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王と細工師  作者: 骨貝
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14.勘違い

 会場に、割れんばかりの拍手の音がした。腕の立つ職人ばかりを呼んでいたため、今夜それはとりわけ珍しいことではなかった。けれど、それはますます大きくなるようなのだ。踊りにも、貴族連中との語り合いにもうんざりしていたこの耳に飛び込んでくる歓声。その方向は。


「おや、一体何事ですかな」

「フィー、か?」

「フィー?」

 話していた相手がいぶかしげな顔をしたが、適当に誤魔化す。

 彼には悪いが、一言断って、音の元へと赴くことにしようか。もともとフィーを見に行くつもりではあったものの、次々に誰かに捕まってしまって行けないままだったから、丁度いい機会だろう。

「よし、私が様子を見てこよう」

「ヴィエロア王!?」

 俺は呼びかけの声も無視して、さっさと彼女の元へ歩き出した。


 やはりエルファンド工房のためのスペースに、人々は集っていた。こちらに気付くと、色とりどりの野次馬の壁は開けて道ができる。そこを抜けて歩きついた場所で見たものに、俺は言葉を失う。



 竜がいた。



 いや、それは錯覚だった。

 ただ一瞬、一度だけ出会ったことのあるあの竜が、そこにいる、とそう思った。それが彼女の彫り物と本気で分からなかった。色も、質感も、大きさも違うのに。たかだか金属の板に彫られた平面の表現であるのに、錯覚したのだ。歓声を上げる人々の気持ちが飲み込めた。


 それだけ、それは竜だった。

 鋭く煌く、その鱗の一枚一枚が。こちらを見据える、感情の伺えない、人の理解から遠いところにある笑みを浮かべた目と牙の覗く口元が。黒く光るただの石で出来ているはずの瞳にはまるで、命が宿ったようだった。

 フィーはというと、あたりの喧騒に構わずなにやら竜の脇へと装飾文字を彫りこんでいる。騒がしい音は一切聞こえていないらしい。


「フィオレンティーノはやはり国宝級の才能の持ち主ですね」

 いつの間にやら隣にいた補佐が言う。どこに行っていたかと思えばこんなところにいたのか。伝言にやってからもう随分たつというのに、ここで彼女の仕事を眺めていたらしい。正直羨ましい。

「あれは、なんだ」

「看板だそうですよ、宝飾店の」

 よく見れば、竜は囲うようにして宝飾品の上に立っている。なるほどな。

 あれは一つの店で収めるにはもったいないくらいの出来ですねえ、とロイは呟いた。まったくだ。

「あれを、俺に献上する気にならないかな」

「そんなことに権力を使っていると、竜の血に殺されますよ」

 冗談だ。いや、少し本気か。

「その宝飾店は観光名所になるな」

「そうですね」

 彼女を表に引っ張りあげたのは俺だが、多少心配だ。これだけ耳目を集めると、それだけ性別に関してはばれる危険が高まるだろう。


「フィオナ」

「……」

 早速ばれたか?

 変なところは鈍感なはずのクェインの呟いたその名前に、少し緊張が走る。お固いこいつにばれたならば彼女は細工師資格を剥奪されかねない……が、どうかな、国宝級と認めた人間だからひょっとすると。忙しくそこまで考えていると、クェインは言葉を続けた。


「とか、王は間違っていたようですが、『フィオレンティーノ』ですからね。あれだけの人物の名前をうっかり間違えるほど、女性に飢えているんですか、しっかりしてください」

