漆黒の復讐鬼
俺の名はジョウ。復讐の鬼となった,哀れで孤独な異邦人だ。将来を誓い合った恋人も,幸せになって欲しいと願ったその姉も,己の迂闊さから失ってしまった。ようやくにも手に入れた生きる目的をも失って,今の自分を支え突き動かしているのは光さえ吸い込む復讐という名の底なしの闇。
ルトリアで騎士たちを全滅させた後,そこに用意されていた物資と馬を奪い,数日後にはサナリアへの帰還を果たした。さすがに焼け出されたままの格好では怪しまれるし,余計な犠牲も本意ではない。途中の川で身を清め,目立たぬ身なりで戻ってきて宿を取った。
数日をかけて,着々と準備を整える。防具屋で鎧を漆黒に染め,仕立て屋で黒一色に染めた服を注文する。死装束ならば白なのだろうが,光を失った自分には喪服の意味も含めて黒が似合いだ。
仕立てが終わるのを待っている間に近くの装飾品店でロケットを買い求め,持ってきていた二人の遺髪を収めて首にかける。元の世界と自分を繋ぐ物が二刀とするなら,これはこの世界と自分をかろうじて繋ぎ留めている物だ。
服と装備を受け取り,宿へ戻る。情報屋に金を払ってリコフスキの屋敷の場所を聞き出し,夜を待つ。邪魔をするなら容赦はしないが,今回の件に直接関わっていない騎士たちを殺戮するのもそれはそれで筋が違う。なるべく無用な犠牲は避けたい。
ほどなく夜がやってきた。今夜は雲が月を隠し,辺りは闇に包まれている。
「…行くか…」
身を清めてから衣をまとい,鎧を身に着けて二刀を腰に差す。今夜で全てを終わらせる。そんな決意を固めて宿を出ると,リコフスキの屋敷へと向かう。
たどり着いてみると,屋敷の周囲には明かりが灯され,ものものしい警備。鎧をしっかり着込んだ騎士たちが固めている。
「…無益な殺生だが…」
あの情報屋がこちらの情報を売ったのかもしれない。だがだからといってこちらが手心を加えてやるつもりもない。邪魔をするなら排除する。
刀に手をかけながら,正面に歩み出て進む。そのあまりに無策な襲撃に,こちらに気づいた騎士が一瞬呆然とし,そして色めき立つ。仲間を呼ぶ合図の笛が闇を切り裂き,剣を抜きながらガチャガチャと鎧を鳴らして数名の騎士が駆けて来る。
「命が惜しくば退け!退かねば斬るぞ!」
最後の譲歩。だがそれに応じる騎士は当然ながら誰も居ない。ここで退いたところで待っているのは処刑だろう。この場に駆り出された時点で,すでに彼らに選択肢などないのだ。
「…恨むならば,仕える主を間違えた己が不明を恨め!」
今夜の自分は,いつにも増して気迫が充実しているのだろう。まるで自分が時間を支配していると錯覚するほどに,こちらの間合いに入った途端その動きを止める敵の騎士たち。金属鎧に守られていない胴を薙ぎ,喉笛に切っ先を突き入れる。
瞬く間に正面を警戒していた騎士たちは全滅。仲間を呼んで動作の遅れた一人が恐怖の表情で後ずさる。
「…リコフスキは居るな?」
近寄りながら尋ねる。
「…」
こくこくと頷く騎士であったが,左右から聞こえて来る鎧の音にハッとして,震える手で剣を構える。
「…死にたくなければ死んだふりでもして倒れていろ」
しかし逡巡しているうちに視界に増援が入り,万事窮してとびかかってくる。
「あ…」
次の瞬間裂けた腹から内臓の切れ端を漏らし,そのまま倒れる騎士。たった一人の男によって起こされた凄惨な情景に,増援の騎士たちがひるむ。
「…寄らば斬る。死ぬ覚悟のできた奴から来い」
