがなんだか貶された気がした。
「最近フィーと二人きりになったと思えば邪魔ばっかり入るね」
私に向かってそう言うロイは、安堵したような、残念そうなような表情を浮かべている。クェインさんはこちらに謝った。
「それはすみません。お邪魔したお詫びとしてはなんですが、とりあえず、お食事のご用意はしておきましたから。あと伝言がございます」
「何?」
誰からかは分かっている。あの王だろう。
「『昨日は知らず、いろいろと悪いことをしたらしい。すまない』」
「いいよ、もう」
彼への憎しみが消えたわけではない。けれど、終わったことだ。舞踏会というお祭り騒ぎはお仕舞いだ。後は彼へ口止めの作品一つ渡せばもう特に会うこともないのだから、こんな気持ちもいずれは薄れて消えていくはず。
しかし。
お許しが出たらもう一つ伝言をしておけと頼まれたのだ、とクェインさんは言った。
「なんだ?」
「『後日、付き合って欲しいところがあるのだが』」
「それは拒否したい」
「その場合、『うまくすればデマントイドガーネットが拝めるぞ』、だそうですが」
デマントイドガーネット……!? それは、かなり希少な宝石である。み、見たい。
ああ、でも断った方がきっといい。
「やっぱり断るよ。俺はあいつの前で昨日みたいに嫌な思いをしたくない。あいつもそうじゃないか?」
はあ、とクェインさんは溜息をついた。
「まあ普通そう思いますよね。もう、面倒くさいです。そもそも私がこんなことをする必要性が分からない。頼みごとをしたり謝ったりしたいなら、人づてでは無くて自分でしなさい。王、いるのでしょう。私は仕事に向かいます」
「ばれたか」
部屋のドアを開いて王様は渋々といった態で現れた。朝から正装しているのは、今日も来賓たちと会う予定があるのだろう。忙しいだろうに、こんなところで何をしているのか、この男は。
「ヴィー、いたのか、というかあんたひょっとして盗み聞きしてたのか?」
「いや、すぐ外で堂々と聞いていた」
「……へえ」
ドアの前で腕組みでもして堂々と立っていたのか?
「昨日は、済まなかった」
その目は、澄んでいて、真っ直ぐに私の目を見ていた。それを眺めていて、この男も向き合うことから逃げていたが、私も逃げていたと思った。向き合う、べきだろうか。
少なくとも今彼は私に向き合ったのだ。ならば私もそうしなければならないだろう。それで私は言った。
「いや、いいよ。俺があんな態度を、とるべきじゃなかった。感情に身を任せてしまった。事情を知らないあんたは混乱しただろう」
頭を下げる。ヴィーは、そんな私に驚いたようだった。
「俺が憎いのではないか?」
「……ロイに少しは事情を聞いたか?」
ロイは多分何か言っただろう。
「大体は。不用意な言葉でお前を傷つけたことは分かった」
やはりな。
「そう。少なくともあんたが王位に立たなければ、世界は例え救われなくても師匠が生きていたのは間違いないだろうと思っている。俺はそっちを望む身勝手な人間だ。理不尽だと怒ってくれてもいい。あんたが師匠の死に手を下したわけでも望んだわけでもないのだから」
「それは」
「そして昨日の舞踏会で、あんたは仮にも俺を救った。そして俺はその恩に対して無礼で返した。あんたが俺に何か望むなら、昨日果たせなかった分、話を聞いてやらないことも無い」
「……お前は律儀だな」
王は、ふ、と笑った。いや、元は断るつもりだったんだがな。
「王様、不愉快な思いをさせるかもしれないが構わないか?」
「ああ。前も言ったがヴィーでいい」
「ではヴィー、聞こう。どこに付き合って欲しいんだ?」
「墓だ」
「ヴィー!?」
今まで黙っていたロイがなぜか声を荒げたが、
「大丈夫だ」
と王様は言った。
「本当にただの、墓参りだから」
「しかし」
ロイは何か言いたそうだ。
「別にいい。でもいいのか、墓参りなど」
「お前と行きたいんだ、駄目か」
「いや、構わない。あんたがそれを望むなら」
「では約束だ。では、また後日……フィー、今の髪型似合ってるぞ」
抗議するまもなく王様は慌しく去っていった。
「あいつは……」
「確かに寝癖のフィーは可愛いけど」
寝癖を褒められても嬉しくないのだが。