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王と細工師  作者: 骨貝
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閑話3

 舞踏会前日。


「鍛冶屋のロアンが参加を断っただと!? 理由はなんだ? 服とマナーがないって!? ああもう、服はこちらで適当に誂える、マナーを披露する必要はないからとやかく言うなと伝えろ。……今度はなんだ。料理人のアルペジオがどうしたって? 珍魚ウリララの材料費!? 知るか、こっちは財政難だ。ありきたりの魚をどれだけのものに仕上げるかが一流だろうと突っぱねておけ」


 全てのトラブルがまわされて来る。気まぐれな王のせいで、王の補佐はひどい目にあっていた。こともあろうに1ヶ月前に、奴はほざいた。相変わらず身内に対しては覇気のないどこか間延びした声を思い出す。






「催しに職人を呼ぶことにした。ただ踊るなど退屈でかなわないからな」

「……常よりも尚、頭がどうかしてしまったのでしょうか。神官を呼びましょうか、ああ、でも奇跡如きではそのやんごとなき蒙昧さには光を当てられないでしょうか」

 まさか熱でも出たのでは、と本気で思った。だが王は、補佐の前で不敵に笑う。


「ふん。心配してもらえるのは嬉しいものだが、貴婦人から愛をこめて、でなく嫌味と謗り一杯にお前からされてもちっとも嬉しくないな。例の招待客一覧を諳んじられるくらいには俺の頭は冴えている。

 …そうそう、全くお前はひどい奴だ、あれからまたしばらく徹夜だった。あんなもの、お前が覚えているならばいいじゃないか?それで」

「私はあくまで裏方ですよ。前に出て、私が王侯貴族を相手に語れとでも言うのですか。侮辱と受け取られて首が飛んだらどうします」

「身分はともかくその口の滑りやすさだとその危険は高いな。お前は生首だけになっても賢しらに話し続けていそうだが」

「あなたへの讒言は尽きることなく浮かんできそうですから、あるいはそうするかもしれませんね。

 ……はあ。そもそも徹夜は自分で溜め込んだ仕事のせいでしょうが。話をそらさないでください。たかだか貴方の退屈しのぎのためにいらぬ催しをするなど、今頃になって言い出されても困ります」

「ちっ」

「ちっ、じゃない」

「やれやれ。いいか、クェイン。この国は今まで他国との国交は一切が断絶、その上国内は荒廃しきっていたんだ。だから今度来る他国からの来賓には、こちらの交流の意欲を示すと共に、国交を始めるだけの価値がこの国にあることを示さねばならない。これからこの国がどれだけ立ち直れるか、現時点でどれだけ力があるかを。まあ、武力に関しては俺たちがいるし、竜の守護は戻ったから下手なことをしてくる奴は居ないだろう。だが交易が盛んとならなければ財政は立ち行かなくなる。国を立て直していくには必須のことだ」

「だから、この国の職人を呼んで技能を見せ付けると?」

「ああ。

 闇に覆われる以前には、内輪に閉じ込めてた才溢れる彼らの存在を国外に知らしめるにはいい機会だろう。幸い彼らは、竜と関わりの深いこの国への愛着が強くて混乱のさなかも残っていてくれたからな。建築やら土木関係の職人達のお陰で復興も早く済みそうなのは、少しこの国を歩いて見れば分かるだろう。だが他は、会場で実演でもして見てもらったほうがいい」

 王がやけに熱心なのが気になった。なにやらとってつけたような理由だが、まあ筋は通っていなくもない。

「分かりました、そういうわけなら。…忙しくなりますね」

 商人達を再び呼び込むには、舞踏会に訪れる国外の王家をこの国の製品に惹きつけてしまうのが手っ取り早いのは事実だ。たかが暇つぶしのためならそんな提案はさっさと無視するだったが、王なりに考えてはいたらしい。納得の色を見せると、彼はにっこり屈託なく笑った。女なら誰しも見とれるだろうそれに、嫌な予感しかしない。


