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王と細工師  作者: 骨貝
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16.血の証明

 三拍子の曲が緩やかに止まって、ダンスは終わった。

 ようやく地に足がついて、安堵しながらもどこか残念な気持ちがある自分を腹立たしく思う。繋いでいた手が離れていく。感じる空気の冷たさに、ああ、王様の手は熱いのだと知った。

 ヴィーが取る優雅な一礼。私もドレスの裾を持って、形ばかりの礼をする。彼に比べたらぎこちなかろうがしょうがない。初めてなのだから。

 土砂降りに似た拍手の音がする。音楽はもう聞こえない。そう、最後の曲だったのだ。これで、思えば一瞬だったようなダンスの時間は、終了した。

 

「楽しめたか」

「まあ、な。お疲れさま」

 体重が軽いとは言っても疲れただろう。一応ねぎらいの言葉を述べておく。

 そうして一息つくと、私は何より気になっていたことを尋ねた。


「で、だ。結局お前は私を何から守ったんだ?」

「……まだ、エレノイアは現れないようだな。ならばもうすぐ、分かる。」

 本物のエレノイアが現れるまでの時間稼ぎだったのか。見渡せば成程いない。

 ふと、ちっ、と王は舌打ちした。苦い顔だ。

「ほら、おいでなさった」

 すぐに、しゃがれた男の声がした。


「ヴィエロア王、随分と情熱的なダンスでしたな。一曲中抱きかかえて踊るなど、それほどに私の娘はお気に召されたかな?」


 現れた壮年の男は、エレノイア様とやらの父親だろう、と私が先ほど思った男だ。何を考えているのやら、顔に浮かぶにんまりとした笑みがとても不快だと思った。悪だくらみをしている人間というのは人相が悪い。これは私の偏見だが。さて、私はどうでるかな。エレノイアであることを否定しておきたいところだが、ヴィーはなにやら考えているようだし、それに乗ったほうが安全だろうか。仮にも私のためにあれだけ労力をはらって踊ってくれたというのだ、悪いようにはしないだろう。そう判断して、取りあえずは事態の推移を見守ることにした。


「これはアラスカシア王。今日お話しするのは初めてですね。ええ、『この娘』はとても気に入りましたよ。なんとも愛らしく、時に皮肉なところもいい」

 ふうん。私は偽者であると否定はしない方がいいようだ。後半部がなんとなくむかつくが。


「皮肉?エレノイア、王をあまり貶めるものではない。申し訳ない、少し我侭に育ててしまったようで」

 やかましい、睨むな。お前に育てられた覚えはない。大体、私が自分の娘かどうか分からぬような男など、そのように偉そうに父親面をするものではない。エレノイア様とやらも不快だろう。……エレノイア様、早く帰って来ていただきたいものだ。よく分からないが、私の危機だ。


「いやいや、大人しいだけのお姫様よりよほど楽しめましたよ」

「そう言っていただけると幸いですな。ところで王、少々お話があるのですが……貴方と、この私の娘に関わることです」

 なんだろう。

「それならば聞き捨てなりませんが……込み入った話であれば、明日にでも個人的に伺いたいが」

 是非そうしてくれると助かるな。


「……いや、今、この場がいいでしょう。人が集う、この場が」

「……」

 あのヴィーが渋い顔をしている。なんだその、嫌な予感が当たりましたという顔は。


「エレノイア、こちらへおいで」

 アラスカシア王にいきなり手首を掴まれた。かさりとした乾いた手に不愉快さが増して思わず払いそうになったが、現状、そうするわけにもいかない。

「待て」

 ヴィーも、私の手を掴む。

「なんですか、父が娘を呼び寄せることに何の問題が?あなた様と私の娘が親しくなったのはよいことです。だが、まだ、正式に婚約を結んだわけでもない。その手を離していただけますかな」

「問題はある。アラスカシア王、その人に何をするつもりだ?」


「血の証明を」


「なっ……」

 私は声を失った。血の、証明だと?それはもはや滅んだ王族にのみ許された行為。竜の血とは関係なく英雄の血を継いだ血族にのみ現れるという再生の性質を証明するものだ。……それは、生きたまま頚動脈を裂いても生き残れるというほどの力を示すもの。つまり、首を切る。


