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王と細工師  作者: 骨貝
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2.工房にて

 一晩空けて。ここは煌びやかな王宮でも荘厳な神殿でもない、王都のはずれにある古ぼけた工房。

 窓から流れる朝の白い光が、この工房の売り物を七色にきらめかせた。


「あ~あ~」

 そこには昨日、王に問いかけをした少年がいる。

「どうしたの、フィー」

「だって何で王様が石言葉を知っているの。つまらん」

「さあ、文武両道であらせられるからね、あの方は」

「完全無欠人間って可愛くないと思わない、ロイ?」

「というかお前は求める答えをあの男が出さなかったらどうしたんだ」

「え~?あれ溶かしてなんか別のもの作ってたよ」

「それはやばすぎるだろう」

「そうかなあ」

「間違いなく」

 そうかなあと椅子に膝立ちでがったんがったんと座って揺らす少年を、もう一人の優しげな青年は危ないよ、と苦笑して咎めた。

「格好いいじゃない、<其れは統べるものの証であると同時に我らが竜とその子らを尊び忠誠を誓う証>って彼は言い切ったでしょう」

 金の石言葉は尊敬と忠誠。そして権力とかの力の象徴でもある。

「統べるもの、で止めてたらなあ」

 冠をやりはしなかったのに。

「何でまたそんなに拘るんだか。お咎めなしで帰ってきただけでも奇跡と思うよ。フィーが蛮行に走るたびに心臓が凍りそうになる」

「ごめんって。ほんとは、さ…あの王冠、溶かしたりするもんか。だって私欲しかったんだよ、あれ。本当は、欲しかったんだ。渡したくなかった。だからあそこまで行った。気に入らないよ、だって、あいつに、あいつのせいで」

「フィー」

 違うよ、だめだよ、と悲しそうにロイに首を振られてフィーは押し黙った。

 ぐすん、と鼻を鳴らす。

 時計のかちこちなる音と、フィーを落ち着かせようとロイが入れたお茶の香があたりに漂った。

 無言のままお茶を飲んで、心が穏やかになったらしい。すると考えていることもふと漏れるようで。

「しかも、ばれた」

「は?」

 あ。うっかり言ってしまった。少年は仕方なく、言葉を続ける。

「女ってばれた」

「はああああああ!!!?」

 常日頃温厚なロイがすっとんきょうな大声を上げた。危うく噴出しかけたお茶を器官に入らせて苦しそうにしている。

「ど、どうしてさ」

 息も絶え絶えと聞かれた。

「……わからん」

「わからん、じゃないでしょう。ああ、とうとうこの工房も閉めなければならないときが」

 王国では女子が就ける職業は限られており、彼女の選んだ生業は女子厳禁とされるものだった。不浄が石に映ると言って。

 そんなことはないのに。迷信である。彼女は細工師であり、強く自分の作るものに誇りを持っていた。だが、世間には面倒だから性別を隠していた。男として振舞っていた。それゆえ、あんな大立ち回りをしては目立つので、ちらとでも疑われぬよう男の服と香を纏い、少し長くしていた髪もばっさりと切った。それなのに、あの男にばれてしまった。

 求める答えを得て、すこし震える手で男の艶やかな黒髪に差すように冠を載せたとき、こちらを見上げた王が、すっと手を掴んであろうことか口付けを落したのだ。しかも「ありがとう、お嬢さん?」と言った。思わず目を見開いてしまった。その言葉に動揺するのでなかった。動揺が彼の疑いを確信へと変えてしまった。ばれてしまったからには、一瞬職を奪われることを覚悟したけれど。