次々と襲い掛かってくる騎士たちを無表情に斬り捨てる。辺りに血の匂いが漂い,死体の山が築かれてようやくそれは終わりを告げる。最後に斬った騎士の服を破り取ってそれで血脂を拭い,ビュン,と一振りして鞘に納める。念のため周囲を確認してそれ以上の増援がない事を確かめ,ゆっくりと扉に向かって歩を進めた。
◇
玄関の扉を押し開け,屋敷の中へ入る。
「リコフスキ!決着を付けに来てやったぞ!曲がりなりにも貴族ならば出てきて正々堂々と勝負しろ」
あれだけの部下に護衛させておいて今更正々堂々も無いだろうが,こう言っておけば逃げられる心配もいくらか減るはずだ。
「ふん…下賤の輩が偉そうに。私に命令しようなど身の程知らずめ!」
入ってすぐの玄関ホールから正面奥を見ると,広間と思しき部屋の奥に鎧を着た男の姿。神経質そうな細く尖った顎の先には整えられた髭。鼻の下にも二つに分けて整えられ先端が渦を巻いた髭。中世貴族にありがちな頭をしているが,見た目の印象的にはカツラなのかも知れない。
「貴様がリコフスキか…覚悟はいいようだな…」
ゆっくりと歩み寄り,広間へと入る。
「覚悟だと?何の覚悟だ?」
蔑むような笑みを浮かべて両手を広げながら,一歩,二歩と後ろへ下がるリコフスキ。その後ろには卓があり,上には豪奢な長剣が置いてある。
「…無論…今まで貴様が犯した罪を清算する覚悟だ」
「ほぅ…?一人前の口を叩く。良かろう,私がこの剣で身の程を教えてやる」
卓へたどり着き,剣に手をかけるリコフスキ。あれほど一方的だったルトリアでの状況を報告されて,あれだけ警護させていた部下を殲滅されて,まだこれだけの余裕があるのか。よほど腕に自信があるのかも知れないが,少なくとも今の自分にはまったく脅威は感じられない。
「私の間合いに入った時がお前の最後だ」
片手で剣を掴み,逆の手で指さしてくるリコフスキに違和感をおぼえる。あの剣では刃の反りがないので居合には不向きだ。にも関わらずこの余裕は何だというのか。まだ間合いの外と高をくくっているのか。
一足飛びに飛び込めばさして苦も無く斬れる。だがそれでは意味が無い。罪の大きさを後悔させてからだと考えて一歩一歩ゆっくりと間合いを詰める。しかしその考えに重大な落とし穴が潜んでいた。
「ばかめっ!」
勝ち誇った表情で叫び,リコフスキは置かれたままの剣を卓上で回す。回す?と不審に思ったのもつかの間,突然足下が左右に開き,出現した空間へ向けて落ちる。
「…くっ!」
普通ならば足を痛めてもおかしくない高さだが,スローモーションになることを利用して少しずつ衝撃を緩和し,着地する。何事もなかったかのようにすっと立ち上がると,側までやってきたリコフスキは驚愕した。
なるほど間合いとはこの事だったか。この程度の奸計にすら気づけなくなっているとは,と自嘲する。
「な…なんだと…?あれで…無傷!?」
「…この程度の小細工で,どうにかできるとでも思ったか?」
じろり,睨め上げる。
「ふ…ばかめ,周りをよく見てみろ!お楽しみはこれからだ!」
「なに…?」
周りを見ると,ところどころに骨が散らばっている。そして十を下らぬ四足の獣たち。おそらくは狼か。すでにこちらを獲物と認識し,機会を伺っている。
「まさか…」
カティに聞いたことがある。噂によれば当初リコフスキは外遊してのつまみぐいを行っていたが,醜聞が広まるのを恐れてその外遊は徐々に減っていき,それに反比例するように行方不明者が増えて行ったと。
「分かったようだな。もはやお前は助からん。十分腹を減らしておいたからな!そこで食われる様をじっくりと見物してやろう!」
高笑いするリコフスキ。じっとそれを見上げて,そこまでの距離を測る。