「ああ、職人名簿のことか」

 一瞬焦ったのを取り繕う。

「そうです。書類不備には気をつけてくださいね、余計な労力は使いたくありませんから」

 ああ、クェイン。お前が仕事人間で、さほど女に興味のない男で本当に良かったよ。相変わらず変なところで鈍くて助かった。

「なんだか、今王に馬鹿にされた気がしたのですが気のせいでしょうか」

「いやいや、いつだって優秀でありがたい部下だと感謝しているとも」

「心にもないことを」

「可愛くないな」

「すみませんね」

「心にもないことを」

「…」

「…」

 いや、こいつのことはどうでもいい。


「フィー」

「……ん? ヴィ、じゃなかった王様?」

 作業を終えたらしく顔を上げたフィーに近づいて声をかけると、額に浮かんだ汗を拭いながら彼女はこちらを嫌そうに眺めやった。せっかく乱してやった髪が整っていて残念に思う。


「お前に会いに来た。この彫り物、思わず竜と見違えたよ。相変わらず恐ろしいほど良い腕をしているな」


「ありがとうございます、王様にそのような言葉をいただけて身に余る光栄ですでは私は少し外の空気を吸ってきますので申し訳ありませんが失礼させていただきますそれでは」

「……おい、フィー?」


 一息に言うと、フィーは押し寄せる人々を掻き分け、去っていった。その速いこと。呆気にとられるうちに、その場にやってきたばかりらしいロイが、彼女の後を追っていった。


 いきなり取り残されて、みな、唖然とした顔をした。一体何が起こったのかという顔でこちらに目を向けられても困る。俺が一番困惑しているというのに。


「……何故呼び出したいなんていうのかと思いましたが。お知り合いだったのですか?」

「ああ、少し、な」

「へえ。随分な嫌われようで。彼、敬語は苦手だと言っていたのに、すらすら述べるほど嫌っているみたいですね、あなたのことを」


 俺を嫌っている。

 そう言われ、傷つくべきところだろうが、顔は笑ってしまう。あのひとを思い出して。


「そこがいいところだ」

「王様の性癖についてとやかく言いたくはありませんが、仕える主が変態というのは我慢なりませんね」

「とやかく言っているじゃないか。まあいい、伝言は伝えたんだろう?」

 ええ、とクェインは首肯する。ならばいい。あとで会うことは出来るのだから。というよりどこへ行ってしまったか、もはや分からない。あっという間に少女は姿を消していた。




 気付けば走っていた。


「ぜ、ぜえ、うう、げほっ」

 息が上がって酸素が足りない。

「フィー、どうしたんだ、走り出すっ、なんて」

 追いかけてきたロイも息が上がっている。それに、顔が運動のためにすこし紅潮している。私もそうなのだろうか。

「ぜえ、ぜっ……分か、らない。気付けば走り、出していたんだ。よほど私、はヴィーが苦手、らしい」

「そ、か……」

 私もかなり苦しいが、ロイも結構苦しそうだ。

 こんなに走ったのは私も彼も久しぶりだ。子どものとき以来だろうか。しばらく道の端に並んで座り込んで黙っているうちに、ようやく息が整ってきた。


「はあ、死ぬかと思った……。追いかけてこなくても良かったのに、ロイ。せっかくの服がぐちゃぐちゃだ」

「フィーも、だよ。いきなり出て行くから、心配した」

「ありがとう。でもロイ、お前確か女の子連れてたんじゃなかったか」

「いや、フィーの仕事終わったら一緒にいろいろ見て回ろうと思ってたから、彼女とは別れてきたんだ。それでようやく駆けつけたら、あの騒ぎだったから驚いた」

「そうか……」


 申し訳ない。でも、少し嬉しい。微笑んでしまう。

「ひょっとして、喜んでる?」

「いや、まあ、そうかな。なんか、まだ兄離れできないみたいでごめん」

「……」

「ロイ?」

「フィー」

 いつもより低めの声が耳に届く。並んで座り込んでいる彼の手がこちらに伸びる。

 何故だか、空気が張り詰めて。



 その時。


「エレノイア様ぁ!! こちらにいたんですか!