「よし、呼ぶ職人は見繕っておいたからあとは頼む」

「はい?」

 名簿とその他書類がぽい、と投げて寄越されたのをクエィンは危ういところで受け止めた。


 これはよもやこの間の仕返しだろうか。

「貴方は子供ですか!?」

「まだ若いからそうかもしれない」

 21は立派な大人だろう?世間では17で成人だ。

「王。私は既に今メインにしていることで一杯一杯なのですが」

「メインディッシュがどうした。ケーキは別腹なんだろう?」

 この間彼が仕事をさぼるあいだにこっそり食べた彼の分のケーキのことをまだ根に持っていたのか。

「しかしこれは、おまけのデザートにしては不味そうな上に量が多すぎて喉につかえそうです」

「それならば尚のこと主に食わせるものではないな」

 まったく、この王は。

「いっそそんなもの捨ててしまうのが一番ですがね。もういいです。やりましょう」

「流石! じゃあな」

「待て」


 どこぞへ飛び出していこうとした彼のマントを掴む。


「やたら準備が良すぎやしませんか?」

 ある程度のことをしていなければそもそも受ける気はなかったが。面倒くさがりな彼にしては手回しが良すぎる。

「たまには可哀想な部下を思いやって多少仕事を減らしてやったまで。もう十分働いた。ではな、俺は汗を流しに行く。後は頼んだ」

 そう言うと、するりと豪奢なマントを外して彼は去った。

 手に残るのはまたもや訓練場に行ったのであろう戦闘狂と名高い男が入っていた重たい抜け殻と、ずらりと人名が連なるリスト。マントは面倒だがたたんで主のいない机に置いておいた。本当は火にくべてやりたいところだが仕方ない。

 問題はこちらだ。

 クェインがうんざりする思いで束ねられた書類に一通り目を通してみると、なるほど、無駄に変な知識はあるらしく、あらゆる職の一流といわれる者が選択されてはいた。ご丁寧に会場の設営と当日の運びまで計画されていた。招待状の草案まで付いている。


「本当にやけに準備がいい」

 正直気持ちが悪いくらいだ。何を企んでいるのだろうか。と、あるページで手が止まる。

「細工師、フィオナ…ですか?」

 天才と既に名高い細工師フィオレンティーノなら知っている。しかし、名前が違う。あの馬鹿、間違えたのだろう。なにも性別まで間違えなくともいいのに。そう思いながら、クェインは溜息をついて、訂正を入れる。


 フィオレンティーノのなら、一度見たことがある。本人でなくて細工の方だが。昔付き合っていた女がどうしても欲しいというので買ってやった。値は少々張ったが、それに見合う以上の価値があると思わせた。あまりに似合うせいで、生まれ付いてそれを身に付けていたように自然に馴染んで、彼女の胸元で揺れていた細い銀であしらわれた葉と雫を模した細工。あれはなかなか良かった。実演をするというなら、本人を少し見てみたいものだ、と王の補佐は考えた。多少楽しみが増えたな、と思う。

 そのあと、そんなことを考えている時間すらないと思い出して走り回ることになったのだが。



 連日あまり休めていないせいで、物思いにふけっていたらしい。

「クェイン補佐~、疲れてませんか」

「休憩とってていいですよ、俺らやっときます」

「そうそう、目の下の隈がひどいですよ、本当に」


 部下が心配そうに声をかけてきた。好きな銘柄の茶がどこからか差し出される。部下達も疲れているだろうに気遣ってくれる。上司以外は仕事熱心で心配りの出来るいい職場環境だが、あれ一人のせいで何度職務を放棄しようと思ったか分からない。まだ、彼が即位してそう日数を数えていないのに。そんな主はまたもやどこぞへと消え去っている。職務放棄もはなはだしい。帰ってきたら覚えていろ。

 一杯飲んで一息つくと、般若の顔を払い、部下のために彼は微笑んだ。


「すみません。多少疲れていますが、大丈夫ですよ。終わらせなくては話にならないですからね」

 そう言うと、部下がほっとした顔をした。なんだかんだ言っても、やはり現場を指揮している彼が抜けると苦しいだろう。明日に舞踏会を控えて準備は佳境だ。耐えて見せる。

「さあ、今日でお仕舞いです、がんばりましょう」

「ええ!」






 舞踏会、当日朝。


「シライ、襟とか曲がってない?」

「だいじょうぶ」

「じゃ、これで一応出来上がり、かな」


 ようやく姿を現した、正装した2人に工房の職人たちと店子は感嘆の声を上げた。この日、本来工房は休みの日ではあるものの、みなロイとフィーを激励すべく集っていた。舞踏会まで忙しかったが、当日ともなれば、もう仕事も一区切りつき、暇だったのもある。

 2人の格好はどうなるかということに興味があったことも大きい。王主催、かつ国際的な集いとなると例え脇役であっても、中途半端な格好は許されない。従って、そこそこ高価な服を身に付けることとなる。そういう服は、ロイにはともかくフィーにはあまり似合わなさそうだと彼らは考えていた。

 結果。白でところどころ飾りの入れられた黒い絹で仕立てられた貴族がまとっても遜色のない衣装をさらりと着こなしているロイは流石だったが、フィーに驚かされることになった。フィーは普段いい加減な格好のことが多いが、きちんとした服を身に付けると、かなりスタイルがよいためか案外似合ってしまうことが明らかになったからだ。身につけた上衣の深い緑色が、その薄い茶色の髪と瞳に映えている。いつも四方に散っている髪も櫛通され後ろに撫で付けられており、形の良い耳があらわになり、すっと伸ばした背筋は凛々しい感じがした。

