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新天地での新生活

 俺の名はジョウ。といってもこの世界での仮の名だ。異世界から落ちてきて知り合った姉妹と行動をともにしているうちに,ひょんなことから国軍に目をつけられてしまった。一人ならどうとでもなるが,迷惑をかけるのも心苦しい。お互いさして拘りもなかったのをいい事に,そろって隣国へ逃げる事にした。

 今までさして知りたいとも聞きたいとも思わなかったが,この世界には四つの国があるらしい。今俺たちは最大の版図と国力を持つルトリアに居る。

 新参者がやっていけるようになるためには,紹介される仕事を成功させて信頼を勝ち取らなければならない。そこまでは贅沢を言うわけにいかないので,淡々と地味な仕事をこなす。はじめのうちはなかなか苦しく,サナリアでいくらか作った蓄えを食いつぶしてしまったが,ようやくそれなりに実入りのいい仕事を紹介されるようになり,少しずつ余裕が出始めていた。

「なぁジョウ,ちょっといいか?」

 とある休日。カティが訪ねてきた。リーリヤは備品の買い出しに出かけている。

「あんたのおかげで,ここでの生活もとりあえず落ち着きそうだよ。礼を言う」

 招き入れて椅子を勧めると,背もたれに胸を預けるように座るや否やカティは口火を切る。

「…なに,大した事はしていない。責任もあるしな」

「ところで,さ…あんたも随分こっちに慣れたと思うんだが,今後の事って何か考えてるのか?」

 相変わらず,単刀直入に聞いて来る。元の世界でこんな物言いをされたら辟易するところなのに何故カティのそれは気にならないのか。当初はかなり不思議だったが,最近その理由が分かって納得した。

「…いや。前にも言ったが,俺はいつ元の世界に戻されるかも分からない存在だからな」

「でも…さ。ずっとこのまま,って可能性もあるんだろう?」

「…まぁ,な」

「なら,こっちに落ち着くところを見つけておくのも悪くないんじゃないか?」

 こちらへ来てからそろそろ一年が経過しようとしている。

「…そういう二人はどうなんだ?」

「え?」

「…もともと,二人の生活が安定するまで一緒に居るつもりだったからな。それからの事はそれから考えても遅くはない」

 極論,それさえ目途が立てば後はどうでもいいのだ。戻されようが戻されまいが,一人なら何とかなる。

「…カティとしては,リーリヤに冒険者は続けさせたくないんだろう?」

「まぁ,基本的にはね。リーはアリシアの学院だって出てる。しっかりした実力のある魔法使いなんだから,どこかの街の治癒術士とかまじない師とか,じゅうぶんやっていけるさ」

「…なら,後はカティ次第じゃないのか?」

 リーリヤに聞いたその理由。貧しい家庭に育った二人は早くに親を亡くし,姉が親代わりとなって妹を育ててきた。それこそなりふり構わず金を稼ぎ,学院にまで入れてくれたのだという。だから自分は姉への恩返しのためにここに居て,冒険者を続けている。彼女はそう語った。

