ありえない最適解
私の名はヴァニティ。帝国軍の将軍だが,少々気が滅入っている。
先ほどは直感に従ってレヤーネンの勝手な物言いを汲む,と言ってしまったわけだが。当然,それだけでは全く何の意味もない。様々な状況を考慮した上で,最適解を導き出す必要がある。
まずは帝国の置かれた状況だが。やはり差し迫った課題は伝説の龍戦士だろう。完全に息の根を止めたわけでない以上,いつ前に立ちはだかってくるか分からない。
つまるところ,侵攻論の根幹にあるのもそれだ。予言の成就を完全に阻止したいが故に,極論すればそれだけの為に,追い立てられるように侵攻を続けている。逆に言えば,それさえ阻止できれば戦い続ける意味は無くなるのだ。
予言を阻止する方法はいくつかある。はっきりそれと分かる方法としては,まず件の龍戦士そのものを倒してしまう事。だがこれは最も困難な方法だ。先日のあの反応を見る限り,自分以外では相手になるまい。それに騎士の剣が加われば,自分でも危ういとみるべきだろう。
となれば次は,その龍戦士と結ばれるはずのアリシアの姫君か,その手に渡るはずの騎士の剣をどうにかしてしまう事。その為にはまず,アリシアを制圧してしまう必要がある。
とはいえ,姫君の安全は確保せねばなるまい。ハンの使命にかけて,二度とサナリアの時のような惨劇を繰り返してはならない。
(…なるほど,そういう事か…)
そこで直感が正しかったと納得する。好き勝手させるわけに行かないからこそ,意を汲みつつ最適解を導き出そうとしていたわけだ。
(…だが…)
姫君の安全を確保しながらアリシアを制圧する。なかなかに無理難題だ。先日はじめてその存在を知ったあの防衛システムも,かなりの脅威となろう。
(…まあいい。次だ)
他の条件としては,邪神の封印を全て解いてしまう事。だがこれは,できれば避けたい。いや,断固として避けるべきだ。
(…いかんいかん)
頭を振る。まずは状況を整理する事が肝要だ。初めから可能性を排除してかかっては,不測の事態には対処できない。
邪神の封印を解くことのメリットは,妖魔の動員数が増える,または増員しない場合ハンの負担が減るという事にある。一刻も早い二国の制圧を目指すという観点で見れば,数の暴力に頼るのが最も話が早い。となれば…。
(…ルマール…)
不安がよぎる。帝都へ帰るとの言葉を信じてはいたが,もしかすると最優先の目的はルトリアの封印を解く事かも知れない。
解いてしまえば動員は増え,強力な魔獣も投入することができるようになる。短期決戦を目指すなら効率的な方法ではある。
だがやはりその先に光が見えない。四つ全てを解かねば阻止に繋がらないばかりか,邪神がハンの使命と並び立つなど到底あり得ないだろう。いや,半分どころかすべてが不幸になると見るべきだ。
(となれば…)
ルトリアの封印まではやむを得ないとして,残りの二つには手を出させない事が望ましい。ルトリアの封印の分で距離が延びれば,おそらく今ここに居る兵力程度ならエリティア領にかなり深く進攻することができるだろう。あとは指揮次第,他の要因次第だが,少なくともそこまで攻め込まれたエリティアに,魔獣を使わねばならぬ程の兵力をかき集める事はできまい。
帝国を取り巻く状況についてはだいたい整理できただろうと見て,次はレヤーネンの処遇について考える。
レヤーネンが要求しているのは青軍のみならず,妖魔全軍の指揮権だ。これを認めれば,こちらは強権を発動できなくなる。
奴の指揮ではまず,よほどの事が無い限りアリシアもエリティアも制圧できるとは思えない。だがルマールがルトリアの封印を解いて兵力が増せば,それはよほどの事となる可能性をじゅうぶんに秘めている。
次に奴の望みは,どちらかを自分の手だけで攻め落とす事だ。その功を手土産に,あわよくばそのまま国主という立場に収まる。
例の防衛システムはとりあえず無視して,仮にアリシアを攻め落とした場合。姫や剣次第とはいえエリティアを落とすまでは戦争は終わらない。となればそれまでの間,奴とその配下の妖魔たちがアリシア全土に厄災をまき散らす事は見えている。だが奴に全権がある以上,こちらにはどうする事もできない。
そうなると,奴に狙わせるのは立地上の最後の一国,エリティアの方が良さそうだ。攻め落としてから戦後処理になるまでの時間が最も短く,被害を最小限に食い止められるだろう。
(…だいたい出そろったか)
障害は極力考えずに,出せるだけ出してみた状況。これらの状況の中から,最適解を探る。
重視したい点はやはり,予言の成就を阻止する事。それが根幹だ。だが次に重視しなければならないのは封印を極力解かせない事。それもまた帝国の存在基盤を揺るがす。さらにはアリシア及び姫君の安全を確保すること。その為青軍にはエリティアを狙わせる事とし,その安全をも確保する事。
(…となれば最適解は…)
そこで苦笑する。客観的に一般的に見ればそれこそ最も現実離れした,あり得ない答えが導かれたのだ。
自分がアリシアを制圧する。それが結論だった。
◇
そこでいったん,机の上の水差しからグラスに水を注ぎ,ごくごくと喉を鳴らして飲む。
「…ふぅ」
小さく息をつき,そこでまた苦笑する。
「…おあつらえ向きの現実,か…」
普通ならありえない解。そのはずだが,それを可能にできると思わせる材料が自分にはある。まるでそれが予定調和であるかの如く,自分には条件が揃い過ぎているのだ。