「意外とスタイルいいじゃん、フィー」

 そう声をかけられて、フィーは少々照れてしまった。さらしを撒く必要もないことを思うと、本来女性のフィーはスタイルがいいといえるか少し迷うところだが、それを気にせず彼女は素直に喜んだ。


「うん、本当。フィーさん、足長い!」

「髪が短めの本物のお貴族の坊ちゃんみてえだな」


「ロイさんは、想像してたけれど本物にはかなわないわ。やっぱり王子様のようね」

「オーナー、結婚してください…」

「ロイ王子!!」

「美しいです!」


 フィーは「どうも」と笑い、ロイはうっすら微笑んで「ありがとう」と受け流した。


 レオナが珍しくおずおずとした様子で、フィーに声をかけた。

「本当に似合ってるわよ、フィー」

 フィーから返されるのは穏やかな笑みに、少しレオナは見とれてしまった。

「当たり前だろう。なに言ってんの?」

 が、紳士然としていても、中身は悲しいことに相変わらずだった。レオナはふらりとして顔を覆った。

「うん、フィーかっこいい。ロイ兄ちゃんと並んでもそんしょくない」

 シライは自分がいけないことには残念そうだったが、2人の晴れ姿を前に嬉しそうにはしゃいでいた。

「ありがとう。しかし惜しいな、今日はロイより男前を目指していたんだが」

「男前、という観点でいけば、中性的なロイよりそう見えるわよ。凛としてるし」

 店子の一人のビスクがシライの頭を撫でながら、そう言った。

「ビスクさん、嬉しいな、そう言ってもらえると」

「何で私に対してとは態度が違うわけ」

 フィーは彼女に貴族式の礼を取るのをみて、レオナがわめいたがフィーはあっさり無視した。

「切ない…」

「ある意味特別だと思えば?」

「そうだよ、フィーがこんな態度とるのレオナだけだよ」

「それって喜ばしいのかしら…」

 落ち込んでいるレオナにぽん、と手が置かれた。ロイだ。

「元気出して。フィーは君のこと嫌いじゃないと思うよ?」

「ロイさん…!」

 レオナが感動していると、

「うっとうしいと思ってるけどな」

 と言ってフィーが脇をすたすた歩いていった。

「あ、フィー待って」

 ロイも慌ててあっさり去っていく。


「行ってきまーす!」

 少し進んだところで、工房を振り返りながら、フィーとロイは声を揃えて手を振った。徒歩で城へ向かうそんな2人に、激励の声が飛んだ。


「行ってらっしゃーい」

「ロイさん、貴族の女に惚れちゃいやよ!?」

「変な連中に騙されるなよ~」

「フィー、食い物に釣られてどっか行かないようにな」

「いつも通りでいいが、気ぃ抜くなよ」

「緊張せんようにな!」

「ついては行けないが応援してるぞ!!」

「お前らがエルファンド工房の誇りなのを忘れるなよ」


 町外れで朝っぱらから起きた騒動に呆れて、通りからいくつかの顔が工房の方をそれぞれの家の窓から覗いている。そして場末に似合わない2人に注目することになった。そんな目も構わず、よく晴れた、すがすがしい朝の空気を渡って、颯爽と2人の若者は歩いていった。


 残された面々は、次第に散っていく。そんな中、レオナはポツリと呟いた。

「ロイさんって優しいのかどうか微妙だ……」

 優しいが先ほどはあっさり置いていかれた。

「お兄ちゃんはふつうだよ。おだやかなだけ。やさしいところもあるけどその度合いが人によって違うもの。たいていの人はそうでしょう」

 僕とフィーには特別優しいけどね。

 シライはそう言ってにこにことした。

「……どんまい、レオナ。まあ、嫌われてはいないって言われただけ良かったじゃないの。それにしてもシライ、あなたって相変わらず鋭いのね」

 ビスクが相変わらずシライの頭を撫でている。彼の髪はロイに似て艶やかでさわり心地がいいのだ。

「えへへ」

 シライが照れている横で、レオナのほうは項垂れて溜息をついた。


 まあ、一つ屋根の下に暮らす縁がある者に比べれば自分に対する情が多少薄くても仕方ない、と彼女は溜息をついた。それにしたってフィーは冷たいと思ったが。

 それでも彼の成功をいつも祈っている。今日も……


 とりあえずは無事に帰ってきますように、とレオナはそっと祈った。


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