「…見くびられたものだな」
「何!?」
「…確かに貴様や貴様の部下よりは強いかも知れんが…こんなものでどうにかできると思うな」
二刀を抜き,太刀のほうはくるり,と半回転させる。やや大型の獣たちではあるが,殺気を飛ばして威圧するのはたやすい。しかしここでは襲いかかってきてもらったほうがいろいろと都合が良いので,あえて自然体で待ち構える。
「強がりをッ!行けっ!行けェ!」
上でけしかけるリコフスキ。ややあって次々と獣がとびかかってくる。
「お前たちに罪は無いが…」
次々と脇差で喉や腹を突いて仕留め,太刀で骸を殴って同じ場所に重ねていく。やがてすべての獣は駆逐され,その骸は折り重なって小さな山を作る。
「な…ば,ばかな,そんなことが…」
「…これで分かったか?貴様は…こうなる前に手を引いておくべきだったのだ」
「く…!ならばそこで飢え死にするが良い!」
くるりと振り返り,口を閉じるべく卓へ駆けていくリコフスキ。すかさず作った山を駆けのぼり,そこから跳躍して外へと飛び出す。
「!?」
剣に手をかけた状態でこちらに驚愕の表情を向けるリコフスキ。脇差を一振りして納め,太刀をくるりとまた半回転させて,ゆっくりと歩み寄る。
「あ…ああ…」
「…どうした。最後くらい潔く,その剣で立ち向かったらどうだ?」
「う…うわあぁ!」
リコフスキは剣から手を離し,その場にひざまずく。
「た,助けてくれ!助けてくれぇ!私が悪かった,命だけは…」
「…」
無感動に見下ろす。
「か,金ならいくらでも出す。…な?た,助けて…」
哀願しながら縋りつこうとするリコフスキの両手が,次の瞬間肘の先から落ちて転がる。
「うぎゃああぁあ!」
切断面から血をほとばしらせながら自らも転げまわるリコフスキ。
「…貴様の毒牙にかけられた女たちは,命乞いをしなかったのか?」
「あ,あが,が,がぁ…」
交渉は無理と悟り,肘と膝で這って逃げようとするリコフスキ。
「ぎゃっ!」
その両脚,膝裏の腱を切断する。動くこともかなわなくなり,ごろりと仰向けになって恐怖の表情を向けてくる。
「…お前は…部下たちに何を命令した…カティとリーに何をした…!」
その喉元に切っ先を突き付け,叫ぶ。
「ゆ,ゆるし…たすけ…」
「…」
すっと刃を引き,それを一振りして鞘へ納めると,部屋の隅にある甲冑へ歩み寄る。その甲冑が持っていた剣と近くに立てかけてあった槍を手に取り,哀れな芋虫のところへ戻る。その芋虫の表情に浮かんでいた心得違いな安堵は,再び絶望と恐怖に塗り替えられる。
「ぎゃあっ!」
悲鳴。槍を二の腕に,剣を太腿に突き通すと,その豪奢な服を破り取り,丸めて口の中へ突っ込む。
「…これで貴様は転がって逃げる事も,舌を噛んで死ぬこともかなわなくなった…」
「…!?」
またそこを離れて今度は部屋をぐるりと回り,片端から灯りを叩き落とす。敷かれた絨毯に,壁にかけられたカーテンに,タペストリーに,次々と引火していく。
「…失血して死ぬか焼けて死ぬかだけは,貴様の運命に任せてやろう。…よもやここから,この状態の貴様を助け出すような忠義な者はいまい」
もし奇跡的にそのような者が居るなら…。いや,それはもう自分にはどうでもいいことだ。すでに敵意も興味も失われ,残っているのは言いようのない寂しさと虚無感ばかり。
「…!…!!」
涙を流しながら必死に何かを訴えかけるようなリコフスキを無視して,くるりと踵を返し,ゆっくりと入り口へ向かう。
「残された時間,己が犯した罪の大きさを悔いるがいい…」
そう言い残し,広間を出た。