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王と細工師  作者: 骨貝
19/97

15.王と踊って

 ロイは歩き回ったが、フィーの連れて行かれた部屋がどうしても分からなかった。もう、彼女が連れ去られてから、随分経ってしまった。彼を邪魔した男はいやに粘ったため、思わぬ手間がかかってしまった。

 フィー、あんなに嫌がっていたのに。

 彼女はドレスを特に嫌う。とある事件があって以来、昔は下手すると見るだけで気絶していたが、今はだいぶましになった。それでも決して着ることはない。

 

「フィー……」


 呼んでも、返事はない。仕方なく舞踏会場の方に戻っていくと、ふと、目の端に何か映った気がした。なんだろう。辺りを見回すと、また何かがひっかかる。立ち並んだ、甲冑をロイは見つめた。また。そのうちの一体の内側、目元あたりが光ったような気がしたのだ。まるで、人間でも入っているように。

「ん?」

 思わず近づいてよく見ると、甲冑の切れ目から布が覗いているのが見えた。これは、服?

「人かな?」

「きゃああ!」

 ばっ、とロイが兜部分を外すと現れたのは、明るい茶色の髪、とび色の瞳。


「フィー?」

 彼女は、こちらをじいっとその目で見据え、首を愛らしく傾げて見せた。

「あなたさまはだあれ? 美しい人」


「フィー……、じゃない。あなたは?」

「ああ、ごめんなさい。こんな格好をして、恥ずかしいわ。私エレノイア・ランドカルセ・フィオーネ・フィオール・アラスカシア。隣国アラスカシアの第1王女です。……信じてくださいますか。そしてあなた様のお名前を伺っていいかしら。まるで、絵本から抜け出した王子様のようなお方」

 彼女は、フィーと間違えられたエレノイアだった。


 ロイはとりあえず、彼女が重い甲冑を外していくのを手伝った。一体どうやってこの中に入ったのだろうと半ば頭痛のする思いだった。


 なんとか甲冑から抜け出た彼女は、フィーと同じように男装をしていた。それに驚きながら、成程、普段からこんな風に逃亡するなら、フィーが間違えられるはずだとロイは納得した。

 それにしても、まさかフィーが王女と間違われてしまったとは。

「……エレノイア姫、私は、本日職人として招かれたロイと申します。残念ながら王子ではございませんよ。あなた様はここに、隠れていらっしゃったのですよね」

「ええ、うまく隠れるところが思いつかなくて。舞踏会を逃れたところで、父の望みを果たすまで逃げ切れるわけがないと分かっているのだけれど」

 自嘲するように彼女は笑う。その顔でそんなふうに笑われると、責められなかった。

「理由をお聞きしても?」

 出来ればこの人を説得して、フィーを救い出したい。フィーの心底嫌う、『女装』から。

「お話したら、あなたは私をどこかへ攫ってくださる?……ふふ、冗談ですよ、そんな顔なさらないで。初めてお会いした方に申し上げることではありませんでした」

「いえ……こちらこそ理由を問うなど不躾なことを申しました。実は私にとって大切な人が、連れ去られてしまった。その人はあなた様と瓜二つの容姿なのです。そのため、彼女こそエレノイア姫だとあなたの国の方は思い込んでしまったようで」

「そんな……本当に?」

「ええ、信じがたいことかもしれませんが、本当によく似ていらっしゃいます」


 見かけだけならはっきり異なるのは、髪の長さだけだろう。自分ですら一度見間違えてしまった。

 エレノイア王女は、ロイの言葉にさっと顔を青くした。


「大変だわ、彼女殺されてしまうかもしれない」

「……どういう、ことですか」

 殺される? 思わぬ言葉にロイの血の気が引く。


「父がしようとしていることは、この国の乗っ取りよ」

 血の証明をすると彼女は言った。彼女の母は、この国の英雄の血をひくものであったという。その血の証明とはつまり。


「なんてことを」

「ええ、とんでもないこと。英雄の血なんてかかわりのない人が血の証明をするなら確実に死んでしまう。国の乗っ取りなんて……私はそんなことをしたくない、望まないと、そう何度言っても聞いてくださらなかったから、逃げていたのに。ごめんなさい、わたしのせいで」

「あなたのせいではないです。

 しかし、急ぎましょう、フィーがどこにいるかお分かりになりますか」

「多分、従者達は彼女を父の元に連れて行ったに違いないわ。王の前に共に立つために」






「本当に見違えましたわ、大丈夫です。自信を持って、この一歩を踏み出していらっしゃってください。さあ、あなたたち、エレノイア様を頼んだわよ。かの偽王を暴いて見せるためにも」

「はい、お任せください」

 メイドが去っていく。

 貴族の男に手をとられて、私はようやく我に返った。いつの間にか連れて来られたここは、舞踏会場の入り口ではないか。


「離せ!」

「姫、大人しくなさってください、はしたないですよ、げふ!?」

「触るな」

 うるさい男を、私は遠慮なく蹴っておいた。彼はぴくぴくしているが放っておく。まったく、まさかダンスの成果がこんなところに出るとは思わなかった。基本的に手はあまり使いたくないので、蹴る力が付くのは大歓迎だが。周りの注目を、苛立ちのままに見回し、視線で押さえつけた。誰もが「見てしまった」、という顔をしていたが気にしない、後々噂が立つのはエレノイア様とやらにであって私ではない。しかし蹴りづらかった。