「待てっ、私は」

「黙らせろ」

 やってきた騎士がもがく私を完全に押さえつける。おい、止めろ、私が血の証明なんざしたら。

「静かにしろ。覚悟をきめておけと言ったはず。何、激痛があると言っても死にはせぬ」

 死ぬぞ、間違いなくな。

 今私の顔はさぞかし真っ青だろう。


「王よ、あなたは竜の血を飲んだという。しかし本当ですかな」

「…疑いますか」

「ええ、実際は杯に注がれたのがワインであったか竜の血であったかなどもはや分からない。しかしこの娘の母は間違いなくこの国の滅びた先の王家の血に連なるもの」

「知っているが、血の証明など正気の沙汰ではない。そのような年端も行かぬ女性にそれを施すというか?」

「怯えているのですか? あなたには出来ないことだから?」

「……」

 気持ちは分かるが、せめて黙るな。私の命の危機だぞ!

 胡乱げに見つめてやると、ヴィーはやれやれと溜息をついた。そしてふ、と笑う。

 何かを思いついたように。


「なんなら私がそれをやって見せるなら、あなたはその娘に手を出さないと誓うか? 彼女が痛みに顔を歪ませるのは見たくない」


 え……

「は? はははっ、素晴らしい、エレノイアにそこまで惚れ込みましたか。痛みを味あわせたくない、それだけで、高々一度の逢瀬がためにその命を懸けると? 仮にあなたが本当に竜の血を取り込もうが、あの王族に連なったわけではないというのに! 血の証明をあなたがするならば、間違いなくあなたは死ぬでしょう。わざわざ命を捧げて認めるのですか、この娘の方がこの国を継ぐにふさわしい血と!」

「いや。かの王族の時代はもう終わった。しかしその娘が死ぬのは忍びない。どうしてもするとそう言うなら、私が血の証明をやってやろう」

 こいつは、何を言っている?

「やれやれ、エレノイアにそれを施したところで死にはしないというのに」


 いや、死ぬがな、私は。それよりヴィーはなにをとち狂ったのだろうか。ヴィーの方を見るといつも通りに凪いだサファイヤの瞳にぶつかる。


「どうかな、ショックのあまり死んでしまうかもしれないでしょう。それに俺は命がけとは言っていない、ひょっとすると頚動脈を引き裂いても生きる力が俺にあるかもしれない……無論、試したことはないが」

 間違いなく死ぬと思うぞ。まさか首を切って生き延びるという有り得ない可能性にかけて冷静なんじゃないだろうな?

「何より、貴方の目的は最終的には俺の首だろう?」


 その言葉に、一瞬アラスカシア王は押し黙る。

「おや、ご存知でしたか。あなたは邪魔なのですよ……しかし今、こうもあっさり死んでくれるというのなら、確かに一番話が早い。剣を持て」

 アラスカシア王の命を受け、剣を持ったアラスカシア騎士が現れた。ずしりと重そうで、刃渡りの長いそれを、アラスカシア王は受け取る。ちょっと、待て。本気か?

 私は押さえつけてくる騎士の手を、頭を振って払った。


「何言ってるんだ、ヴィー、よせ! あんた、そんなことしたら……むぐ!」


 再び押さえつけられてしまう。ヴィー、それは駄目だ、お前は憎い、けれどまた私の『ため』に誰かが死ぬというのか!! 止めようともがく私を見て、ヴィーは笑った。


 騒ぎに人が集ってきた。ヴィーが、異常に気付いて駆け寄ってきた近衛に手で合図して止めた。馬鹿、一体何を考えている!?


 アラスカシア王は抵抗を見せない彼に満足げに剣を構えたが、ふと止まった。思いついたように笑って。……本当にこの男の笑みは虫唾が走る。

「エレノイア、お前がやれ。王を上手く誑かした褒美だ……これほどまでにお前に惚れている男にとって良い餞となるだろうよ」

 響き渡る、狂ったような、哄笑。


 何を言ってるんだ、この人。私に、ヴィーを、斬れと?