まずは最大の障害であるアリシアの防衛システムだが。こちらにはリリーが居る。ケッシーノに潜入したあの装置の改良が終わっていれば,そのほとんどを無力化することができるだろう。
その装置の最大のネックは絶対数が少ない事であるが,こちらには一騎当千揃いの黒軍が居る。極論,十人も居れば姫と剣の確保は容易い。姫さえ確保してしまえば事実上アリシアを制圧したも同然で,あとはその防衛システムを無力化してしまえば良い。
そうやってアリシアを押さえてしまえば,少なくとも姫と剣,二つの要素を掌握してしまえる。もっと言うなら,剣を押さえておくことで,仮に伝説の龍戦士が現れてもそれを阻止できる可能性は飛躍的に高まるのだ。
結果,邪神の封印を解く必要はほぼ全く無くなる。レヤーネンがエリティアを落とす為だけにアリシアの封印を解くのは本末転倒だ。仮にそれなしでエリティアを落とせば,そこで戦争は終わる。終わってしまえば妖魔にも邪神にも頼る必要が無くなるわけだから,やはり封印は解かずに済む。
十中八九.増援なしではレヤーネンはエリティアを落とせない。だが,極端に言えばそれでも一向に構いはしない。当分の間はハンの負担は減らないが,それはあくまで当分の間に過ぎない。バナドルスやクラルフが帝国の基盤を盤石なものにしていけば,いずれ妖魔の数は減るだろう。減れば,連合,といってもエリティアだけだが,帝国を敵視する根拠も減る。そこであらためて,アリシアともども和平の道を探るのも良いし,それが無理ならば妖魔抜きで,負い目なく堂々とエリティアを攻め落とすのも良いだろう。
「…覚悟を決めるに相応しい見返り,だな…」
不安がないわけではない。だがこの閉塞した状況を打破し好転させる,起死回生の策。少なくとも今のまま泥沼の中でもがいているよりは,はっきりした道筋とその先が見える。
だが,それを実行に移すためには,直にハンと話しいくつか許しをもらう必要があるだろう。
場合によっては,龍戦士の力を使わねばならない。それも含めての事だ。
◇
早速レヤーネンを呼びに行かせる。
「お呼びでしょうか,将軍?」
予想外の早さに戸惑いを見せながら執務室へと入ってくるレヤーネンに,微笑して見せる。それがいつもの機械的なそれでなく,ごく自然に出たことに,内心苦笑する。
「…先ほどの話だが。やはり話は私の一存では決められない」
「は,はぁ…」
やっぱりな,と失望の表情を見せるレヤーネン。
「…誤解はするな。私が直に帝都へ戻り,陛下にその許しをもらって来ようというのだ」
すかさずそれを制する。
「ええっ!?」
うって変わって喜びと,しかし全く予想外の展開に対する驚きが浮かぶ。
「…いくつかの条件を確認する。まず貴公には,エリティアの攻略を任せる」
「は…はっ」
「…そしてその際には,青軍に全妖魔を編入し,貴公がその全権を担う」
「はっ!」
「…よし。その旨を陛下に具申し,許可を得て来よう」
「あ,あのぅ…しかし…」
余計な事を言って気が変わられても困るが,しかし事は身の安全に関わる,と言いたげなレヤーネンの表情に内心ではまた苦笑し,表ではまた微笑を浮かべる。
「…アリシアの事だろう?」
「は…はい」
「…そちらは私が抑える。その件の許可も陛下に頂いて来るつもりだ」
「え!?し,しかし…」
そんな馬鹿な,という不信がすぐさま浮かぶ。
「…分かっている。なかなかに分の悪い賭けだ。私の独断でやるには,さすがに大きな問題だ」
だが,と言葉を継ぎ,レヤーネンの肩に手を置く。
「…貴公を男にするにはこれしかない。結局はエリティアかアリシアのどちらかを,貴公の軍以外で止めるしか手は無いのだ」
「むう…」
言われるまで自分が気づけなかった事はともかく,言われてみれば確かにそれは間違いなくその通りである。唸るレヤーネン。
「しかしせっかくの貴公の熱意を無下にしたくはない。私も全力を以て,その意に添おうではないか」
思わず歯が浮きそうになるが,事実を多少聞こえ良く脚色しているだけだと自分を納得させる。
「将軍…」
「…だが,貴公にも試練を乗り越えてもらうぞ」
「試練?」
「…さしあたり,私の不在の間は,私の権限で指揮権を貴公に委ねる」
「おお…」
予想外の委任。それまで色濃かった疑念と不信とを,喜びが追い出す。
「…貴公は私が戻るまでの間,少なくともここガイカースを死守せよ。そして,できるならばマイシャを落とすのだ。それも条件として陛下を説得するのだから,しくじればご破算だ。心してかかれよ」
連合の現状から考えて,ここが落ちることはまずありえない。マイシャを固めるのが精いっぱいでこちらへ攻撃軍を送ってはこれまい。つまりはレヤーネンは,何もしなくとも試練を乗り越えた事になるのだ。だがそれは言わずにおく。
「は…はっ!」
「…よし,ではただ今を以て,貴公を将軍代行に任ずる。私は準備が整い次第帝都へ向かうが,私に構わず自分の責務を全うせよ」
「はっ!全力を尽くします!」
レヤーネンは直立不動で敬礼し,踵を返すと,そんな動きもできたのか,と驚くほどのきびきびとした動作で執務室を出て行った。
「…ふぅ」
これでこちらはひとまず片付いた。あとは向こうへ行ってからだ。
時間的余裕はそれほど無い。早速準備に取り掛かる。
だが前を向けるような道が開けたせいか,このところ滅入っていた気持ちは驚くほどすっきりしていた。