 あらら、なんて格好してるんですか、うわあ、髪まで。どうしよう俺殺されてしまう! 早く行きましょう、今から急げばなんとか最後のダンスには間に合う!!」


 唐突に、この国では見かけない方の騎士服に身を包んだ男が、なにやら叫んで飛び込んできた。いきなりすぎてわけが分からない。

「え?」

「は?」

 思わず間の抜けた声で、ロイと揃って呆気に取られてしまう。


「何ぼうっと座り込んでいるんですか! はっ、隣にいるのは男? ま、まさかエレノイア様、密会の上駆け落ちでもするおつもりですか!?

 そんなこと許されませんよ、その身をわきまえてください!! 未遂だから良かったものの、貴女さまに国がかかってるんです、さあさあ、参りましょう! お早く!!」


 続いてやってきたメイド姿の女性が同じようなテンションで叫んだ。何の話か分からないが、ともかく誰かと間違えられているらしいことは分かった。ロイ、なんて不幸な男なんだ。美しいというのはいいことばかりではないらしい。私は笑った。

「いや、人違いでしょう、彼はロイと言って」

 そうとりなすと、


「何言ってるんですかエレノイア様、行きますよ!?言い訳は聞きません!」

 有無を言わさず、伸びてくる手。

 最近そればっかり見てる気がするな、とのんきに思っていると、掴まれたのは私の腕だった。


「ええええええええええええ!?」

 引っ張られる。すごい力だ。引きずられるというほうが正しいかもしれない。


「待ってください、彼は細工師でエレノイアという方とは関係ありません。ほら、首に細工師紋があるでしょう?」

 そのままなすすべなく連れて行かれそうになったが、立ち上がったロイの制止の言葉に、はっと私も気が付いた。そうだ、それがあった。メイドと騎士も、ぴたりと止まる。

「首?細工師紋?」

「そうです、首!」


 私が慌てて顎を上げてそれを見せ付けると2人は一瞬押し黙った。しかし。


「あああ、エレノイア様、何たること!

 このような刺青をいつの間に……今まで隠していらっしゃったんですね、私は悲しいです」

 騎士は頭を抱えて嘆いている。


「大丈夫、私の化粧の技術を甘く見ないでください。必ずや殿方の目に分からぬよう隠蔽し続けて見せます!」

 メイドはそう言って胸を張った。


「そうか! よし、ならば君に任せたぞ。では、参りましょう!!」

「ええ、いざ参りましょう!!」


 待て!


「だから違うって!! 痛っ」

 逃げようともがくと、手をより強くつかまれた。逃がさないという意思を感じる。私は無関係なのに。痛い。

「往生際が悪いですよ……おっと、なんですか、あなたは。どいてください」


 騎士が立ち止まった。なんだろう、と見やると、冷たいオーラを纏ったロイが暴走する騎士とメイドの前に立ちふさがっていた。


「そちらこそ、一体なんなんだ。家の者に手を出さないでくれるかな、君たちは勘違いしている。彼は間違いなく僕の知っているフィーで、他の誰でもない。細工師の手に、何をする」


 その通りだ、離してくれ。


「こちらもエレノイア様を見間違えるはずはない。そこを通さぬというならば無理にでも通ります。ライア、エレノイア様を連れて行ってくれ、僕が止める」


 そして、ロイに向かって騎士が構えたおかげで片方の手は外れたが、もう片方の手が外れない。ライアというメイド、彼女も力がかなり強い。男ならさっさと突き飛ばしているのに!