「さあ、剣を取れ。どうした、お前もこの男に情が移ったとでも言うのか? 愚かしい、血の証明を見せ付けたあと、王としての資格に怪しいこいつから王位を奪うにしろ、結婚を迫るにしろ、こいつは殺すのだと言ったろうが」


 いやだ


 私は剣を渡す手を払いのけて、あたりを構わず叫んだ。

「そんなこと知るか! あんたはどうかしてる。おい、ヴィー何笑ってるんだ、大馬鹿者! 聞け、私はエレノイアに似てはいるが違う、私は細工師フィオレンティーノだ!! だからヴィエロア王は私を庇っているだけだ!」

 周囲が私の言葉を聞いて、ざわめきを増す。ああ、確かにあの顔は……という声があちらこちらで聞こえた。

「だから本物に血の証明などやらせればいいだろう、こいつがそんなことをする必要はない!!」


「黙れ!! いきなり何を血迷ったことを……王を殺すと宣言したからにはもはや手遅れだ。ヴィエロア王を屠るしか道はない。そしてこれは絶好の機会だ、そんなことも分からないのか? ……もうよい、お前がやらぬというのならわしがやろう、ヴィエロア、覚悟!!」

 剣をとらぬ私に耐え切れなくなったように、アラスカシア王が自ら剣を抜くのが見えた。


 その時。


「父上、待って!!」


 高く凛とした声を響かせ、光沢のある、ピンクのドレスを纏った少女が場に乱入した。

「な、エレノイア? でも確かにここに、エレノイアが」

 まるで双子がいるかのような光景にアラスカシア王が剣を振り上げていた腕を下ろして固まった。明らかに混乱している。

「お、お前は、誰だ」

「私が、エレノイアよ。分からないというの?エレノイア・ランドカルセ・フィオーネ・フィオール・アラスカシアはこの私。父上、ヴィエロア王を放して……血の証明をせねば気が済まぬというなら私がする!」

 少女が、私が先ほど振り払った、父の手にある剣を取った。

「しかし、エレノイア。こいつがいなくなった方が確実だ」

「……ねえ、父上、あなたはそんなにこの国が欲しいの?」


 一歩、アラスカシア王から引くと、首筋に少女は刃を当てた。血の証明は、悪趣味なそれは歴代王が王位に就くたびに行われていた儀式だ。大衆の前で自らの首を切り裂いてなお死なない王家の血を見せ付ける、なかなか陰惨な儀式である。ヴィーが王位についてからは、彼が英雄の血を継がぬゆえに無くなるとされる儀式。それを、国を奪いたいが故にアラスカシア王は娘にやらせようとしたのだ。

 斬られると、再生して死なぬとはいえ、やはり激痛を伴うと聞く。

 エレノイア姫が逃げ回るのも分からないでもない。おかげで大変な目にあったが。

それでもともかく、彼女は、覚悟を決めて現れた。すぐ傍に立つその姿は、なるほど鏡を見るように私と瓜二つの顔をしているが……彼女のほうが、高貴な気がした。やはり一国の姫として育てられた気品がある。

 その気高き姫は、き、とその父を睨んだ。


「私はあなたに従いたくないのです。国を獲るなど興味はないし、痛いのだってごめんだわ。だから逃げていたら、ここにいる彼女が代わりに捕まってしまった。

 ……こんなことのために誰か死ぬなんて理不尽は許されない。どうしてもと父上が言うのなら、血の証明とは、唯一私がするべき儀式なのです。でもそれを証したところで、国が手に入るわけはないのに。ようやくこの国に訪れた平和を乱すように諍いが、戦争が起きるでしょう……けれど、わたくしたちの国はきっと負ける。私はヴィエロア王が竜の血に認められたのだと、分かるもの。そう何度も申し上げましたのに、お聞き入れてくださらなかったですね。ねえ、父上。私が死んだら、その野望は潰えるでしょうか。ヴィエロア王、あなたは父の非礼を許してくださいますか、私の命で」


 その首に、刃が食い込もうとする。何、みんな固まってるんだ、こんなのってない。何故王といい、このお姫様といい、自己犠牲が一番素晴らしいとばかりに死のうとする?