「…なーに言ってんだろね」

 肩をすくめて溜息をつくカティ。

「あたしはもう,いろいろやり過ぎちまったからね…まっとうな仕事は無理さ。ほんとは,一緒にだって居ないほうがいいんだよ…」

「…カティ…」

「リーが落ち着き先さえ見つけて幸せになってくれれば,あたしはそれでじゅうぶんなんだ。一人ならどうとでも生きていけるって自信もあるしね」

「…ダメだな」

「え?何がだよ?」

「…二人とも幸せにならないとダメだ」

 あんたつくづく良い奴だよ,とまた溜息をつくカティ。

「じゃぁ,さ…リーが幸せになったらあたしも安心して自分の幸せを考えることにするからさ。早くリーを幸せにすることを考えようよ」

「…しかし,どうやって?カティが落ち着かなければ,リーリヤもついて回るつもりだぞ?」

「ひとつだけ,万事うまく行く方法があるのさ」

 そこで例によって悪戯っぽく笑うカティ。どんな?と不安に駆られながらも尋ねる。

「…あんたがリーと一緒になって,守ってくれれば安心できる」

「!?」

「見てりゃ分かるよ。まんざらでもないだろう?」

 にやにやしながら言うカティ。

「…い,いや…だから俺はいつまた…」

「んー?そんなこと言いながらもうそろそろ一年だぜ?ジョウ?それからなんて言わずにさ,リーの安定とあんたの落ち着き先と,同時に考えてみたらどうかなー?」

「…」

「それとも何か?リーじゃ不足だってのかい?」

「…そんな事は無い」

 正直に答える。誘導尋問にはまりそうなのは分かっているが,かといって答えが変わるわけでもない。

「じゃぁ真剣に考えてみなよ?」

「…守るだけなら…」

「ん?」

「…守るだけなら,一人でも二人でも変わらないさ」

「…は?」

 そこで目を丸くするカティ。

「ちょ…おいおい,いくらなんでも可愛い妹と恋敵になる気はないぜ?あたしは…」

「…そうじゃない。どの道俺はいつ居なくなるか分からない。俺なしでの幸せを考えるべきだ。二人さえよければ,二人が幸せになるまで一緒に居ても俺は構わない」

「はー…ほんとあんたは良い奴だね…」

 また溜息をつくカティ。

「でもあんた,自分の罪に全然気づいてないんだよこれが」

「…罪?」

 意外な一言に驚く。

「だってそうだろう?あんたは良い奴で,しかも実力まで半端ない。長く一緒に居れば居るほど,他の男が見劣りするに決まってるじゃないか?」

「…」

 まさか,そんな事を言われるとは思わなかった。単刀直入なカティだからこそと言えなくもないが,自分では全くそんな事を考えもしなかった。

「そんないい男,さっさとリーにくっつけちまったほうが良いに決まってるだろう?まんざらでもないならなおのことさ。そうでもしないと,お姉さんまで身の程を忘れちまうよ…」

「…自分を卑下する必要はないんじゃないか?」

「!?」

 びっくりして,そして肩をすくめて溜息をつくカティ。

「ここまででやめにしような?そりゃ,あんたほどの奴にそんな事言われたら嬉しいよ。でもな…あんたが良い奴であればあるほど,あたしはそれに相応しくなくなるのさ」

「…そんな事はない」

 それも正直な答え。

「…あんたはまだ若いんだよ,ジョウ。もしあんたが,もっと早くあたしの前に現れていてくれたら,とは思うさ。でなきゃ,あんたがもう一人いてくれたら話は別だった。でも,あんたは一人しかいないし,現れたのもこの間だ。多分二人同時は無理さ。で,どちらか一人を選ぶとすれば,それは間違いなくリーだよ」

