閑話2
レオナは工房奥の厨房で、シライの料理を眺めながらぶうたれていた。
「ねえ、シライ、またまたロイさんとフィーはダンスの練習しに出かけちゃったの?」
「そうだよ」
「何でいっつもいっつも二人でつるんでるのかしら。本当仲いいのね。招かれていないとはいえ、私も混ざりたい! 踊らなくてもいいからフィーとロイさんの踊るところを見たい!」
フィーとロイは、レオナも含む工房の皆に、貴族の令嬢2人に無理を言って踊りの練習を頼み込んだのだ、と言っていた。
シライは勿論嘘と知っていた。ばれたら、まずい。
「駄目だよ」
「それが分からないわ。恥ずかしいから付いてくるなって言われるとついて言ってみたくなるのが人間の性情ってものじゃないかしら」
そう言っている彼女は練習初日から2人を付けていくのだが捕まらないのだ。
「まあ、レオナ姉ちゃんつけて行っても、いっつもまかれちゃうしね。諦めるしかないよ」
「悔しい!!」
シライはレオナがサボり癖さえなければロイの相手役として混ざれたのに、とは言わなかった。
「元気出して、レオナ姉ちゃん。今日のシチューは飛び切り美味しいよ?」
「シライ…大きくなってもお姉ちゃんと仲良くしましょうね」
「もちろん。僕も大きくなったらフィーみたいな細工師になってロイお兄ちゃんを手伝って、工房の誇りになるんだ」
おたまで鍋をかき混ぜながら、きらきらと目を輝かせて夢見る少年のかわいさに、レオナは思わずぎゅっと抱きしめた。
と、食べ物の香りに惹かれたのか、どかどかと工房で残業していた男達が入ってきた。
「飯だ飯だー!
……あらら。相変わらずシライはもててるな。レオナ、とって食うなよ、みんなのシライなんだからな。おっ、今日はシチューか」
「そうだよ」
「毎度の事ながらうまそう…シライ、お前本当凄いな、10歳とは思えん」
「脱帽だ」
「ありがとう」
シライは照れくさそうに頬をかいた。その間にも、厨房に人は集まる。
「フィーとロイの奴今日もいないのか、ちょっと寂しいな」
「な。でも我らが工房の晴れ舞台のためだ。2人にはしかと頑張ってもらわにゃ」
「そうじゃそうじゃ。目指すは国一ならず世界一のエルファンド工房じゃ」
「おお!」
「うおお!!」
「乾杯じゃあ!!」
なぜか最後には祝うことが無くても乾杯して騒々しい食事は始まる。
腕利きの職人である彼らは単に酒好きの集団でもある。職人は個人主義も多いものだが、この工房は違う。やけに仲が良かった。そして普段はバカなことばかりしているそんな彼らこそが、山のような細工の発注をこなす。感嘆の溜息が思わずこぼれる大胆な意匠のダイヤのネックレス、完全な円を描いた連鎖している不思議な金の腕輪、七色の宝石を殺さず引き立てる数々の細工。見とれるばかりだ。それらを手がけるその仕事ぶりははっきり言って格好いい。年老いた老人から若者まで、皆。
さすがにロイさんより綺麗な人はいないけど。そうレオナは考えた。彼の水色の目が真剣みを帯びて光る様は女性のみならず男性まで惑わす色香がある。
ああ、でも。それよりも、フィーは。
フィーの仕事姿を初めて見た時に、誰より彼に惹かれた。ロイさんほど容姿が端麗なわけではない、でも生き生きして踊るような茶色の目と、一級の芸術品としか呼べないようなジュエリーを生む手を持つあの天才に。今も、惹かれ続けている。そっけなくされるばかりで切ないが。
レオナが考え込んでいると、
「レオナちゃん、今日も追跡失敗したのお?」
と、わいわい今日の成果を話し合っている食堂に、妖艶な美女が入ってきた。彼女も店子の一人である。
「あ、ビスクさん。そうなんですよ、あの二人って人を撒くのは相変わらず上手なんだから。頭にきちゃう。さっきシライに慰めてもらってたところです。それにしても珍しいですね、今晩はこちらで食べて行きますか?」
「ええ。たまにはいいかと思ってね」
「うれしいな。ここ女の子で夕飯までいる子って少ないですから。今日は女二人で飲みましょう!」
「ふふ、では、乾杯。レオナはほんとによくここにいるわね。ということはまだまだご家族との不仲は続行中なの?」
「それはもう。いっそ家出してここに住みたいくらいですけど、ロイさんがそれは良くないって。家族は大事にしなきゃ駄目だよ、っていうから」
「ああ、ロイね。彼はそんなこと言いそう。そしてなにかに腹が立ってても彼の言葉は不思議と聞いちゃうのよね」
「そうそう。だから家帰っても一言も口聞かないけど、それでも、私の今の帰る場所はあそこなんだなって…」
「そっか。うん、私も家族とはいろいろあったからうるさくは言えないけど、家があるうちは帰っといたほうがいいっていうのには賛成。勿論、家族のつながりが全てでは決してないと思ってはいるけれど。まあ、どうしても耐え切れないくらい嫌なことがあったら、ロイも泊めてくれるわよ、ずっとは無理だろうけど。ここだってレオナちゃんの居場所なんだから」
「ビスクさん……ありがとう」
「そんな環境に感謝して、仕事サボるのは程々にしなさいよ?」
「はあい」
「よしよし。
……はああ、にしても、シライの料理は美味いわねえ。あの二人が出来たてを 食べられないのは残念なことだわ」
「おいしいですよねえ。その点に関してはあの二人が可哀想だと私も思います」
二人はあっという間にシチューを平らげる。
「フィーとロイは、今頃どうしてるかしら」
「お相手のお嬢さんの足ふんずけてなきゃいいけど」
「ロイはともかくフィーはやりそうね」
「うん、すごくやりそう。そして謝らなさそう」
「…言いにくいけど、フィーはあなた以外には結構紳士よ?」
「くっ。知ってますとも! 思わずフィーと踊る自分を想定しただけです!」
「かわいいわねえ、レオナ。惚れるならロイにしとけばいいのに」
「そんなこと。ビスクさん、ロイさんが好きなくせに言いますね。でも、そうですよね……なんで、フィーなんだろう」
「恋は理屈じゃないからねえ。だいたいまあ、人って突出した人間には惹かれやすいものよ、しょうがないわ。私がロイの美貌に惹かれるように。まあ、これでも飲んでなさい」
「いただきます…」
強めの酒とともに夜は更けていく。
窓から覗く、空に浮かぶ月はもうすぐ満月。舞踏会の日は丁度満月の日になるらしい。二人も今頃、月を眺めて焦っているのだろうか。レオナはそんなことを思った。