 そんなことを思いながら自分の格好を見下ろして、淑女よろしく卒倒しそうになった。見事にひらひらした明るい黄色のドレス。コルセットは幸いにもされなかったらしいが、これはひどい。顔にうっすらのっているらしいのは化粧だろう。しかしまつ毛はどっしりと重い。唇の感触に、口紅など塗られては、何も食べれないではないかと憤りを覚えた。さっさと全て落したい。脱ぎたい。だがここから逃げ出す前に、私を心配していそうなロイを見つけなければ。だが、ロイは見当たらなかった。倒れてはいないはずだ。騎士と戦っても、きっと彼は無事だと思う。ただひょっとすると、まだ私を探してくれているかもしれない。それなら下手に動くよりここにいたほうがいいだろう。


「やってくれたな」

 思わず呻いてしまう。着替えるにしろ、問題は着替えがどこにあるか分からないこととどこで着替えたらよいのか分からないこと。こんな格好だと動き回るのも一苦労だ。筋肉痛なのにヒールの高い靴を履かされるとは、なんたる拷問だろう。

 ともかくこの場をどう乗り切るか。一番手っ取り早いのは『エレノイア様』ご本人を彼らに差し出すことだが、隠れていると言っていたし……。さて、どうしたものか。ロイがひょっとすると彼女を探してくれるかもしれないが、ともかく今は待つしかない。手持ち無沙汰に一人途方にくれて、私が鬱々と頭を抱えていると、声をかけてくる者がいた。それも複数。


「連れの人はいないの」

「ねえ、君、勇ましいね」

「可愛らしい人じゃないか、何を言う」

「さっきの見てなかったの?惜しいなあ」

「僕と踊ろうよ、もうすぐ次の曲が始まる。そろそろ最後だ……」

 

「うるさい。どいて」

 この暇人どもは、厚い化粧に騙されたか知らないが、冷淡に突き放しても付きまとってくる。しつこい。

 どの顔も、私の身近にいる人物のせいか、ちらとも魅力を感じない。男の格好をしていたときは見向きもされなかったのに、これだ。だからこんな格好はいやだ。ろくなことが起こらない。面倒だ。

「いい加減にしろっ」

 とうとう堪忍袋の緒もぶちりと切れて、怒鳴ったとき。

「……フィオナ、か?」


 その声は。

「何をおっしゃいますのやら、私はしがない通りすがりの一貴族のご令嬢でございます、さらば」

「そんなことを言うご令嬢がいてたまるか」


 脇を通り抜け立ち去ろうとしたのに目の前に立つ男。

「……フィオナと呼ぶなと言ったはずだ」

「やはりフィーか」


 現れた王は目元を緩ませて嬉しそうに笑う。すると、こちらの様子を伺っていた連中が立ち去っていった。さすがに王様を相手に女の取り合いをする度胸はないらしい。しかし不快で厄介なのが目の前にいるのは先ほどと変わらない状況だ。そう、存在は不愉快だ、しかし、目の保養になるという点でなら合格点をやってもよい。低めな私の鼻と比べてうらやましくなる理想的な高さの鼻、加えて目元が涼しい。今日は結われていない漆黒の髪は、さらりと広がっている。口元に浮かぶどこか斜に構えた笑みはいただけないが。開け放たれたその存在感を、こうも間近に感じるのは戴冠式以来だ。圧倒されて立ち尽くす。思わず足に力を入れた。


「そうだけど」

「なかなか『女装』も似合うじゃないか」

「褒められて嬉しくないのは初めてだよ」

「初めて、とは光栄だな」

 なんだかいかがわしい。睨んでやると、ヴィーは言った。


「いいんじゃないか、本当に綺麗だと思うが」

 まじめな顔をして言うな。余計に冗談を言っているとしか思えない。

「……望んでこんな格好をしているわけではない」

「どうした?」

「なんかエレノイア様、とか呼ばれて拉致されたんだよ」

 溜息混じりにそう言うと、王はしばらく考え込んだ。

「ふうん。エレノイア様、ねえ。よほど似てるんだな。たしかに、本人は、まだいないか……

 ん?あれは……面白いことになったな」

 王が何かを見つめているのに気付いてその視線を追うと、こちらに駆け寄ってくる壮年の男がいた。重たげで豪奢な服がそれを困難にしているようだ。その男は一心に私を睨み据えている。ひょっとして……

「あれって、エレノイアを知っている人ではないのか」

 問うように王を見ると彼は、にやりと笑った。嫌な感じだ。王の補佐はいつもこんな気分を味わっているに違いない。かわいそうなクェインさん。

 私がクェインへ黙祷を捧げていると、王はにやりと笑ったまま言った。


「とりあえず踊ろうか」


 はい?