 そう思うのに私も動けなかった。だが。


「フィー!」


 ああ、ロイの声がする。

 そうだ、彼が姫を連れて来たのだろう。ふと、私の手足はもう自由だと気がつく。彼の声は私を落ち着かせる作用がある、彼のいつも淹れてくれるお茶のように。パニックから落ち着いてくると、私はあることを思いついた。


「お待ちください、姫君」

 エレノイア姫の近くにいた私は彼女の手を押さえつけた。簡単に、それができる。私のほうが力が強いのだ。ああ、こんなに震えている。そして、私よりもきっとこの腕は細い。触れば、柔らかい手なのだと思う。私と彼女は違う。どんなに顔の造りが似てはいても。


「王女、あなたが死ぬ必要はない……要は、そこの馬鹿親父にこの国の馬鹿王が、英雄の血はなくとも間違いなく竜の血に認められたって証明すればいいだけだ」

 そう。それだけのことだ。今まで動転していて、失念していた。剣を握る手をそっと包んで微笑んで見せる。

「ふぃ、フィオレンティーノさん?何を……」

「剣を、私に」

 剣を姫から有無を言わさず取った。人々が安堵した空気が漂う。しかしそれは再び次の私の行動で、張り詰めたものとなった。

 私はヴィーのほうに向かい、剣を突きつけたから。


「フィー?」

 なんだそのにやりとした顔は。お前は最初から分かっていたんじゃないか?こんな茶番をしなくとも。

「指、出せ」

「仰せのままに」

 私が差し出された彼の指を薄く切りつけると、ぽたりと血が流れ落ちた。それを確認して私は叫んだ。

「誰か、杯を持って来い!」

「はい、どうぞ」

 いつの間にやらやってきたロイが差し出す。よく分かっているな。グラスには、水が、入っている。


「よし。ここにあるのはただの水……しかしどうだ、こいつの血を入れるとそうではなくなる」

 ぽたりと血を一滴落す。

 アラスカシア王がわけが分からないという顔をしている。もう少し、この国の伝承を調べておくべきだったな、アラスカシア。

「知っているか」

「何を、だ」

「竜の血の別名を」

「なんだと言うんだ!!」

 激昂して叫ぶ男の元へつかつかとヒールをならして歩み寄った。私を止めようと彼の護衛が寄ってきたが、ロイが黙々とぶちのめしていた。

 よろしい。遅かったが許してやらないこともない。お陰で、目的の人物に難なくたどり着く。

 勢いに引いているアラスカシア王の口先に、持っていた器のグラスの口を当ててやった。


「教えてやる、『裁きの血』だ、召し上がれ」

 無理やり流し込むと、口を塞ぎ、鼻をつまんでやった。ちゃんと全部飲むように。息が出来ないために仕方ないように嚥下して、途端に男はのた打ち回り出す。


「な、なんだ、この水、は」


「竜の血に認められた『王』の血にも裁きの力は宿る。この国の王として資格あるものかそうでないかを処断する裁きの血が王を常に監視する。竜の血を飲んだ者の子孫は多少血が薄まるというが、こいつの血は竜の血と同じくらいの濃度だろう。お味はいかが?

 いいか、よく聞け。再生の力より何より、この国に要るのは竜の血の加護だ。ここを、乗っ取るつもりだったんだろう?ならばお前も試される予定だったんだ、竜の血に。いい予行演習だ」


「ぐえ、げほ……し、死ぬのか、私は」

 床を無様にのた打ち回り、息も絶え絶えな男を睨みつける。

「さあな。仮にもあんたは王様だ、日頃の行いが物を言うだろうよ」

 死にはしない。誰だってあの量で死ぬわけがない。資格が無ければ、苦しいだろうが。内臓が焼けるように痛いと聞くから、まあ、エレノイア嬢に血の証明をしようとしたような人間にはいい薬だろう。


「分かったか。王が飲んだのは間違いなく、裁きの、竜の血だ。もし毒だとでも言って認めないなら、王の首に直接かじりついてでもみるんだな、そしたら今度は命の保障は出来ないが。なにせあんた水で薄めたのにそれだけ苦しんでるんだから」


 切られた指先をのんびり眺めるヴィーの方を振り向いて、私は言う。

「過去の英雄の血がなんだ、どんなにその再生の力が神秘に溢れようと、その血の流れる子孫は結局国を絶望に落とした。今ではもう、闇を払ったあいつが英雄だと国民は皆言うだろう」

 私を除いてな。王の頭の上にある、冠を睨みすえる。やはり憎い。

 それでも。


「ヴィエロア、あいつが、この国の王だ」


 どこから歓声が上がった。怒号のように、人々が沸く。王を、讃えて。


 みんな、いい気なもんだ、こっちは死に掛けたというのに。とんだ茶番を演じてしまった。

 私はうんざりと、そんなことを思った。王は、歓声に構わず、暢気に指から出る血を舐めていた。


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