 ロイを安心させるべく少年のような少女は、微笑む。


「口止めしてきたから大丈夫」

「…どうやって?」

「今度細工物いくつかただでやるっつったらいいって」

「なるほど」

「納得したんだ?」

「フィーがしていた耳飾を見れば、それがどれだけの価値か分かったんだろう。目もいいな、今度の王は」

「忌々しいことに」

 よかったじゃない、とロイは再び落ち着いた様子だ。

「で、その後は走って逃げてきたわけ」

「幻術を使った」

「…もう何も言わないよ。また僕の作った道具を持ち出したんだね。そうだろうとは思ってたけれど」

「よくできていた。王に気付かれた瞬間に使えばよかったよ」

 術のこめられた石のはまった指輪を撫でる。このお陰で助かった。

「まったく、君が一度も痛い目にあわないのが不思議だ」

 そう言いながら、彼は嬉しそうだ。作ったものを褒められるのは誰しも嬉しいものだ。その価値が何であるか理解している人間にそうされると特に。


 それからしばらく。客もあまり来ない店なので、のんびり彼らは作業していた。そこに。

「ずいぶん寂れた店だな」

 音もなく一人の男が訪れていた。深くフードを被っている。

「どちらさまでしょう?」

 ロイが警戒を含んだ声で問う。フィーは顔をしかめた。

 2人が気配に気付かないなんて。

「ああ、いきなりすまなかったな、ヴィーでいい。一応客だ」

 その声に。

「げげっ、ヴィエロア王!!」

「ああ」

 突然の客を、フィーは後ずさって、ロイはなにやら、ああこいつだからか、といわんばかりの態度で迎えた。


「げげ、に、ああ、とはなんだ、失礼だな」

 ばさり、とフードを外すと、冴えない店に似つかわしくない涼しげな空気を漂わせた精悍な顔が、不機嫌そうに姿を現した。間違いなく、王だ。

「お嬢さん、約束だろう、口封じの代償を貰いに来た」

 と王は表情を改めてフィーの方を見やる。

「き、昨日の今日で気が早くはないか」

「忘れられたらかなわんからな。」

「よくここが分かったな…」

 フィーはうんざりとした様子だ。

「神官長に聞いたよ、まったく飛んだ茶番だ、あの人も人が悪い」

 そんなに俺を王にしたくないのかね、と王様、もといヴィーは苦い顔をしている。

「気のいい爺ちゃんじゃん。用件言って王に会わせてって頼んだらあっさりいいよっつったもん」

「胡散臭い古だぬきだ。まったく、そいつに居所をばらされたのだろうが」

「あ。」

「…罰当たりな…」

 ロイは溜息をついた。神官長というのはフィー流に言うなら「結構凄くて偉い人」だ。神たる竜と話すことができ、巫女と神官を束ねる人望を持つ。癒しの術と薬の最たるものを備えた唯一の人間。それを爺ちゃんと狸呼ばわりだ。ああ嘆かわしい。ロイはそこそこ信心深かった。商売繁盛を祈るために。

「で、名前くらいは聞かせてくれるのか?」

 ややあって、そう尋ねるヴィーの言葉に、だんまりを決め込んだフィーを無視してロイはいった。

「僕はロインズと言います。一応ここのオーナーになるかな。そこにいるのがフィオナで家に 住み込みで働いてる稼ぎ頭。細工を見れば分かると思うけど、細工師としては天才。でも、ちょっとお転婆なところがあって…。昨日はそんなフィーが失礼をしたみたいで、僕から謝っておきます。申し訳ない」

あまり敬っているとも言えない口調だが、ロイの持つふんわりとした空気はそれを感じさせない。むしろ彼の深い声が心地よいと思わせる。それは王をして例外ではなかった。彼は笑った。

「構わない。まあ、余興になったし、終わったことだ。何か事情があったのだろう?」

「…」

「フィオナ、と言ったか」

 フィーは唇をかんでいる。ロイは少しはらはらした。彼女の憎悪を知っていたから。

「…フィーでいい。そう呼ばれると虫唾が走る」

 しかし、少し息を吐き出すと、彼女はいつもの調子で言った。

「分かった。ではフィー、私に何をくれるんだ?」


 フィーは迷った。嫌いな相手である。しかし、彼女は美しいものが好きだ。人間も同じ。ヴィーの外見に罪はなく、その存在に罪があるのであって、成程彼は綺麗な人間だった。彼が王と聞いた誰もがそれを否定できないだろう。真っ直ぐこちらを射抜く青玉の瞳。絹で結われた絹糸より艶やかに流れる黒髪。細く形のいい鼻梁、彫りの深い顔立ち。薄い唇は意志の強さをあらわすように一文字に結ばれている。美しいものはそのままでも美しい。けれど細工師の彼女としてはそれを如何に彩るかに胸を躍らせる。嫌いな人間だが美しい人間だ。であるからにはそれを飾るための「仕事」は真剣にしよう。


「希望があれば伺うよ、あんたの求める細工を新しく作ろう。あいにく作りおきのものはあんたに合いそうなものがない」


 フィーの言葉にロイがピクリと眉を動かした。彼女は気の向くままに作るのが好きで、滅多に自ら進んで特定の人に合わせて作ることはしない。勿論、頼まれて誰かに合わせて作るときもあるがいやいやながらといった感じだ。彼女流に言うなら、出来たものが勝手に似合う人間を引き寄せる。その通り、不思議と彼女の作ったものは見合う人間に買われていった。しかし時に創作意欲を沸かせる人間に出会うことがあるらしい。そんな時彼女は楽しそうだ。それが、この男、とは。


 ヴィーはと見ると、驚いた顔をしている。そんな彼女のことをある程度聞いていたのだろうか。

「しかし」

「まあ、そうすると時間かかるし、嫌なら適当にあるもの見繕って持って行ってくれてもいいけど」

 早口にフィーは遮った。なにやら残念そうだ。見るからにしゅんとしている。

「いや。…光栄だ、頼むよ」


 そんなフィーを見て王は柔らかく笑ってそう言った。ああ、やはり彼は彼女の気性を知っていたらしい。フィーはたちまちに嬉しそうな顔をした。とび色の目が踊るような朝の光を映して輝いているのを王は眩しそうに見つめると、ぽつりと呟いた。


「いくつかお前の作ったものを見せてもらえるか?」

「別にいいがやらんぞ?」

 フィーは怪訝な顔をした。

「分かっている。見るだけでいい」

「本当?」

「どうして疑う」

「そうですねえ、フィーの細工は多分、ヴィーのような人なら見たら欲しくなりますよ」

 ロイの言葉に王は不可解な顔をしている。

「あなたは見合う、というか従えてしまうでしょうからね、彼女の作品といえど。すこし、羨ましいですね」

「?ロイも見合うものが多いぞ」

 フィーはそう言って笑った。間違いなくロイも綺麗だ。銀糸の髪、薄い水色の瞳。

「ありがとう」

 ふっと笑う彼を見て、変なロイ、とフィーは思った。


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