「…カティ」

「それに…あんた,お姉さんを満足させるにはちょっと不足なんだよなー。まだ女性経験ないだろ?」

 突然悪戯っぽく笑ってカティは言う。

「!?お,おい…」

「あー待てよ,そんなのにリーを任せるのもちょっと不安かな…何なら,お姉さんでちょっと練習しておく?」

「…カティ!」

「ハハハ…そこでさらっとかわせないのが若いって証拠なんだよ,ジョウ」

 にやにやしながら,その気になったらいつでも言いなよ,と付け加えるカティ。しかしすぐ真顔に戻って言う。

「ま…そういう生き方をしてきたんだよ,あたしは。リーにはあたしの分まで幸せになって欲しい,それだけさ」

「…」

「はいはい,辛気臭い話はこれでおしまい。まぁ今すぐって話じゃないからさ,前向きに考えてくれよ」

「…もし…」

「ん?」

「…もし俺がリーリヤと一緒になったら,カティは義姉ねえさんだろう?義姉さんにだって,幸せになってもらわなきゃ困る」

「…あーもう,分かった分かった。がんばるからさ。泣かせるような事言うなよ…ほんと,若いんだから…」

 腕でぐいっと涙を拭う真似をして,そのままぺろりと舌を出すカティ。

「姉さん…」

 と,その時少し開いていた扉を開けてリーリヤが戻ってくる。

「おやリー…どうしたんだい…?」

 軽口を叩こうとしたカティだったが,すぐに異変に気付く。その顔は真っ青だ。

「帰り道で…サナリアの騎士たちが…」

「なんだって!?」

「…こんなところまで追いかけてきたのか…?いや,だが,偶然という可能性も…」

 遠征か何かで出てきただけという事もありうる。しかしリーリヤは小さく首を振る。

「物陰に隠れて…様子を見たら…あの人の部下たちみたい…」

「アイツの!?…最悪だ…」

 天を仰ぐカティ。

「…アイツ?」

「…サナリアの下級貴族で,リコフスキって奴が居るんだ。もう五年前になるが,リーに言い寄ってたんだよ」

「…ほぅ」

 俗に言えば玉の輿なのだろうが,二人の様子から察するにとてもそんなおめでたい方向とは思えない。

「こいつが酷い奴でさ…生娘をつまみ食いして捨てるのが大好きなんだ。しかもそこへ来て,自分の思い通りにならないと気が済まないって厄介な性格をしてる」

 案の定な話をして深い溜息をつくカティ。

「陰に日向に嫌がらせしてきてたんだが,なんとかリーを学院に入れて遠ざける事に成功して…諦めたと思ってたんだが…」

「…あの時のあれでばれて,また狙われたという事か…」

 悔やまれる。こんなことなら殲滅しておくべきだった。

「姉さん…どうしよう…」

 不安そうなリーリヤ。

「困ったね…こんなとこまで部下を送り込んで来るなんて…」

「…何とか,諦めさせる手は無いのか?」

「うーん…まぁ…ないでもないが…」

 ちらり,とこちらを見て複雑な表情をするカティ。

「さすがに…ねぇ…ちょっとここで堂々と言っちゃうのも…ねぇ?」

「…あ」

 そこでハッとする。なるほどつまりカティは,リーリヤが生娘でなくなってしまえばリコフスキの興味は失われる,と言いたいわけだ。そしてこの場合,当然その相手は自分という事になり,さっきの話の蒸し返しになるということを意味している。

「…そういう事か」

「…そういう事だよ」

 だが待てよ,と自問する。別に直接確認ができるわけもない。そういう情報を流すだけで事足りるのではないだろうか。

「…二人がそれで良ければ…」

「お?覚悟決めてくれる気になったか?ジョウ?」

「え?…覚悟って…?」

「…いや,つまり…」

 リコフスキを諦めさせるために,リーリヤが自分と結婚する事になった,という偽の情報を流す。そうすれば延々と逃げ回る事もなくなるのではないだろうか。仮にリコフスキが敵意を抱くにしてもそれは自分に向けられるだろうし,自分がそれを蹴散らすのはさして苦にはなるまい。

「で…でも,それじゃジョウだけが危険な目に…」

「…そこは心配いらない。たとえ一個師団に囲まれても不覚をとらない限りはやられない自信はある」

「はー…あんたの場合,それが全然冗談に聞こえないってのがまた恐ろしいよ」

「…問題は…勝手にそんな話にしてしまって迷惑じゃないかという事だが…」

「え?う,ううん…私は全然…」

 ちょっと頬を染めながら言うリーリヤ。

「まぁいざとなったら責任とってもらうだけだよ。問題ないよね?ジョウ?て言うか…別に偽じゃなくても全然問題ないと思うんだけどさ?」

「ね,姉さん…!」

「う…いや,それは…」

「はー…しっかし…一個師団に囲まれるよりも結婚の方に覚悟がいるってどんだけだよ?今更ながらに,とんでもない奴に出逢っちまったもんだ…」

「…すまん」

 しょうがないねぇ,と溜息をつくカティ。

「…ま,それじゃ全員一致って事で。その手でいってみようか」

「…よし。なら早速手を打つとしよう」

 机の上の二刀を掴み腰に差す。まずはサナリア騎士の目的を聞いて,リーリヤが目当てなら情報を流した上でお帰り頂く。そのまま引き下がるなら良し,下がらないなら諦めるまで何度でも痛い目に遭ってもらおう。


 だがその時はまだ,その選択が最悪の結末を迎えることになるなど夢にも思っていなかった。

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