「なんだと!?」

 何故そうなるのかよく分からない。

「色気ない叫びだな、ここは恥らうところだ。この俺に誘われて嬉しくないのか? せっかくの機会だ、ここで踊れるなど早々ないことだぞ? それとも踊れないのか」

 秀麗な顔に、嘲笑が浮かぶ。

 いらっ、とした。

「踊れなくはないが踊りたくはない。そしてちっとも嬉しくない」

 足はまだ痛いし、ヴィーと踊るなど御免だ。


「頼む」

 また彼は、真剣な顔をする。しまった。私はいやなことに気がついた。

 ロイの目が蕩けるアクアマリンのようで好きなのだが、ヴィーの目はサファイヤに似ている。そして、こんなふうにまじめな鋭さを帯びるとそれは。

「お前のためなんだ」

 なんとも苛烈に美しい、と。悔しいがそう思ってしまった。



 おそらくもうかなり傍まで近づいてきているエレノイア様の父親と思しき男が、何か関係しているのだろう。私のためというのはよく分からないが、おそらくヴィーの目を見る限りは本当なのだろう。そして今、私としては捕まりたくないのも事実だ。ここは便乗してやろう。


「……足にあざができても私は知らないからな」

 そう言うと、王は笑った。

「誘いを受けてくれて光栄だ……あざがもしできたらいい記念にさせてもらおう。天才フィオレンティーノが刻んだ跡、としてな」


 滑らかな動きで差し出された手を掴む。大きい手だ。


「そんなこと言ってると、跡が絶対に消えないくらいに踏んでやる」

 音楽が鳴り始める。

 手を引かれ、眺めていただけの舞台へ向かう。不思議と騒がしいはずなのに喧騒は聞こえない。王の声だけがする。

「芸術的な跡にしてくれるか?」

 やがて立ち止まって向かい合う。その眼を眺めやりながら気がついた。分かった、これは緊張という奴らしい。

「そんなに私は器用でない。先に謝っておこう、もしこの歩きにくいことこの上ない高く先の尖ったヒールでお前の足に穴が空いてもそこに他意は一切ない、と」

 実際、有り得ない話ではない。

「まったく。こんなときでも憎まれ口をたたき続けるのだな」

 彼は手を離し、やれやれと溜息をついた。

「性分だ」

 踊る前に少し距離を取って礼を取る。そして再び腕が引き寄せられる。

「……ヴィー、近くはないか」

 ロイと踊ったときはもう少し距離があったように思うが。抱き込まれるように密着して、悪寒が走る。

 今は、パニックになってはいけない、と強く言い聞かせて自制を保った。危うく蹴り上げるところだった。

「も、う少し離れてくれると助かるが」

 見上げてすぐのところに美麗な顔がある。

「もしかして照れているのか?」

 王が微笑した。腰に手が回る。何を言う。正直可能ならば走って逃げ出したいくらいだ。

「まさか。もういい、踊るぞ」


 さっさと終わらせてしまおう。終わった頃には多分、ロイが私を見つけられなくとも本物のエレノイア様を見つけてきてくれているはずだと信じよう。

「よろしく、フィオナ様」

「その名で……うわっ」


 ステップが踏み出される。力強く大胆な踊り方をするものだ、と遠目にこの男を眺めていたとき思った。しかしこれはそんなものではない。

「は、やす、ぎ」

「面白いだろう?」

 王様は楽しそうだが翻弄される一平民としては目が回るどころではない。

 シャンデリアを透かして、天井画がくるくると動いていくさまは、まるで万華鏡のようだ。 実際に動いているのは私の方だが。

「足、がなんだか地に着いていないような」

「浮かんでいるからな」

 ……なんと仰いましたか。

「足が痛むんだろう?」

 ほとんど抱き上げられているような格好だ。思わず呆けて天井に向いていた目をヴィーに向ける。

「なぜ」

 黙っていたのに。

「引きずっているみたいだったからな。一言言えばいいものを」

「うるさい」

 お前に人を気遣う心があったとは驚きだよ。

「重くはないか」

 人一人はそんなに軽いものではない。しかもこの速さで動き回って。

「お前はもう少し肉を付けたほうがいい」

「肉付きが悪いのは分かってるよ」

 お陰で動きやすいからいい、と思うことにしている。

「羽のように軽い。これでも心配している」

 この男の目はどこまでも青いな、と思った。サファイアの瞳。その石言葉には確か、慈愛というものがあったっけ。

「食は昔から太いから心配には及ばない」

 目を逸らして言った。

「なら安心」

 慣れてくると、面白いな、と思った。自分の足でステップを踏めないのが残念だ。こんなに人がいるのにぶつからない。たくさんの男女とすれ違う。それぞれが一心に見つめあい、どこか恍惚として、楽しげで。傍から見ると、わたしとヴィーもそう見えるのかと思った。

「フィー」

「何」

「こっちを向け」

「嫌」

「お前が女とばらすぞ」

 くっ。

「分かった」

 そう答えて仕方なく眺めやると満足げに笑う顔があった。


 綺麗で、憎い、顔。


 そうして私たちは見つめ合ったまま一曲、くるくると踊り続けた。


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