 再びどこかへと引っ張られていくが、私は結局、抵抗できなかった。ああ、もう。こんなに必死になるなんてエレノイア様とやらは何者なんだろう。どこにいるのか知れないが、はた迷惑なことこの上ない。

「ロイ……」

 が遠ざかっていく。


「フィー!……どいて。さっきの言葉、そのまま返すよ。君が誰か知らないがこちらも手加減しない」

「いいでしょう。見たところ剣もお持ちではないようですが、どうするおつもりで?」

 相手は既に剣を抜いている。ロイが無言で術具を取り出すのが見えた。

「おや……術具使いですか、おもしろい。しかし、術師より恐るるに足りません、ねえ」

 馬鹿にしたような高笑いが聞こえる。私なら絶対にロイが怖くてそんな真似は出来ない。

「さあ、どうかな」


 ロイの一言を最後に、二人が戦い始めたようだが、もはやよく聞こえない。すごい勢いで2人から遠ざかっていく。

「どこへ行く……?」

「エレノイア様に与えられているお部屋ですよ、決まっています!! ドレスの代えと、あら、耳飾と指輪はそのままで十分ですわね、ああ、でも首と髪が! 急ぎますよっ、エレノイア様」

「これ以上は無理だろう。というか、私はフィオレンティーノという細工師なんだが」

「しつこいです。もう騙されません!」

 何度も諭したが無駄だった。私は一度も騙した記憶はないのだが。しかしこのままだと。


「待て、ドレスだけは着たくない!!」

「だめです、着るんです。こんなに大きくなったのに我侭言ってどうするんですか。もう大人でしょう?」


 もう、女の装いなんて二度としたくないのに。


 ふいに。どこかへ辿り着いてしまったようだ。扉が開く。

「うふふふふ。すっかり男の子のような顔しちゃって。腕がなりますねえ、これを元に戻すとなると」

 やたらにびやんびやん輝いて見える、フリルとぬいぐるみに囲まれたいかにも少女趣味な部屋に連れ込まれ、花をあしらった鏡台の前へと無理やり押し込まれた。

 怖い。


 それからはショックのあまり半ば気を失ってしまいよく覚えていない。押さえつけられ、手が頭やら顔やら首やらを這い、着せ替えられ、どこぞへ連れて行かれる間、私はエレノイアという見知らぬ誰かを呪いながら、されるがままになっていた。





「エレノイアは見つかったのか」

「はい、見つかりました。なんでも男装して男と共にいたとか」

「誠か……あの愚か者めが」

「賢いお振る舞いとは申し上げられませんが、よほどお嫌だったのかもしれません。幸い、手遅れにはならずに済みましたし、お許しして差し上げていただけませんでしょうか。

 ああ、それから、エレノイア様を発見した騎士が重症を負って倒れておりましたが、どうやら相手の男にやられたようです」

「エレノイアはどうしている」

「今、ライアが手を尽くしておりますゆえ、イオナイア国王との謁見には間に合いますでしょう」

「そうか。ならばよい」


 壮年の男は胸を撫で下ろすと共に、報告に来た部下を下がらせた。舞踏会場は相変わらずの喧騒ぶりだ。賑やかなその中心には、年若い新王の姿があった。快活に笑い、語るその姿を、男は憎憎しげに見つめた。


 あれを必ずや、王座から引き摺り下ろしてやる。王の血だと? それならばエレノイアの方が強い。竜の血を飲んだからなんだというのだ、あれが本物だという証がどこにある。


 彼はそれを糾弾してやろうとわざわざこの国へやって来た。それなのに、鍵となる娘がいなくなり、一度はパニックになりかけたが、無事見つかったことで落ち着いた。


 隣国の王である男は歯噛みする。闇が払われてすぐ、国力の弱ったこの地を併合しようとした、ところがどうだ、英雄だと祭り上げられた男が王位についたというではないか。屍鬼が出てこないのは奴らを倒し尽くしただけであって、竜の加護でもなんでもないに違いない。

 エレノイアは、この国の姫だったものの血を引いている。彼の妻だ。それは国が狂乱に陥る前だったから、その血が穢れているとは言えないだろう。

 例え相手が認めなかったとて、エレノイアをヴィエロア王の妻となれば、それからでも機会はある。王を殺して、女王とさせ、息子を立てればいい。そしてわが国に従わせる。ぬかりはない。

 男は王であるのに似つかわしくない下卑た笑みを浮かべた。


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